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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第六章 言っちゃえ!
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76  *** 葵 : 体育祭!


「うわわわわわ、葵、慌て過ぎ!」


思いっきり押した大きなタイヤが、カーブを曲がりきれずに転がって行く。

横にいた福根くんが前にまわり込もうとしている間に、バランスが崩れたタイヤが倒れてしまった。

すぐ後ろでも「あ~~~!」という声がして、応援席からどよめきが聞こえた。


「あ~、ごめんなさい!」


急いでタイヤに駆け寄って、一緒に立てて。


『大タイヤ転がし』のタイヤは、予想していたよりも大きくて重かった。

立てると高さがわたしの目のあたりまであって、後ろから押していると前が見えない。

倒れたタイヤを起こすときには、二人がかりじゃないと無理だ。


「せーの。」


福根くんと顔を見合わせてタイミングを合わせ、最初はそうっと押してみる。

大きなタイヤが、よろよろと転がり始めた。


「そうそう、落ち着いて。」


調子良く転がり始めたところで福根くんがタイヤの横に出て、バランスを取りながら向きを調整してくれる。

背が高い福根くんと小さいわたしのペアではこれが効率が良さそうだと、順番を待ちながら相談した。


この競技はトラック半周のリレー形式。

今、わたしたちの緑チームは2位で、すぐ後ろに3位の黄色チームが迫っている……はず。

後ろを振り返っている余裕は、わたしにはない。

緊張なのか、興奮なのか、運動不足なのか、結構息が上がっている状態でもあるし。


カーブを曲がりきったところで、福根くんがこっちを向いて笑顔で頷いた。

それを合図に転がすスピードを上げる。


「福根ーーー!」

「葵~~!」


応援の声を聞きながら、次の選手が待つ場所へと急ぐ。


(あとどのくらい?)


スピードが上がったタイヤに置いて行かれそうになりながら、どうにかついて行く。

そして。


「よろしく!」


福根くんの威勢のいい声が聞こえると同時に、わたしの横に沙希ちゃんが現れた。


「葵、お疲れ~。」


「沙希ちゃん、頑張ってね。」


調子良く出発する沙希ちゃんと須田くんを見送りながら、思いっきり深呼吸。

たったトラック半周を来ただけなのに、とても疲れてしまった。


「お疲れさん!」


肩をたたかれて見上げると、福根くんが爽やかに笑っていた。


「ああ、お世話になりました。ごめんなさい、下手で……。」


走り終えた選手の列に向かいながら謝ると、福根くんは「全然。」と笑いながら言った。

その屈託のない様子にほっとする。

福根くんとは最近話すようになったばかりで、まだちょっと気兼ねしてしまうから。

バレー部のみんなと話すのとは、やっぱり緊張感が違う。


「お、あの二人、抜きそうだぜ。」


「あ、ホントだ。」


「須田ー! 行けー!」


列の後ろにしゃがみながら、福根くんが声援を送る。

フィールドの向こうでは、次に走る由衣ちゃんが、ぴょんぴょん飛び跳ねながら応援している。


(体育祭って楽しい……。)


文化祭だってそう。

2日間の文化祭では、たくさんしゃべって、たくさん笑った。

その準備でも、普段は話さない人ともいろいろ話せるようになって。


もちろん、前の学校でも楽しくないわけじゃなかった。

それなりに盛り上がっていたし。

でも、何か違う。

前の学校は中学と合同だったし、女子だけだった分、迫力に欠けていたのは確か。

けれど、もっと大きな違いは管理されている雰囲気……というか、羽目をはずす生徒がいなかったってこと、かな?

躾に厳しい学校だったからみんなお行儀が良くて、「はい、ここまで。」って自分たちで枠を作っていたみたいな。


(まあ、わたしはどっちにいても、役に立たないところはあんまり変わらないかな……。)


みんなに言われたとおりにやるだけ。

でも、この学校の元気の良さが楽しい。

周りのみんなが笑ったりはしゃいだりしているのを見るだけでウキウキする!


沙希ちゃんたちから由衣ちゃんたちに選手が交代するところで、わたしたちの緑チームが1位に立った。


「餅田ーーー!」


「由衣ちゃーーーん!」


気付いたら、前に並んでいた2組の人たちと一緒に立ち上がって声援を送っていた。

同じように立ち上がっていた福根くんと、笑顔で頷き合って。


(こうやって仲良くなれるんだ……。)


そんなこと、今さらしみじみ思うようなことじゃないとは思う。

でも、バレー部以外の男の子とこんなに近い気持ちになったのは初めてだから。

特別な接点がなくても仲良くなれるんだって、ちょっと驚いている。


順調にタイヤを転がしてきた由衣ちゃんと餅田くんが、走り終えてわたしたちのところにやって来た。


「いやー、結構疲れるねえ。」


ドサリと地面に座りながら由衣ちゃんが言った。


「由衣ちゃんたちは速かったもん。」


「俺、芳原に置いて行かれるかと思ったよ。」


「あ、倒れた。」


「あー、追い抜かれる!」


とりとめのない会話が楽しい。


(そうか。わたし、この学校の生徒なんだ。)


突然、そう思った。


もう “転校生” じゃない。

“九重高校2年6組の生徒” なんだ、って。


そう思ったらますます楽しい気分になって、周りを見回してみた。

目が合った福根くんのニヤッと笑う顔も、「仲間だ」と言ってくれているみたいで嬉しくなる。


ふと得点ボードを見ると、わたしたちの緑チームは3位。

残った競技のことを考えていたら、きのう、さっちゃんに聞いた話を思い出した。


(競技で告白するなんて……。)


午後に行われる『借り人パン食い競争』。

その競技に出る人が、自分の好きな相手を指名して一緒に走ることがある、と聞いた。

本来はカードに書かれた条件で誰かを連れ出すのだけど、その条件は、その場ではほかの生徒は知らないし、指名を断ったら減点だから、ほぼ確実に手をつないで走れるのだと。

とは言っても、さっちゃんにその話をした先輩も、そういう人が実際にいたかどうかは知らないようだったと言っていた。

でも……。


(相河くんも出るんだよね……。)


あれからずっと気になっている。

この話、知ってるのかな、って。


(知ってたとしても、期待するのは図々しいって分かってるけど……。)


相河くんがわたしに興味がないってことは、もう分かってる。

なのに、何かあるたびに、自分勝手な想像をしながら期待してしまう。

きのうからは、緑チームの応援席の前に走って来た相河くんが、「葵!」と叫んで手を差し伸べてくれる姿が何度も浮かんできて……。


(こういうの、妄想癖って言うのかな?)


なんだか嫌だな。

恥ずかしい。


(だけど……。)


こんなことを思ったりするのも、恋をすることの楽しみの一つなのかも知れない。

“こうだったらいいな” って思うだけなら、誰にも迷惑はかからないもの。

現実では諦めなくちゃならなくても、想像の世界ではHAPPYでいられて。


(でも、あんまり考えちゃうと、結局は期待につながりそうだし。)


現実では無理なことを想像しているんだから、気を付けないと。


(そうだよ。無理なんだから。)


ちょっと頑張ってみたけど、駄目みたいだもん。

ときどき、「もしかしたら」って思ったこともあったけど、それ以上のことは何もなくて。


「もう諦めよう。」って、何度も何度も自分に言い聞かせてる。

でも、相河くんは近くにいるし、やっぱり優しかったりするから、気持ちを整理するのは簡単じゃない。

つい希望を持ってしまいそうになる。


(罪作りだなあ……。)


優しいって、その人を好きな人にとっては、残酷かもしれないね。






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