38 確認できたのは…。
仲の良い友人たちと一緒に外で弁当を食べるのはとても楽しかった。
広い場所だから、話すのも笑うのも、普段よりも少し大きな声。それも楽しい。
持ち寄った弁当だと、全体の量が多いのか少ないのかよく分からない。
自分がどのくらい食べたのかも分からなくて、全部の入れ物が空になったときには満腹で動けないほどだった。
「苦しい……。」
「よく食ったなあ……。」
腹が苦しくて、みんなまっすぐに座っていられない。
尾野と藁谷と俺は、少し場所を移動して仰向けに寝転がった。
木陰に吹く風と、芝生の少しひんやりした感触が心地良い。
目を閉じるとそのまますうっと眠ってしまいそうだ。
「食べてすぐ寝ると、牛になるんだよー。」
葵の柔らかい声が聞こえる。
(牛になってもいいよ……。)
目を閉じたまま、彼女と二人だけでここにいると想像してみる。
(できれば膝枕が理想だな……。)
彼女の膝枕で寝ている自分。
俺の髪をそっと梳くように触れる彼女の指。
目を開けると、俺をじっと見つめる彼女と目が合って ――― 。
「ふっ……。」
(!?)
すぐそばで笑う気配。
慌てて目を開けると、宇喜多が覗き込んでいる。
「お前かよ!?」
起き上がりながら、思わず抗議してしまった。
願わくば葵であってほしかった……。
「相河くん、寝ぼけてる?」
離れた場所から、葵の少し笑っている声がする。
その隣で季坂もくすくす笑っている。
「みたいだな。寝ながらニヤニヤしてたから。」
「何かいい夢でも見てたんだねぇ。」
(なんだ、この親しげな雰囲気は!)
見回すと、尾野と藁谷は大の字になっていた。
どうやら本格的に寝ているらしい。
少し横になっただけと思ったけど、俺もうとうとしていたのかも知れない。
シートの上は既にきれいに片付いている。
「片付け、手伝わなくてごめん。」
話をしていた3人に加わると、膝を抱えて座っていた葵が俺を見てにっこりと微笑んだ。
(まあ、今日はこれでいいや。)
彼女の笑顔を見られるだけで、こんなに幸せなんだから。
季坂と葵が手を洗いに行っている間に尾野と藁谷を起こす。
二人は大きなあくびをしながら、「本当に眠っちゃうとは思わなかった。」と言った。
「なんかさあ。」
荷物を整理してレジャーシートを片付けようとしているとき、尾野が話し出した。
「宇喜多って、思ってたのとキャラが違うよなあ。」
「なんだよ、急に。」
レジャーシートを両手に持った宇喜多が顔をしかめる。
「何ていうか……、真面目なんだけど、意外に普通、みたいな?」
「ぷ……。」
藁谷が控え目に笑った。
俺も尾野の言いたいことが何となく分かった。
本人だけは分かっていなくて、それも可笑しい。
「その言い方だと、真面目は普通じゃないみたいだな。」
「はは、そういうわけじゃないけど、宇喜多って、いつも無表情だったから。」
それを聞いて、宇喜多は首を傾げた。
何でも真面目に考え込んでしまう宇喜多の癖なのかも知れない。
「無理に笑うこともないと思うけど? 怒るようなことも特になかったし。」
「まあ……、そうだよな。」
笑いをこらえながら相槌を打つ。
宇喜多のこういうところも、少し独特な感じで面白い。
去年はあまり突っ込んで話をしたことがなかったから、気付かなかったんだ。
「でも、最近はよく笑うじゃん? しゃべるのも増えたし。」
「そうか?」
「うん。絶対。」
尾野の言葉に俺と藁谷も同意すると、宇喜多はまた少し考えていた。
それから。
「変か?」
真面目な顔で訊く。
「いや、べつに……。」
俺と藁谷はすぐに否定。
以前に比べて付き合いやすくなった宇喜多に、べつに不満はない。
でも、尾野にはこの会話を始めた思惑があった。
もう一枚のレジャーシートを畳みながら、宇喜多の方を見ずに続ける。
うつむき加減の顔の表情は見えなかった。
「何が原因かなー、と思って。」
「何が……?」
「急にしゃべったり笑ったりするようになったこと。」
「原因……?」
宇喜多はまた首を傾げてしまった。
首を傾げながらも、レジャーシートをたたむ手は動いている。
変わったと言っても、やっぱり真面目な性格はそのままだ。
シートを畳み終わっても何も思い付かないらしい。
誰も何も言わなかったので、そのままこの話題は終わりかと思った…けど。
「葵ちゃん。」
尾野の声がした。
一瞬、俺は彼女が戻って来たのかと思った。
でも、周囲を見回しても、彼女と季坂は見えない。
不思議に思って尾野を見ると、シートを畳み終わった尾野は軽く腕を組んで宇喜多を見ていた。
見られた宇喜多はぼんやりと尾野を見返している。
「……え?」
宇喜多が問い返す。
「宇喜多が変わった原因。葵ちゃんじゃないのかなあ?」
(尾野……?)
リラックスしたような態度だけど、その目はふざけているようには見えない。
(もしかして……。)
尾野は、今朝俺にしたように、宇喜多に宣戦布告しようとしているのか?
でも、今日の様子だと、宇喜多は彼女のことは今のところ何とも思っていないように見える。
そんなやつにライバル宣言したりしたら、逆効果な気がするけど……。
「葵……?」
宇喜多が考え込みながらつぶやいた。
「言われてみると、そうかもな。」
(!!)
あまりにも素直に肯定されて、俺まで思わず身構えた。
そう言った本人は、明るい表情で俺たちに頷いてみせる。
「葵は素直だし、いつも笑顔だから、見てると気分が明るくなるよ。女子マネージャーも悪くないよな。」
けれど、宇喜多の返事は、予想とは微妙にずれていた。
事の成り行きを察した藁谷は、声を出さずに笑っている。
やっぱり今の宇喜多は、彼女に特別な想いは抱いていないと思う。
とは言え、葵との仲の良さや、今みたいにストレートに褒める言葉には警戒せずにはいられない。
(それにしても……。)
尾野はどうしてわざわざ宇喜多にあんなことを言い出したんだろう?
俺が榎元の言葉で葵への気持ちに気付いたように、宇喜多が尾野のせいでその気になったりしたらどうするんだ?
尾野は納得しきれない顔をしていた。
どうしても宇喜多に、葵を好きだと言わせたいんだろうか?
(ん……?)
もしかしたら。
(尾野って、焼きもち焼きなのか?)
あの日も電車の中で、宇喜多の話をしていたらふて腐れていた。
葵に甘えていた1年生にボールをぶつけたのも尾野だ。……まあ、あれは、俺も思ったけど。
「あ、そうか。」
宇喜多の声に我に返ると、宇喜多が爽やかな顔をしていた。
「俺が変わったっていうのは、いい方に変わったってことだよな?」
「ああ、そうだけど?」
「そうだよな? じゃあ、葵がマネージャーになって俺が変わったってことは、俺には葵が必要な存在だったってことかも知れないな。うん。」
「「はあ!?」」
俺と尾野の大きな声が重なる。
「必要な存在」は、さすがに聞き流すことができない。
「うははははは!」
藁谷がこらえきれなくなって笑い出した。
「必要な存在って、何だよ!?」
「お前、どういう意味で言ってんだ!?」
俺たちに急に詰め寄られて、今度は宇喜多が驚いた。
“運命の人” 的な言葉を使っておきながら、未だに何も気付いていないらしい。
そのきょとんとした様子を見たら、俺も尾野も怒る気が失せてしまった。
「お待たせ〜!」
「遅くなっちゃってごめんなさい。」
脱力したところに季坂と葵が戻って来た。
笑顔の葵を見たら、俺も尾野も、宇喜多のことなどもうどうでもよくなってしまう。
何がどうなっていても、彼女が一番の優先事項なんだから。
「ペリカンを見に行くんでしょう?」
「うん。見たことあるか? 意外に大きいんだぜ?」
「餌あげられるといいなあ。」
俺と尾野は早々に彼女の左右にスタンバイ。
それを見ても、宇喜多は何も感じないらしい。
(やっぱり宇喜多って……ちょっと変わってるよな。)
変わってるというか、恋愛事にものすごく感度が悪いというか……。
だけど、女子からの好感度は上昇中。
恋愛天然とは言え、油断は禁物だ。




