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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
54/97

54  *** 葵 : 迷って、迷って。


(帰って来る……。)


バレー部の合宿は今日で終わり。

午前中は練習をして、お昼を食べて、帰って来る。

予定では、横崎駅に着くのが5時から5時半くらい。

丸宮台に着くのは、それから30分後くらいかな……?


(だけど……、あ〜。)


だから、何?

どうしてこんなに気になっちゃうんだろう?

変だよ。

おかしいよ。

おととい、電話をもらっただけなのに。


あの日は、その前にもらったメールでほっとして、十分だと思っていた。

わたしのことを思い出してくれたんだと思ったら、なんとなく安心したから。

ちゃんと、マネージャーとして役に立てる場面があるんだって、思って……。


(でも……。)


そのあとに電話をくれて。

海で迷子になった話を聞いたって。

いつも、わたしのそそっかしさを心配してくれている相河くんらしい心遣いで。

ただそれだけなんだけど……。


何故だか変に楽しくなって、言わないつもりだったことまで言ってしまった。

それで、また心配されて……。


短い時間だったけど、くっきりと記憶に残ってる。

そして昨日も今日も、あのときの会話を何度も思い返している。

気付くと、いつの間にかぼんやりしていて……。


(なんか……、変だよ〜。)


相河くんは、お友達。

宇喜多さんも、尾野くんも、藁谷くんも、そう。


今まで一緒にいても、特別なことは何もなかった。

なのに……何か違うの?


一緒にいる時間が長いから、いるのが当たり前になっちゃってるのかな?


そうかも知れない。

きっと、そうだ。

家族みたいな。


(でも……。)


そう思ってるのはわたしだけ、なんだよね。

だって、電話もメールも、あれっきり来ない。

尾野くんと宇喜多さんは、毎日くれたのに。

一年生の槌谷くんと古森くんも。


……そんなことを比較しても仕方ないけれど。


部員に気遣ってもらえることそのものが、十分にありがたくて贅沢なことなのだし。

相河くんは、……尾野くんと宇喜多さんだって、わたしにそんなことをする義理なんかないのだから。

それに、回数の問題というわけでもない。

だけど。


(ああ、ダメ。もう考えないようにしよう。)


……って、何度も思ってるんだけどな。


「ふぅ…。」


気持ちを切り替えて、やらなくちゃいけないことを考えよう。


今は4時半。


涼しくなってから夕食のお買い物に行こうと思っていた……けど。

駅前の「スマイルストア」か、反対側の「スーパー三倉」か。

そのことで、ずっと迷ってる。


(三倉の方が近いけど……。)


徒歩3分。

夕方になって、昼間よりは涼しくなっているけど、やっぱり暑いことは暑い。

それに、三倉の方が広くて、品ぞろえがいい。

だけど……迷う。


(どうしよう……?)


スマイルストアは駅前にある。徒歩7分。

駅の前を通る道路を渡る横断歩道の目の前が入口で。

だから。

だから……。


(ああ、もう、まただ……。)


もしかしたら……って、思ってる。


買い物のことを考えるたびに目に浮かぶ景色。

スマイルストアに入る前、または出たところで、偶然、横断歩道を渡って来た相河くんに会う……。


(だけど、どうして?)


こんなことを考えているなんて、やっぱり変だ。

だいたい、偶然会う可能性なんて、あまりにも低すぎる。

そんなに都合よく行くはずがない。


( “都合よく” なんて……。)


何が “都合よく” なの?

なんで、こんなふうに思ってるの?


だいたい、わたしなんかに会ったって、相河くんは嬉しくないかも知れない。

迷惑な顔をされたら嫌だ。


(うん。やっぱり三倉にしよう。)


期待しているなんて、おかしいし。

暑いんだから、近い方で当然。


(ああ、でも、もしかしたら……。)


スマイルストアから出ると「葵!」って声がかかって、顔をあげると、相河くんが横断歩道を渡って……。


(いやいやいや、そんなタイミングでなんて……。)


この想像も、何度も打ち消している。

なのに、また浮かんでくる。


(でも……、やっぱり……、スマイルストアにしようかな……。)


広さも、品ぞろえも、三倉の方がいいけれど……。


(スマイルストアは、ちょっと変わったものを置いてるし。)


輸入食材とか地域の名産品とか、少し値段が高いけど美味しい、というものを扱っている。

それに、学校が休みだと運動不足気味だから、少し遠くまで歩く方がいいんじゃないかな?


(うん……。それもそうだよね。)


決めた。

そうしよう。


そうと決まったら、着替えなくちゃ。

三倉ならこのままでも行っちゃうけど、スマイルストアは駅前で人通りが多いんだもの、それなりの服装で行かないとね!




(なんだろう、この感じ……。)


買い物をしている間、ずっと落ち着かない。

時計ばっかり見て。


(5時42分……。)


そろそろ?

もう着いちゃったかな?

それともまだまだ?


レジに並んでいる間に行っちゃうってこともあり得る。

でも、袋に詰める台が駅の方を向いているから、横断歩道を渡ってきたら、見えるかも知れない。


(ええと、ほかに買うものは……?)


冷蔵庫を見て来たのに、よく覚えていない。

これで間に合うような気はするけど……。


(もういいや。レジに行こう。)


3人ほど並んでいる列に並びながら、その人たちの横から、窓の外を何度も見てしまう。

道路の反対側で信号待ちをしている人たち。

相河くんは、白いポロシャツに黒いズボンの制服姿のはず。

それに、背が高いから目立つと思うけど……。


(あれ?)


持っているバッグから、振動が伝わって来る。

電話? メール?


手探りでバッグのポケットを探る。

すぐには消えない振動は、電話に違いない。


やっと出てきたスマートフォンの画面には『相河晶紀くん』……?


(うそ……?)


急いで列からはずれて。

“出る” のはどれだっけ?


(ああ、早く!)


「あ、あの。」


『ああ、葵?』


売り場の隅の邪魔にならない場所に着くと同時に、相河くんの声が聞こえた。


「はい……。はい。」


胸がドキドキする。

何を言えばいいんだろう?


『ええと、今さ、丸宮台に着いたところなんだけど……。』


「丸宮台!? ホントに!?」


思わず大きな声を出してしまった。

恥ずかしくなって、そっと壁の方を向いて。


『あの……、お土産が、あってさ。』


「お、おみや、げ……?」


わたしに?


『あの、ええと、届けに寄っても、いいかな?』


「届けに」って……。


「あ、あの。」


どうしよう?

会えるの?

胸がいっぱいで。

ドキドキして。


(どうしてこんなに……?)


「あの、い、今ね……。」


(落ち着いて! 深呼吸して! ほら!)


「わたし、あの、スマイルストア、に、いるの。」


『え? スマイルストアって……。』


「あの、丸宮台の、駅のところの。」


『あ、なんだ! そうなのか?』


「う、うん。だから…」


『わかった。すぐそっちに行く。』


切れたあと、何秒か壁を見つめていた。


(「すぐそっちに行く」って……。)


会えるんだ。

すごい偶然。

お土産だって。


(あ。)


すぐにお会計しなくちゃ。


レジに向かおうと向きを変えたとき、すぐ横のアイス売り場が目に入った。

さっと見た勢いでみかんのアイスバーをカゴに入れて、急いでレジに向かった。







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