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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
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49  修学旅行の準備は?


7月に入って間もなく、修学旅行の説明会があった。

大まかな行程と体験ツアー、スーツケースのレンタルなどの説明を、北海道コースと沖縄コース別々に。


俺は沖縄コースで、3日目の午前中に体験ツアーがある。

マリンレジャー、グラスボート、伝統工芸から選ぶことができる。


申し込みは活動班に関係なく、好きなものを選べる。

と言っても、男はほとんどがマリンレジャーだ。

その中でさらにバナナボートやらシュノーケリングやらに分かれていて、俺はクラスの友人たちと一緒に迷っている最中。

最初は葵と一緒がいいな、と思ったけど、今は、男ばっかりで騒ぐのも楽しいだろうと思っている。

せっかく同じクラスになったんだし、みんないいヤツだって知っているから。


葵は「水着は絶対に着ない!」と宣言している。

体験ツアーで海に入るものを選ばなければ、着ないで済んでしまうのだ。

残念ではあるけれど、ほかの男に見られないで済むと思えば、それはそれでいい。

俺の頭の中で想像するだけなら何でも着せられるし、誰にも見られる心配はない。


この3日目は、午前中のツアーから帰ったあと、ホテルのビーチでバーベキューランチがあり、そのまま夕方まで自由行動。

街からは離れた場所にあるホテルなので、自由行動と言っても、ホテル前のビーチで遊ぶか散歩くらいしかない。あとは昼寝。

チャンスがあったら、いつもよりものんびりと葵と話せるかも知れない。

でも、やっぱり友達と過ごす方が優先になるだろうな。


とは言っても。


4泊5日の旅行期間中は、24時間体制で葵と一緒だ。

朝食から夜まで。

寝起きや風呂上りの彼女を見られる可能性がある!


それを思うと、部屋着でちょっとぼんやりしている姿や濡れた髪をゆるくまとめている姿が頭にちらついて、ついニヤニヤしてしまう。

どれも可愛過ぎる。


季坂と藁谷のおかげで、活動班も一緒になることができた。

それに、最終日は彼女の誕生日。

午前中の那覇市内の自由行動のときに、一緒に店を回りながらプレゼントを選びたいと思っている。

ラッキーなことに、尾野と宇喜多は北海道コースだ。


女子たちで固まってひそひそ話している葵をこっそりと見ながら、楽しい計画を次々と練ってみた。




「なあ、藁谷。」


教室に戻る途中、木村が藁谷に声を掛けた。

なんとなくこそこそした雰囲気だったから、隣にいた俺もつい近寄って、3人で内緒話をするような態勢に。


「お前、季坂と海とかプールとか行ったことある?」


「え!?」


真ん中にいた藁谷が驚いたように身を引いた。

その反応に、俺も木村も余計に藁谷の顔をまじまじと見てしまった。


「い、いや。ないけど。」


首を横に振りながら、簡潔に否定。

俺も、藁谷たちが付き合い始めたのは去年の九重祭のあとだったことを知っているから、その返事には納得できる。


でも、藁谷の態度が怪しい。

視線がうろうろしているし、何も言いたくないというように口をしっかりと結んでいる。

今年は行く予定があるのかも。

でも、問い詰めても藁谷は何も言わないだろう。


「なんでそんなこと訊くんだよ?」


木村に訊いてみる。

すると木村は真剣な顔で言った。


「いや、女子がどんな水着を着るのかと思って。」


「う。」


あまりにも真っ直ぐな答えに、俺の方が言葉に詰まった。


「ほら、さすがに女子に直接訊いたら変態っぽいだろ? でも、気になるじゃん。なあ、どんなだと思う?」


「え、いや、さあ……?」


(そういうのって、口に出しにくいじゃないか。)


…と、俺は思うのに、木村は全然平気らしい。


「グラビアだとさあ、10代のアイドルでもビキニだろ? 紐で結んであるやつとかさあ。修学旅行でも、女子はそういうの着るのかなあ?」


(それは俺が封印した水着なのに!)


想像の中でも、葵に紐で結ぶビキニを着せるのはやめていた。

なんだかハラハラしてしまうから。


「さ、さあ……。どうなんだろうな……?」


返事をしながら不安になる。

木村が頭の中で、葵にそういう水着を着せているんじゃないかと。


「何かのはずみで取れちゃったらどうするんだろうなあ? 俺たちが助けてやってもいいのか?」


(そんなこと、真剣に悩んでるのか!?)


と思ったら。


「いや。そこは後ろを向かないと。」


季坂の話題から逸れてほっとしたらしい藁谷が、隣ではっきりと言い切った。


(そこまで想定してるのか……?)


俺って、案外真面目なのかもしれない……。


「やっだ〜! もう、葵ったら〜!」


後ろで女子の賑やかな声がした。

思わず3人とも振り向くと、少し後ろにうちのクラスの女子の一団がいた。

名前が出た葵は集団の後ろの方にいて、なんだかおろおろしている。

その周りの女子はくすくす笑ったり、楽しそうに囁き合ったりしている。


(まさか、いじめられてるなんてことは……。)


最初に浮かんだのはこれだった。


おとなしい彼女は、季坂みたいにクラスの中で堂々と自己主張できるわけじゃない。

修学旅行の前に仲間はずれになったりしたら可哀想だ。


「どうした?」


少しきつい言い方で割って入ってしまった。

表情も険しかったんじゃないかと思う。


でも。


「あ、ねえねえ、聞いて〜。」


「葵ったら、可愛いの〜!」


飛び跳ねるように、女子があっという間に俺たち3人を取り囲む。


「やだ、ねえ、ダメだってば。」


葵が慌てて止めたけど、彼女から隠れるように俺たちの前に出た地葉がさっさと話し始める。


「葵ったら、男子は水着のときは上半身裸なのか、なんて訊くんだよ〜。」


「え……?」


「ね〜、可愛いでしょ〜?」


(そんなことが気になるのか……?)


とりあえず、いじめられているわけではなかった。

でも、俺たち3人とも、驚きと感心半々くらいの気持ちで葵を見てしまった。

彼女は「やだ〜、もう!」と叫びながら、両手で顔を隠した。


「だって、もう何年も、海とか行ってないんだもん! 小学校のときは男の子も海パンしか着ないのは知ってるけど、大きくなったら違うかもって。」


「ぷ……。」

「くく……。」


彼女の言い訳に思わず笑ってしまってから、隣の木村とこっそり視線を交わす。

藁谷は季坂の手前、笑うことができなかったんだろう。なんとも不思議な表情をしていた。


「高校生になっても、水に入るときは小学生と同じかなあ。」


木村が笑いながら説明すると、葵は小さい声で「はい。」と頷いた。

耳まで赤くなっているところがたまらなく可愛い。


「あ、でもさあ、なるべく何か着ててよね?」


地葉が笑いをこらえながら俺たちに向かって言う。


「え?」


「女子校育ちの葵には、刺激が強すぎるみたいだから! あははは!」


「ああ、そうだよね! 男子がいるからって一緒に遊べないとつまらないもんね〜。うふふふふ。」


「あ、ああ、うん。」


(俺が葵にとって “刺激が強い” って……俺が?)


そんな可能性はあるんだろうか?

バレー部で鍛えてるし、結構自信はあるけど……。


( って、何考えてんだ、俺は!? 服を着てろって言われてるのに!)


「あ、ねえねえ、水着はもう買った?」


聞こえてきた話題は女子同士の内容に切り替わった。

俺たちは何となく混ざっているわけにはいかなくなって前を向く。


「お前は?」


ほかの話を思い付かないので、そのまま藁谷に尋ねてみる。


そうしながら、実は後ろの話がちょっと気になる。

着ないと言っている葵も、もしかしたら、水着を買うことくらいはしたかも知れない。

だけど、聞き耳をたてていることもできない。

気持ちを逸らせるためには、自分たちも話をするしかない。


藁谷と木村が


「そろそろ買っといた方がいいよなあ。」


「修学旅行間際じゃ売ってないからなあ。」


と応じた。

そのとき。


「何言ってんの〜!?」

「ダメだよ、そんなの!!」


後ろで賑やかな声が。

振り向くと、またしても葵が女子全員になにやら言い聞かされている。

葵はもらったパンフレットの束を胸に抱き締めて、困った様子で周囲の女子たちを見回している。


「葵も絶対に着なきゃ!」


「そうだよ。3日目の午後はビーチで遊ぶんだし。」


「みんなで着れば恥ずかしくないって!」


(おお、これは……。)


予想外の展開!

俺が言ったら怪しまれることも、女子が言うならOKだ!

頑張れ、みんな!


「葵は水着を着ないつもりだったのか?」


前に向き直りながら木村が尋ねた。


「うん、そう言ってた。体験ツアーで着る必要がないから、持って行かないって。」


答えながら、後ろの話がどう決着するのか気になる。

聞き違いじゃなければ、「一緒に買いに」って聞こえたような気がするけど……。


「やっぱり着てほしいよなあ。」


「え?」


俺の気持ちを見透かされたのかと思った。

でも、顔を見たら違うと分かった。

木村はちょっとうっとりした顔をしている。


(こいつ……。)


葵の水着姿を想像しているのか? と思った途端、自分の頭の中にも同じものが。

彼女が身に付けているのは、黄色で胸元に細かいヒラヒラがついたビキニ。俺の一番のお気に入りだ。


(やっぱり誰にも見せたくないな……。)


恋する男の心は複雑だ。









次から夏休みに入ります。

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