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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
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68  おかしな葵


(あ。)


丸宮台の駅前で葵を見付けた。

俺の数メートル先を横切って、階段を上っていく。


(やった! 朝からツイてるぜ!)


今朝は早く出られなかったから、彼女に会えるとは思っていなかった。

でも、彼女が遅れたのだ。


(そう言えば、具合が悪かったんだっけ……。)


足を速めながら思い出す。

きのうの月曜日、一日中元気がなかった彼女は、そのまま部活を休んだ。

その前の日に俺たちが家にお邪魔して疲れさせてしまったんじゃないかと心配していたんだけど……。


「葵。」


階段の途中で追い付いて声をかける。

振り返った葵は、俺を見て微笑んだ……けど。


「おはよう。」


やっぱりいつもとは違う。

無理に笑っているように見える。


「元気ないな。まだ調子悪いのか?」


「あ、うん…、ちょっと……。」


弱々しい微笑み。

辛いのに、俺に気を遣って微笑んでいるのかと思うと悲しくなる。


「あんまり具合が悪いなら、学校を休んだ方がいいんじゃないのか? 授業のノートくらい届けられるぜ?」


「相河くん……。」


(え?)


一瞬、葵が泣き出してしまうかと思った。


「……大丈夫か?」


コクン、と彼女が頷いた。

その仕草はなんとなく、言いたいことを飲み込んだようにも見えた。


「熱はないのか?」「どこか痛いのか?」「めまいがしたりとか?」


改札口からホームへ向かいながら、あれこれ訊いてみる。

けれど、どの質問も、彼女は静かに否定するだけ。


「そんなに……辛いわけじゃないの。」


ホームのいつも電車に乗り込むあたりで立ち止まったとき、彼女がそっと言った。相変わらず弱々しく微笑んで。


(葵……。)


無理にでも家に送り届けたい。

すぐにベッドに入るように言って。

でも、あんまりしつこく言っても、逆効果かも知れない。


(とりあえず、俺が一日気を付けて見ていよう。)


「何かあったらすぐに言うんだぞ。」


そう釘をさすと、彼女は微笑んだままコクンと頷いた。


その頼りない姿が痛々しくて、俺は思わずセーラー服の肩に手をかけた。

上手に言葉で伝えられない気持ちがもどかしくて。


彼女は少し驚いた顔をして俺を見上げた。

何秒か、俺の表情を確認するように見つめてから、ふっと力を抜いて前に向き直った。

それから目を閉じて、微かに、俺の手の方に頭を傾けた。


(葵……。)


それは、初めての感覚だった。

彼女が俺の想いを受け取ってくれたような。

俺を頼ってくれているような……。


一度ゆっくりと深呼吸をして俺を見上げた彼女は、もう一度微笑んだ。


「ありがとう。」


その微笑みはまだ弱々しかったけど、辛そうな様子が消えたように見えた。


「うん。」


ドキドキしてもいいような状況なのに、俺の気持ちは不思議に静かだ。

まだ少し緊張している彼女の横顔を見ながら、電車が来るまで無言で並んでいた。


本人が平気だと言う気持ちを酌んで、電車の中ではなるべく楽しい話をしてみた。

彼女は自分からコメントしたりはしなかったけど、クラスの男たちの失敗談にくすくすと笑った。

椿ヶ丘で降りたころには、かなり明るい表情になっていた。

同じ電車に乗っていたらしい女子たちが彼女を取り囲んで連れて行ってしまい、俺は俺で自分の知り合いと学校へと向かった。




「今日も…部活、お休みしてもいい? なんとなく、ふわふわする感じで。」


葵がそう言ったのは、昼休みの終わり。


「うん。わかった。」


頷いて返事をしながら、また心配がぶり返した。

教室での彼女は、だいぶ元気を取り戻したように見えていたのに。


「無理してるんじゃないのか?」


俺が尋ねると、彼女は首を横に振った。

今朝と同じような微笑みを浮かべて。


「そんなことないの。でも……、明日もお休みするかも。」


「明日も?」


「うん……。」


今月は前期の期末試験があって、その一週間前のあさってから部活休止期間に入る。

……と思ってハッとした。


(もしかしたら、部活に出たくないのか?)


それは、俺にとってはあまりにも大きな衝撃だった。

怖くて口に出せないほどの。


「…そうか。体調が悪いんじゃ仕方ないな。」


気楽さを装いながら、不安が胸いっぱいに広がる。


5時間目、6時間目と、前の席に座る彼女の後ろ姿を見ながら、ずっと考えていた。

そして、考えれば考えるほど、自分の推測が間違いないような気がしてきた。


だって……。


家の事情なら、それなりの話をしてくれるはずだ。

たとえ詳しくじゃなくても、「ごめんね。」って言いながら。

テスト勉強を早めに始めたいという理由だったとしても、元気がないふりをする必要はないと思う。


もしかしたら、体調不良は本当かも知れない。

でも、そんなに悪くないと言いながら、明日のことまで言い出すのは変な気がする。


(そうなのか、葵?)


彼女がバレー部を嫌がってるなんて、まったく考えたことがなかった。


最後に彼女が出た練習は土曜日だ。

その翌日に葵の家で……。


(まさか、俺か……?)


よく考えてみると、葵の元気がなかったのは、きのうの朝からだ。

日曜日は季坂と藁谷もいたけど、二人が彼女に何かした様子はない。

今日だって、葵は季坂とは普通に過ごしている。


となると、日曜日に葵と二人だけの時間があった俺が原因だとしか考えられない。

いや、そのあとだって、俺が失敗した可能性はある。

おばさんは、「これからもよろしくね。」なんて笑顔で言ってくれたけど、葵は本当は違ったのかも。

あの日は藁谷と季坂の手前、彼女が我慢していたのだとすると……。


(じゃあ……、今朝も……?)


俺に気を遣って笑顔を作っていたんだろうか?

だから、教室で女子同士でいるときには元気なのだろうか?

そして、部活に出れば俺がいるし、帰りも必ず俺と一緒になってしまう。


今朝の駅でのやり取りのとき、俺は自分が彼女を落ち着かせることができたと思った。

でも、違うとしたら?

あれが、俺を相手にしなくちゃならない諦めの意味だったとしたら……?


(そんな……。)


あの日、俺は何か酷いことをしてしまったんだろうか?

何か、彼女が部活に出たくなくなるほど酷いことを……。




「季坂〜。葵ちゃん、そんなに具合悪いのか?」


部活が終わった帰り道で、尾野が先頭を歩く季坂に尋ねた。


「昼間はそれほどではなかったけど。ねえ、相河くん?」


「え、ああ、うん。」


後ろめたい気分の俺は、その話題には触れたくない。

適当に流そうと思っているのに、尾野が俺に矛先を向けた。

笑えないでいる俺の肩に腕をかけて詰め寄って来る。


「きのうから休みなんて、お前、日曜日に何かしたんじゃないのか〜?」


ズキッ……と胸が痛んだ。


「え、な、何言ってんだよ?」


ふざけ半分だと分かっていても、尾野の鋭い目つきで言われると冷や汗が出る。

まして、確信が持てない今の状態では。


「そんな様子はなかったよ。ねえ行矢くん?」


「うん。」


藁谷と季坂が弁護してくれたけど、俺は自信を持って同意できない。

葵と二人きりの時間は楽しくて、あとで思い出しても幸せな気分しか残っていなかったんだけど……。


「だーってさー、それほどじゃないのに2日続けて休みなんて、葵ちゃんらしくないじゃ〜ん?」


「それは、そうだけど。」


「このまま退部しちゃったりしたらどうするんだよ〜? なあ、宇喜多?」


尾野は今度は宇喜多のところへ。

宇喜多は俺の後ろでずっと黙り込んでいた。


「……退部?」


俺が振り返ったとき、宇喜多がそう言って尾野を見返したところだった。

その顔があまりにもショックを受けた様子だったので、俺はますます落ち込んでしまった。

普段から、宇喜多の葵を想う姿には、一途で純粋なものを感じていたから。

葵がバレー部を辞めてしまったら、宇喜多は大きな接点を失うことになるのだ。


「そうだよ。あさってからテスト前で部活は休みになるしさあ。明日も来なかったら、そのまま辞めちゃうかもしれないぜ〜。」


尾野の視線を避けて前に向き直りながら、その言葉が胸に刺さった。

季坂が「そんなことないよ。大丈夫。」と笑顔で言ったけど、俺には何の慰めにもならない。


(ちゃんと話をしてみよう。)


そう決心した。







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