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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
57/97

57  花火大会


「結構な人出になりそうだなあ。」


横崎駅の中央通路で宇喜多を待ちながら、尾野が言った。


「そうだな。」


前を行き交う人たちの中には、浴衣姿がちらほら見える。

俺たちの後ろでも、浴衣を着た葵と芳原が楽しげにしゃべっている。



8月3日の今日は、ここから2駅目の水本町で、大規模な花火大会がある。

周辺によく知られた観光地だし、打ち上げる花火の数も多いから、混むだろうと予想はしていた。

家族の話でも、開始時間になる前に、立ち止まる場所などなくなってしまうほどだという。

だから、7時半開始ではあるけれど、ここで4時に待ち合わせをしている。


今日のメンバーは尾野と宇喜多と俺、そして、葵と芳原。

藁谷と季坂は別行動だ。


どうしてこういうことになったのかというと、夏休みだからだ。


夏休み中の部活は、基本的に半日単位。

午前中が8時半から12時半、暑い時間帯を避けて、午後が2時半から6時半。

これを、体育館を半分ずつ使って、男女のバスケ部とバレー部のローテーションで日程を組む。

そうすると、俺たちと男子バスケ部が同じ時間帯になる日が、普段よりも少なくなる。

そのせいで、藁谷と季坂は会えない日も多くなる。


まあ、会えない日がそれほどたくさんあるわけじゃないんだけど、そんなことを季坂がちょこっと言ったことがあった。

そうしたら、葵が二人に遠慮して、「花火大会は二人で行ったら?」と言ったのだ。

そう言われて、季坂は乗り気になった。

でもそこで、葵が女子一人になってしまうことに気付いて、季坂は簡単に「うん。」とは言えなかった。

葵は「大丈夫だよ」と言っていたけど、心細そうであることは、なんとなく表情に出ていた。


電車の中で押し問答している二人を見ながら、俺も迷っていた。

そのとき、解決方法を提案したのは尾野だった。


「芳原でも誘ってみれば?」


と。


俺は、正直言って、びっくりした。

尾野と芳原が、それほど気兼ねのない仲だとは思っていなかったから。

葵をはさんで一緒にいるところはよく見るけど、尾野と芳原が積極的に会話をしているところは見たことがない。

それに、芳原が来たら、葵は芳原とばかり仲良くして、俺たちはおまけみたいになってしまうと思ったから。


季坂と葵の間では、芳原が来るなら大丈夫だという方向で話が進み始めた。

その間に、尾野はニヤニヤしながら、こっそりと俺に言った。


「芳原と宇喜多をくっつけちゃおうと思って。」


俺は驚きながらも感心した。

確かに、芳原と宇喜多はお似合いかも知れない。

落ち着いた、真面目な雰囲気が共通しているし。


「宇喜多って、俺たちが言ったから、葵ちゃんのことを好きみたいな気になってるけど、本当は違うかも知れないじゃん?」


尾野にそう言われると、そんな気もしてきた。

なんにせよ、ライバルが一人減るならありがたい。

たとえ、俺たちにあまり慣れていない芳原のために、葵が芳原につきっきりになってしまうとしても。


…というわけで、葵が誘った芳原が来ることになり、季坂と藁谷は二人で行くことになったのだ。



(それにしても……。)


葵の浴衣姿は、すごくいい。

彼女の浴衣は紺地に草花とホタルの模様がついていて、帯は金に近い黄色。手には丸っこいきんちゃく袋を提げている。

うしろでまとめた髪はビーズのついた髪飾りで留めてあって、毛先がふわふわと散っている。

紺の浴衣とまとめ髪のせいか、いつもよりもぐっと大人っぽくて、いくら見ていても飽きない。


一方の芳原は、可愛らしい雰囲気だ。

水色の浴衣にはピンクや白の花やうちわの模様が入っている。

帯は赤。

小さいカゴ型のバッグを持ち、ショートカットの髪にシャラシャラと音がする髪飾りを付けている。

いつもの赤いフレームのメガネは、浴衣姿にも似合っていた。

制服のときのクールな印象が消えて、背が高いことも手伝って、可愛い系のモデルみたいにも見える。

さっきから、彼女をチラチラと見ながら通り過ぎる人が何人もいる。


「これなら宇喜多が気に入る可能性ありだろ?」


尾野がこっそりと囁いた。

俺も大いに望みがあると思った。



「あ、来たよ。」


後ろから葵の声がした。

彼女の視線の方向から、足早に宇喜多がやって来る。

白とグレーの太めのボーダー柄のTシャツの上に白いシャツを羽織り、ブルージーンズにスニーカーを履いている。

丈の短いパンツを履いてきた尾野と俺に比べると、かなりきちんとして見える。


「暑くないのか?」


尾野が足元を見て尋ねると、宇喜多は


「蚊に刺されるんじゃないかと思って。」


と、真面目な顔で答えた。


それを聞いたら、なんとなく脚がかゆいような気がしてきた。

葵の前で脛をボリボリかいている姿なんて、みっともなくて嫌だ。

虫よけスプレーを持ってくればよかった。


「由衣ちゃん。8組の宇喜多雷斗さんです。」


葵が笑顔で紹介すると、芳原と宇喜多がそれぞれ名乗りながら頭を下げる。

それから簡単に自己紹介をして、和やかに笑い合った。


(おお……。)


結構いい感じだ。


二人ともにこにこしているし、話が途切れない。

俺と芳原だと、ああは行かない。


「じゃあ、行こうぜ。」


尾野が機嫌良く声をかける。

自分の計画が上手く行きそうだから、きっと嬉しいんだろう。




花火は音も大きさも圧巻だった!

でも、人混みはもっと大変だった!!


早めに出かけた俺たちは、途中で軽食を食べたり、小物の店をのぞいたりしながらのんびり行った。

せっかくの浴衣姿だからと、何枚か写真も撮った。


海際の公園に着いたのは、開始まで1時間以上ある6時過ぎ。

でも、すでに花火見物の人たちがいっぱいいた。

見るのに良さそうな場所はもう埋まっていて、空いているのは通路ばかり。

公園の端の方まで行って、ようやく立ち止まれる場所を見付けることができた。


背が低い葵は、前に男の人がいて見えないんじゃないかと思った。

でも、それは問題なかった。

近くで見る打ち上げ花火は、本当に頭の上に見えるから。


花火は低い「ボン。」という音のあとに空に上っていく小さな光が見えて、パッと光が散るとほぼ同時に、腹に響くような「ド―――ン!」という音がする。

はかなく消えて行く光を惜しんで、誰もが最後まで空を見上げている。

その “間” と期待感、色と音、そういうものすべてをひっくるめて “花火” なんだと思った。


俺たちの周囲も、いつの間にか人でいっぱいになっていた。

宇喜多と尾野と俺の3人が、葵と芳原を守るように後ろに立っているけれど、足をずらすのもやっとという状態。

花火の音と交通整理のメガホンの声で、ほとんど話はできない。

でも、ときどき葵は振り返って、俺たちに微笑みかけてくれた。



最後の花火が終わり、終了が告げられたとき、俺は葵の手を取って歩きたい気分になっていた。

駅の方向に動き出した人波の中でも、すぐ後ろにいる彼女の声を聞きながらずっと。

花火を見ているときは、途中から、「好きだよ。」と囁きたくて仕方なかったし。


それはたぶん、花火の効果なんだと思う。

花火には何か、余分なものを洗い流すはたらきがあるような気がする。

自分の気持ちに素直になって、シンプルにそれを表現すればいい、なんて、簡単に思えて。


でも、今はそれは無理だ。

こんなふうにグループで来ている場所では。


( ――― あ、そうだ。)


うっかりしていた。

葵は方向音痴なんだった。


(これって、使えるんじゃないか?)


希望が小さい打ち上げ花火みたいに、ぽんと花開く。


人混みで迷子にならないように、という口実があれば、手をつなぐくらいできそうだ。

葵は俺の右後ろ。隣の宇喜多の後ろだ。

葵の右側に芳原がいて、その前が尾野。

このポジションなら、葵と俺が手をつなぐことも可能だ!


「葵。」


振り向きながら声をかける。

彼女が「なあに?」というように俺を見る。


「迷子になるなよ。」


葵が「うん。」と笑顔で頷く。

続けて俺が、「よかったら」と言おうとしたその瞬間。


(!?)


自分が見たものに目を疑った。

葵が宇喜多のジーンズの後ろのベルト通しに、左手の指を引っ掛けている。


(宇喜多!?)


思わず鋭く宇喜多を見ると、気配を感じたらしい宇喜多がこっちを向いた。


視線で「なんだよ、それは!?」と問い詰めると、宇喜多が目を伏せる。

恥ずかしげに。

でも、少し得意気に。


「どこかにつかまってもいいよ、って言っただけだよ……。」


控え目なのに、的を射抜いているその言葉!


(くっそーーーーー!!)


また出遅れた!


俺と宇喜多の様子に気付いて、尾野がこっちを見た。

俺が視線で後ろを示すと、尾野が振り返って目を剥いた。


俺たちの無言のやり取りなど知らずに、葵はもう片方の手を芳原と組んで、楽しそうに話しながら歩いている。

芳原と宇喜多をくっつけるという尾野の計画は、簡単には上手く行きそうにない。







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