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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第三章 三角形? 四角形?
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36  弁当の時間


はぐれた葵を見付けたあと、少しの間、俺は今までの自分を反省していた。

けれど、仲間と一緒に遊びに来ているときには、そんな気分は長持ちしない。

面白いことはいくらでもあるし、葵にはいいところを見せたい。

尾野と宇喜多にも気を抜けない。


要するに、反省なんかして、ぼんやりしてる場合じゃないってこと。

反省は家に帰ってから、夜にでもゆっくり。



「ここにしようよ。」


「いい気持ち〜。」


水族館とイルカとシャチのショーを楽しんだあとは二つ目のお楽しみ、持ち寄り弁当。

島の半分を囲むようにある芝生の広場で、木陰を見付けてレジャーシートを広げる。


3枚のレジャーシートをつなげると意外に広い。

6人で輪になって座っても、十分な広さがあった。

葵は季坂と並んでしまったので、隣は一つ。

こういうときは、要領のいい尾野の方が素早かった。

まあ、これも仕方がない。


席が落ち着くと、みんなで顔を見合わせる。

それぞれ自分が持って来たものを出すタイミングを計っているのだ。


じゃんけんで開ける順番を決めることになり、俺は3番目になった。

手抜きが心配になり始めていたから、印象が薄そうな順番でほっとした。



「じゃーん! 卵焼きでーす!」


一番目の季坂が張り切って赤い入れ物のフタ開けると、びっしりと卵焼きが詰まっていた。


「おお……。」


「黄色だ……。」


「予想通りだな。」


俺たちが感心する中で、藁谷だけが落ち着いたコメント。

それに注目が集まって、藁谷はちょっと恥ずかしそうに笑った。


「いや……、いつも試合のときの弁当に入ってるから……。」


「あ〜、そうなんだよね〜。行矢くんがいつも “美味しい” って言ってくれるから、これが一番自信があるの。今日はみんなにもね。」


しっかりのろけながらも自信があると言うだけあって、本当に綺麗に焼けていて感心した。

うちの母親のは、よく焦げている。


「こんなに綺麗に作ってあると、次が出しにくいよ……。」


葵がそう言いながら、試合の日にレモンを入れて来た大きなパックを手に取る。

そしてフタを開けると……。


「わたしはこれです。ポテトサラダ。ちょっと少なかったかなあ?」


彼女の入れ物は俺の普段の弁当箱の2倍くらいの面積があって、深さも深い。

それにほぼ満タンにポテトサラダが入っている。

ジャガイモの白い色の中に、きゅうりの緑、人参のオレンジ、ハムのピンクが鮮やかで綺麗だ。


「いや、少なくないよ、すげえ量。作るの大変だっただろう?」


感心しながら言ったら、葵は平気な顔で笑った。


「ああ、でもこれ、きのうの夕飯の残りだから。」


「葵ってば、それ逆でしょう?」


季坂が笑って指摘する。


「この量だったら、今日の分からきのうの夕飯の分を取り分けたって言わなくちゃ。葵のうちはお母さんと二人なんだから、どう考えても今日持ってきてる方が多いもん。」


「ああ、まあそうだね。でも、どっちでも同じだよ。一度に2食分作っただけだから。」


そう言ってにこにこ笑っている葵はすごく可愛い!

それに、ポテトサラダは大好物だ。


「次は誰?」


季坂が俺たちをぐるりと見た。

残っているのは男4人。

よく考えたら、まともなものを作って来られそうなのは季坂と葵の2人だけだ。


(……いや、違うのか?)


俺以外の3人の中に、料理の得意なヤツがいるんだろうか?


「ええと、俺。」


覚悟を決めて、袋からパックを取り出す。

半透明の入れ物だから、フタをしたままでも中身がなんとなく分かる。


「もしかして、揚げ物?」


少し驚いたように葵が尋ねた。

それに頷きながらフタを取り、思い切って輪の真ん中にドンと置く。

中身は、サラダ菜を敷いて詰めたコロッケと白身魚のフライだ。


「うそだろ!? 晶紀が作ったのか、これ?」


藁谷が俺の顔と入れ物を見比べながら言う。

宇喜多と尾野は、目を丸くして入れ物を覗き込んでいた。


(やった……。)


男3人を感心させて、得意な気分になったとき ――― 。


「うふふふ。」


「だよねー?」


顔を見合わせて、季坂と葵がくすくすと笑い出した。

それから、ちらりと俺の顔を見た葵が、


「チーン。」


と言って、また笑う。


(バレたか……。)


まあ、男3人を驚かせたんだからいいか。

それに葵と季坂は笑ってくれたし。


「何だよ?」


尾野が意味が分からないという顔で、俺と葵を交互に見た。


「冷凍。レンジでチンしただけ。」


「「なんだ〜。」」


藁谷と尾野が思いっきり脱力する。

季坂と葵は、二人を見てまた楽しそうに笑った。

その中で、宇喜多一人だけが真面目な顔で入れ物を覗き込んでいる。


「これ……冷凍食品なのか?」


「え、そうだけど……。」


真面目な顔で尋ねられてちょっと慌ててしまう。

もしかして、宇喜多にとっては、これはルール違反ということになるとか?


「俺の弁当にも、同じものがよく入ってる気がする……。」


「ああ、そうなんじゃない? 今の時代、冷凍のおかずって普通に使うもん。最近は自然解凍のものだってあるんだよ。冷凍室から出して詰めるだけ。」


季坂の話を聞いて、宇喜多の目がますます丸くなった。

とりあえず、俺を告発したいんじゃなくてよかった。


「俺、うちの親が毎朝作ってると思ってた……。朝から揚げ物なんて大変だなあ、って……。」


宇喜多が呆然と言う。

すると、それまで笑っていた葵が口を開いた。


「宇喜多さん。お弁当作りは冷凍食品を使ったって、簡単なことじゃないんだよ。」


注目が集まる中、葵は優しい微笑みを浮かべて宇喜多を見て言った。


「メインは何にしようかって考えて、彩りを考えて、栄養を考えて、出かける時間から逆算してね。毎日同じメニューってわけにはいかないし、自分だって朝ご飯を食べなくちゃならないし。」


「あ……。」


宇喜多と一緒に俺もハッとした。

自分も、弁当なんて、毎朝テーブルに乗っているものだと思っていたことに気付いたから。


「だから、どんなお弁当でも、作ってくれる人に感謝するのは当たり前なんだよ。」


「うん。そうだよな……。」


宇喜多が神妙な顔で頷いた。


「葵ちゃん、なんか具体的……?」


尾野がつぶやくと、葵はにっこりした。


「だって、うちはわたしが作るんだもん。お母さんの分と2つ。」


「「「え?」」」


「わたしの方が家を出るのが遅いから。冷凍食品には当然お世話になってるよ。ふふふ。」


(葵ってすごい…。)


今日みたいにイベント的なら楽しんでできるかもしれない。

でも、毎日となったら……。


「あ〜、葵ちゃん。今度俺にも作って来てくれないかな〜?」


尾野が楽しそうにねだる。

冗談で言ってるのは分かるけど、冗談でもそこまではっきり言えることに感心する。


「やだよ〜。3人分なんて大変だもん!」


みんなの笑いが和やかに響く中、宇喜多はずっとぼんやりしていた。

それに俺たちが気付いて視線が集まると、ふっと俺たちを見て、情けない顔でため息をついた。

それから脚を崩すと、片方のひざに乗せた手で頭を支えた。


「どうりで俺が弁当のことを言うと、ニヤニヤしてると思ったよ……。」


「え、どういうこと?」


季坂が尋ねる。

宇喜多はもう一度ため息をついてから答えた。


「俺、結構母親に弁当のお礼って言ってるんだよ。毎日 “美味かった” って言ってるし。だけど、その度に何となく変な顔をしてたんだよな。たぶん、俺がいつ気付くかと思って密かに笑ってたんだ。家族で賭けでもしてるのかも知れない。」


そこまで言って、宇喜多はまた「はー……。」とため息をついた。


「 “賭け” って、お前んち、そういう家族?」


藁谷が不思議そうに尋ねると、宇喜多は藁谷をちらりと見て、またため息をついた。


「俺が真面目だから、って思ってるんだろう? うちの家族もみんなそう言う。『なんでお前だけがそんなに真面目なのか』って。だけど、うちの家族の中にいたら、一人くらい真面目な人間になって当然だと思う。みんないい加減なんだから。」


「いい加減でも、毎日お弁当を作ってくれるんならいいじゃない?」


ふんわりと優しい声がした。

その声と同じように、優しい笑顔で葵が言う。


「それに、賭けをするなんて、すごく仲が良さそう。宇喜多さんのことを可愛がってる感じもするし。」


「そんなことないと思うけどな。からかって面白がってるだけだよ。」


「もしかして、お前、末っ子か?」


尾野が笑いながら言うと、宇喜多はちょっと怯んだ。


「まあ……、姉が3人……。」


言いたくなさそうだった宇喜多の答えを聞いて、季坂が「なるほど」と言うように頷いた。


「じゃあ、可愛いよね〜?」


「ねー。」


楽しそうに頷き合う季坂と葵を見て気付いた。

俺の持って来た品の話題は、すっかり宇喜多にさらわれてしまった。







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