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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
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72  *** 葵 : 宇喜多さんはやっぱり落ち着く…?


「おはよう。」


椿ヶ丘の駅から出ると、コンビニの前の宇喜多さんが、爽やかな笑顔であいさつをしてくれた。

きのうの夜にメールで知らせておいたから、待っていてくれたのだ。

今までも、何度も一緒に登校した時間。

いつもと同じように、生徒の姿はまばらで……。


「おはよう。」


わたしはちょっとだけ気後れしてる。

あれから、二人だけで会うのは初めてだから。

部活で一度会ったきり、試験前で一週間会ってなかったし。


……と思ったら、宇喜多さんも同じだったみたい。

わたしが近付くと、照れくさそうに下を向いてしまった。


「ええと……、なんか、ごめん。」


謝られたら困ってしまう。

宇喜多さんが謝る必要なんて、何もないんだもの。


「ううん、そんなことない。ええと……。」


何か言わなくちゃ。

これからの新しい関係のために……?


「「これからもよろしくお願いします。」」


頭を下げながら言ったタイミングがぴったり重なった。


「くっ…。」

「ふふっ。」


顔を上げて笑うタイミングも。


(笑えてる。よかった……。)


ほっとして、ふわっと気持ちが軽くなる。

心の中に残っていた霧が、朝の光にとけていくように。


「行こうか。」


「うん。」


これでもう大丈夫。

宇喜多さんとわたしは、これからもお互いに信頼して仲良くやっていけると思う。


「はい、これ。お誕生日、おめでとう。」


歩き出してすぐに、プレゼントを渡した。


「ありがとう。……開けてもいい?」


「もちろん。」


選んだのは金属製のしおり。

銀色で、縦に引き伸ばしたS字型をしていて、上側の先に小さなメガネの飾りがぶらさがっている。


「…メガネ?」


「そう。ほら、今度の文化祭の劇でかけるんでしょう?」


「ああ。」


宇喜多さんが一瞬、微妙な顔をする。

でも、すぐに「フフッ。」と笑って。


「ありがとう。使わせてもらうよ。」


「うん。そうして。」


手に持ったしおりをもう一度笑顔でながめてから、宇喜多さんが笑顔で尋ねた。


「選ぶのは面倒だったかな? テスト前なのに、時間取らせちゃった?」


「あ、ううん、そんなことない。」


答えながら、相河くんに一緒に行ってもらったことを話すべきか迷う。

一瞬、黙っていようかと思ったけれど、よく考えたら、相河くんが話すかも知れない。

だったら、今言わないのは変だ。


「ええと、あ、相河くんに、一緒に選んでもらったから。」


そう言った途端、宇喜多さんが驚いたようにわたしを見た。


(あれ……?)


何か言いたそうな顔でまじまじと見つめられてハッとした。


(もしかして、わたしが選んだんじゃないからって、がっかりさせちゃった!?)


ああ、そうかも。

これはわたしからのプレゼントなんだもの。

いくらお断りしたって言っても、“わたしが選ぶ” って部分が大事に決まってる!


「あ、あのね、でも、これはわたしが一人で決めたんだよ。相河くんは全然役に立たなかったの。」


「ああ、そうなんだ……。フフッ、ありがとう。」


笑ってくれた宇喜多さんにほっとする。

なんだか調子が出て、言葉がするすると続いた。


「男の子が何がいいのか分からないから来てもらったのに、相河くんはふざけてばっかりいて、本当に困っちゃった。」


告げ口気分で、思わず宇喜多さんに愚痴ってしまった。

そんなわたしに、宇喜多さんが楽しげな笑顔を向ける。


「へえ。どんなふうに?」


「あのねえ、輪ゴム。」


「え? 輪ゴム?」


「そう。箱入りの輪ゴムだよ? 何百個も入ってるやつ。それをどうかって。」


「あはははは! いくらなんでも、それは欲しくないなあ。」


宇喜多さんの明るい反応に、ますます勢いがつく。


「それから、シール。」


「シール?」


「そう。ほら、キラキラのとか、動物とか、リボンとかの。」


「それ……何に使うもの?」


「女の子が、手帳とかお手紙なんかに貼るんだよ。」


「へえ。」


そう。

宇喜多さんにとっては「へえ。」以外にはどうしようもない。

それを分かっていながら、相河くんはそんなものを勧めるんだから。


「あとは、ノートの5冊パックとか。」


「ああ、それなら使えそうだけど。」


宇喜多さんならそう言うと思ったけど。


「使えるけど、お誕生日のプレゼントには雑過ぎるでしょ?」


「くくっ、なるほど、確かに。」


「あんまりふざけるから、『相河くんのお誕生日にはそれにしてあげる。』って言っちゃったよ。」


「あはははは!」


宇喜多さんの気持ちのいい笑い声にほっとして一息ついた……ら。


「楽しかったんだね?」


急に穏やかな笑顔になって、そっと訊かれたからドッキリした。

見返す視線が泳いでしまいそうになったけど、意地を込めて、宇喜多さんをしっかりと見つめる。


「そ、そんなこと、ないよ。」


否定しながら、自分の頬に血が上っているのが分かった。


でも、ここは絶対に「うん。」とは言えない。

だって、そんなことを言ったら、わたしが宇喜多さんのプレゼントを選ぶという理由を利用して、相河くんと二人で出かけたみたいだもの。

いえ、まあ、そうじゃない……とは言えないんだけど、ここはあくまでも、 “違う” ってことで。


「ちゃんと考えてくれないからイライラしちゃった。」


「ふうん。」


「時間ばっかりかかっちゃって。テスト前なのに。」


「ああ……、ごめん。」


(いけない!)


「あ、違うよ、宇喜多さんのせいじゃないよ。もっと早く選んでおけばよかったんだから。」


慌てて弁解するわたしに、宇喜多さんが困ったように微笑む。

せっかくのお誕生日に、困った顔なんてさせたくないのに。


「あ、あのね、本当だよ。宇喜多さんは悪くないの。わたしが困ったのは相河くんのせいなんだから。ふざけてばっかりいるし、わたしのことを子ども扱いするし。」


「子ども扱い? 相河が?」


(あ。)


パッと目が合って、思わず口元を手でおさえて下を向く。


(これは言うつもりじゃなかったのに……。)


なんだか、しゃべればしゃべるほど、余計なことを口に出しているような気がする。


相河くんがふざけたことは、もちろん困ったけれど、その反面、楽しかったというのが本当のところ。

でも、子ども扱いされたときは、本気でがっかりした。

だって、頭を撫でるなんて!


(それに、もう一つ。)


一つの不満を思い出したら、芋づる式にもう一つ思い出した。


それは、相河くんが焼きもちを焼かなかったこと。

こうやって、朝一番で宇喜多さんにプレゼントを渡してあげたら、と言ったのは相河くんだ。

わたしがほかの男の子と一緒にいても、相河くんには興味がないってことだ。


「フッ…くく……。」


気付かないうちに憤然とした顔をしていたら、かすかな声が聞こえた。

嫌な予感がして宇喜多さんを見ると……。


(笑われてる……。)


宇喜多さんは、反対側に顔を向けていた。

けれど、拳を口に当てて肩を震わせている姿は、どう見ても、笑っているとしか思えない。


(なんで!?)


どうして笑うの!?

わたしが子ども扱いされたことが、そんなに可笑しい?

それとも、それを怒ってることが変だっていうの!?


(あんまりだ!)


心の中で叫ぶと同時に、宇喜多さんがこっちを向いた。

そして、怒った顔をしているわたしを見て、慌てて真面目な顔を取り繕おうとする。

そんなことをしたってもう遅いのに。


「いいよ、もう。笑ってればいいでしょ。どうせ子どもですよ。」


本当は、「でもね、その “子ども” を一度は好きになったんでしょう!?」と付け加えたいところだ!


「あはは、ごめん、違うよ。」


(そんなに笑いながら謝られても、簡単に機嫌が直るわけないじゃないの!)


ふくれっ面を続けるわたしの横で、宇喜多さんはくすくす笑いが止まらない。


歩いていうるちに、宇喜多さんの誕生日だということを思い出した。

怒っていることも馬鹿馬鹿しくなった。

けれど、意地になって学校まで不機嫌な顔で通した。

だって、宇喜多さんはずっとご機嫌な様子なんだもの。

わたしが不機嫌な顔をしていたって、宇喜多さんが楽しいなら問題なんてないはずだ。



学校に着いて、校舎の階段を上っているとき、宇喜多さんがまたくすくすと笑いだした。

諦めて理由を尋ねてみたけど、教えてくれないまま5階に着いた。

最後に「じゃあね。」と言おうと口を開きかけたら、宇喜多さんが一言。


「葵は上手く行くといいね。」


って。


びっくりして、「何が?」と、とぼけることもできなかった。

好きな人がいるとは話したけれど、今朝の話の流れで、わたしが相河くんのことを好きだと気付いたのだろうか?


わたしが驚いているうちに、宇喜多さんはさっさと階段を上って行ってしまった。

どうやら宇喜多さんには、別れ際に相手をびっくりさせることを言うという、変な癖があるみたい。








長い間、おつきあいいただき、ありがとうございます。


第五章「変化」はここまでです。

次から第六章「言っちゃえ!」に入ります。


お楽しみいただけるように頑張ります。


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