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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
50/97

50  *** 葵 : 海に来ています。


(変だなあ……。)


もうずいぶん歩いたような気がするけど、わたしたちのパラソルが見つからない。

『渚テラス』っていう海の家の前だったはずなんだけど……。


(頭が痛いのに……。)


夏休みに入った2日目。

クラスの女子9人で海に遊びに来た。

修学旅行の説明会のあと、みんなで一緒に水着を買いに行く話が出て、「買ったらせっかくだから着よう!」と誰かが言って。

迷ったけど、せっかく誘ってもらったし、今回は女子だけだから参加することにした。


早い時間に待ち合わせをして、ここには9時に着いた。

すぐに着替えて、それからずっと遊んでいたけど、はしゃぎ過ぎたせいか、気付いたら頭が痛かった。

海岸に立ててある時計は11時10分。

みんなには「先に戻ってるね。」とだけ言って、一人で戻って来たんだけど……。


(まさか、迷ってるの……?)


こんな、ただ横に長いだけの海岸なのに?

海の家が一列に並んでいるだけなのに?

いくら方向音痴でも、そんなはずはないと思うけど……。


どうしよう?

反対側に歩いてみた方がいいのかな?

でも、海に入るときに向かった方向は確かに ――― 。


「どうしたのかな? 迷っちゃった?」


後ろから優しそうな男の人の声。


(よかった! パトロールの人とか………え?)


振り向いた目の前にいたのは、全身の肌が赤茶色で、髪が麦わら色の若い男の人が2人。

一人は蛍光オレンジと黄色、もう一人は黒の海水パンツ姿で、胸元と手首には金のチェーン、二の腕には入れ墨……?


(外国のひと……?)


どうしたらいいのか迷う。

笑顔は親切そうだけど……。


「一人? お友達は?」


(やっぱり日本語だよね……。)


日本人なのかも。

海の家の場所を訊いてみようかな……。


「あの。」

「姉ちゃん!」


少し後ろで声がしたと思ったら、一人の男の子が駆け寄って来た。

“男の子” と言っても、隣に立った姿はわたしよりも背が高いし、わたしに弟はいない。

よく事情を飲み込めないうちに、その子は息を切らして一気にしゃべり始めた。


「どこ行ってたんだよ!? 母さんがさっきからずっと心配してるんだぞ! 早く戻れよ、ほら。」


その勢いに呆気に取られてその子を見ていた ――― と思う間に、ガシッと腕を掴まれた。


(え? うそ? え?)


何も言う暇もなく走り出される。

引っ張られたわたしも、混乱したまま走るしかない。

何歩か行って振り向くと、さっきの二人連れはもう反対側に歩きはじめていた。


「あ…、あの、あの、あの……。」


人違いだって言わなくちゃ! と思うのに、引きずられるように走っている状態ではうまく声が出せない。

それに、その子の力が驚くほど強い。

わたしの腕をつかむ手は、まったく動かなくて……。


(どうしたらいいんだろう? 振り向いてびっくりされちゃうよ……。)


仕方がないので、今度は大きな声で。


「あの!」


今度は立ち止まってくれた。

少し息を切らして振り向いて、わたしの肩越しに後ろを見る。

それからにっこり微笑んだ。


「はあ…、危なかったですね。」


(……?)


意味が分からない。

でも、この言い方だと、わたしを助けてくれたみたいな様子だけど……?


「あれ? もしかして?」


ぼんやりと顔を見ていたら、その子が笑った。


「くくっ、もしかして、よく分かってませんか? あいつら、さっきから何人も女の人に声を掛けてたんですよ。」


「え? あ、そうなんですか……?」


もしかして、いわゆる “ナンパ” っていうもの?

あれが?

わたしが?


「そういうヤツって何人もいるけど、あいつらはちょっとヤバそうですよ。すぐ上の駐車場に、仲間が何人かいるんです。」


「え? 駐車場……?」


「ええ。打ち合わせしてるのを見ましたから。」


じゃあ、うっかりしていたら、どこかに連れて行かれていたかも……?

今さらながら鳥肌が立った。


「普通は、ああいう男に話しかけられても、止まらないで行っちゃうんですよ。なのに、葵先輩が振り向いて話そうとしてるから、びっくりしましたよ。」


「え? あの……?」


(今、「葵先輩」って言ったよね……?)


知り合い? 1年生?

でも、うちの部の子じゃない。


あらためて相手を観察してみる。

ほっそりした体つきで、背は……宇喜多さんくらい?

こげ茶と黒の入り混じった模様の海水パンツにビーチサンダル、片手にペットボトル。

短めの黒い髪、顔は…見覚えがあるような、ないような……?


「あれ? もしかして、俺のこと分かりませんか? 陸上部1年の船山です。」


「陸上部………?」


陸上部と言えば、うちの部室の真下を使っている。

それから、外練習のとき……。


「あ! いつも砂場にいるひとだ!」


「ああ、そうです。俺、幅跳びなんで。」


体操着姿しか見たことがなかったから、よく分からなかった。

でもそうだ、間違いない。

ボールが転がって行くとよく拾ってくれる、1年生の子だ。


「いつもご迷惑をかけてます。なるべく陸上部の方にボールが行かないようにって気を付けてるんだけど。」


「え、ああ、いいんですよ。そんなにしょっちゅうじゃないし、葵先輩はいつも『すみません。』って言ってくれるじゃないですか。」


「わたしの名前、知ってるんだね……。」


顔は合わせていても、話したことはないのに。


「あはは、知ってますよ。1年生には有名ですから。」


「え、なんで……?」


「部活紹介に出てたじゃないですか。」


「ああ……。」


そうだった。

マネージャーが出ていたのはうちの部だけで……。


「それに、部室がすぐそばですから。名前を呼ばれてるのがよく聞こえますよ。」


「ああ、そうだよね……。」


「あ、それより。」


「はい。」


「葵先輩、なんで一人でいるんですか?」


そうだった!


「ええと……、自分たちのパラソルの場所が分からなくなっちゃって……。」


事情を話すと、船山くんは落ち着いて頷いた。


「海だと風とか潮の流れがあるので、遊んでるうちに、いつの間にか移動しちゃってるんですよ。」


それからあたりを見回して、海岸の地図を見付けてくれた。

海の家の名前も細かく書いてある。


「ええと『渚テラス』ですよね……、ああ、ここですね。」


そこは海岸の少し右寄りにあった。

でも、『現在地』は左側に……。


「やっぱり間違えてたんだ……。」


がっかりしてしまう。

一列になっているだけの場所でも間違えてしまうなんて。


「ありがとう。じゃあ行くね。」


「あ、送りますよ。」


「え? もう大丈夫だけど……。」


海沿いに戻るだけのことなのに、迷うと思われちゃったんだろうか?

そんなに方向音痴って、はっきり分かるもの?


「遠いわけじゃありませんから。それに、そんな格好で一人でいたら、また変な男に声を掛けられちゃいますよ。」


( “そんな格好” って……あ!)


新しい水着!

みんなで買いに行ったばかりの。


(そうだった……。)


白地に水色のチェックのビキニ。


ブラの肩ひもの代わりの白い幅広の布が、首のうしろで結んであるデザイン。

この布は自分で結ぶわけじゃなくて、そういうふうに見えるだけ。

上にTシャツを着ると、このリボンが後ろに見えて可愛いだろうと思ってこれに決めた。


附属品として紺のショートパンツが付いているけど、海で遊んでいたから今は着ていない。

売られていた水着の中ではおとなしい方だったし、一緒に来た女の子たちに混じると地味だ。

でも、一人だけで見られると……、しかも、普段は体操着姿しか見せていないひとに……。


(なんていうか、ものすごく心許ない気がする!)


だけど、隠すって言ったって何も持ってない。

今さら後ろを向くのも変だし、手で隠しても面積的に問題が。


(ああ、もう、恥ずかしいよ〜!)


せめて浮き輪でもあればよかったのに。


「あ、あの……、す、すみません、こんな格好で。」


「え、いえ、そんな。」


ドキドキしながら謝ると、船山くんが急にそわそわし始めてしまった。

視線をうろうろと動かして。


(あ、もしかして。)


わたしが恥ずかしがると、相手も恥ずかしいのかも。

ここは度胸を決めて、平気な顔をするべき?


(うー…、頑張れ!)


「え、ええと、じゃあ、申し訳ないけど、パラソルまで一緒に行ってもらってもいいかな?」


思い切ってにっこりと笑ってみる。

ちょっと引きつった顔になっているとは思うけど。


「あ、は、はい。」


船山くんも、覚悟を決めたように頷いた。

それから、


「あ、そうだ、頭が痛いんですよね? これ、飲んでください。まだ開けてませんから。」


と言って、持っていたペットボトルを差し出した。

遠慮すると、船山くんが説明してくれた。


「たぶん、脱水で熱中症になりかけてるんだと思います。時間が経つともっとひどくなるかも知れませんから、どうぞ。」


熱中症と言われてびっくりした。

バレー部の練習では、みんなに「水分補給!」ってしつこいほど言うけれど、まさか海で自分がなるなんて。

放っておいてひどくなって、お友達に迷惑をかけることになったら困ってしまう。


「あ……、じゃあ、いただくね。あとでお金を返します。どうもありがとう。」


「いいえ。すぐに飲んだ方がいいですよ。」


「はい。」


もらったスポーツドリンクはやわらかく口の中から喉へと通って行き、とても気持ちが良かった。

船山くんの時間をいただいてしまうのは申し訳ないと思ったけれど、自分の無防備さを思うと、一緒にいてもらえるのはとてもありがたい。


(お金を返すだけじゃなくて、ちゃんとお礼もしよう。)


相手は1年生なんだし。

先輩として、お世話になりっぱなしというわけには行かないもんね。








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