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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第五章 変化
64/97

64  チャンス……なんだけど。


(まさか藁谷たちが遅れるなんて……。)


準備を手伝うという名目で少し早めにやって来たけど、本当の目的は、葵と二人きりの時間が欲しかったから。

予定では10分くらいのはずだった。

だけど、もっと長い時間になるのは確実……。


(ラッキー!!)


何ができるだろう?

いや、まあ、 “何” って、べつにそんなにすごいことを考えてるわけじゃないけど。

もしかしたら、 “二人でワルツ” が現実になるかも?

ここまでだってドキドキしながら来たのに、今の話を聞いたらますます落ち着かない。


(ダメだぞ、ニヤついてちゃ!)


心の中で、思いっきり自分を叱ってみる。


葵に案内されて歩く廊下は、横向きの玄関から左へまっすぐ奥に続いていた。

左右にドアがいくつか並んだあと、突き当たりにガラスの嵌まった扉。


「ここなの。どうぞ。」


ドアを開けながら、葵が俺に笑顔を向けた。

まっすぐに俺を見て、にっこりと、嬉しそうな笑顔。


(もしかして、葵も二人きりが……嬉しい…とか。)


そんなことを考えたら、また鼓動が乱れ始めた。

彼女の笑顔から目が離せないまま、あいまいに頷いて部屋に入る。


(何か期待されちゃってたりして!?)


自分勝手な想像に顔が緩みそうだ。


そんな自分を戒めながら、落ち着くために、一旦目を閉じる。

そして、目を開くと……、そこは広いリビングだった。


左の手前にキッチンカウンターがあり、その前に4人掛けのダイニングテーブル。

正面が全部ベランダに面した左右に広がる空間の、ダイニングテーブル以外のスペースがリビングとして使われていた。


うちのリビングは8畳くらいだと聞いたことがある。ダイニングとは区切られている。

そこにソファにテーブル、テレビ、写真や土産物が入った棚、パソコン机がある。

さらにゴミ箱が分別用に2つ、新聞入れ、扇風機などがあって、こうやって数え上げてみると、よく入ったものだと思ってしまうほどだ。


でもこの部屋は、たぶん8畳よりもずっと広いし、床の上には3人掛けのソファとガラスのテーブルしかない。

いや、もちろんそれ以外の物もあるけれど、テレビは右側の壁にかかっているし、棚は部屋の隅に一つだけ。

そのほかの小さいものも壁の方に寄せてあって、ほとんど存在感がない。


「準備って言っても、そんなにやることはないんだけど……。」


尋ねるように俺を見上げる葵。

今日は丈の長いワンピースにカーディガンで、学校で見るのとは違うお嬢様っぽい雰囲気だ。

でも、相変わらずのふわふわのポニーテールと笑顔はやっぱりいつもの葵で。


「広いな……。」


(ああ、また言えない……。)


本当は「可愛い。」って言いたかったのに!

周りに誰もいなくても言えないなんて!


(俺って本当に情けないヤツ……。)


口に出せないなら、行動で示せばいいのか?

でも、それって……危険だ。


「荷物が少ないだけだよ。お母さんがずっとアメリカだったし、うちはそもそも2人しかいないから。」


ぼんやりしていた耳に、彼女の声が聞こえた。

その言葉の意味に気付いて、思わず彼女を見た。


彼女は当たり前のように微笑んでいた。

いつもと同じように、優しく。

けれど、その中に諦めのようなものも見えるのは、俺の考え過ぎだろうか。


だって、お祖母さんと二人だけの何年もの生活は、淋しかったんじゃないだろうか?

もちろん、学校の友達はいたはずだ。

でも、一番近い家族であるお母さんとはいつでも話せるわけではなく、きょうだいもいない。

そんな中で遊んだ、子ども時代のわんぱくな縞田先輩……。


(葵……。)


彼女をそっとこの腕で包み込みたい、と、強く思った。

そして、「これからは俺が一緒にいるから。」と伝えたい。


(今なら ――― 。)


「まずはソファかな?」


彼女が首を傾げるようにして俺を見上げる。


「え、は、はい。」


思わず姿勢を正してしまった。

べつに、不埒なことを考えていたわけじゃ……ないよな?


「そうだよね。先にソファを一緒に運んでもらって、そのあと、菜月ちゃんたちが来るまでちょっと休憩?」


「ああ、うん。」


(季坂たちが来るまで……。)


葵と二人だ。

この部屋で。

二人きり。


壁際に寄せたソファに二人で並んで座っている場面が目に浮かぶ。

肩が触れ合うくらい近くで、視線が合った途端に会話が途切れて ――― 。


(ダメだってば!)


どうしても落ち着かない。


そりゃあ、少しはそういうことがあるといいな、と思っていたけど。

そうなるように、早めに来たけど。


(緊張する〜〜〜〜!)


とりあえず、やることがあるのは有り難い。


3人掛けのソファの両側を二人で持って、玄関側の壁際まで運ぶ。

ガラスのテーブルは、反対側の窓際の隅へ。

麻のカーペットはくるくる巻いてテレビ側の壁に寄せた。

それでおしまい。

現れたスペースは、教室の四分の一よりも広いくらいか。


隣で「ふう。」と息をついた葵が可愛くて、思わず微笑んで隣を見た。

その気配を感じたのか、彼女が俺を見上げる。


(あ……。)


動けなくなってしまった。


(どうしよう? 二人きり…なんだ……よな……。)


“二人きり” という言葉が、頭の中に太字で浮かんでくる。


(ほかに誰もいない……。)


一瞬、クラっとした。

スピードを上げた心臓の音がドッドッドッド……と耳に響いてくる。


(今、彼女を引き寄せたら、間違いなく彼女は俺の腕の中に……。)


小柄な彼女なら、すっぽりと収まってしまうだろう。

驚いた顔をして?

それとも、恥ずかしげに?


(いや。ダメだダメだダメだ!)


顔に微笑みを張り付けたまま、自分を叱る。

力の差がある彼女をいきなりなんて、ルール違反だし。

だけど……。


わずかな時間の間に、いろいろな可能性が頭の中で渦を巻く。

そのとき。


彼女がすっと視線をはずした。

優雅に、色気さえ感じさせる動きで。


(う、わ……。)


心臓をギュッとつかまれたような感じ。

その感覚に息が止まる。


「ええと、麦茶でいいかな?」


そう言いながら、葵がキッチンの方に向きを変える。

その動きの途中で、ふわっと彼女の指先が俺の腕をかすった。


(!!)


まさに、体に電流が走ったような気がした。

心臓が止まるかと思った ――― と思ったら、さっきよりもさらにスピードアップ。

彼女が触れたのは一瞬よりも短いくらいだったのに、その場所が熱を持って、はっきりと存在を主張し続けている。


(まさか、わざとなんてこと……ないよな……?)


相手は葵だ。

もちろん偶然に決まってる。


偶然に決まってるけど、この攻撃は意外にキツい!

“微かな” ってところが余計に!


そんな俺にはお構いなしに、葵はもうキッチンにいて、戸棚や冷蔵庫を開けていた。

一旦離れている今のうちに、なんとか気持ちを落ち着けたい。

密かに深呼吸を繰り返していると、どうにか鼓動が普通の速さに戻り始めた。


(ふぅ………。)


体の力を抜いて、最後に一息。


「相河くん、こっちにどうぞ。」


葵がダイニングテーブルに麦茶を置きながら呼んでいる。

いつもの、自然な笑顔で。


「ああ…、ありがとう。」


(俺だけが一人で盛り上がってるのか……。)


目が合うことも、腕に触れることも、彼女は何とも思っていない。

二人きりでここにいることも……。


椅子に座る俺を笑顔で見ている彼女をそっと窺いながら、ものすごくがっかりしてしまった。

それに、こんなに安心しきっている彼女に “何か” なんてできない。

まるで裏切り行為みたいで。


(仕方ないよな……。)


心の中でため息をつきながら、普段と同じに見えるように、軽い冗談を飛ばすことくらいしかできなかった。







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