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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第四章 忙しい夏
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46  LHRの罠


中間テストが終わったと思ったら、にわかに忙しくなった。

夏休み、9月の九重祭、10月の修学旅行。

それらの準備が始まって、校内全体がなんとなくそわそわしているように感じる。


ただ、俺の中ではその前に7月1日の尾野の誕生日がある。

べつに俺が祝ってやるわけじゃない。

葵が何を用意しているのか気になっているだけ。


初め、「まだ決まらなくて。」と言っていた葵は、今では「当日まで秘密。」と笑っている。

そりゃあ、誕生日のプレゼントなのだから、秘密にしたいというのは分かる。

でも、ときどき彼女が尾野とくすくす笑いながら話していることがある。

それを見ると、その秘密が彼女一人の秘密なのか、尾野と二人の秘密なのか、ということが気になってしまう。

誕生日のプレゼントとして、尾野の希望を叶えてあげるのだとしたら……。


そんなハラハラする思いのときに宇喜多の様子を窺っても、あいつは相変わらずのポーカーフェイスだ。

もしかしたら自信を持っているのかも知れないと思ってしまうほど。

少し悔しくなって、帰りに二人で話しているときに言ってみた。「誕生日に葵が何でも願いを叶えてくれるって言ったら何を頼む?」って。


すると、やっぱり宇喜多は前のようにうろたえて、真っ赤になった。

口の中で「何でも……?」とつぶやいて、そのまま下を向いて。

いったいどんなことを思い浮かべていたのか訊いてみたかったけどやめておいた。たぶん、俺とそれほど変わりはないだろうから。

葵との距離も、特に縮まっているわけではなさそうだし。


暑くなってから、葵の部活中の服装が変わった。

バレー部のジャージをやめて、自前の7分丈のトレパンを履いている。

紺のトレパンにピンクや水色のTシャツやポロシャツを着ていて、俺たちの中に混ざると、女の子らしくて可愛い。

そんな彼女を見ると、俺はますますやる気が出る。




「うちのクラスも劇でいいですかー?」


LHRの時間。

九重祭委員が黒板の前で尋ねている。


「はーい。」

「うぉーい。」

「いいぞー。」


教室のあちこちから声が上がった。


9月の終わりに行われる九重祭は、文化祭が土日の2日間、体育祭が、片付けや準備をはさんで火曜日と決まっている。

文化祭では2年生が劇をやるのが長年のこの学校の伝統で、それをやりたくて入学を希望する生徒もいるほど。

ほかは、1年生が食べ物系とアトラクション系、あとは吹奏楽部や演劇部、軽音などの文化系の部活。

運動部中心の有志のグループが屋台を出したりもする。

3年生は文化祭は見るだけで、体育祭だけに参加する。


「じゃあ、劇で決まりでーす。」


「「「おー。」」」


パラパラと拍手が起こる。

うちのクラスが劇で参加するのはしばらく前から囁かれていたことだし、この学校の伝統だから、誰も反対しないのは分かっていた。


「で、演目なんですけど、候補が上がっていまーす。」


発表している九重祭委員の女子二人が、楽しそうに顔を見合わせて笑う。

席に着いている女子も、女子同士で顔を見合わせたり、笑ったりしている。

葵と季坂も。


(へえ。)


それ以上のことが決まっているとは、俺は知らなかった。

いや。

俺だけじゃなく、たぶん、男は全員。


でも、この様子だとこれで決まりだ。

うちのクラスは男子の方が多いけど、強いのは女子の意見だから。

俺たちはフェミニストだからな。


「「候補は『シンデレラ』でーす!」」


二人の委員が声を合わせて発表すると、教室の中が女子の歓声と拍手に包まれた。

つられて男子も賛成の雰囲気になり、呆気なく決定。


「じゃあ、ここからは配役と担当を決めて行きます。最初に総監督を決めて、そのあとに配役を…… 」


(『シンデレラ』か……。)


シンデレラ役の葵と王子役の自分が手を取り合って踊っている場面を想像してみる。

小柄な彼女を支えてダンスをリードする俺……。


(結構ハマってたりして!?)


ニヤニヤしそうになって、慌てて真面目な顔を取り繕う。


まあ、おとなしい葵が主人公に選ばれることはないだろう。

彼女の性格だと、指名されても断るだろうし。


うちのクラスだと季坂あたりか?

ちょうど藁谷もいることだし、出来合いのカップルで主役っていうのも話題性があっていいだろう。

藁谷の方が、王子役なんて嫌がるかもしれないけど。


そこまで考えたところで総監督が決まった。助監督も。

総監督は文芸部の部長をしているという仲野、助監督はダンス部の地葉。どちらも女子だ。

あの様子だと、女子の間ですでに段取りが済んでいたに違いない。

このクラスの女子はまとまっているらしい。


(こういう感じだと楽だな。)


去年は何かを話し合うたびに揉めた。

俺にはどちらでもいいように思えることが、一部には受け入れ難いことだったらしくて。

たいてい片方の中心が榎元だったから、俺は立場上、彼女の意見に賛成していたけれど。


総監督と助監督に選ばれた仲野と千葉が前に出て、話し合いの進行役は彼女たち二人に移った。

いよいよ配役決めに入るらしい。


「シンデレラ、王子、継母、姉2人、魔法使い、お城の家来、舞踏会の客4人の予定です。舞踏会の客はダンスだけで、セリフはありません。」


(ん……?)


具体的過ぎる気がする。

今決まったばかりなのに、ここまではっきりと人数が出てくるものなのか?


「季坂。」


小声で呼ぶ。

何か計画があるとしたら、季坂が知らないということはないだろう。


季坂が振り向くと同時に、葵も肩越しにちらりと後ろを見た。

その顔が少し笑ってる……?


「なあ。この話って、どこまで進んでるんだ?」


俺の質問を聞いて、隣の木村も身を乗り出した。

前方では助監督の地葉が、黒板に役名を書き出している。


「うーん、まあ、もうちょっと。うふふふ……。」


何か隠していることがあるらしい。

俺たちの後ろにいる女子とも視線を交わして頷き合っている。


「じゃあ、配役決めまーす。」


元気のいい仲野の声。


「まずは立候補。やってみたい役がある人〜?」


さすがにここでは誰も手を上げない。

いくら劇をやりたいからと言っても、自分が舞台に上がりたい、というわけではないらしい。


「いませんか〜? じゃあ、推薦。」


「はい!」


季坂が真っ先に手を上げた。

あんまり素早くてびっくりした。


「王子様は藁谷くんがいいでーす。」


「えぇぇ!?」


教室の反対側で大きな声を出したのは藁谷。

知らされていなかったらしい。


その声を圧倒するように、クラス中から賛成の声と拍手が湧く。

女子からだけじゃなく、男子からも。

本人は目を剥いて「無理無理無理!」と叫んでいるけど、誰も聞いていない。

結局、そのまま決まった。


(ってことは、シンデレラは季坂で決まってるんだな。)


と思ったけど。


シンデレラ役の推薦はなかなか出なかった。

シンデレラだけじゃない。

お城の家来と舞踏会の客の男役だけはするすると(半強制的に)決まったのに、女性キャストがまったく名前が上がらない。


(なんだこれは……?)


やっぱりヒロイン役と敵役ってことで、女子同士で牽制し合っているんだろうか?

それとも、女子の役は男が推薦しないといけないのか?


「メインはシンデレラとこの3人なんですけど、推薦はありませんか〜?」


「はーい!」


俺の後ろで声がした。


「意地悪な姉に相河くんを推薦しまーす!」


「ぅえええええ!? なんだそりゃ!?」


気付いたら、声と一緒に立ち上がっていた。


「なんで俺!?」


その勢いで後ろの女子に問い返す。


「女子がいっぱいいるだろ!?」


言いながら教室を見回すと、女子はみんな下を向いて笑っている。

男は笑っているヤツもいるけど、この先の展開を予想して不安な顔をしているのもちらほら……。


「あー、ちょっと待って。相河くん、座って。」


仲野が俺を推薦した女子に理由を尋ねた。まあ、公平な態度と言える。

その答えは


「バレエで意地悪な姉と継母を男性ダンサーがやっていて、とても良かったからです。」


だった。


「ということは、女子がいても、男子がこの役をやったっていいってことだよね?」


仲野の確認の言葉に一瞬ぐっと詰まったけれど、自分が女装をすることを思ったら、必死の思いで声が出た。


「い、いや、やっぱり男が女の役っていうのは、そんなに簡単にはできないと思うなあ。」


「そう?」


仲野が落ち着いてそれを受けた。

それからおもむろに葵に向かって言った。


「ねえ、女子校でお芝居をするときには、男役はどうするの?」


「あ、もちろん女子がやります。」


(もしかして、助けてくれないのか……?)


「難しいかな?」


「演劇部の友人は、どんな役でも練習で身に付けるのは同じだって言っていました。」


(葵…………。)


頭がくらくらする。

彼女は俺を助けてくれないのだ。


それで観念した。

この話し合いそのものが、すでにお芝居なんだ。

葵までが平気な顔で答えられるほど、このクラスの女子の意見はまとまっているんだ。


俺が決まったことで、そのあとの配役は順調に決まった。

推薦されたのは、主役のシンデレラを含めてすべて男。

女子の立てていた計画は、要するに、オール男子キャスト版『シンデレラ』だった ――― 。




「裏切り者。」


話し合いが終わったとき、そっと葵をつついて言ってやった。

彼女は大道具係に納まっていた。


「ごめんね。でも、きっと楽しいよ?」


彼女は少し申し訳なさそうに、でも、大半は楽しそうに答えた。


その顔を見たら、 “まあ、いいか。” と思えてきたから不思議だ。

俺にとっては葵が魔法使いなのかも知れない。








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