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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
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66  *** 葵:宇喜多さんは落ち着く…と思ったのに!?


「葵、おはよう。」


月曜日の朝。

椿ヶ丘の駅前の信号で止まっていたら、後ろから声がした。

振り向く前に、隣に宇喜多さんが並んだ。


「おはよう。今日も暑いね。」


「うん。でも、少し空気が爽やかになってきてる気がするよ。」


「ああ、確かにそうだね。」


歩行者信号が青になり、一緒に待っていた人たちが動き出す。

7時50分というこの時間には、九重高校の生徒は多くない。

宇喜多さんやわたしの登校時間は、ほかの生徒たちよりもかなり早いから。


「今日は相河はいないんだな。」


「ああ、うん、そうみたいね。」


(疲れちゃったのかもね。)


昨日のことを思い出してしまう。

ダンスの練習でうちに来て、菜月ちゃんたちも一緒にお夕飯を食べて。

ちょっとからかってみたりしたから……。


「きのう……、どうだった?」


「面白かったよ。ふふふ。」


答えながら宇喜多さんを見上げると、あんまり興味がなさそうな顔で前を見ているだけ。

でも、せっかくだから面白かったことを話してあげたい。


「あのね、練習の最後に、藁谷くんと相河くんの二人で踊ってもらったんだよ。」


「え? 『二人で』って、向かい合って?」


「そう! さんざん嫌がったけど、菜月ちゃんが説得してね。でも、お互いに『くっつくな!』とか『暑苦しい!』とか文句タラタラでね。」


「あははは、そりゃそうだろうなあ。」


「ちゃんとできるようになるのは、簡単じゃないみたいね。」


「本番は必ず見に行くことにするよ。」


宇喜多さんが穏やかに微笑んだ。

その笑顔を見たら心の中がほっこりした。

きのう、相河くんと二人のときは、こんなにゆったりした気分にはなれなかったけれど。


「ああ、そう言えばね、」


「うん。」


「きのう、藁谷くんが来るときに、電車が事故で遅れちゃってね。」


「事故?」


「そう。もう動いてはいたんだけど、ダイヤが乱れたままで、藁谷くんが来るまでずいぶん時間がかかっちゃったの。」


「ああ、大変だったなあ。」


「そうなの。菜月ちゃんがずっと駅で待ってて ――― 」


「え?」


(え?)


何か変?


「あ、だって、菜月ちゃんがいないと、藁谷くんはうちの場所が分からないから。」


「あ、ああ、そうだよな。じゃあ…相河は……?」


「先に来て、ソファを動かすのを手伝ってくれたよ。」


そう言った途端、宇喜多さんが何か言いたそうな顔をした。


「え……? 何か……?」


「いや……、べつに。」


宇喜多さんがすっと無表情になる。

そして、そのまま前を向いてしまった。


(何か変なこと言った?)


面白がってくすぐったことは言ってない。

さすがにそれは言えない。

自分でも、調子に乗り過ぎていたって反省しているくらいだから。


(なんだろう?)


様子を窺ってみても、宇喜多さんからは何も分からない。

まあ、べつに宇喜多さんとなら、何も話さないまま歩いていても平気だけど。


「葵先輩! おはようございます!」


いきなり、宇喜多さんの向こう側に男の子が現れた。

宇喜多さんもわたしも、びっくりして身構えた。


「え、はい? おはよ……う、あれ?」


(バレー部の1年生じゃない……。)


陸上部の船山くんだ。


「ええと、なんか……珍しいね……?」


(宇喜多さんに紹介した方がいいのかな……?)


この時間に会うのは初めてだ。

いつもは部室棟の前であいさつをするくらいで。


「はい。今日はちょっと早く仕度が出来たから、早く来たんですけど……。」


船山くんがちらりと宇喜多さんを見た。

宇喜多さんも、 “なんとなく” という様子で船山くんを見ている。


(紹介した方がいいのかも。)


「宇喜多さん?」


呼ぶと宇喜多さんがこちらを向く。


「この子、陸上部の船山くん。」


「陸上部……。ああ、部室の下で、ときどき葵と話してる……。」


「あ、気付いてました?」


「ああ、もちろん。」


(……なんか、変?)


宇喜多さんがあんな顔するのって、見たことがない。


「葵先輩。この人、先輩の彼氏ですか?」


「え?」「う。」


船山くんの無邪気な質問。

びっくりして宇喜多さんを見たら、耳まで真っ赤になって、前を向いてしまった。

真面目な宇喜多さんには、こんな質問はダメなのね。


(わたしが答えなくちゃ!)


いつも助けてもらっている宇喜多さんにお返しできるチャンスは少ないんだから!


「違うよ。そんなこと言ったら、宇喜多さんに失礼でしょ?」


「あ、葵、いや、そんなこと……。」


赤い顔をした宇喜多さんが、慌てて弁解しようとする。

自分が恥ずかしい思いをしていてもわたしに気を遣うなんて、宇喜多さんはやっぱりさすがだ。


「なーんだ。」


宇喜多さんの向こうから船山くんの声がする。


「良かった!」


その言葉に宇喜多さんが反応して、さっと船山くんの方を向いた。

それに気付いた船山くんは、宇喜多さんに向かってニヤッと短く笑った。

そして。


「葵先輩。来月は俺の誕生日なんで、頭撫でてくださいね!」


と元気に言うと、走って行ってしまった ――― 。


(……もう。)


船山くんの背中を見送りながら、ため息が出てしまった。

いきなりやって来て、初対面の宇喜多さんに「彼氏ですか?」なんて失礼過ぎる。


「『良かった。』って言ってた……。」


隣からポツリと宇喜多さんの声が。


「え?」


「彼って、どういう知り合い?」


(怒っちゃってるの……?)


顔を見てもよく分からないけど。

でも、あんな失礼なことを急に言われたら……。


「あの……、クラスの女子で海に行ったときに、向こうで会って……。」


「海? ああ……、陸上部って、あれか……。」


(え?)


宇喜多さんが下を向いて、頷いた。

その妙に納得した様子が気になる。


「あの…、『あれ』って……何?」


下から顔を覗き込んでみる。

すると、宇喜多さんは普段は見せないほど慌てた様子で……。


「い、い、いや、俺は知らない。何も。」


(知ってるよね、その態度?)


なんだかまた赤い顔になっちゃってるし。


「何を知ってるの?」


「さあ? 何のこと?」


動揺しているようなのに、まっすぐに見つめ返してくる。

こういうところは、まさに宇喜多さんだ。


「だから、陸上部の1年生のことだよ。」


「ああ、さっきの子? 初対面だけど?」


(ダメか……。)


言葉のやり取りでは宇喜多さんには勝てない。

そう諦めた途端、大事なことを思い出した。


「あ、そうだ。ねえ、宇喜多さん。」


「ん?」


話題が変わったことを察したらしい。

こちらを向いた宇喜多さんは、もうすっかり落ち着いている。


「もうすぐお誕生日でしょう? 欲しいものはもう決まった?」


「あ……。」


宇喜多さんが気まずそうな顔をした。

べつに、欲しいものが決まらないからって、そんなに気に病むことはないのに。


「16日って期末試験の最初の日だよね? あと、ええと、10日?」


「うん……。」


「尾野くんはお弁当だったけど、試験の日だと午前中で帰るから、お弁当っていうわけにはいかないね。」


「うん……。」


「希望があったらとりあえず言ってみてね。できるかどうか分からないけど。」


「うん……。」


そう言ったきり、宇喜多さんは学校までずっと考え込んでいた。

お誕生日のプレゼントにこんなに真剣に悩むなんて、やっぱり宇喜多さんらしい。




「あのさ……。」


宇喜多さんが口を開いたのは、校舎の5階まで来たとき。

わたしの教室は上がって来た階段の右側。

宇喜多さんの教室は6階。

いつもなら「じゃあ、放課後に。」と言って別れるところで、今日は立ち止まった。


「はい?」


まだ登校してくる生徒は少ないけれど、邪魔にならないように窓側に寄る。

向かい合って立った宇喜多さんは、いつもとはどことなく様子が違う。


「あの、たん、じょうび、の、ことなんだけど……。」


「ああ、はい。」


(恥ずかしいんだ……。)


誕生日に欲しいものを言うのって、ちょっと子どもっぽいものね。

もしかしたら、欲しいものも子どもっぽかったりして♪


そんなことを考えていたら、思わず微笑んでしまった。

目が合った宇喜多さんが、今度は真っ赤になる。

それから緊張した様子で話し出した。


「あ、あの、その、お昼を… 」


けれど、そこまでで言葉が止まってしまう。


(大丈夫かな……。)


なんだか、見ているわたしもドキドキしてきた。

思わず宇喜多さんを応援する気分になってしまう。


宇喜多さんは大きく深呼吸をしてトントンと胸を叩くと、ようやく決心した顔をした。


「お昼を一緒に……食べに行ってもらえないかな?」


「お昼を……?」


宇喜多さんのお誕生日は期末テストの日だから、確かに午前中で帰るけど……。


「ええと、お昼をおごればいいの?」


「あ、い、いや、そうじゃ、なくて、その。」


(おごるわけじゃない? じゃあ……?)


宇喜多さんがもう一度深呼吸をした。

そして。


「葵の……時間をもらえないかな?」


「時間?」


「そう。一緒に…過ごす時間。」


(一緒に……?)


頭の中に、「もしかして」という予感が……。


「俺、葵のことが……好きだから。」


そこまで言うと、宇喜多さんは向きを変えて階段を一段抜かしで駆け上がって行ってしまった。

わたしは全身がしびれたようになって、しばらくの間、そこから動くことができなかった。







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