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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第六章 言っちゃえ!
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81  打ち上げ


「あのときのお前の顔、笑えたぜ〜!」


「あ、俺、写真あるよ。うちの親が撮ったやつ。」


「やめろ! そんなもん、出すんじゃねえ!」


ぎゃははは、と賑やかな笑い声が重なる。


体育祭翌日の代休に企画されたクラスの打ち上げ。

椿ヶ丘の隣駅でトンカツの店をやっている仲野の家の2階。時間は夕方6時から。

宴会用の座敷はかなり広くて、2列に並んだ6つのテーブルに5、6人ずつ座っている。

食欲旺盛な俺たちのためにおじさんが用意してくれた山盛りの料理は、1時間経った今ではほとんどなくなっている。


「ええと…、あ、ほら、これこれ。」


デジカメを取り出した木村の周りに俺たちが集まると、隣のテーブルからも女子が覗きに来た。


(葵は……?)


女子に見やすい場所を譲りながら、座敷の中を見回してみる。

ピンクのシャツに白いセーターを重ね着した葵は、奥のテーブルで、芳原たちと楽しそうに話をしていた。


(せめて、となりのテーブルに座れればよかったのに……。)


こんなことを今さら思っても遅いのは分かってる。

近くにいたければ、自分で動かなくちゃダメだったってことも。


(どうしてこんなに上手く行かないんだろう?)


九重祭が始まってからずっとだ。

俺は葵の近くになかなか行くことができないでいる。

朝や帰りも時間が合わせられなかったし、何かというと、尾野や宇喜多、それに福根までが、やたらと彼女の周りに出没する。


そんな状態に決着を付けようと告白を決心したのに、結果的にできなかった。

どうにか気持ちを奮い立たせて一緒に走ってくれたお礼を言いに行ったら、「同じチームだもんね。」と当然のように言われて終わり。

やっぱり彼女は、ただのレースだと思っているだけだった。

それに、レースでもらった餡パンは、福根にあげたって言うし……。


(帰りだってそうだ。)


体育祭のあとには、体育館で、九重祭締めくくりの後夜祭がある。

文化祭の人気投票の結果を聞いているときはみんなで一緒にいたのに、そのあと彼女を見失ってしまった。

藁谷と一緒にいた季坂が、大道具係6人で、内輪の打ち上げに出かけてしまったと教えてくれて……。


“大道具係で” ということは、福根も一緒だったってことだ。

2人で行ったわけじゃないけど、6人程度の人数なら、個人的に仲良くなるのは簡単だ。


それに、福根の家は俺と同じ方向。つまり、葵とも同じ。

ということは、きのうは二人は一緒に帰った可能性が高いってこと。

もちろん、ほかにも誰かが一緒だったかも知れないけど。


葵は俺には何も言ってくれなかった。

きのうはいつの間にかいなくなっていて、今日は離れた所からにこっとしてくれただけ。

それを俺はこんなに淋しい気持ちでいるのに、彼女は何とも思っていないらしい。

そのことが、また淋しい。


(やっぱり、夜に電話をすればよかったな……。)


後悔ばっかりだ。


迷った挙げ句、結局、できなかった自分が情けない。

今日になってから、打ち上げの集合場所まで一緒に行こうと言えばよかったんだと気付いた。

いつだったか、初めての場所が不安だと言った彼女に、「丸宮台で待ち合わせて行こう」と言ったのは俺なんだから。


(俺って、こんなにうじうじした性格だったっけ?)


なんだか、だんだん重い方向に向かっている気がする。

時間が経てば経つほど、話しかけにくくなってるし。


今日、彼女は季坂や芳原と同じ電車で来た。

つまり、そもそも俺の出る幕はなかったってことだけど。


でも。

だとしても。

だからこそ。


電話をすればよかった。

彼女と話をするために。

“俺と” 話をしてもらうために。


(あーあ……。)


デジカメの写真が終わり、席に戻りながらもう一度彼女を見ると、相変わらず女子だけで楽しそうに話をしていた。




「おい、いいのか?」


藁谷が現れて小声でそう言ったのは、それから少し経ったころ。

隣り合ったテーブル同士で、メンバーがなんとなく入れ替わり始めていた。


「何が?」


藁谷の秘密めかした言い方につられて、俺もこそこそと尋ねる。


「ほら。あれ。」


藁谷が視線を向けたのは座敷の奥。

俺もそちらを見ると……。


(あいつ……。)


葵たちのテーブルに福根がいた。

べつに福根が一人で混ざっているわけじゃない。須田も一緒だ。

でも、福根は葵の隣にいる。

そして、葵はいつもの笑顔を福根に向けている。


(また福根だ……。)


何とも言えない、淋しい気持ちがこみ上げてきた。


「お前も行った方がいいんじゃないのか?」


「ああ……。」


また決心がつかない。

行きたいのに、彼女が俺のことを忘れていることが悲しくて。

あそこに行っても、福根と葵の仲の良さを見せ付けられるだけだったら、と思うと……。


(目配せだってしてくれないんだから……。)


「はぁ……。」


少し前までは、負けたくないという気持ちで行けた気がするのに。


「何だよ、晶紀らしくないな。」


笑いながら藁谷が言う。


「だから、あのときに告っちゃえばよかったのに。」


「今さら言ったって……。」


きのうの『借り人』のレースのあと、藁谷に「告白したのか?」と尋ねられてびっくりした。

俺は自分の決心を隠していたつもりだったけど、試合で緊張している姿を間近に見ている藁谷は、俺の様子とその状況で察しがついたらしい。

俺が「できなかった。」と白状すると、尾野と同じように「走っている間に言えばよかったのに。」と呆れられた。

自分だけがそれに気付かなかったのかと思うと、すでに落ち込み気味だった気分が一層重くなったのだ……。


サイダーを飲みながら奥のテーブルを見ると、賑やかに盛り上がっていた。

どうやら福根と西内が話題を先導しているらしい。

興味深そうな表情を浮かべた葵が、話している二人を交互に見ている。


「俺、ダメかもな……。」


ぼんやりと言うと、藁谷が呆れた顔をした。


「なんで?」


「だって、俺のことなんか忘れてるみたいだし。」


「プッ。」


(笑われた!?)


「何だよ?」


思わずムッとして睨むと、藁谷はそのまま笑っている。


「お前、拗ねてんのか?」


「………。」


言い返せなかった。

たぶん、当たってるから。


「お前さあ、藍川の性格、よく考えてみろよ。」


「性格?」


「藍川が、自分から男に近付いたりすると思うか?」


「それはない……と思うけど。」


「だったらお前から行くしかないだろ?」


「でも、俺じゃないかも知れないし……。」


奥のテーブルでは、組んだ両手にあごをのせた葵が、笑顔を福根に向けている。

それを見てため息をついた俺を、藁谷は鼻で笑った。


「ちゃんと立候補もしてないくせに。」


「う……。」


それを言われると、返す言葉がない。


「何も言われなきゃ、藍川だって、どうしたらいいか分からないだろ?」


「ん、まあ……、たぶん……。」


「それとも、晶紀は尾野と宇喜多に気を遣ってんのか?」


「それは…。」


二人の顔を思い浮かべても、俺の気持ちは動揺しなかった。


「それはない。俺たち3人とも、たぶん覚悟はしてるから。」


言いながら確信が湧いてくる。

お互いの思惑を知ったときから、自分が負ける可能性は常に考えている。

3人の中だったら、悔しいけど仕方ないって。


「だったら、ぐずぐず考える必要なんかないだろ? 藍川が待ってたらどうするんだよ?」


「え?」


(待ってる……?)


「お前、藍川に何かを拒否られたことあるのか?」


「え……、いや……。」


きのうの『借り人』では俺と走ってくれた。

劇の化粧も引き受けてくれた。

送って行くと言ったときも、夏休みの終わりに寄り道したときも、合宿で電話をしたときも、「ありがとう。」って言ってくれた。

さすがにいきなり手をつないだときは驚かれたけど、あのときだって、「大丈夫。」って……。


(あれ……?)


もう一度、彼女に視線を向ける。

相変わらず福根の話に笑っているけれど、それはいつもの彼女だ。

特別じゃない。


(そうか……。)


楽しかったことが次々と浮かんでくる。

丸宮台の駅でのこと。ダンスの練習の日のこと。宇喜多の誕生日プレゼントを買いに行ったこと。

彼女はいつも楽しそうに笑っていた。


「藁谷……、サンキュ。」


あらためてお礼を言うなんて照れくさい。

でも、心配して励ましてくれたことに、感謝の気持ちを伝えなくちゃ。


「いいんだよ、晶紀。サッカー部なんかに絶対負けんじゃねえぞ。」


「……え?」


“サッカー部” は予想外だ。


「藍川は、う、ち、の! マネージャーなんだからな。」


「ああ、うん。」


「それをサッカー部なんかに盗られるわけにはいかないだろ?」


「ああ、まあ、そう……だな。」


(自分はバスケ部のマネージャーを彼女にしてるくせに……。)


「だいたい、サッカーにばっかり人気が集まるなんて、おかしいじゃないか。」


「え、あ、うん。」


確かに最近の世間の傾向としてはそうだけど。

だから、うちの部だって部員が少ないんだけど。


「だから! お前たちが頑張らないでどうするんだ!」


「ああ、…うん。」


(うちのマネージャーをよその部に取られないために、か……?)


そこで気付いた。

藁谷は「お前たち」と言った。

べつに俺を応援してるわけじゃないんだ。

バレー部員なら誰でも ―― 1年生でも ―― いいってことだ。


もしかすると藁谷は、全女子マネージャーをうちの部員が彼女にするなんていう野望を抱いていたりするんだろうか?

女子マネージャーがいるのは、あとはサッカー部だけだ……。


「とにかく、簡単に諦めるなよ。」


思わず疑いの視線を向けそうになった俺の肩を、藁谷が力強くたたいた。


「うん……。ありがとう。」


なんだか変な気分だ。

俺と葵の関係に、藁谷のサッカー部への対抗心がかかってるなんて。


でも、変なおまけが付いたおかげで、不思議と気が楽になった。

それに、葵の態度に気付かせてくれたことで、自信が戻って来たし。


(帰りは送って行こう。)


素直にそう思うことができて、藁谷にもう一度お礼を言うことができた。







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