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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
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6  *** 葵 : 初日の感想

今回は葵です。

これからも、ときどき登場します。



転校初日の夕方、前の学校の友達 紗江ちゃんから電話がかかって来た。

どちらも今日が始業式だったから、お互いの報告をするために。


『友達はできそう?』


もとの友人たちの動向を教えてくれたあと、紗江ちゃんが尋ねた。

少し人見知りのあるわたしのことを、転校が決まってからずっと心配してくれていたから。


「うん、何とか。隣の席が明るくて元気な人で、親切にしてくれて。」


菜月ちゃんは、たぶんこれからも仲良くしてくれると思う。

すぐに連絡先を交換してくれたし、彼女のお陰でほかの女の子たちともお話ができた。


でも、男の子たちのことはよく分からない。

男の子も友達になるものなのだろうか?


『そうなの? よかったね。ねえ、男子とも話した?』


「ああ…うん、話したよ。」


『ねえ、どんな感じ?』


新しい学校が決まってから、女子校の友達はみんな、そのことに興味津津だ。

彼氏がいたり、他校の文化祭に行ったりする子たちもいるけれど、学校でずっと男の子が一緒というのは想像するしかないのだから。


「どんなって……、普通だったよ。」


『普通って?』


「あー…う…んと、名前の話をした。」


『名前の話? なにそれ?』


「後ろの席の人がね、同じ名字だったの。」


思い出したら、心の中がふんわりと温かくなった。

名前のことで同じ経験をしていて、共有できる気持ちがあったから。


『アイカワ…くん? 葵と同じ?』


「そう。字は違うんだけど。」


『そうなんだー。ねえ、やっぱり “くん” って呼ぶの? “さん” じゃなくて?』


躾の厳しい前の学校では、他人に呼びかけるときは “さん” 付けが正しいと教えられていた。

中高はそもそも女子しかいないからそれは普通に聞こえるけれど、共学の付属小学校でも、男女とも “さん” 付けで呼んでいるらしい。


「ああ、うん、みんなそう言ってた。呼び捨ての人もいるみたい。」


『他人事みたいに、何言ってんの? 葵はどうしてたのよ?』


「自分からは話しかけなかったから……。」


『ああ、なるほど。』


紗江ちゃんが電話の向こうでくすくす笑う。

きっと、わたしらしいと思っているのだと思う。


『で、その人ってどう?』


「『どう?』って……?」


『もう! 格好いいかどうか訊いてるの! それくらい分かりなさいよ。』


「ああ、そうか、そうだよね。うん、優しそうで気さくな感じ。」


男の子のことを、どう表現したらいいのか分からない。

“格好いい” って、どのくらいのことを言うのかということも。


『わー、いいねえ。髪型は? 顔は?』


「え? ええと、髪は長め…かな。首の後ろまである。前髪は下ろしてちょっと分けてて。あ、手が大きいよ。指が長くてね、それが印象的。」


『うんうん。』


「顔は……どうだろう? 普通? ああ、鼻筋が通っててきれいだと思った。」


『 “鼻筋” って、葵はどこ見てんのよ? 背は?』


「高いよ、すごく。今まではあんなに高い人いなかった。」


『当たり前でしょ! うちは女子校なんだよ。』


「そうかも知れないけど、そういう人がいっぱいいるんだよ。びっくりしちゃった。」


『そんなに?』


「うん。だって、外を歩いているときには普通の背の高さの男の人も見るよね? でも始業式で集まったときなんて、まるで林の中にいるみたいだったよ。」


『へえ。まあ、葵は女子の中でも小さい方だからね。』


確かにそうなんだけど……。

背が低いのは損をしている気がして嫌だ。


「特に今日話したひとはみんな……あ、もしかしたら、バレー部だからかな?」


『バレー部? その人、バレー部なの?』


「うん、そう。……でね、それが……。」


『どうしたのよ?』


「なんか……マネージャーをやることになっちゃって……。」


これについては、経緯をどう説明したらいいのかも悩む。

それくらい、あっという間の出来事だったから。


『マネージャー!? それって “男子バレー部” の、ってこと!?』


「うん……。」


『葵が!? 初日から!? ホントに!?』


紗江ちゃんが何度も確認したくなる気持ちが分かる。

人見知りなわたしが、よりによって “男子” の部活のマネージャーだなんて。


「うん……。わたしも信じられないけど……。」


『すっごいじゃん! やったね、葵!』


「……え?」


『これで、彼氏獲得間違いなしだよ! ああ、羨ましい……。』


「そんなこと……。」


そんなに簡単に都合よく進むとは思えない。

でも、紗江ちゃんはすっかりその気みたい。


『ねえねえねえねえ、そのアイカワくんにスカウトされたの?』


「あ、違うよ。お隣のクラスの人。なんか、お弁当を食べに来て、ちょうど何か部活に入りたいっていう話をしていたら…。」


『やだー! その人、葵に一目惚れしたんじゃないのー!?』


「ち、違うよ! やめてよ、紗江ちゃん。」


そんなことを言われたら、会うたびに気になってしまう。


「マネージャーでもいいから人数を増やしたいんだって。男子のバレー部って、あんまり人気がないみたい。」


『へえ。うちの学校はあんなに大勢いるのにね。』


「ね。」


『でも、マネージャーなんて、そそっかしい葵にできるの?』


う。

言われてしまった……。


「うん……、やっぱりそう思うよね?」


『悪いけどね。』


ため息をついたら、紗江ちゃんが笑っているのが聞こえた。

前の学校には、伝説のようなわたしのおっちょこちょい話がある。

きっとそれを思い出しているのだ。


「最初はね、仕事は救急箱と荷物番くらいって言われたの。」


『救急箱と荷物番? ずいぶんざっくりした説明だねえ。』


「でしょう? でも、やっぱりそれだけじゃ済まないみたい……。」


『あははは、当たり前だよ。』


わたしだって、あんなにいきなりじゃなければ、もう少しいろんな想像ができたと思う。

でも、あのときは考える暇もなかったんだから……。


「はあ……。もう断れないんだから、やるしかないんだよね。でもね、部長さんが知ってる人だったの。」


『知ってる人? 葵が? 高校生の男子に知り合い?』


確かに、そう言われると不思議だ。

でも、真之くんは、あの頃は小学生だったから……。


「もう何年も会ってなかったんだけど、小学生のころ、毎年夏休みに近所に遊びに来ていた人でね。」


『え? 幼馴染みに再会ってこと?』


「うーん……。一年に10日くらいしか会ったことがなくても “幼馴染み” って言うのかな?」


『いいんじゃない、そんな細かいことは。ねえねえ、すぐに分かったの?』


「ううん。真之くんは ――― 」


『やっだ〜、 “真之くん” なんて! ちゃんと “くん” って呼んでるじゃ〜ん!』


「え、だって、小学生のころのことだもん! これからは “縞田先輩” だよ。」


『で? 再会してどうだった?』


わたしの話、聞いてるのかな……?


「なんか…、違う人みたいだった。」


『違う人?』


「うん。だって体は大きいし、声は低いし、顔もよく見ないと分からなくて。向こうはすぐに気付いてくれたんだけど。」


『ああ、男の子って声変わりもするもんねー。でも、その人は葵のことがすぐに分かったんだ?』


「うん、そう。あの頃から全然変わってないって言われた。」


『え? それって、その人が葵のことをしっかり覚えてたってことよね? いや〜ん、大人になって再会した二人に恋が芽生えたりして〜!』


え!? そんな……。


「紗、紗江ちゃん! やめてよ!」


そんなことになったら、マネージャーなんて、恥ずかしくてできなくなっちゃう!

あのときだって、話すのに結構勇気が必要だったのに。

ああ、胸がドキドキしてきちゃった……。


『だって〜。』


どうにかしてこの話題は終わりにしなくちゃ!

でも、ただのクラスの話じゃ、紗江ちゃんは興味がないだろうし……。


「あ、あのね、バレー部のほかの先輩にも紹介してもらったんだよ。」


『わあ、本当? みんな男の人なの?』


「そうだよ。男子バレー部だもん。」


『わあ、いいなあ。どんな人? 格好いい?』


「あのね……。」


顔合わせをさせてもらった先輩たちの話をしていても、ドキドキは治まらなかった。

それどころか、先輩たちと話している真之くんの声と顔ばかり浮かんできて……。


(あさって、また会える。)


あのころみたいに、たくさんお話しできるといいんだけど……。







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