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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
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71  ドキドキ、のち、晴れ?


帰りに葵の家に寄った翌朝、俺は頑張って葵と同じ時間の電車に乗った。

ホームで会ったとき、彼女は穏やかな笑顔であいさつしてくれた。

そして、俺に心配をかけたと言ってもう一度謝ってくれて、尾野からも夜に電話があったと言った。

何故なのか分からないけれど、その落ち着いた雰囲気が、前の日までよりも少し大人びて見えた。


椿ヶ丘では宇喜多には会わなかった。

あいつも不安な顔をしていたから、待っているんじゃないかと思ったんだけど。


その代わり、陸上部の1年が声をかけて来て、あいさつをしながら俺に探るような目を向けた。

俺も負けずに見返してやった。

葵の話では、そいつが海水浴場で困っていた葵を助けた本人らしい。

ということは、葵の水着の情報はそこから出たってことだ。

まったく……許し難い。


授業が始まる前に、尾野が教室にやって来た。

いつものとおりさっさと教室に入って来て、女子で固まっていた彼女のところへまっしぐら。

俺は離れた場所から二人のやり取りを見ていただけだけど、尾野の表情が、俺たちといるときとは違うってことは分かった。

俺たちには見せたことのない、真面目で優しげな顔をしていた。

やっぱり尾野も本気なんだと、あらためて思った。


部活では、部室に来た彼女に、1年生が嬉しそうに次々と声をかけた。

彼女はそれに「ありがとう。心配掛けちゃってごめんね。」と、笑顔で答えていた。


宇喜多は遠慮がちに彼女を見ていたけど、気付いた葵が笑顔で小さく手を振ると、照れくさそうに笑っていた。


……なんていうことを、俺は一日中観察していたんだな、と、夜になってから思った。




その翌日からテスト前で部活休止期間に入り、また葵と別々に帰る日々が始まった。

とは言っても、なるべく同じ電車に乗って、丸宮台の駅で一緒になれるようにしてるけど。

一緒に帰るクラスの友人たちに気付かれないように歩く速度を調整するのは、結構スリリングだ。


同じ電車になれないことも、もちろんある。

丸宮台の駅を一人で歩いていると、すごくさびしい気分になってしまう。

そういうときは、葵のことを考えながら、彼女も同じように思ってくれていたらいいな、と、思いを馳せている。




「あ、あの。」


葵から声をかけられたのは、明日から試験が始まるという日の休み時間。

教室の移動のため、荷物を持って彼女の横を通り抜けようとしたときだった。


「ん?」


立ち止まった俺たちの前の戸口から、友人たちがどんどん廊下に出て行く。

「先に行ってるぞ。」と声をかける友人たちに返事をして彼女を見下ろすと、葵はやけに緊張した様子をしていた。


「あ、あの、今日、なんだけど……。」


話し出した言葉も途切れがちで、声も小さい。

今まで、俺に対してこんなに緊張していたことなんてなかったのに。


「うん……。」


つられて俺も緊張してしまう。

彼女の頬が赤いような気がするのは気のせいだろうか……?


「あの、い、一緒に、か、かえ、れる、かな?」


(一緒に…?)


自分も緊張しているせいで、彼女の途切れ途切れの言葉がすぐには分からなかった。

頭の中で繰り返して ――― 。


(かかえ…れ、る? かえ・れる? “帰れる” !? “一緒に”!?)


一瞬、自分の耳を疑った。

でも、聞き違いじゃなかったはずだ。

そうだったとしても、ここは、そう聞こえたってことにしてしまえばこっちのものだ!


「あ、ああ、うん、大丈夫。いいよ。」


取り消されないうちに、大急ぎで頷く。

これで約束成立!

今日は何がなんでも、葵は俺と帰らなくちゃならないんだ!


「よかった。」


真っ赤な頬で、ほっとしたように微笑む葵。


(そんな顔されたら、期待しちゃうけど!?)


今にも叫び出しそうだ。


「ええと、じゃあ、帰りに。」


なんだか俺まで照れくさい。

教室で俺と葵が話すところなんて、クラスメイトには珍しくもなんともないことだ。

けれど、今は見られるのが恥ずかしくて、急いで彼女に背を向けて廊下に出る。

真面目な顔をしていたいのに、どうしても顔がにやけてしまう。


(ふったりっでかっえるっんだ〜♪)


ウキウキして、思わずワルツのステップが出そうになった。

頭の中にはどこかで聞いた三拍子の音楽が。


(尾野、宇喜多、ごめんよ〜♪)


どうやら俺の勝ちらしいぜ!




「じゃあ、明日から試験だから、みんな、勉強頑張ってね。さようなら。」


「はーい。」

「さよなら〜。」


永遠に来ないんじゃないかと思った放課後がやっと来た!

途中で誰かに邪魔をされないように、普段よりも時間をかけて帰る仕度をする。

いつも一緒に帰る友人たちには、「ちょっと用事があるから。」と言い訳をして。


「じゃあ……、行くか。」


当たり前だという顔をするのが、これほど難しいとは!

笑おうとすれば大袈裟になるし、普通の顔といっても、それを意識すると分からなくなる。

今、俺はたぶん、困った顔をしているんじゃないかと思う。


「うん。」


(やったぜ〜!)


コクンと頷く葵に腹のあたりがむずむずする。


(それにしても、こんなに緊張するなんて……。)


それは俺だけじゃない。

並んで歩き始めた葵も同じらしい。


いつもとは全然違う。

ちらりとしか見てくれない視線とか、赤いほっぺたとか、小さい声とか。

この緊張感漂う俺たちの姿を見たら、誰もが初めてのデートだと思うんじゃないだろうか。


5組の前を通りながら、尾野がすでにいないことを素早く確認。

あとは、駅で待っていたりしないことを祈るだけだ。


「ええと…ね、あの、ちょっと、お買い物に、付き合ってもらおうと思って。」


階段を下りながら、葵が笑いかけた。

でも、その笑顔はやっぱりいつもより硬いし、視線が合う前に下を向いてしまった。

いつもまっすぐに見上げて微笑んでくれたのに。


(恥ずかしがってる…んだよな?)


どう見ても、嫌いな相手と一緒にいるという態度ではない。

あんまり期待するのは危険だと分かっているけど。


「買い物?」


「うん。あの……、緑ヶ原に大きめの文房具屋さんがあるでしょう? そこで……。」


話しているうちに落ち着いてきたらしい。

彼女の言葉がなめらかになって、視線が今度はぶつかった ――― と思ったら、逸らされた。


(あ〜、たまらない!!)


こんな反応されたら、期待するなって言う方が無理だ!


「え、ええと、あの。」


彼女がまた慌てた様子になっている。


(もしかしたら、告っちゃった方がいいのか?)


そうすれば、もっと簡単な気がする。

お互いにその気があるなら……。


「あ、あのね、宇喜多さんのプレゼントを選んでほしくて。」


「……え?」


予定外の名前が耳に……。


「あのね、明日、宇喜多さんのお誕生日なの。そ、それでね、何がいいのか分からなくて、その……一緒に選んでもらえたらって……思って……。」


「あ、ああ……、そうか……。」


がっかりしないようにと思っても、そうはいかなかった。

シューっと空気が抜けるように、力が抜けていく。


(宇喜多のためだったんだ……。)


葵が恥ずかしがっていたのはそのせいだったんだ。

宇喜多のプレゼントを選ぶことを俺に知られるのが恥ずかしくて。

そんな思いをしてまであいつが気に入りそうなものを選びたくて、だから俺に……。


「あの……、もしかして、嫌……かな?」


俺が黙ってしまったので心配になったらしい。

葵が不安そうに俺を見上げていた。


(葵……。)


そんな彼女の健気さが愛しい。

愛しくて、たまらなく切ない。


「嫌じゃないよ。声をかけてもらって嬉しいよ。宇喜多のプレゼントだろ? 俺に任せとけ。」


笑顔で請け合うと、彼女は嬉しそうに「うん。」と頷いた。

その笑顔も宇喜多のためなのかと思うと、複雑な気分になった。



けれど。



行ってみたら、ものすごく楽しかった!


宇喜多へのプレゼントだと聞いて、俺の緊張が解けたのが良かったらしい。

葵もだんだんといつも通りになって、店に行くまでも、着いてからも、たくさん話してたくさん笑った。

そして、そうしているうちに気付いた。

まだ諦めるのは早いって。


だって、誕生日のプレゼントはただのイベントだ。

尾野にもあげたんだし、俺にだってくれるはず。

それに、プレゼントを選ぶために、こうやって俺を頼ってくれた。

つまり、葵は俺を身近な存在だと思っていてくれるってことだ。


それだけじゃない。


「ねえねえ、相河くん。」


(これだよ、これ!)


彼女は俺を呼ぶとき、背中や腕をたたくのだ。

指先で、そっと。


(あ〜、もう!)


「ん?」


真面目な顔をしているのが難しい。

やっぱり、きっと、たぶん、……期待したっていいよな?


「これ、どうだろう?」


「ああ、宇喜多っぽいなぁ。」


「そう?」


「うん。」


こうやって微笑み合っている今は、彼女は俺だけのものだ!




「いつ渡すんだ?」


丸宮台の駅を歩きながら尋ねると、葵はちょっと考えて、「明日の帰りかな。」と言った。


「せっかくだから、朝一番で渡してやれば?」


あまりにも楽しい時間を過ごした今、宇喜多に対してちょっと後ろめたい気分になっていた。

あいつの誕生日をダシに使ったみたいで。

だからこれは、ちょっとした罪滅ぼしのつもり。

罪滅ぼしと、今日の “買い物” という時間をもらったお返しと。


葵は大きな目で俺のことをちょっと見つめてから、優しく微笑んで言った。


「そうだね。そうする。」


駅の下で別れるとき、思わず彼女の頬をつついてみたくなった。

それくらい、俺は親密な気分になっていた。


けれど、それは少しやり過ぎな気がして、ギリギリのところで頭をなでる方に切り替えた。


彼女は「髪がボサボサになる〜。」と文句を言い、ふくれっ面をしてみせた。

そんなやり取りも楽しくて、俺たちは、最後に笑って手を振り合った。







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