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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
52/97

52  *** 葵 : 来ないメール


「ホントに葵には驚かされたよねー?」


「そうそう。先に戻ったはずなのに見当たらなくて、心配してたら、男の子を5人も引き連れて戻って来るんだもん。」


「あたしも一瞬、自分の目が信じられなかったよ〜。あはははは。」


「心配かけて、本当にごめんね。でも、あの子たちは沙希ちゃんに会いに来たんだよ。」


今は午後4時を回ったところ。

崎浦海岸駅で帰りの電車を待っている。


お昼前にわたしが迷っていた時間は、思っていたよりも長かったらしい。

お友達がパラソルに戻ったときにわたしがいなかったので、何かがあったんじゃないかと心配させてしまった。

そこにわたしが戻って行ったわけなんだけど……。


そのときに一緒に来たのは、船山くんだけじゃなかった。

船山くんは陸上部のお友達と来ていて、わたしたちの中に陸上部の沙希ちゃんがいるとわかると、あいさつをすると言ってついて来たから。


わたしだって、歩きながら、自分のまわりで男の子たちがはしゃいでいるのは、どうにも違和感を拭いきれなかった。

それに、平気なふりをしていても、水着一枚ではやっぱりなんとも頼りない気分で……。


(なんか……、ますます修学旅行で水着を着る気がしなくなっちゃったな……。)


よく知らない1年生でも恥ずかしいんだもの、クラスの男の子たちの前でなんて無理。

みんなの手前、着ないわけにはいかないけど、ショートパンツとTシャツは絶対に脱がないでいよう。


(あ、そうだ!)


菜月ちゃんに見せるものがあったんだ。

着替えのときに気付いたメールに添付してあった写真。

合宿に行っている1年生が、部員たちが広い畳の部屋でごろごろとお昼寝をしている写真を送ってくれた。

タイトルが『まぐろ漁港』となっていて。


「ねえ、菜月ちゃん。これ見て。」


「ん………?」


菜月ちゃんが、スマートフォンの画面をじーっとのぞく。


「あれ? これ……?」


「今日、バレー部の1年生が送って来たの。」


「これ……行矢くんだ! やだ、なにこれ? え? あ、こっちは相河くんじゃないの? ちょっと拡大していい?」


「うん、しっかり見て、ふふふ。でね、これが尾野くんだと思うの。あとは1年生なんだけど。」


「ホントだ〜! やだ、可笑しい! こんなに何人も転がってるなんて〜、うふふふ!」


「なになに? どうしたの?」


笑っているわたしたちの周りに、ほかの女の子たちも集まって来る。

一瞬、 “見せてもいいのかな?” と思ったけれど、藁谷くんの彼女である菜月ちゃんがOKなら特に問題はないのか、と納得。

滅多に見られない男の子たちの寝姿に、みんなの笑い声が上がる。


「ねえ、尾野くんって、やっぱり格好いいよね!?」


沙希ちゃんがちょっと興奮気味に言うと、ほかの子も頷いた。

尾野くんはしょっちゅううちのクラスに遊びにきているから、顔もよく知られている。


「うん、あたしもそう思ってた。でも、近付けないんだよねー。」


「そうそう。するするって逃げられちゃうの。」


「え、そうなの?」


そんなこと知らなかった。

尾野くんはいつも機嫌が良くて、親切なのに。


「ああ、葵は特別だよ。ねえ?」


「そうだよ。なんたって、何があっても『葵ちゃーん』だもんね。うふふふ。」


「ああ、あれは……、ふふ。」


思わず微笑んでしまう。

尾野くんはすごく優しいけど、少しだけ甘えん坊なところがあるから。

1年生には厳しいことを言うのに。


「まあ、冗談みたいなものだよ。何て言うか、そういう…ゲーム? …みたいな。」


「そうかなあ?」


「あ、あたし、分かる気がするよ。」


みんなが首を傾げる中で、菜月ちゃんは同意してくれた。

いつも一緒に過ごす時間がある菜月ちゃんには、上手く言い表せない雰囲気も分かってもらえるみたい。


(でも……。)


尾野くんが普通に話している女子って、わたしと菜月ちゃんだけなのかな?

ほかの女の子と一緒のところはあまり見ないから……。


(あ、いえ、違うね。)


由衣ちゃんがいる。

今日は部活を休めなくて来ていないけど。


尾野くんは、由衣ちゃんには全然遠慮がない。

たぶん、わたしに対してよりも、もっと。


お互いの会話は多くはない。

尾野くんが来るときは、わたしに用事があって来ているから。


で、そのついでに尾野くんがふざけて言った言葉に、由衣ちゃんがポツリと厳しい一言を言うことがある。

そういうとき、尾野くんは言われっぱなしではいない。必ず言い返す。

ムキになったり、おどけたりしながら、必ず。


最近、このやり取りがなめらかになって来たような気がしている。

言葉の往復の回数が少しだけど増えて、お互いに慣れてきたみたいな。

去年は同じクラスだったそうだけど、由衣ちゃんの話だと、授業以外で話をしたことはなかったみたい。


(もしかしたら……。)


尾野くんと由衣ちゃんって、お似合いなんじゃないかな?

だからと言って、わたしが積極的に二人の仲を取り持つなんてことはできないけれど。

でも、自分が仲良くしているひとたちが “もしかしたら…” と考えるのは、結構楽しい。


(上手くいったら、美男美女のカップルになるね。)


これからどうなるのか、ちょっと楽しみ♪

目の前で交わされるやり取りを、興味深く観察してしまいそう。


「こんなメールが来るなんて、葵はなつかれてるねえ。」


「え、あ、そうかな?」


思いがけない言葉だった。


「そうだよ。いくら葵がマネージャーだって言っても、わざわざ写真を撮って送って来るなんて、普通はしないんじゃないかな?」


「え、そう…なの?」


なんとなく、話が嬉しくない方向に向かっている気がする。

さっきの尾野くんの話と言い、これと言い、わたしが特別みたいに思われるのは困る。

以前の美加さんみたいに、焼きもちを焼かれちゃったりする可能性もあるし。


「ねえ、菜月のところはどう?」


(あ。質問の矛先が変わった。)


きっと男子バスケ部だって、同じように……。


「え? うちの合宿は学校でやるから、わたしも毎日通うもん。何日も別行動なんて、ないよ。」


(あんまり解決になってない〜!)


ここは自分で何とかしなくちゃ!


「な、菜月ちゃんには藁谷くんがいるんだもの、男の子はメールなんか出さないんじゃない…かな?」


(ね? 菜月ちゃんに彼氏がいなければ、そういうこともあるんだよ、みんな!)


「あ、そうだよね!」


「藁谷くんに嫉妬されたら怖そうだもんね〜。」


(上手く行った?)


「や〜ん、行矢くんが嫉妬〜? してほしい〜!」


「やだもう、菜月は〜。うふふふふ。」


「あ、ねえねえ、来週ライブに行くんだけどね。」


(話題が変わった! よかった……。)


本当にほっとした。

メールが来たことを特別みたいに言われるとは思っていなかったから。


だって。

メールをくれたのは、あの子だけじゃないんだもの。


行ったばかりのきのうの夜に、4通来た。

1年生3人と宇喜多さん。

それと、尾野くんからは電話が。

内容はべつにどうということはない。向こうがどんな様子か、とか。


今日の午後には、さっきの分も入れて4通。

今回は1年生ばっかり。

どれも楽しい内容で、バレー部の仲の良さが懐かしくなった。


(でも……。)


メールの着信を知らせる表示を見て誰からか確認したときに、一瞬……本当にほんの一瞬なんだけど、 “ああ、違った…” って思ってしまった……。


そもそも、合宿の間、メールや電話をもらえるとは思っていなかった。

だから、きのうの夜はとてもびっくりした。

そして、嬉しかった。

みんながわたしのことを忘れずにいてくれる、わたしのことを仲間だと思ってくれている、って。

それだけで十分なはずなのに……。


来ないメールが気になってしまう。


(贅沢だよね……。)


全員がそこまでしてくれるわけはないのに。

そんなことを期待するなんて、図々しいにも程がある。

さっきのみんなの話でも、メールをもらえること自体、羨ましがられるようなことらしいのに。


(だけど……。)


いいえ、待ってるわけじゃない。

わたしはそんな立場じゃない。


(だけど……。)


ちょっと頼り過ぎなのかも。いつも気に掛けてもらっているから。

でもそれは、単に一緒にいる時間が長いから。

目に入らなければ、忘れられちゃうんだよ。


(だけど……。)


たった2日会わないだけなのに、なんとなく懐かしくなってしまうな……。







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