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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第三章 三角形? 四角形?
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40  誕生日プレゼント?


遠足の翌日から、衣替えで夏服に変わった。

男子は学ランがなくなって、白のワイシャツかポロシャツでOKになる。

女子はセーラー服の上着が白になる。半袖で襟とスカーフは紺。

うちの学校はどの教室も冷房が入るから、生徒たちは紺やグレーのカーディガンを持参しているのが普通だ。


葵は髪を一つにまとめて結んできた。

正面から見ると、輪郭がすっきりと見えて、ふっくらした頬をつついてみたくなる。

下ろした前髪の下の目が今までよりもキラキラしている気がする。


一般的にはポニーテールと言われる髪型。

でも、彼女のふわふわした髪は馬のしっぽみたいに垂れ下がらない。

もこもこと束になっていて、どんな感触なのか確かめてみたくなる。


「髪…、結んで来たんだ?」


席に着いたとき、言ってみた。


言いながらドキドキしてしまった。

今までは、結構誰にでも簡単に「髪型変えた?」なんて言えたのに。


「あ、うん、そうなの。暑いから、夏はずっとこれ。」


「ふうん。」


似合うと思っているのに、「似合うね。」というたった4つの音が舌の手前で止まってしまう。

もどかしい気持ちが喉の奥に積もっていく。


「わたしの髪ってもさもさしてるでしょう? 保温効果が高くて、夏はホントに暑いの。」


「あはは、大変なんだなあ。」


(俺はそのふわふわしたところがいいんだよ。)


「それにね、こうやって結んでも、ほかの人みたいに綺麗じゃないんだもん。前の学校では、『ほこり取りのハタキみたい』って言われたよ。」


「そんなこと!」


思わず大きな声が出てしまい、慌てて自分で口を塞ぐ。

周囲の視線が集まっていないことを確認してから、思い切って ――― 。


「あの……、いいと思うよ。」


本当は「いい」だけじゃなくて、「かわいい」と言いたかった。

周りに誰もいなければ、もっと言えるのに。

それとも、二人きりでも照れくさいのか?


「そうかな……?」


彼女は頭を振って、毛先を自分の指で確認するように触れた。

その仕草が少し色っぽくて、見てはいけないような気がしてしまう。

そんな俺の気も知らず、彼女は少しおどけるように微笑んだ。


「ありがとう。」


俺が社交辞令で褒めたと思ったんだろうか?

本当は言葉が控え目過ぎて残念に思っているのに……。




「葵先輩!」


部活の前に部室にやってきた葵に、1年生が呼びかける。


葵はいつも女子更衣室で着替えてから部室にやって来る。

部室のドアをノックして、ここで着替えをする俺たちに「もういいですか〜?」と声をかける。

それからみんなの貴重品を袋に回収し、全員が出てから部室の鍵を閉めることになっている。


彼女が来ると、1年生たちが嬉しそうにあいさつするのはいつもの光景。

でも、今日はあいさつのあとに「髪型変えたんですね。」「似合います!」などの言葉がくっついている。

素直に「似合う」と言えなかったことが一日中心残りだった俺は、それらの言葉がチクリチクリと胸に刺さる。


そんな自分の表情を見られるのは嫌だ。

かと言って、1年生だけの中に葵を残して出て行くのも心配だ……と言うか、悔しい。

だから、物品の点検をするふりをしながら壁側を向いた。


すると。


「今日、俺の誕生日なんです!」


(ん?)


今までと違う話題。

あいつ……槌谷つちやって、引退式のときに葵の隣にいたな。


「あ、そうなの? おめでとう。何歳になるの?」


(葵。俺たちの1コ下だよ。)


彼女はときどきぼんやりだ。

そんなところも可愛いけど。


「16歳です!」


「わあ、同じだねぇ。追い付かれちゃった。あははは。」


二人の笑い声に、もう一人残っていた1年生のくすくす笑いが重なる。


(ほら、話が終わったんならさっさと走りに行け!)


葵を取り返すべく、彼女に話しかけようと決める。

振り向こうとしたその瞬間。


「葵先輩。なんかプレゼントください。」


(!?)


あまりの図々しさに、怒りで体が硬直した。

けれどそれは一瞬で、すぐに振り向きざまに声が出る。


「お前 ――― 」

「あはははは、そんなこと急に言われても、何もないよ〜。」


(おお……。)


葵が1年坊主を笑顔であしらっている。

最初のころは、甘えられても甘えられても甘えられても甘えられても……応じていた彼女が。


「ははは、残念だったなあ。ほら、さっさと走りに行けよ。雨降りそうだぞ。」


(早く出て行け。葵から離れろ。)


俺が笑顔で言ってるうちに。


「あ、はい、すんません。でも、あとちょっと。葵先輩、物じゃなくてもいいんです! 誕生日の記念に! お願いします!」


槌谷が両手を合わせて葵を拝む。

本気の本気で、何か記念のものが欲しいらしい。


だけど、“物じゃなくていい” なんて、そっちの方が余計に怪しい。

ハグとか、ほっぺにチューとか、形に残らないものはその類のものばかりだ。

そんなこと、彼女がするわけがない。 ――― と言うよりも、俺が許さない。


諦めない槌谷に、葵は困った顔をして俺を見た。


「放っとけ。」


…と、言おうと思った。

けれど、ためらってしまった。

葵が俺に相談するように振り向いたことに気持ちをくすぐられて。


困ったときに彼女が助けを求めるのは俺なんだ、という満足感。

俺と彼女の間にはこういう信頼関係ができあがっているんだぞという、1年生に対する優越感。

それに、心の広い男だということを彼女に示すチャンスだという気もする。


(しょうがないな……。)


小さく手招きして葵を呼ぶ。

彼女は槌谷を気にしながらちょこちょことやって来た。

こんなやりとりさえも、彼等に見せつけているような気分になる。


1年生が様子を窺っているのを感じながら、少しかがんで彼女に小声で尋ねてみる。


「頭を撫でるくらいはやっても平気か? ちょっとだけでいいから。」


彼女はパチリと一度瞬きをして、大きな目で俺を見た。


(うわ、近い。)


思わず心臓が飛び跳ねる。

“もう少し近くに” と思う体にブレーキをかける。


彼女の瞳は “そんなのでいいの?” と尋ねている。

ドキドキしていることを隠しながら頷くと、彼女はまだ拝んだポーズのままの槌谷を確認した。

あいつの頭はスポーツ刈りだ。


「ふふ……。」


軽く握った手を口元にあてて笑うと、彼女は頷いた。

内緒のいたずらをしようとしている仲間同士のように、楽しげに。


彼女が戻るのを見て、槌谷は何かもらえると確信してますます深く頭を下げた。

その頭を、「お誕生日おめでとう♪」と葵がぐりぐりと撫でる。


――― で、終わりじゃなかった。


「槌谷くんが、ますますバレーボールが上手になりますように!」


(葵、やりすぎ!!)


「いや〜、HR長引いちゃって……って、何やってんの、葵ちゃん!?」


俺が心の中で叫ぶのと、尾野が入って来たのが同時だった。

葵の手が槌谷の頭から離れる前。

あいにく、二人がいたのはドアの正面だった。

驚いた葵は、槌谷の頭に手をかけた姿勢のまま尾野を見た。


「やっべぇ、尾野先輩だ!」


「行くぞ、細村!」


1年生は素早かった。


「外ラン行って来ます!」


「葵先輩、ありがとうございました!」


と言って、あっという間に出て行く。

尾野のことがよっぽど怖いらしい。


「お誕生日だったんだよ。」


葵が、不機嫌な顔で槌谷たちが出て行ったドアを見ている尾野に言った。


「だから?」


尾野が今度は俺を睨む。

確かに尾野が睨むと怖い。

それに、もしかすると1年生の間では、葵のことで尾野が焼きもちを焼くのは知られているのかも知れない。


「ちょっと頭を撫でてあげただけだよ?」


葵が機嫌を取るように尾野を見上げる。


( “ちょっと” じゃなかったけどな。)


と心の中でツッコミを入れつつ、葵を弁護するために口を開いた。


「槌谷があんまり諦めないから、あのくらいならいいんじゃないかと ――― 」


「お前が許可したのか!?」


間近に詰め寄られて、思わず言葉を濁してしまう。


「いや、許可って言うか……。」


「あ、尾野くん、着替えるんだよね!?」


葵が急いで近付いてきて尾野の顔を見上げる。


「え、ああ、うん……。」


葵が相手では、さすがに尾野も怒鳴れない。

勢いが弱まった尾野に、彼女がさらに笑顔で続ける。


「じゃあ、わたし、外に出てるね? ほら、相河くんも走りに行かないと。」


(え?)


気付いたら、彼女に手首を掴まれていた。

そのままドアに向かって引っ張られる。


(あ、あれ? そんな。うわ。)


彼女の手が触れている場所に全神経が集中。

周囲の状況を把握しきれなくて、ベンチを2度も蹴飛ばしてしまった。


(葵に触られてる〜!)


ただの手首、ほんの数秒。

だけど。


バタン、とドアを閉めると彼女はすぐに手を離した。

そのままドアの前で立ち止まり、両手を合わせるように口元に当ててくすくすと笑う。


俺はドキドキしながら、彼女がにぎった手首をもう片方の手でそっと押さえた。

少しでも長く彼女の気配をとどめておきたくて。


上目づかいに俺を見上げて「びっくりしたね?」と言うように肩をすくめた彼女に胸が締めつけられる。

手を伸ばせば届くのに ――― 。


「尾野くんて、1年生に厳しいよね? しょっちゅうわたしに、『甘やかすな!』って言うんだよ。」


「ああ、そうなのか。」


彼女はその理由を誤解しているらしい。


「じゃあ、行ってらっしゃい。」


笑顔で言われて、走りに行くことを思い出す。

立ち去り難い俺の気持ちに気付いてほしい。

でも一方で、知られるのが怖い。


「うん……、じゃあ。」


思い切って背を向けて階段を下りる。

門に向かいながら振り向くと、気付いた彼女が笑顔で手を振ってくれた。







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