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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
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8  *** 葵 : 知ってしまったのに。


「あ、葵、あの子。」


登校二日目の午前中。

健康診断で保健室に行くと、菜月ちゃんが顔を寄せて囁いた。


「ほら、あのポニーテールの背の高い子。」


「あ、ああ、うん。」


前のクラス ――― 5組の女の子。

ほんとうに大きい。

もちろん、女子にしては、だけど。


「あの子ね、箱崎むつみちゃんって言ってね、バレー部の部長さんの彼女だよ。」


(まさ ――― 縞田先輩の!?)


心臓がドキンと鳴った。

思わず声が出そうになって、慌てて飲み込んだ。


「そ、そうなんだ?」


「うん。女子バレー部のエースでね ――― あ、むっちゃん!」


「あ〜、菜月〜♪」


健康診断が終わって帰りかけた箱崎さんを、菜月ちゃんが呼び止めた。

箱崎さんは嬉しそうに両手を振りながら駆け寄って来る。


(仲良しなんだ……。)


二人で両手を合わせて楽しげに笑っている。

その笑顔を見ていると、箱崎さんも、とても素敵な人だと分かる。


「あのね、この子、藍川葵っていうの。転校生で、今度、男子バレー部のマネージャーになるんだよ。」


(あ……。)


菜月ちゃんの気持ちがありがたかった。

部長である縞田先輩をはさんで、彼女である箱崎さんとマネージャーになるわたしが気まずくならないようにと紹介してくれたのだ。


「あ〜、縞田先輩から聞いてるよ〜。幼馴染みなんだってね〜?」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


(箱崎さんは彼女なのに、「縞田先輩」って呼んでるんだ……。)


ちゃんと「縞田先輩」って呼ぶ練習をしてきてよかった。

うっかり昔の呼び方をしないように気を付けなくちゃ。


それにしても、笑顔が可愛い。

笑うと八重歯が見えて。


「『葵』って呼んであげてね。名字がバレー部でもクラスでも被ってるから。」


菜月ちゃんが説明すると、箱崎さんが頷いた。


「うん。先輩もそう呼んでたよ。あたしのことは『むつみ』か『むっちゃん』でいいからね♪」


「はい。」


箱崎さん ――― むっちゃんと話していると、なんだか楽しい気分になる。

どんな人でも、難しい顔なんかしていられないような人だ。


「縞田先輩は人使いが荒いらしいよ〜。辛くなったら言ってあげるから、いつでもおいでね。じゃあね〜。」


小走りにお友達を追いかけて行くむっちゃんを見送りながら、菜月ちゃんが話してくれた。


「去年ね、むっちゃんが入部したとき、背も高いし、中学時代に県大会で準優勝したって実績もあったから、すごく期待されてたの。」


ああ、そうだよね。当然だ。


「でもね、高校はやっぱり中学とは違うみたいで、はなかなか調子が出なかったんだよね。先輩たちにもいろいろ言われちゃっててさ。可哀想だった。」


そんなこともあるんだ……。


「でね、夏休み明けかな、彼女、一人で朝練を始めてね。」


「一人で? 偉いね。」


きっと、いろんな想いがあったんだろうな。

さっきの彼女の笑顔からは想像ができないけれど。


「うん。それを見た縞田先輩が、アドバイスしたり一緒にやるようになったりして、付き合い始めたってわけ。」


「そうなんだ……。」


(強い心を持ったひとだな……。)


上手く行かないときに先輩たちに責められても、投げ出さないで、努力することを選んだ。

苦しい気持ちを味わったはずなのに、そんな様子はまったく見せずに、あんなに可愛らしい笑顔でいられて。


(その強さ、それと健気さに、縞田先輩は惹かれたんだ……。)


なんだか急に淋しくなった。

元気なむっちゃんがいなくなったせいでもあるのだけど……。


「な…なんだか心配になって来ちゃった。」


沈んで来てしまった表情をごまかすため、言い訳めいた話題を持ち出す。

笑顔がわざとらしく見えないといいんだけど。


「マネージャーのこと?」


「うん。だって、『人使いが荒い』って言ってたよ。使いものにならなかったらどうしよう? わたし、そそっかしくて。」


(本当はそれだけじゃない。)


ショックだった。

縞田先輩に彼女がいるということが。

自分が思っていた以上に。

そのことで、また動揺して。


「大丈夫だよ。本当に、あの部の人たちはみんな優しいから。」


「うん……。」


菜月ちゃんの笑顔を見ても淋しさが消えない。


(わたし、縞田先輩のことを好きだったの……?)


おととい、久しぶりに会って。

昔とはまるっきり違う人みたいで。

でも、昔とおんなじに優しくて。


一緒にいたのはほんの30分くらい。

会話だって、わたしは返事をするくらいで。

たったそれだけで……?


(でも……。)


この、胸が空っぽになったみたいな気持ちは………。






午後2時。


新入生の部活紹介に出るために、一人で体育館に向かっている。


尾野くんは「葵ちゃんなら大丈夫!」と笑顔で見送ってくれた。

藁谷くんは「よろしく。」とつぶやいた。

相河くんは、気の毒そうな顔をして「頑張れよ。」と言った。


菜月ちゃんも行くのかと思っていたら、違った。

男子バスケ部はマネージャーは出ないらしい。


西棟北側の階段を下りながら、何度も窓から体育館を確認する。

この階段を2階まで下りれば、体育館への通路がすぐ横にあるはず。


(うん。間違いないね。)


実は、わたしは方向音痴だ。

前の学校では仲の良い子はみんな知っていて、遠足のときなどは、誰もわたしに地図を見ろとは言わなかった。


それでも、外は大きな目印があったりするからまだいい方。

問題なのは建物の中や地下街。

階段やエスカレーターで自分が向いている方向が変わったりするともうダメ。

いつの間にか違う方へ歩いている、ということが度々ある。

しかも、自分では正しいと確信して歩いているから、気付くのはかなり遠くまで行ってからになってしまう。


そういうことを避けるために、マメに目標を確認するようにしている。


(2階……、よし、大丈夫。)


予定通り、体育館の通路だ。

よく考えたら、おととい、始業式で来た道だった。


(あのときは先生の靴ばっかり見てたから……。)


後ろからも生徒が何人か来ている。

ほかの部活の先輩たちかも知れない。


体育館に渡って中を覗くと、靴を履きかえる場所に7、8人の生徒がいて話していた。

その中に縞田先輩もいる。


「あ、来たか。」


笑顔で手招きされてほっとした。

隣で振り向いたのは、副部長の水野先輩だ。


「こんにちは。」


「おう。入部届、もう出した?」


「はい。お昼休みに植原先生に出して来ました。」


答えると、先輩たち二人が笑顔で頷いた。


「親は心配しなかったか? 帰りが遅くなるし。」


縞田先輩が尋ねてくれる。

そんなふうに気遣ってもらえることが嬉しい。


「いいえ。『頑張りなさい。』って言ってくれました。」


母の反応を思い出すと困ってしまう、というのが本当のところ。

母は高校生の頃、 “男子の部活のマネージャー” というものに憧れていたらしい。

でも、自分のキャラじゃないからと諦めていたそうだ。

そういう過去があったから、わたしの話を聞いてすっかり舞い上がってしまった。


そんな母が言ったのは「頑張りなさい。」だけではない。

「いいな〜!」「頑張るのよ〜!」「スコアの勉強もしないとね。」「やっぱり蜂蜜レモンよね!」etc……。

わたしよりも、ずっと気合いが入っていると思う。


「俺たちが話したあとに、これ読んで。」


母の反応を思い出して少しぼんやりしていた耳に、縞田先輩の少し掠れた声が聞こえた。

差し出されたメモを受け取るときに一瞬指先が触れて、そこからピリッと心臓に電気が流れたような気がした。

頬が赤くなりそうな気配に、顔を伏せてメモを一心に見つめる。


『練習は月曜から土曜。日曜日は休み。練習場所は体育館と校庭のコートをローテーションで使用。仮入部の希望者は……。』


「ゆっくり読んでくれればいいから。つっかえても構わないし。」


縞田先輩の声。


「はい。」


返事をするために顔を上げたら目が合った。

もう昔の子どもらしさはどこにもないけれど、その目はあの頃と同じように優しく笑っていて……。


(どうしよう……?)


こんなにドキドキするなんて。

縞田先輩には彼女がいるのに。


好きになったらいけないのに ――― 。







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