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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第六章 言っちゃえ!
78/97

78  負けられない!


パ―――――ン!


というピストルの音とともに、『借り人パン食い競争』の第1組目が走り出した。

同時に、応援席からの声が一層高まった。


この競技では、並んでスタートした4人の選手が、フィールドの中央にある封筒の中のカードを確認して応援席に走る。

自分のチームに行く選手が多いけど、知り合いや、特徴がある生徒が目に付くと、ほかのチームの応援席から生徒を連れ出す選手もいる。

一緒に走った生徒のチームにアシスト点が加算されると言っても、順位が早い方が、間違いなく得点が高いから。

要するに、どれだけ早く条件に合う生徒を見付けるかが重要なレースなのだ。


「あ〜、もたもたしてんじゃねえよ!」


「ダメだなあれは。」


「さっさと走れー!」


不慣れな1年男子がカードを持ったままキョロキョロしているのを見て、俺の周囲からも声がかかる。

半分遊びとは言え、やっぱり競争となると、対抗意識で黙っていられない。

一方では、相手を見付けた2人の選手がそれぞれ手をつないで走り出し、応援の生徒から笑いと声援が飛ぶ。


(走って行って、「葵!」って呼んで……。)


これから自分がやろうと思っていることを思うと、緊張で、今はとても声なんか出ない。

でも、それを周囲に ―― 特に隣にいる尾野に ―― 知られたくなくて、レースに注目しているふりをする。

フィールドでは、ぶら下げられている袋入りのパンを1位の二人組が取ったところだった。


(葵は小さいから、頑張って持ち上げないとダメか?)


具体的なことを考えた方が、落ち着くような気がする。

自分と彼女を景色に当てはめて、レースの見通しを立ててみる。

下がっているパンの位置はかなり高めで、そのうえ一つを引っ張ると、ほかのパンが揺れる。

焦っていると、なかなかつかめないかも知れない。


(いや、その前に……。)


葵が恥ずかしがって、背中に乗ってくれない可能性もある。

でなければ、怖がってしがみつかれちゃうとか。


(まあ……、それはそれでいいけど。)


時間がかかればかかるだけ……なんて考えてちゃダメだな。

とにかく急かして、だよな。


(でも……。)


背中に乗るなんてことの前に、手をつないでくれないかも。

それよりも、そもそも呼んでも出てきてくれないかも。


(……いや、その心配はないはずだ。)


葵は俺と同じチームなんだから、周りが「さっさと行け」と言ってくれるはず。

それに、名前を呼ばれて断る方が勇気が要るんじゃないだろうか。


(そうだ……。)


ちらりと尾野の様子を窺う。


(こいつに先を越されたら……。)


それが最悪のパターンだ。

尾野が先に葵を連れ出したとしたら。

せっかく決心したのに、自分のチームの応援席の前で呆然と二人を見送るしかないなんて、あんまりだ!


(それに……。)


違うチームで、しかも、カードに書かれた条件と違うとなれば、目的はただ一つ、 “告白” だ。

つまり、尾野が葵を連れ出した時点で、俺は大きく差を開けられることになる。


(もちろん、葵の気持ちは分からないけど。)


そうは言っても、今までは何とも思っていなくても、尾野に “告白” という形でちゃんと立候補されたら、見る目が変わるかも知れない。

でなければ、「わたしも好きだったみたい。」なんて……。


(そんなのやだよ〜!)


最終的に、そうなる可能性があるということは理屈では分かってる。

だけど、告白しようと決心したまま言えずに終わるのは空しすぎる。

ふられるならふられるなりに、心置きなく……。


(って!! なんで今からふられる設定なんだよ!?)


とにかく、尾野よりも先に葵を呼ばなくちゃ。

今はそれが一番の重要事項だ。




笑いと歓声に包まれて、『借り人パン食い競争』は進んでいく。

1年男子、1年女子が終わったところで、新たな心配が首をもたげた。

俺よりも前の選手が葵を連れ出してしまったら……と。


連れ出された生徒はゴールのあとに解放されるけど、応援席に戻るのに時間がかかる。

途中で友達としゃべっていたり、ついでにトイレに行ったりしたら、俺がスタートするときに彼女が応援席にいない、ということも有り得る。


(どうか、誰も彼女に気が付きませんように!)


2年男子の1組目がスタートするとき、心の中で祈った。

でも、次の瞬間には、葵が誰かと走ってしまえば、俺も尾野も告白のチャンスがなくなると気付いて、その方がいいかも知れない、なんて思う。


(う〜、落ち着かない!)


俺は5組目のスタート。

さっきまで、尾野よりも先に葵の名前を呼ぶことで頭がいっぱいだった。

けれど、順番が近付くにつれて、そのあとのこともリアルなイメージを携えて俺に迫って来る。

まるで小学生のころの運動会みたいに、心臓が盛大にドキドキいい始める。


(手をつないで走って、おんぶしてパンを取って、ゴールして、「好きだ。」って言う。)


言葉をつらねるのは簡単だ。

まじないの言葉のように頭の中でそれを繰り返し、実行するのも簡単だと思い込もうとしてみる。

こんな遊びみたいなレースで、これほど緊張しているのは俺だけだという気がする。


「次の選手、来てくださーい。」


(いよいよだ。)


同時に立ちあがった尾野が、またしてもニヤリと笑いかけてくる。

その強気な笑顔の裏に、どんな計画を立てているのか ―― あるいは、立てていないのか ―― 分からない。


「封筒はあそこにあります。自分のチームカラーの封筒を取ってくださいね。」


進行係からの注意に頷く。

後ろから藁谷や季坂の声が聞こえる。


(とにかく、葵だ。)


緑チームの応援席を確認する。


(絶対に、尾野よりも先に。)


「ようい。」


という声で、視線はまっすぐに封筒へ。


パ―――――ン!


4人が一斉にスタート!

全員が横並び。


(緑色。)


緑色の封筒を手に取りながら、赤い封筒が地面に落ちたのが視界の隅に映った。

自分は落とさなくてよかったと安堵しながら、封筒の中のカードをつまみ ――― 。


(え!?)


隣の尾野が走り出した!


(早過ぎるだろ!)


黄色い封筒とカードは、地面に投げ捨てられている。


(あいつ、読んでねえな!)


確かに、連れ出す相手が決まっているなら、読む必要はないわけだ。


(くそっ!)


胸の中で悪態をつきながら、俺も走り出す。

尾野は俺の前方3メートルくらい。

尾野が向かっているのはやっぱり緑チーム、葵のところだ!


気が急きながらも俺の手は律儀に動き、自然と目は自分のカードを読んだ。


『あ行で始まる名前の生徒』


(『あ行で』って…えぇ!?)


カードを投げ捨てて、ダッシュで尾野を追いかける。

でも、カードに気を取られていた時間がある分、簡単にはその差は縮まらない。

応援席まであと少し。


(こうなったら!)


「葵ーーー!」

「葵ちゃん!」


声を出したのはほぼ同時。

緑の鉢巻をした集団がざわざわとゆれて、右寄りの一点に注目が集まった。


(あそこだ!)


「葵ちゃん!」

「葵!」


息を切らして辿り着いた俺たちの前に、生徒の間から葵が押し出されてくる。

びっくりした顔で俺たちを見比べる彼女に周囲が何かを叫んでいるけど、息切れと鼓動で、俺には何も分からない。


「「早く!」」


俺と尾野の声が重なる。


葵はおろおろした様子で応援席前のロープをまたぐ。

その視線は俺じゃなく……。


「尾野く ――― 」


(そんな!)


と思った途端、彼女が前に倒れて来た。


「葵!?」

「葵ちゃん!」


彼女の体を受け止めたのは尾野。

葵の後ろで、応援席の生徒たちもどよめく。


「あ、足が……。」


尾野にすがりながら身を起こした彼女が振り向く。

ロープをまたぎ越そうとした後ろ側の足が引っ掛かったらしい。


「だ、大丈夫……か?」


尾野に負けたというショックよりも、彼女が転んだ驚きでドキドキしながら尋ねた。

足をロープからはずした彼女は俺に頷いたあと、両手でつかまったまま尾野を見て ――― 。


「あ、あの、尾野くん、ごめん。相河くん。」


最後に俺に顔を向けた。


(お、俺か!?)


一瞬うろたえたものの、すぐに我に返り、その勢いで右手も出た。

そこに乗せられた彼女の手を握り、フィールド中央のパンのところへ走り出す。


(俺なんだ!)


背後に尾野の「くっそー!!」という声を聞きながら、最高に誇らしい気分になった。







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