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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
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4  勢いが大切


「な? マネージャーなら途中からだって、特に問題ないだろ?」


勢いづいた尾野の言葉に季坂が気楽に同意する。


「うん、そうだよね。体力とか運動神経とか、関係ないし。あ、それに帰りはあたしと一緒に帰れるよ。」


二人の顔を見て、藍川葵が我に返った。


「あ、あの、マネージャーって言われても、何をするのか……。」


もしかしたら、断りたいのかも知れない。

でも、曖昧な態度を “迷っている” と受け取ったのか、尾野と季坂の勢いは止まらない。


「そんなに難しいことなんてないんだよ。あたしだってやってるんだし。」


「そうそう。とりあえず、救急箱と試合のときの荷物番みたいな感じ?」


「バレー部の男の子たちってみんな親切だから、なんでもちゃんと教えてくれるよ〜。」


「ああ、それは任せといて! 葵ちゃん、バレーボールのルールくらいは知ってるよね?」


「え、ええ、まあ、ボールが床に落ちたら相手の得点だってことくらいは……。」


「ほらねー! それだけ知ってれば大丈夫だよ〜。」


(本当か……?)


藁谷が呆れた顔で割って入った。


「そんなこと言ったって、お前が勝手に決めるわけにはいかないだろう? 先輩が、マネージャーは必要ないって言うかも知れないじゃないか。」


「うーん、そうかな?」


尾野が俺に訊く。


「うん。俺もそう思う。」


特に部長の縞田先輩は、バレーに関しては真剣で厳しい。

尾野が単に “女子マネージャーがほしい” なんていうチャラチャラした理由で話を持って行ったら、一喝されておしまいだ。


「そうか……? 」と考え込む尾野を見て、藍川はほっとしたように見えた。

やっぱりあまり乗り気じゃなかったんだろう。


「ええと、じゃあ、その話は ――― 」


「よし、じゃあ、先輩のところに行こう!」


「え?」


と声が出たのは俺で、藍川はまた目を真ん丸にして尾野を見ていた。


「縞田先輩に直接葵ちゃんを見てもらって、それでOKもらおうぜ!」


すっかりOKしてもらえるつもりの尾野に、今度は俺も言葉が出なかった。


「よーし、じゃあ行こう。ほら、荷物持って。今日はこれで帰るんだろ?」


「え、あ、はい、でも。」


急かされて、おろおろと立ち上がる藍川。

その彼女に季坂がにこにこと手を振る。


「頑張って。また明日…は入学式でお休みだから、あさってね。」


「あ、うん。え? なんか…。」


まだ混乱して首を傾げながら、藍川がバッグを肩にかける。

反対に、尾野は何の疑問も抱かずに、藁谷と俺に言う。


「なあ、弁当ここで食うよな? じゃあ、俺の荷物は置いてくから。」


その決断と行動の早さに呆れて何も言えない。


(お前も行って来い。)


藁谷と顔を見合わせると、そう合図された。

バレーボールのコートの中と同じように、はっきりと分かった。

頷いて、すぐに後を追った。


(そうだよな。)


二人を追いかけながら思う。


藍川は転校したばかりで、しかも礼儀正しい子だ。

尾野が親切で言ってくれていると思ったら、本当は嫌でも、遠慮して断れないかも知れない。

そうだとすると、今、彼女を助けてあげられるのは俺だ。

尾野は一直線に思い込んでいるし、季坂はバレー部には部外者だし、なによりも今日、一番最初に彼女と口を利いたのは俺なんだ。

俺と知り合いになったせいでこんなことに巻き込まれてしまったようなものなのだから、責任は俺にある。


「俺も行く。」


追い付いて声をかけると、二人が振り向いた。

尾野は味方が来たと思ったのか機嫌良く頷き、藍川葵はあきらかにほっとした顔をした。


「お前、縞田先輩が何組になったのか知ってるのか?」


そう尋ねた俺に、尾野は平気な顔で答えた。


「そんなの、行きゃあわかるだろ。」


俺と尾野に挟まれて歩く藍川は、また驚いた顔で尾野を見上げた。






幸いなことに、4階に下りたところでトイレから出てきたほかの先輩に会った俺たちは、縞田先輩は1組だと教えてもらえた。

さっそく3階の南棟にある3年1組まで行くと、尾野が遠慮なしに教室を覗き込む。

廊下にはまだ3年生がうろうろしていて俺は落ち着かない。

藍川は下を向いて、そーっと俺の後ろに下がってしまった。


「あの、無理そうだったら……。」


振り向いて話しかけると、藍川が顔を上げた。

その表情は本当にどうしたらいいのか分からない様子で……。


「俺がことわ…」

「あ、縞田せんぱーい!」


元気な尾野の声に、二人同時にそちらを向く。

そしてまた二人で顔を見合わせたあと、彼女は覚悟を決めたように唇を結んで尾野の方を向いた。

決意を秘めたその姿に、また責任を感じてしまう。

と同時に、彼女の健気さに胸がキュッと締めつけられた。


(頑張れ。)


彼女に心の中で声をかけ前を向くと、縞田先輩が教室から出てきたところだった。


背の高さは俺たちとそれほど変わらないが、がっしりした体つきの縞田先輩は、俺たちよりも大きく感じる。

日焼けしたような褐色の肌の色で、きりりとした眉と目元が印象的な顔立ちだ。

先輩が登場すると、藍川がまたほんの少し俺の後ろに移動したのを気配で感じた。


「どうした? 部活の時間の確認か?」


少し掠れ気味の低い声。

でも、体育館ではよく響く。


「あー、違うんです。実はそのー、ちょっと相談があってー。」


調子のいい尾野でも、先輩を前にすると、さすがに簡単には言い出せないようだ。


「ええとー、その、マネージャーとか、いらないかなー、と思ってー。」


「マネージャー?」


少し怖い顔になった先輩に慌てたように、「な?」と俺を振り向く尾野。


(俺は同意したわけじゃないぞ!)


と思いつつ、この場に一緒に来ている身となってみれば、「はい。」と頷くしかなかった。


縞田先輩がこちらに視線を移し、俺の後ろにいる藍川に気付いた。

尾野に向かって少し厳しい口調になる。


「必要ないと思うけどな。」


きっと、尾野が女子マネージャーが欲しいだけだと分かったんだ。

でなければ、藍川のことを、単に男子部のマネージャーをやってみたいチャラい女子だと思ったか。


「先輩、あのですね。」


尾野が珍しく真面目な顔をする。

口八丁の尾野のことだ、何かもっともらしい理由を思い付いたのかも知れない。


「俺はべつに、 “女子マネージャーがいたらいいな” とか、そんなうわついた気持ちで言ってるんじゃありません。」


(本当かよ……。)


「ほら、うちの部って、人数が少ないじゃないですか。」


それは本当だ。

今は3年生が6人、俺たち2年生が4人の合計10人しかいない。


「マネージャーがいれば、部費の管理とか試合の手続きとか、そういう部分を手伝ってもらえますよ。部長だって、練習時間を削らなくて済むし。」


確かにそうだ。

部員の数が少なくても多くても、そういう仕事は同じようにあるのだから。


「それに、今はマネージャー一人でも部員数が増えることが重要じゃないですか。先輩たちが引退したあと、人数が少なくて同好会に格下げにされたりしたらどうするんですか?」


え、それは困る。

大会にも出られなくなるかも?


「うーん……、言われてみると、そうかな……。」


先輩が考え込むと、尾野が元気になった。


「それに、今回は人助けなんです。」


「人助け?」


「はい。彼女、転校生なんですよ。葵ちゃん、ちょっと来て。ほら。」


手招きされて、藍川は俺の後ろからそろそろと出て行った。

俺の肩のあたりまでしかない彼女の表情はよく見えなかった。

尾野が後ろから彼女の両肩に手をかけて、先輩に紹介する。


「今日、転校してきたばっかりなんです。藍川葵ちゃん。部活に入りたいそうなんだけど、今からだと中途半端で入りにくいじゃないですか。前はどこにも入ってなかったって言うし。だから、うちで引き受けあげたらいいかなーと思って。うちだって助かるし。」


「アイカワ……?」


縞田先輩が一瞬俺を見たあと、眉を寄せて睨むように彼女に視線を移した。

じっと見つめられて、藍川が体を硬くしたのが分かった。








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