72 *** 葵 : 宇喜多さんはやっぱり落ち着く…?
「おはよう。」
椿ヶ丘の駅から出ると、コンビニの前の宇喜多さんが、爽やかな笑顔であいさつをしてくれた。
きのうの夜にメールで知らせておいたから、待っていてくれたのだ。
今までも、何度も一緒に登校した時間。
いつもと同じように、生徒の姿はまばらで……。
「おはよう。」
わたしはちょっとだけ気後れしてる。
あれから、二人だけで会うのは初めてだから。
部活で一度会ったきり、試験前で一週間会ってなかったし。
……と思ったら、宇喜多さんも同じだったみたい。
わたしが近付くと、照れくさそうに下を向いてしまった。
「ええと……、なんか、ごめん。」
謝られたら困ってしまう。
宇喜多さんが謝る必要なんて、何もないんだもの。
「ううん、そんなことない。ええと……。」
何か言わなくちゃ。
これからの新しい関係のために……?
「「これからもよろしくお願いします。」」
頭を下げながら言ったタイミングがぴったり重なった。
「くっ…。」
「ふふっ。」
顔を上げて笑うタイミングも。
(笑えてる。よかった……。)
ほっとして、ふわっと気持ちが軽くなる。
心の中に残っていた霧が、朝の光にとけていくように。
「行こうか。」
「うん。」
これでもう大丈夫。
宇喜多さんとわたしは、これからもお互いに信頼して仲良くやっていけると思う。
「はい、これ。お誕生日、おめでとう。」
歩き出してすぐに、プレゼントを渡した。
「ありがとう。……開けてもいい?」
「もちろん。」
選んだのは金属製のしおり。
銀色で、縦に引き伸ばしたS字型をしていて、上側の先に小さなメガネの飾りがぶらさがっている。
「…メガネ?」
「そう。ほら、今度の文化祭の劇でかけるんでしょう?」
「ああ。」
宇喜多さんが一瞬、微妙な顔をする。
でも、すぐに「フフッ。」と笑って。
「ありがとう。使わせてもらうよ。」
「うん。そうして。」
手に持ったしおりをもう一度笑顔でながめてから、宇喜多さんが笑顔で尋ねた。
「選ぶのは面倒だったかな? テスト前なのに、時間取らせちゃった?」
「あ、ううん、そんなことない。」
答えながら、相河くんに一緒に行ってもらったことを話すべきか迷う。
一瞬、黙っていようかと思ったけれど、よく考えたら、相河くんが話すかも知れない。
だったら、今言わないのは変だ。
「ええと、あ、相河くんに、一緒に選んでもらったから。」
そう言った途端、宇喜多さんが驚いたようにわたしを見た。
(あれ……?)
何か言いたそうな顔でまじまじと見つめられてハッとした。
(もしかして、わたしが選んだんじゃないからって、がっかりさせちゃった!?)
ああ、そうかも。
これはわたしからのプレゼントなんだもの。
いくらお断りしたって言っても、“わたしが選ぶ” って部分が大事に決まってる!
「あ、あのね、でも、これはわたしが一人で決めたんだよ。相河くんは全然役に立たなかったの。」
「ああ、そうなんだ……。フフッ、ありがとう。」
笑ってくれた宇喜多さんにほっとする。
なんだか調子が出て、言葉がするすると続いた。
「男の子が何がいいのか分からないから来てもらったのに、相河くんはふざけてばっかりいて、本当に困っちゃった。」
告げ口気分で、思わず宇喜多さんに愚痴ってしまった。
そんなわたしに、宇喜多さんが楽しげな笑顔を向ける。
「へえ。どんなふうに?」
「あのねえ、輪ゴム。」
「え? 輪ゴム?」
「そう。箱入りの輪ゴムだよ? 何百個も入ってるやつ。それをどうかって。」
「あはははは! いくらなんでも、それは欲しくないなあ。」
宇喜多さんの明るい反応に、ますます勢いがつく。
「それから、シール。」
「シール?」
「そう。ほら、キラキラのとか、動物とか、リボンとかの。」
「それ……何に使うもの?」
「女の子が、手帳とかお手紙なんかに貼るんだよ。」
「へえ。」
そう。
宇喜多さんにとっては「へえ。」以外にはどうしようもない。
それを分かっていながら、相河くんはそんなものを勧めるんだから。
「あとは、ノートの5冊パックとか。」
「ああ、それなら使えそうだけど。」
宇喜多さんならそう言うと思ったけど。
「使えるけど、お誕生日のプレゼントには雑過ぎるでしょ?」
「くくっ、なるほど、確かに。」
「あんまりふざけるから、『相河くんのお誕生日にはそれにしてあげる。』って言っちゃったよ。」
「あはははは!」
宇喜多さんの気持ちのいい笑い声にほっとして一息ついた……ら。
「楽しかったんだね?」
急に穏やかな笑顔になって、そっと訊かれたからドッキリした。
見返す視線が泳いでしまいそうになったけど、意地を込めて、宇喜多さんをしっかりと見つめる。
「そ、そんなこと、ないよ。」
否定しながら、自分の頬に血が上っているのが分かった。
でも、ここは絶対に「うん。」とは言えない。
だって、そんなことを言ったら、わたしが宇喜多さんのプレゼントを選ぶという理由を利用して、相河くんと二人で出かけたみたいだもの。
いえ、まあ、そうじゃない……とは言えないんだけど、ここはあくまでも、 “違う” ってことで。
「ちゃんと考えてくれないからイライラしちゃった。」
「ふうん。」
「時間ばっかりかかっちゃって。テスト前なのに。」
「ああ……、ごめん。」
(いけない!)
「あ、違うよ、宇喜多さんのせいじゃないよ。もっと早く選んでおけばよかったんだから。」
慌てて弁解するわたしに、宇喜多さんが困ったように微笑む。
せっかくのお誕生日に、困った顔なんてさせたくないのに。
「あ、あのね、本当だよ。宇喜多さんは悪くないの。わたしが困ったのは相河くんのせいなんだから。ふざけてばっかりいるし、わたしのことを子ども扱いするし。」
「子ども扱い? 相河が?」
(あ。)
パッと目が合って、思わず口元を手でおさえて下を向く。
(これは言うつもりじゃなかったのに……。)
なんだか、しゃべればしゃべるほど、余計なことを口に出しているような気がする。
相河くんがふざけたことは、もちろん困ったけれど、その反面、楽しかったというのが本当のところ。
でも、子ども扱いされたときは、本気でがっかりした。
だって、頭を撫でるなんて!
(それに、もう一つ。)
一つの不満を思い出したら、芋づる式にもう一つ思い出した。
それは、相河くんが焼きもちを焼かなかったこと。
こうやって、朝一番で宇喜多さんにプレゼントを渡してあげたら、と言ったのは相河くんだ。
わたしがほかの男の子と一緒にいても、相河くんには興味がないってことだ。
「フッ…くく……。」
気付かないうちに憤然とした顔をしていたら、かすかな声が聞こえた。
嫌な予感がして宇喜多さんを見ると……。
(笑われてる……。)
宇喜多さんは、反対側に顔を向けていた。
けれど、拳を口に当てて肩を震わせている姿は、どう見ても、笑っているとしか思えない。
(なんで!?)
どうして笑うの!?
わたしが子ども扱いされたことが、そんなに可笑しい?
それとも、それを怒ってることが変だっていうの!?
(あんまりだ!)
心の中で叫ぶと同時に、宇喜多さんがこっちを向いた。
そして、怒った顔をしているわたしを見て、慌てて真面目な顔を取り繕おうとする。
そんなことをしたってもう遅いのに。
「いいよ、もう。笑ってればいいでしょ。どうせ子どもですよ。」
本当は、「でもね、その “子ども” を一度は好きになったんでしょう!?」と付け加えたいところだ!
「あはは、ごめん、違うよ。」
(そんなに笑いながら謝られても、簡単に機嫌が直るわけないじゃないの!)
ふくれっ面を続けるわたしの横で、宇喜多さんはくすくす笑いが止まらない。
歩いていうるちに、宇喜多さんの誕生日だということを思い出した。
怒っていることも馬鹿馬鹿しくなった。
けれど、意地になって学校まで不機嫌な顔で通した。
だって、宇喜多さんはずっとご機嫌な様子なんだもの。
わたしが不機嫌な顔をしていたって、宇喜多さんが楽しいなら問題なんてないはずだ。
学校に着いて、校舎の階段を上っているとき、宇喜多さんがまたくすくすと笑いだした。
諦めて理由を尋ねてみたけど、教えてくれないまま5階に着いた。
最後に「じゃあね。」と言おうと口を開きかけたら、宇喜多さんが一言。
「葵は上手く行くといいね。」
って。
びっくりして、「何が?」と、とぼけることもできなかった。
好きな人がいるとは話したけれど、今朝の話の流れで、わたしが相河くんのことを好きだと気付いたのだろうか?
わたしが驚いているうちに、宇喜多さんはさっさと階段を上って行ってしまった。
どうやら宇喜多さんには、別れ際に相手をびっくりさせることを言うという、変な癖があるみたい。
長い間、おつきあいいただき、ありがとうございます。
第五章「変化」はここまでです。
次から第六章「言っちゃえ!」に入ります。
お楽しみいただけるように頑張ります。




