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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
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47  *** 葵 : イベントがいっぱい


「じゃあ、これからリレーの選手を決めまーす!」


体育館の1階にある武道場で、体育祭の2年リーダーが声を張り上げている。

わたしたちはその周りの床に座り、右と左では1年生と3年生が同じようにしている。


今週のLHRは、体育祭のチームごとに集まって、選手やその他を決める話し合い。

チームは事前に九重祭委員がくじを引いて、各学年2クラス、三学年で計6クラスずつの4チームが決まっている。

わたしたち2年6組は、2組と一緒に緑チーム。

1年生の中にはバレー部の後輩の顔も見える。


(なんだか忙しいね……。)


テストが終わってから、急に忙しくなって来たような気がする。

先週の文化祭の話し合いに続いて、今日は体育祭の話し合い。

夏休み中の部活の計画表も作らなくちゃいけないし、合宿参加者の確認もある。

修学旅行も九重祭が終わると1か月ないから、そろそろ下調べをするって言ってた。

それに、明日は尾野くんのお誕生日だ。


(ぼんやりしていられないな。)


…なんて言っても、わたしは全部 “その他大勢” の一人でしかないけれど。


“その他大勢” に過ぎなくても、先週の劇の話し合いは面白かった。


文化祭の劇の話はお母さんからちらりと聞いてはいたけど、みんながあんなに熱心だとは思わなかった。特に女子が。

出し物の人気投票があるから、ものすごく気合いが入っている。


テスト前から女子の間で話が出始めて、監督は脚本も兼ねて文芸部部長の仲野佐智江ちゃん(通称さっちゃん)、ということもすぐに決まった。

全員男子の劇で『シンデレラ』にしようって決まると、ダンスシーンを入れるということで、助監督は地葉真子ちゃんになった。

そして、LHRまで女子だけで秘密を守り通した。

菜月ちゃんだって、藁谷くんに何も言わなかった。


誰をどの役にするかも、LHRで誰がいつ発言するかも、事前に全部決まっていた。

最初に藁谷くんを菜月ちゃんが推薦することももちろん。

ああすれば男の子たちも賛成するって分かっていたから。

女子が話し合いの主導権を握るために、あれは必要な手順だった。

それに、背が高くてキリッとした藁谷くんは、舞台では見栄えがするって誰でも想像が付く。


女性役の最初に相河くんを推薦することも、簡単に決まった。

ああいうことをされても、変に怒ったりふて腐れたりしない人だって、女子はみんな知っているから。

もちろん、びっくりして嫌がることは想定済み。

そういうときのために、わたしにも役割が振られていた。

相河くんには「裏切り者。」って言われちゃったけど。


でも、相河くんはちゃんとやってくれると思う。口ではいつまでも「嫌だ」って言うとしても。

そして、相河くんがやってくれればほかの男の子たちもやるだろう、というのが女子の予想。

相河くんは、男子の中ではムードメーカー的な存在だから。

実際、役を決めるときだって、相河くんが決まったら、ほかの女性役もスムーズに決まった。

劇の練習が始まってからも、きっと同じようになると思う。


それに、ダンスの場面があるから、男性役の男の子たちだってほっとしているんじゃないかな?

社交ダンスって抱き合って踊ることになるんだもの、男女ペアでやるのは恥ずかしいよね?

ああ、でも藁谷くんは……、ううん、菜月ちゃんが相手だとしても、人前では恥ずかしいだろうと思うな。


「ねえ葵、どれに出る?」


隣にいる由衣ちゃんから声が掛かって、ホワイトボードに書き出されている種目に慌てて注意を向ける。

ぼんやりしていて責任の重い種目に出ることになったりしたら大変だ。


「綱引き……か、大タイヤころがし、かな? ねえ、 “借り人パン食い競争” って何?」


「ああ、あたし去年出たよ。 “よーい、ドン。” で出発して、指定された条件の生徒を探し出して、その人と一緒に途中でパンを取って、ゴールまで走るの。」


「へえ、難しくないんだね。なら、それでもいいかな?」


「うーん、葵だとどうかなあ?」


「え? 何かあるの?」


「あのね、パンの位置が高いんだよね。おんぶしないと届かないの。」


「あ、そうなの?」


「うん。あたしでも結構頑張る感じだった。」


たちまち頭の中に、よろよろしながら誰かをおぶっている自分が浮かぶ。

しかも、背の低いわたしがおぶっても、乗っている女の子はパンに手が届かなくて……。


「あとね、その条件に合った生徒を見付けたらね、そこからはその人と手をつないで走るってルールなの。条件によっては、男の子と手をつなぐことにもなるんだよね。」


「え……。」


それはもっと厳しいな……。


「まあ、そんなに男女ペア率が高いわけじゃないよ。あたしも去年は男子にも女子にも当てはまる条件だったし。」


「ふうん……。」


でも、万が一ってこともあるよね。


「やっぱり、わたし向きじゃないみたい。綱引きか大タイヤころがしかな。」


「うん。ねえ、大タイヤにしようよ。今年のオリジナル種目だって言ってたじゃない?」


「ああ、うん、そうだね。でも、オリジナル種目って……?」


「今年の体育祭担当の委員が考えた種目だよ。毎年違うの。面白いかどうかはやってみるまで分からないんだけど。」


「へえ……。」


(いろんな企画があるんだなあ。)


前の学校では、こんなふうに新しいことや風変わりなことを取り入れようなんて、誰も考えなかったような気がする。

お父さんが高校生活が楽しかったっていうのは、この学校のこういうところのことなのかも知れないな。


「でもさあ、うふふ…、 “大タイヤ” って、どのくらい大きいんだろうね?」


「あ、そうだね。……もしかして、直径2メートルくらいとか? 倒れたら二度と起こせないかも……。」


今度は大きなタイヤの下敷きになってもがいている自分が頭に浮かぶ。

そのくらい大きいと、重さもかなりのものに違いない。


「あはは、やだ葵! そんなに大きかったら校庭まで運んで来られないよ。」


「ああ、そうか。」


さすがに進行に支障のあるような競技は考えないよね。


「借り人パン食い競争に出たい人はこっちに集まって〜。」


「葵、由衣、出ない?」


副リーダーの呼びかけで、さっちゃんたちと話していた菜月ちゃんが振り向いた。

大タイヤころがしにすると答えると、「え〜、面白いのに〜。」と笑いながら、さっちゃんたちと一緒に呼ばれた場所に出て行った。

集まった人数が少ないのを見て、そこから男の子たちを呼んでいる。

そんな元気で屈託のない菜月ちゃんを見ていると、わたしはいつも楽しい気分になる。

そして、一緒にいると、わたしも無理なく元気になる。


(やっぱり菜月ちゃんだよね。)


菜月ちゃんに応えて最初に相河くんが、そして藁谷くんが笑いながら立ち上がった。

さらに、その二人に呼ばれて2組の男の子が2人。


(相河くんと藁谷くんは、背が高いから有利なんだ。)


おんぶをしないと届かないというパン。

あの二人ならわたしだって楽に ――― 。


(え? わたし?)


パッと浮かんだのは、自分が相河くんの背中に乗っている姿。

いえ、背中に乗るというよりも、首にしがみついているような状態。

“地面から高くてちょっと怖い” なんて気持ちまで浮かんできて、やけにリアル。


(う、うわ。やだ。なんでこんな? 恥ずかし!)


鼓動が一気に速くなる。

ほっぺもほわんと火照ってしまって、由衣ちゃんに見られないように下を向く。


(どうしよう!? 早く収まって!)


これから大タイヤころがしにエントリーしなくちゃならないのに。

こんな顔のままじゃ出て行けない。


さっきの画像を頭から消そうと思っているのに、逆にそれがフラッシュバックのようにちらつく。

しかもそれが動いて、わたしをおぶったままの相河くんが、半分振り返ってわたしに話しかける。


(いや〜! 近すぎて恥ずかしいってば!)


心の中でそう叫ぶと、頭の中の自分は顔を隠すためにますますしがみつき、相河くんがそれを笑う……。


(うそ……、信じられない。どうして……?)


鼓動も、顔が熱いのも収まらない。

わたし、いったいどうしちゃったんだろう?

こんなの困る。

早く消えて!


「葵? どうしたの? 具合悪い?」


(!!)


由衣ちゃんの声。

膝に顔を埋めるように伏せていたせいで、心配してくれたらしい。


「あ、あの、大丈夫。ちょっと……暑いかな?」


どうにか言い訳を絞り出せた。


「あれれ、顔が赤いね。ここって天井が低いから暑いんだよね。今日は風もないし、こんなに大勢いるとどうしてもねー。」


「ああ、うん、そうだよね。」


梅雨の時期でよかった。

手に持っていたタオルで顔をあおぐと少し楽になった。


部活が始まるまでにあんなことは忘れなくちゃ。

とにかく今は、話し合いに集中集中。








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