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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
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67  *** 葵 : 一人で


「はあ……。」


これで何度目のため息だろう?

もう1時間以上経つのに、机の上のノートには、たった3行の式が書いてあるだけ。


「ふぅ……。」


両肘をついて、あごをその上に乗せてみる。

机に置いた腕時計の秒針がカチカチと動いているのを、ただなんとなく見つめてしまう。


時計は5時55分。

今日は部活を休んでしまった。


朝、宇喜多さんに気持ちを告げられてから、2時間目くらいまでは、頭がぼんやりしているだけだった。

何かを考えることなんてできなくて、あの出来事を、何度も何度もたどっていた。

そしてようやく、あれは自分の勘違いなどではなく、間違いなく起こったことなのだと信じる気になった。


それからは……混乱している。


驚きが一番大きい。

それから感謝の気持ちと、疑いの気持ちと、自分を責める気持ち。

そのほかにもごちゃごちゃと。


宇喜多さんの優しさは、その気持ちから出た優しさだったの?

わたしはそれを受け取ってはいけなかったの?

わたしの態度が宇喜多さんのその気持ちを育てたの?

いいえ、もしかしたら、宇喜多さんは自分の気持ちを勘違いしているのかも知れない。

たまたま一番近い女子がわたしだったから……とか。


クラスのお友達と一緒にいる間も、そのことがずっと頭から離れなくて、どうしたらいいのか分からなかった。

由衣ちゃんか菜月ちゃんに相談しようかと思ったけれど、そう考えただけで泣きそうになってしまって、無理だと思った。

それに、相談したって、お返事はわたしが自分で決めなくちゃならないのは変わらない。


そう。

他人に相談して解決するようなことではないはず。


だけど……。


(相河くん……。)


由衣ちゃんたちに相談しないと決めてから、今度は相河くんに心の中で呼びかけている。

女子同士で話しているときも、授業中も。

何度も。ずっと。


相河くんならわたしの気持ちを分かって、助けてくれる ――― 。


勝手にそんな思いが湧いてきて……。


(そう。勝手なんだよ。)


今まで心配してもらったからって、こんなことまで助けてもらおうなんて。

これはわたしと宇喜多さんの問題で、相河くんには関係のないこと。

なのに。


(相河くん……。)


そばにいてほしい。

「大丈夫だよ。」って言ってほしい。


でも、わたしが言えたのは、


「今日は体調が悪いから、部活を休みたいんだけど……。」


だけ。

それを言いながら、「気付いて!」って心の中で訴えていて……。


(相河くん……。)


相河くんは、心配そうな顔で「一人で帰れるのか?」と訊いてくれた。

そう言われた途端に「どうしたらいいのか分からない。」って、言いそうになってしまった……。


「はぁ……。」


こうやって考えていると、もう一つのことが大きな意味を持って、わたしに迫って来る。


もう一つのこと ――― 。


わたしの、相河くんに対する気持ち。


夏休みの間、ずっと迷っていた。

考えてみたり、考えるのをやめようとしてみたり、わたしの気持ちはまるでぐちゃぐちゃで。


会えたり、お話ししていたりすると、ドキドキしたり緊張したりして、好きなのかも知れない、と思う。

でも、それはお友達とどう違うのかって考えると、それほど大きな差があるようには思えない。

ワルツの練習で相河くんがうちに来たときも、初めは緊張したけれど、途中からは全然気にならなくなってしまった。

調子に乗ってくすぐって、意地悪なんかができるくらい。

まるで小学生の友達同士みたいな気分で。


でも、今みたいなときに、頭に浮かんでくるのは相河くんで……。


(いつからなんだろう……?)


最初は縞田先輩のことが好きだった。

あの気持ちに間違いはない。

先輩が引退するときも、会えなくなると思うと悲しくて。


そして、相河くんはその間もそばにいてくれた。

転校生のわたしに話しかけてくれて、いつも気にかけてくれて、心配してくれて。

一緒にいる時間が長いから、一緒の思い出もたくさんある。

気兼ねしないで話せる男の子の一人で……。


(気兼ねしないで話せる……か。)


わたしにとって、それはバレー部の4人のこと。

宇喜多さんも、尾野くんも、藁谷くんも、相河くんも、同じ……だと思っていた。


でも、いつの間にか違っていた。

何かのときに思い浮かべるのは相河くんだった。


けれど、確信がない。

それはたぶん、相河くんが近過ぎるから。


教室でも部活でも一緒で、帰りも一緒で。

ただ単に、親友……みたいな存在なのかも知れない、と思ってしまう。

男の子の親友がいたって、おかしくないもの。


(男の子の親友……。)


そんなふうに考えると、心に浮かびあがって来るのは宇喜多さんだ。

美加さんのことを話して以来、深刻な相談をしたことはないけれど、困ったときに誰に話すかって訊かれたら、「宇喜多さん」って答えると思う。

それくらい信頼している。

それに、真面目で親切なところは尊敬もしている。

だから、わたしを好きだと言ってくれたことは、とても光栄だと思っている。


けれど……。


わたしの宇喜多さんに対する気持ちは “恋” とは違う……と思う。


はっきり言い切れないのは、嫌じゃないから。

例えば、今朝言われたように、一緒にお昼を食べに行ったり、二人でお出かけしたら、楽しいんじゃないかと思う。

それに、宇喜多さんとなら、ずっと長く続くんじゃないかな、なんて。


でも、それをほかの人に伝えることを思うとき、どうしても違和感を感じてしまう。

ほかの人たちが見る “彼氏・彼女” とは違う気がする。

そして、そこには相河くんをまっすぐに見ることができないわたしがいる。

後ろめたい気持ちでいっぱいになって……。


(やっぱり、ここで出てくるのも相河くんなんだ……。)


やっぱり特別なのかな。

わたしの特別は相河くん?


(そうなのかも知れない……。)


だとしたら……。


わたし、宇喜多さんをお断りしなくちゃならない。


そうしたら、どうなるの?

今までみたいに仲良しでいられるの?

それとも、もうお友達ではなくなっちゃうの?


いいえ、それよりも、わたしが宇喜多さんを傷付けることになる。

真面目で優しい宇喜多さんを。


(そんなの嫌だ。)


だからと言って、お受けすることもできない。

それはウソをつくことだし、それに……、それに……。


(相河くん……。助けて。)


どうしたらいいのか分からない。

このまま逃げ出してしまいたい。







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