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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
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70  *** 葵 : はっきりと


マンションのエントランスから外に出ると、空はもう暗かった。

ついこの前まで、7時過ぎだって明るかったような気がするのに。


(どこ?)


急いで左右を見回すと、相河くんは左側の植え込みの前に立っていた。

道路の反対側の街灯の明かりで、心許なさそうに微笑んでいるのが分かる。


(相河くん……。)


その姿を見たら、胸がいっぱいになってしまった。


きのう、今日と、続けて部活を休んだわたしを心配してくれている相河くん。

自分勝手な理由で逃げ出したわたしを心配して……。


小走りに近付きながら、ようやくはっきりと自覚した。


(わたし、相河くんのことが好きだ。)


“いつから” とか、 “どうして” とか、そんなことは関係ない。

今、ここにいる相河くんのことが好き。


「あの、ごめん。あとで電話しようかと思ったんだけど……。」


申し訳なさそうに言う相河くんの姿に切なくなる。


「ううん、大丈夫。」


白いポロシャツに黒い学生ズボン、バレー部の銀色のエナメルバッグを肩にかけた背の高い相河くん。

いつも元気で明るくて、楽しそうに笑ったり冗談を言ったりしているのに、今は心細そうに見える。

さっき宇喜多さんが、尾野くんが相河くんを責めていたって言っていた。

あの話の流れだと、わたしが部活を休んだことを相河くんのせいだとからかわれたに違いない。

それをこんなに気にして……。


「ええと、あの、体調は…どうかと思って。」


どう答えようかと迷っているうちに、相河くんは続けて言った。


「あの、なんか、具合が悪いのに、直接来たりしたら悪いかなー…、とは思ったんだけど、その、通り道だし……。」


「ごめんなさい。」


咄嗟に出た言葉。

心配をかけたことに。

わたしが意気地なしだったことに。

そして。


「ありがとう。」


心配していることを、こうして伝えてくれたことに。

会いに来てくれたことに。


相河くんは静かに、そして不安そうにわたしを見ている。

それを見たら、これでは足りないと思った。

こんな簡単な言葉だけではわたしの気持ちが十分に伝わらない、と。


(手を……。)


体の奥から、今までにない衝動が湧いてくる。


手を握れば伝わるような気がする。

感謝していることや、申し訳なく思っていることが全部。

わたしの手のひらを通して、相河くんの心に届くような気が。


一瞬、手が動きかけたけれど、上に上げることはできなかった。

仕方なく、その場で握り締めるだけ……。


「あの……、ゆっくり休んだからもう大丈夫。明日は部活にも出られるから。」


さっきの宇喜多さんとの電話を思い返して、自分の中でもう一度確認する。

確かに大丈夫だという自信が湧いてきて、自然に微笑むことができた。

すると、ようやく相河くんもほっとしたように微笑んでくれた。


「そうか。よかった。」


その笑顔が胸に沁みる。

そしてもう一度、わたしはこの人が好きなんだ、と実感した。


「俺さあ、もしかしたら……、俺が原因かと思っちゃって。」


「え? どうして?」


宇喜多さんと話したことを言えない以上、相河くんが尾野くんに責められたことも知らないふりをするしかない。

もちろん、本当のところは分からないし。


「いや、ほら、日曜日に何かやっちゃったのかと……。」


(ああ、そのことなんだ……。)


相河くんのことが気の毒になる。

でも同時に、尾野くんにも心配をかけているのだと気付いた。


「そんなことないよ。」


深く反省して否定しながら、ふと、日曜日のことを思い出して楽しい気分が戻って来た。

二人で話したこと、ダンスの練習。

そして、ふざけて相河くんをくすぐったこと。


(うん。楽しかったよね。)


悲鳴をあげながら怒る相河くんが可笑しくて、何度もくすぐった。

最初はちょっと意地悪のつもりで。

だって、相河くんが何とも思ってくれないから。

悔しくて、ちょっと拗ねた気分で。


今考えるとあれは…、あれは……。


(愛情表現……みたい…な?)


そう思った途端、カ―――ッとほっぺが熱くなった!


( “何かやった” のはわたしの方だ!)


「相河くんは、何も、その、悪いことなんてないの。」


顔を上げられなくなってしまった。

恥ずかしすぎる。

誰もいなかったとはいえ、拗ねてたからとはいえ、自分から…、自分から………。


(触るなんて〜〜〜〜〜!!)


大胆過ぎる!


どうしたらいいんだろう?

相河くんには一刻も早く忘れてほしい。


「なら、いいんだけど。」


「え、ええ、はい。」


とにかく。

今日はこれで終わりにしたい。

恥ずかし過ぎて、まともに頭が働かない気がするし。


「あ、あの、わざわざ寄ってくれてありがとう。心配かけてごめんなさい。」


顔を上げられないことを気取られないように、反省しているふりをしてみる。

いいえ、 “ふり” じゃなく、本当に反省してるけど。

それよりも、耳が赤くなっていないか気になる!


「あ、ああ、うん。俺のせいじゃなくてほっとした。それに、もう良くなったって分かったし。そろそろ季節の変わり目だから、風邪か?」


「あ、いえ、そうじゃ…ないの。」


(しまった! 「そう」って言っちゃえばよかった!)


こういうときに、ウソをつき慣れていないと困る。


「あ、あ、あの、そうね、いつもはこんなに酷くないんだけど、今回はちょっと…辛くて……。」


(ああもう、何言ってんだか分からないよ〜!)


とにかく早く終わりにしたい。

「じゃあ」って言ってしまおうかな……。


「え、あ、そ、いや、ごめん、変なこと訊いて。」


(……え?)


相河くんの反応が変だ。

何か慌てている感じ?


「え、と、悪かった。ごめん。女子にはいろいろあるよな。ええと、じゃあ、俺、帰るよ。またな。」


「あ、はい。さよなら……。」


あっけない「またな。」に少し驚きながら顔を上げると、相河くんはもう向こうに歩き出していた。

何となくせかせかと、あっという間に遠ざかって行く。


(また……明日ね。)


びっくりしながらもほっとした気持ちで、心の中で声をかけた。




相河くんの言った言葉の意味に気が付いたのは、玄関のドアを開けたとき。

まだ熱い頬を手であおぎながら、会話をたどっていたときだった。


(「女子にはいろいろあるよな」って……言ったよね?)


で、急に慌てて帰ってしまった。

ということは……。


(もしかして……?)


考えたくないけど……、もしかして、アレだと思われたんだろうか?

女子にしかない、月々の……?


(そんな!? え!? やだ!?)


なんでそんなことを思い付くの!?

もうちょっとロマンティックな方に……って言うには、わたしの説明が変だったかも知れないけど!

男の子なのに!


(違ってるけど、そうだと思われてることが恥ずかしい……。)


「ああ……。」


なんだか力が抜ける……。

相河くんがいろんなことによく気が付くひとだと分かってはいたけれど……。


がっかりした気持ちでキッチンに戻ってエプロンをかけ、やりかけだった夕食の準備を再開。

ジャガイモの皮をむきながらさっきの相河くんの様子を思い出したら、やっぱり笑ってしまった。


(あの察しの良さで、わたしの気持ちにも気付いてくれればいいのに……。)


ものごとって、なかなか上手く行かないものだ。


(もちろん、気付いてもらっても、嫌がられちゃうかも知れないけど……。)


それを思うと、自分から告白する勇気は出ない。

今までの関係も、全部ダメになってしまうかも知れないから。

こうなってみると、宇喜多さんの前向きな行動と考え方には、尊敬の念が湧いてくるばかりだ。


「ふぅ……。」


ジャガイモに向かってため息が出た。


(でも……、やっぱり気付いてもらいたいな……。)


今のところ、嫌われてはいないと思う。

女子の中では、結構仲がいい方だと思うし。

日曜日だって、楽しかったし。


日曜日のことを思い出したら、ぽっ、と、また頬が熱くなった。


(ちょっと……頑張ってみようかな。)


こんなふうに思うのは初めて。

今までの恋では見ていることしかできなかったわたしが。


(ちょっとだけしかできないと思うけど……。)


相河くんの様子を見るだけでも。

そのあとの関係に影響が出ない範囲で。


(うん。そうだよね。)


気持ちが決まったら、何ができるか考えるだけで楽しくなってきた。

包丁も気持ち良くリズミカルにトントントントン ――― 。


「あっ!?」


(またやっちゃった……。)


左手の人差し指の爪の端っこが切れてしまった。

こうやって包丁が削ったあとを見るたび、爪は指を守るためにあるんだなあって思う。


(こんなふうにそそっかしいから、相河くんはわたしのことを子ども扱いするんだよね……。)


ちゃんと女の子として見てもらえるように、これからはもっと頑張ろう。







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