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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
59/97

59  *** 葵 : 変だよ~!


(どうしようどうしようどうしよう!)


心臓が。

呼吸が。

顔が。


相河くんに気付かれてしまう。

「大丈夫」って言ったけど、全然大丈夫じゃない。


頭がふわふわする。

真っ直ぐに歩けていないかも。

電柱にぶつかったりしたらどうしよう!?


「 ――― なんだって。」


「わあ、そうなの?」


相河くんが何の話をしているのかよく分からない。

心臓の音がうるさくて、よく聞こえないから。

それに、隣に並んで歩くのが恥ずかしくて、ちょっと下がって……。


「葵?」


「は、はい。」


立ち止まって振り向いている相河くん。

その向こうに街灯があって、逆光で表情がよく見えない。

これなら顔を見て返事ができる?


「足、やっぱり痛いのか?」


「あ、ううん。違うの……。」


(わたしが遅れて歩いているから訊いてくれたんだ……。)


相河くんの優しさが、じんわりと胸に沁みる。

と同時に、何か伝えたいような気がして口を開きかけた。

けれど……。


(何を……?)


分からない。


「なら…いいけど。」


相河くんが微笑んだ気配。

わたしもそれに応えて微笑んでみる。

でも、上手に笑顔になれたかどうか……。


前に向き直った相河くんが、歩き出す前に、もう一度振り返った。


そうされたら、隣に並ぶしかない。

だって、心配されてしまいそうだもの。

足が痛いんじゃないかって。

でなければ、さっき手をつないだことを気にしてるんじゃないかって。


一歩進んで隣に並んだところで相河くんも歩き出した。

さっきよりも、もっとゆっくりのペースで。

今度は黙って。


わたしの心臓は、相変わらずドカン、ドカンと容赦がない。

このままだと相河くんに聞こえてしまうような気がしてしまう。

やっぱり頭がクラクラするし。

しかも、今度は……。


ちらりちらりと、見てしまう。

隣にある相河くんの手を。

さっきよりも近くて、うっかりするとぶつかりそう。


(もう、どうしよう!?)


こんなことが気になるなんて、恥ずかしいよ!


「お盆には、泊まりに行くんだっけ?」


(うわ!)


びっくりして出そうになった声をギリギリで抑えた。

聞こえた言葉を頭の中でリピートして、大急ぎで何を言われたのか考えた。


「あ、うん、そうなの。お祖母ちゃんの家に3泊。」


当たり障りのない話題にほっとする。

普段と変わりなく見えるように、返事をしながら相河くんに微笑んでみせる。


「相河くんは、家族旅行の行き先は決まったの?」


でも、頭の半分は別なことを気にしている。

別なこと ――― 相河くんの手と、わたしの手。


掴まれた手には、さっきの感触がはっきりと残っている。

ぎゅっと握られた強い力。

あたたかさ。

そして、最初の日に気付いたとおり大きな手で。

わたしの手はすっぽり包まれてしまって。


(ダメダメダメ。心臓が。顔が。耳まで熱いし。)


暗くてよかった。

これなら顔が赤くてもきっと分からない。

早く忘れなくちゃ。

記憶を消してしまわなくちゃ。


(だって、あれは間違いなんだから。)


相河くんははっきり言った。

そして、何度も謝った。

そう。

あれは間違い。


それに、ほら。

相河くんは、もう平気な顔をしてる。

忘れちゃったか、気にしてないか。


だから、わたしも早く忘れなきゃ。


だけど。


なのに。


相河くんの手が気になってしまう。


足の運びに合わせて揺れている手。

すぐに触れられる位置で。

そっとつついてみたら?

そうしたら……、そうしたら……。


相河くんはどうするんだろう………?


(何を考えてるの!?)


びっくりするに決まってる。

気味悪がって、もう親切にしてくれなくなっちゃうかも知れない。

そんなの嫌だ。

相河くんとはせっかく…仲良し…なのに。


(わたしの左手……。)


さっき掴まれた手。


あれからずっと握り締めたまま。

そうしていれば、ずっと……。


(ああ、もう。)


こんなことを考えてるわたしって、変。


会話を続けているけれど、本当に言いたいことは別にあるみたい。

頷きながら、笑いながら、心の中で「ねえ。」って呼びかけている。


(「ねえ。」って……なによ?)


何を言いたいの?

あれはただの間違いなのに。


変だ。


ほんの何秒か手をつかまれただけなのに。

相河くんは、わたしのことを “面倒をみる対象” にしか思ってないのに。

足が痛いことを隠していたわたしを、「抱っこして帰るぞ」なんて、子ども扱いしたりして。


相河くんは、わたしがそそっかしいことをよく知っているから。

だから、つい小さい子の面倒をみるような気持ちで手をつないでくれただけなんだ。

そうに決まってる。

だから、もう忘れちゃってるんだ。


そうだよ。

相河くんは、とってもよく気が付くひとなんだもの。


さっきの足のこともそうだし、合宿中に救急箱の中身を確認してくれたり、球技大会の練習のこともそう。

絆創膏を持っていたり、よく部室の棚を整理していたり……、そう言えば、遠足のときに一人だけ割り箸を持って来ていたっけ……。


わたしの面倒をみているのも、その一環なんだよ。

相河くんの性格で、成り行き上。

家が近くだし、そそっかしいし、転校生だし、同じ名前だし、席が近いし。


それだけ。


(でも……。)


もしもあのとき、わたしが一緒に歩き出していたら?

ぼんやり立ったままでいないで。


手をつないだまま歩いてた?

わたしにそんな勇気、あったかな……?


(……あれ?)


“勇気” って、なんか……変、だよね?

わたし、やっぱり変だ。


変っていうか……どうしよう?

こんなに相河くんが気になるなんて。

気になるなんて……。


(どうしよう!?)


なんだろう、これ?

手をつかまれたから、その影響?

そりゃあ、びっくりしてるけど。


でも、でも……、なんか違う気がする!


もちろん、びっくりしたよ。

でも今は……ちょっと……。


がっかり…してる?


(やだ、なんで?)


わたし、変なのかな?

ほんの何秒か、手をつかまれただけで。

それだけで、こんなに気になってしまうなんて。

ただの間違いだったのに。


さっきまでは普通にお話しができたのに。

一緒にいるときは、純粋に楽しかったのに。

今は……。


ちょっと……。


ちょっとだけ……、何かが足りないの。


(だから、「ねえ。」なんだ……。)


気付いてほしくて。


(どうしたらいいんだろう……?)


隣を歩く相河くんを、そっと見上げてみる。

今まで何度も並んで歩いてきたその姿を。


わたしの目の前は肩。

綺麗な鼻筋の横顔。

少しクセのある髪が後ろの襟に掛かっていて。


「葵。」


(あ。)


目を逸らしてしまった。

まっすぐに顔を見ることができない。

視線を合わせたら、わたしが考えていたことがばれてしまいそう。


「また明日な。」


(え?)


いつの間にか、マンションの前。

いつの間にか……。


(そうか……。)


思い切って、相河くんを見上げた。

今日はこれで終わりだから。


「うん……。ありがとう。」


(それだけ? それだけでいいの?)


仕方ないじゃない。

何を言えばいいの?


「ええと……、一応、中に入るまで見届けるから。」


「うん。」


オートロックのマンションの入り口。

わたしがそこを抜けないと、相河くんは帰れない。

だから、早く行かなくちゃ。


「あの、ありがとう。相河くんも、気を付けて帰ってね。」


もう少し。

もう少しだけ。


「うん。……おやすみ。」


優しい言葉。

穏やかな声。

静かな微笑み。

これで……おしまい。


「うん。……おやすみなさい。じゃあね。」


手を振って。

ロックを開けて。

ガラスの扉を抜けて ――― 振り返る。


手を上げて合図した相河くん。

エントランスの明かりで、微笑んでいるのが分かる。


(また明日ね。)


わたしも微笑んで手を振る。

開いたエレベーターに乗り込みながら、もう一度。


(また明日……ね。)


動き出したエレベーターの壁に寄り掛かって、ほっ、と、ため息ひとつ。


(変なの。)


今はなんとなく楽しい気分。

不思議な満足感。


今日のわたし、やっぱり変だ。

足りなかったり、満足したり、気分がころころ変わってる。


(でも……。)


最後が楽しい気分でよかった。







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