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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第三章 三角形? 四角形?
42/97

42  部活のない日には


6月は15日から中間テストがある。

その1週間前から部活動は休みだ。


(もしかして、葵と二人で帰れるんじゃないか!?)


部活が休みに入る日の朝、そのことに気付いた。


普段は部活があるからあのメンバーで固まって帰るけど、今日からは尾野と宇喜多とは顔を合わせない。

藁谷と季坂は、部活がなければ二人だけで帰ってしまう。

ということは、残りは同じクラスの彼女と俺。誰も邪魔するヤツはいない。

わざわざ約束する必要もない。

席は前後に並んでいるんだから、帰るときに「帰ろうぜ。」と言えば済む。


一日中、目の前の彼女のふわふわ揺れる髪を見ながら楽しい気分だった。

隣を歩く彼女を想像して、勝手にドキドキしたり。


休み時間には、女子のグループで話している彼女をなるべく見ないようにした。

ついニヤニヤしてしまいそうで。


クラスでは、彼女は女子だけでグループになっていることがほとんどだ。

俺や藁谷と話しているときにはほかの男も一緒に話すこともあるけど、基本的に、彼女は女子で固まっている。

彼女が女子だけの集団にいることについては、俺は大賛成だ。余計な心配をしなくて済むし。

そして俺も、今年は男だけでいることが多い。



帰りのHRが終わって、ガタガタと椅子を動かす音が広がる。

「じゃあねー。」「またな。」と帰るあいさつをする声も。


(いよいよだ。)


彼女の方から振り向いて「じゃあ、帰ろう。」と言ってくれるだろうか?

それともやっぱり俺からかな?


(…俺だよな。)


やっぱりここは男らしく、エスコートの意味も込めて……と腰を浮かしたら。


(あれ?)


葵は振り向きもせず、季坂と一緒に窓の方へ歩いて行ってしまった。

立ち上がってしまった俺は、肩すかしを食った気分。


(なんだよ、知らないのか? 季坂と藁谷は二人で帰るんだぞ。)


「邪魔したら悪いぞ。」と、心の中で彼女をからかう。

邪魔だと気付いた彼女が戻ってきたら一緒に教室を出るつもりで、自分の机に軽く寄り掛かって待つことにした。


「晶紀、帰らないのか?」


通りかかった友人が声を掛けてくれた。

それにはさり気なく、


「うん、ちょっと。」


と言葉を濁す。

葵を待っているなんて、照れくさくて言えない。


ところが。


葵が行った先は藁谷じゃなくて、その前の席にいる芳原のところだった。

そこで少し話して、バッグを持って歩きだした芳原と一緒に戻って来る。

そして、自分もバッグを持つと、


「相河くん、さようなら。」


と、頭を下げた。何の疑いもないように。

芳原も優雅な笑顔で一緒に。


(え!?)


ものすごくびっくりした。

でも、その驚きを隠すくらいの見栄は残っていた。


「あ、ああ、またな。」


どうにか笑顔でその言葉だけは絞り出す。


クラスメイトたちに、俺が彼女を待っていたということを気付かれないように、メールを確認するふりなんかをしてみる。

でも、心の中はかなりのショック状態。

当然のように帰ってしまった彼女に、俺とは部活の中だけの付き合いだと言われたような気がする。


何か用事があると思ってくれたらしい友人たちは、「じゃあな。」と言いながら、俺を置いて次々と教室を出て行った。

それに「おう、またな。」と笑顔で答える俺。


(何やってるんだ、俺は……。)


空しい。


(でも、言う前で良かったかも知れない……。)


あの一瞬を思い出してみる。

季坂と一緒に歩き出す前に、彼女に声をかけていたら……。


「葵、帰ろうぜ。」


「え? わたし、由衣ちゃんと一緒に……。」


ダメだ。格好悪すぎる。

誰に聞かれてるかわからないし。


(言わなくて良かった……。)


やっぱり、何でもかんでも気軽に口に出すのは危ないな。


「あれ?」


耳になじんだ声がした。

目を上げると尾野だった。


「葵ちゃんは?」


きょろきょろと教室を見回しながら尾野が訊く。


「帰った。」


「一人で?」


「芳原と。」


「なんで?」


「仲がいいからだろ?」


「そんな〜。」


脱力した尾野が彼女の席にドスンと座る。


「お前、なんで引き止めないんだよ?」


「んなこと簡単に言えてたら、俺だって、今ここにいねえよ!」…なんて、今は言えない。まだ何人か教室に残っているから。

仕方なく黙っていると、今度は


「で、お前は何やってるんだよ?」


と訊かれた。

まさか「置いて行かれた。」と答えることもできず、また無言。

すると、返事をしない俺を見ていた尾野が「なーんだ。」とニヤニヤした。


「置いてきぼりか。」


「ふん。」


(お前と同じだろ?)


仕方がないから尾野と帰るしかない。

クラスメイト達には、俺が尾野を待っていたと思われているのかも知れない。

まあ、誰かを待っていたふうなのに一人で帰るっていうよりはマシかな。


「帰ろうぜ。」


立ち上がってバッグを肩にかけると、尾野が「お前と二人かー……。」とがっかりしながら同じようにした。


(俺だって同じ気分だよ。)


廊下に出ると、階段方向からやって来たのは。


「あれ?」


「宇喜多?」


足を止めた俺たちに気付いた宇喜多が爽やかに手を上げて合図。


「葵は?」


(お前もかよ!?)


俺が叫んだのは心の中だけ。

でも、尾野はたちまち警戒心むき出しの目つきになって、探りを入れ始める。


「もう帰ったって。お前、何か約束でもしてたのか?」


「ああ、うん。」


(してたのか!?)


俺と尾野が驚いている前で、宇喜多は平然として言った。


「DVDを貸すことになってたから。」


(一緒に帰る約束じゃなかった……。)


「DVD?」


ほっとしている俺の隣で尾野が胡散臭そうに聞き返す。


「そうだよ。葵が試験勉強の気晴らしに見たいって言うからさ。ほら、普段は部活で時間がないだろ? だから。」


「ふうん……。」


「まあいいや。急ぐわけじゃないし。」


宇喜多が階段の方へと向きを変えたので、俺たちもその後ろを歩きはじめる。


「俺たち超仲良しみたい……。」


階段を下りながら、尾野が力なくつぶやいた。


確かに何とも言えない感じだ。部活がないのに、こうやって一緒に帰ってるなんて。

しかも、3人とも葵が思惑の中にあったというところがちょっと情けない。


(宇喜多はどの程度の気持ちなんだろう?)


先に階段を下りて行く宇喜多の後ろ姿を見ながら思う。


DVDの話なんて、べつに秘密でもなんでもない。

だけど、いつの間にそんな話をしていたのかと思うと、やっぱり穏やかではいられない。

部室のカレンダーに誕生日が書いてあったことも気になるし。


「俺、預かろうか? 明日渡すけど?」


なるべく宇喜多と葵が会う回数を減らそうという企み。

ここは当然、同じクラスの俺の出番だ。


「あ、いいよ。朝、駅で会えるから。」


「朝!?」


「会える!?」


俺たちの強い反応に驚いて、宇喜多が振り返る。

それから不思議そうな顔で俺たちを見ながら説明した。


「朝の電車の時間が近いんだよ。俺がコンビニで買い物すると、たいてい店を出たあたりで会うな。明日は改札口か階段の下で待つことにするよ。メールで知らせておけば行き違いになることもないだろうし。」


(「待つことにする」って、宇喜多……。)


「それは “待ち合わせ” って言うんじゃないのか?」


「え、ああ、そうだけど?」


「『そうだけど』って……。」


俺だってできないことを、こいつはそんなに簡単にやろうとするのか?

そりゃあ、DVDを渡すためっていう理由はあるけど、駅から学校までは二人で歩くってことだよな?


「お前、今まで何回、葵ちゃんと一緒に登校したんだよ?」


ふくれっ面の尾野が訊く。


「何回って……、そんなにないよ。週1くらいかな。」


「週1!? なんで宇喜多ばっかり……。」


尾野が悔しがると、宇喜多がまた不思議そうな顔をした。

ここまで来て意味が分からない宇喜多は、やっぱりすごく鈍いんだろう。


(週1……。)


多いとも少ないとも言えないけど、尾野は “0(ゼロ)” だからな。

俺は、土曜日の練習で同じ電車になることもある……っていうか、なろうと思ってるけど、まだ3回だけ。

それに比べて週1とは。

どうりで葵がしょっちゅう「宇喜多さんがね」って言うわけだ。


「なあ。なんでそんなにこだわるんだよ? この前もそうだったよな?」


靴を履き替えて中庭に出たとき、とうとう宇喜多が尾野に訊いた。

不機嫌な顔をしたままの尾野に耐えられなく……というよりも、面倒くさくなったのかも知れない。

俺としては、宇喜多に「なんで分からないんだよ?」と言いたい気分だけど。


尾野はその質問に直接答えずに、宇喜多を睨むように見ながら訊き返した。


「お前は葵ちゃんのこと、どう思ってるんだよ?」


(ああ、とうとう言ったか……。)


この前の遠足のときには口にされなかった問い。

俺は、宇喜多には今のところその気はないと思っていたけど、尾野はやっぱり気になるんだ。

焼きもち焼きだから。


でも、この質問は諸刃の剣だ。

俺たちが宇喜多の意図を知れば、それなりの心構えや対策ができる。

けれど、今まで何も考えていなかった宇喜多が、これがきっかけで葵のことを考え始めるかも知れない。

そうなったら、攻勢に転じるかもしれないのだ。

だけど……。


(宇喜多、どう答えるんだ?)


その答え、もちろん俺だって聞きたいよ。







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