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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
69/97

69  *** 葵 : ごめんなさい。ありがとう。


(電話……?)


夕飯の支度をしようと冷蔵庫を開けたとき、ダイニングテーブルに乗せておいたスマートフォンが鳴りだした。


(お母さんかな?)


7時前のこの時間に電話をしてくるなんて、お母さん以外には考えられない。

でも、いつもならメールなのに……。


少し急いでキッチンカウンターをまわり、スマホに手を伸ばす。

持ちながら目に入った文字を見て、心臓がギュッと縮んだ。


(宇喜多さん……。)


一瞬、出るのをやめようかと思った。

けれど、それはあまりにも酷いことのような気がする。


「はい……。」


それしか言えなかった。


『葵? あの、俺、ごめん!』


(え……?)


聞こえてきたのは宇喜多さんの慌てている声。


『俺、葵のこと傷付けるつもりはなかったんだよ。葵がそんなふうに考えたことがないって、ちゃんと分かってたんだ。だけど1年生とか……いろいろ考えたら焦っちゃって。どうしても言わなくちゃって思っちゃって。』


(宇喜多さん……。)


『驚かせちゃってごめん。断るのだって辛いよな? そんな思いさせちゃってごめん。俺、あのときはちゃんと考えられなくて。』


何か言わなくちゃと思うのに、言葉も、声も出て来ない。


『部活を辞めたりしないでくれよ。俺の顔見たくないなら、俺がバレー部を辞めるから。』


(辞める!?)


「え、だ、だめ。ダメだよ、そんな! 宇喜多さんが辞めるなんて、そんなの。」


(あり得ないでしょ!?)


そんなに大きなことになるなんて思ってなかった。

ただ、どんな顔をして会ったらいいのか分からなくて……。


『俺の代わりなら1年生にもいるよ。でも、葵が辞めたらみんな困るし……、俺は責任を感じるよ……。』


(ああ……。)


宇喜多さんの声を聞いて、自分がどれほど勝手なことをしていたのかと反省した。


落ち着いて頭の中を整理するために、ダイニングチェアに腰掛けた。

大きめの座面に足も乗せて、体育座りのような格好で背もたれに寄り掛かる。

そのままちょっと目を閉じて……。


電話の向こうからは、どこかのざわめきが聞こえるだけ

宇喜多さんは、言いたいことは全部言ったらしい。

わたしの言葉を待っている気持ちを考えたら、長い時間待たせることはできない。


「わたし、バレー部を辞めるなんて、考えてないよ。」


まずは、答えやすいことから言うことに決めた。


『え……?』


「宇喜多さんと顔を合わせづらくて休んだのは本当だけど、辞めようとは思ってなかった。」


『よかった……。』


ほっとした声が聞こえた。

そのまま少し間があって、次に聞こえてきた声はゆっくりと落ち着いていた。


『俺さあ、葵がマネージャーになったとき……。』


「うん。」


『 “恋愛沙汰で揉めたりするかも知れないから、女子マネージャーは嫌だ” って思ったんだよ。』


「ああ……、うん。」


だからわたしを無視してたんだ。

そんなことを考えていたなんて、宇喜多さんらしい気がする。


『なのに、自分がそれを引き起こすなんて……馬鹿だよな……。』


「そんなことないよ。」


人を好きになる気持ちはコントロールできないもの。

最初から望みのない相手を好きになってしまうことだってあるんだから。


「わたしの方こそ、部活を休んで心配かけたりしてごめんなさい。まさか、辞めるとまで思われちゃうとは思ってなくて。」


『ああ……、なんか、帰りにそんな話になって……、で、俺も焦って……。』


(「帰りに」ってことは、みんなにそう思われてるってこと……?)


よく考えたら時間が変だ。

まだ家に着いている時間じゃないはず。


「宇喜多さん、今、どこ?」


『え? 椿ヶ丘のコンビニの前の木があるところ。』


「椿ヶ丘……。」


じゃあ、電車に乗る前ってことだ。

そんなに急いで……。


『みんなには「用事がある」って言って別れてきたけど、挙動不審だったかもな、ははは……。』


(宇喜多さん……。)


わたしは本当に自分勝手だ。

周りの人の気持ちをちっとも考えないで。

“宇喜多さんを傷付けるのが辛い” なんて、自分がそこから逃げる言い訳でしかない。


「本当に、心配かけてごめんなさい。わたし、甘え過ぎでした。」


『そんなことないよ。悪いのは俺なんだから。』


「ううん、違う。わたし……言うのが怖かったの。」


『うん……、そうだよな。分かってるから、言わなくてもいいよ。』


「大丈夫。ちゃんと言わせてください。……あ、聞くのが辛いなら……。」


『ああ、いや、そんなことない。覚悟はできてるから。返事をしてくれるなら……お願いします。』


「うん。あのね、わたし…… 」


(さあ、頑張れ!)


「わたし、あの、ほかに好きな人が……いる、と、思います。」


まだ曖昧だけど、たぶん。

そうなんだと思う。


『え、そういう返事……?』


「……はい。」


『本当にそれだけ? それで終わり? それ以上はなし?』


「え、ええ、そうなんです…けど。」


(何か反応が……予想と違うような……。)


『よかったー。俺、嫌われたかと思った。』


「え? やだ、そんな。宇喜多さんを嫌うなんて、そんなこと。」


驚いているわたしをよそに、電話の向こうで宇喜多さんは『そうかー。』なんてくすくす笑っている。

何か言った方がいいのかと困っているうちに、かなり気楽な声が聞こえてきた。


『ごめん。なんだかほっとしちゃって。』


「そう……?」


『うん。俺、「もう顔を見るのも嫌だ」とか言われるんじゃないかって、覚悟してたから。』


「そんな。」


『でも、「ほかに好きな人がいる」ってことは、嫌われてるわけじゃなくて、単に俺は “一番じゃない” ってことだって思えるし。』


「あ、ええ、そうです。その通り。」


(順番を付けるとしたらたら2番目くらいだけど……。)


『じゃあ、それでいい。嫌われてることに比べたら、ずっといいよ。』


「ああ……、よかった……です。」


(こういうの、「よかった」って言っていいのかな?)


わたしの頭の中は戸惑いでいっぱい。

なにしろ告白も、お断りも、される側もする側も初めてなんだもの。

どういう態度をとるものなのか、まったく分からない。

前の学校では失恋して泣いていた子も見たし、もっと重いものかと思っていたけれど……。


『くくっ、あれって本当なんだな……。』


電話の向こうで宇喜多さんが楽しげにつぶやいた。


「 “あれ” ?」


『 “初恋は実らない” って言うだろ?』


「あ。」


(じゃあ、今回が宇喜多さんの……?)


『でも、楽しかったから、いいかな。』


「楽し…かった?」


明るい声を聞いているうちに、わたしの心も軽くなってくる。


『うん。ほら、他人に気付かれないようにこそこそしたり、ちょっとのことでドキドキしたり。思い出すと笑っちゃうよな。』


「ああ…、そういうのって……あるよね。」


よく分かる。

わたしも同じだもの。


『それにさ、俺、 “葵に会ってから変わった” って言われたよ。』


「わたし?」


『うん。いい方に変わったってさ。尾野たちに。』


「そうなんだ…。」


『な? だから、葵は俺に悪いなんて思わなくていいんだよ。』


(あ……。)


宇喜多さんは、どこまで優しいひとなんだろう。

優しくて、強くて……。


『ああ、なんだかすっきりしたなあ。』


「そう?」


あまりにもさっぱりした言い方で、思わず微笑んでしまった。

そんな自分に驚いた。


『これからは、葵には遠慮なく何でも言えるような気がするよ。』


「え、ホントに?」


『うん。だって、もう葵に隠すことなんて何もないし、女子の中では一番信用してる相手だから。』


(宇喜多さん……。)


じわっと涙がにじんできた。

気持ちを受け取れないと断った上に心配をかけたわたしを、「一番信用してる」と言ってくれたことが嬉しくて。


「わたしは… 」


泣いていることを悟られないように、呼吸を整えて。


「わたしも宇喜多さんのことを信用してるよ。だってほら、美加さんのことで悩んでたとき、宇喜多さんだから相談できたんだもの。」


『え? 榎元の…こと?』


「あ!」


美加さんの名前は出さないで話したんだった!


「あ、あの、いや、あの…。」


『ああ……、そういうことか。あのときの。』


「ああ……、まあ……。」


『大丈夫、誰にも言わないよ。もうずいぶん前のことだしね。それに、 “俺だから相談できた” なんて言われたら、自慢できる気分。』


落ち込んでいるわたしに、宇喜多さんは明るく約束してくれた。

そして。


『俺もさ、俺が葵を好きだったことを、葵が自慢できるような男になるよ。』


「そんな。宇喜多さんは今でも十分にいい人だよ。」


『はは、ありがとう。でも、もっといい男になる。』


「そんなことになったら……、お断りしたことを後悔しちゃうかも。」


『何言ってんだよ? 葵には好きな相手がいるんだろう?』


「でも、ふられちゃうかも知れないよ?」


『そうかなあ? うーん、もしそんなことになったら…… 』


「なったら?」


『ふられた者同士、何かで羽目をはずそう。』


「あ、いいね、それ。」


それからしばらく、とりとめのないことを話した。

一緒に話して笑っている間に、わたしたちの関係が変わって行く気がする。

新しく生まれた関係は、気楽で心地良くて、安心できて。


それは、宇喜多さんだからできること。

今までの信頼関係があるから生まれたもの。

そう思う。


「ピーンポーン♪」


(あれ?)


呼び出しのチャイムが鳴った。


『あ、誰か来た?』


という宇喜多さんの声を聞きながら、急いでインターフォンのところへ。


「相河くん……。」


液晶画面に映った姿を見て、電話を構えたまま声に出してしまった。


『相河? ああ、あいつも心配してたから。』


「あ、あの。」


どっちに返事をするべきか迷ってあたふたしているわたしの耳に、宇喜多さんの言葉が聞こえた。


『尾野に責められてショック受けてたから、優しくしてやってくれよな。じゃあ。』


(あ、切れた。)


とにかく相河くんだ。

返事をしないと帰ってしまう!







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