33 ライバル、ライバル
海沿いを走る電車に乗り換えて一息ついたころ、宇喜多が女子二人をやけに真面目な顔で見ていることに気付いた。
「宇喜多〜。あんまりジロジロ見てんじゃねえよ。」
尾野が冗談交じりに指摘すると、宇喜多は照れた様子もなく「あ、ごめん。」と謝った。
それから、その真面目な表情のまま俺たちに言った。
「女子って、そういう服装するんだなって思ってさ。」
「はあ?」
(今ごろになって、そんなこと……?)
「えぇ? 宇喜多くん、あたし、試合のたびに私服で応援に行ってるのに。」
季坂が不満げに抗議する。
それ以外だって、電車通学の途中でいろいろな服装の女子は見ているはずだ。
なのに、今さらそんなことを言うなんて……。
「ああ、ごめん。試合のときは試合のことしか考えてないから。」
爽やかな笑顔でさらりと言う内容は、いかにもアスリート的な爽やかさ。
「さすが宇喜多さんだね。」
感心している葵を見て、またしても対抗意識が湧いてくる。
けれど、宇喜多はそんなことで浮かれたりせず、「みんな同じだよ。」と笑った。
おれも心の中で「そうそう。」と思い、一旦気持ちを落ち着けた ――― のに。
「女子の服をちゃんと見たのは今日初めてだよ。ふわふわしてて可愛いんだなあ。二人とも似合ってて、すごくいいね。」
(!?)
俺と尾野と藁谷は、真面目な宇喜多がいきなりそんなことを言ったので、ものすごく驚いた。
(そんなに簡単に褒めるのか!? 照れた顔もせずに、サラッと? 俺だって口に出せなかったのに!)
言う言葉が見つからないまま、男三人でこっそり視線を交わす。
そんな中、宇喜多だけはまったく普段どおり。
何も疑問に思ったりしていないようだし、ただ感想を言っただけ、という顔をしている。
もしかしたら、何も考えていないから言えるのかも知れない。
以前の俺も……、少しは女子を喜ばせようと思っていたところが違うけど、何でもない相手だから言える、というのは同じだという気もする。
でも。
「うわ〜、本当? 嬉しい! 行矢くんなんか、一度も服を褒めてくれたことないんだよ。ありがとう♪」
「わたし、男の子に服を褒めてもらうのって初めて……。」
季坂は嬉しそうに、葵は恥ずかしそうに言葉を返した。
女子は、やっぱり「可愛い」と言われたら嬉しいんだ。
俺と尾野は呆気に取られて三人を見つめ、藁谷は季坂の言葉に、 “まずい” という顔をした。
(俺だって、可愛いと思ってたけどさ……。)
でも、それはちゃんと言わなくちゃ伝わらないんだ。
それと、普段は言わない人間が言うから効果が高いってことも。
(宇喜多は葵のことをどう思ってるんだ?)
あの様子だと下心はないように見えるけど、もしかしたらポーカーフェイスという可能性だってある。
もともと表情をあまり出さないタイプだし。
そう考えると、今ので先にポイントを取られた気がする。
(いや、違う……。)
榎元のことで葵が元気がなかったとき、彼女の不安を取り除いたのは、宇喜多だった。
彼女の宇喜多に対する信頼度は、ずっと前から俺よりも高いんじゃないだろうか。
たとえあいつが真面目一徹の融通の利かないヤツだとしても。
(負けられない。)
やっと自分の気持ちに気付いたところなのに、すぐに失恋なんて願い下げだ。
とりあえず、少しでも格好良く見えるように振る舞おう。
それから、彼女に常に優しく親切に……って、今までも思ってたよな?
(彼女は俺のことをどう思っているんだろう……?)
あれこれ話しながら彼女をじっくり観察しても、やっぱり、俺を特別に思ってくれている様子は全然なかった。
海堀島入口駅の改札を出るときは、周りに家族連れやカップルがたくさんいた。
行楽日和なので、今日はとても混みそうだ。
「なあ、相河。」
藁谷と宇喜多が女子二人に道順を説明しながら歩き出すと、隣に尾野が並んだ。
俺は宇喜多が気になって、それには適当に返事を返す。
「俺、そろそろ本気出すから。」
視線を葵に向けたまま聞いた尾野の言葉は、すぐにはピンと来なかった。
“ん?” と思ったのは、2、3歩歩いてから。
「本気って……何の……?」
嫌な予感とともに隣を見ると、尾野がニヤッと笑う。
その不敵とも言える笑い方に胸がざわついた。
「葵ちゃん。」
そう答えた尾野の表情は、「分かってるんだろう?」と言っていた。
(やっぱりそうなのか……。)
最初のころは、冗談半分だと思っていた。
この前の朝、尾野の覚悟をちらりと見せられた気はしていたけれど。
そう。
分かっていた。
分かっていたけれど、こうもはっきりと言われると、何故だか腹が立つ。
宇喜多のことも気になっているところだし。
「今までは本気じゃなかったってことか?」
表面上は冷静さを保ちながら、からかいを込めて笑ってみせる。
そんな俺を、尾野は鼻であしらった。
「今までは俺に慣れてもらわなくちゃならなかったからさぁ。最初の日に、ちょっと怖がってたみたいだし。」
「ああ。」
そうだった。
あの日、彼女は尾野にいきなり話しかけられて、びっくりしていたっけ。
“怖がっていた” というのは、確かに当たっていると思う。
「それに、縞田先輩がいたからな。」
(!)
思わず尾野の顔を見た。
尾野は前を歩く葵をじっと見ていた。
「縞田先輩……?」
どこまでのことを言っているのか分からないので、俺からは何も言えない。
迷っている俺をちらりと見て、尾野は言った。
「お前だって気付いてたんだろう、葵ちゃんの気持ち? しょっちゅう縞田先輩のことを見てたじゃないか。あんな淋しそうな顔で見てたら、嫌でも気が付くよ。」
(こいつも知ってたんだ……。)
もしかしたら、ほかにも気付いていた部員はいるのかも知れない。
(あ……。)
「だから急に、みんなで出かけようなんて言ったのか?」
「へへ、まあな。淋しいだろうから、たくさん楽しませてあげたいなー、ってね。」
(こいつ……。)
意外に気が回るんだな。
お調子者は仮の姿だと本人が言うのは、もしかすると本当なのか……?
「それに、先輩たちは引退したし、そろそろ葵ちゃんも落ち着いてくるかなー、と思って。これから本気モードに入る切り替えも兼ねて。」
そう言って、尾野は「くくく…。」と嬉しそうに笑った。
そんな様子を見ると、やっぱり仮の姿と真の姿に変わりはないような気がする。
……というのは置いといて。
「なんで俺に言う?」
そんな必要ないと思う。
「『なんで』って……。」
尾野が呆れた顔をした。
「お前も結構分かりやすいよ? ぼんやり見てることもあるし、葵ちゃんと一緒だと嬉しそうだし、かと思うと焼きもち焼いてる顔するし。」
(え!?)
思いがけない話に、一気に顔が熱くなったのが分かった。
でも、よく考えてみると、榎元があんなことをしたのも、俺の態度が原因だったのだ。
自分で気付く前から、他人の目には、俺の気持ちがバレバレだったというのはどうも格好が悪い。
「そ、それはお前だって同じだろ? この前、拗ねた顔してたじゃないか。」
「いいじゃん? 俺、隠してないもん。」
(う……。)
そう言えばそうだ。
尾野は最初からずーっと「葵ちゃーん♪」とやっていた。
ただ、それが本気かどうか、誰にも判断がつかなかっただけのことで。
「 “本気を出す” って言ったけど……?」
いったい何を始めるつもりなんだ?
俺の問いに、尾野はまたニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(あ!)
「まさか、無理矢理なんて ――― 」
途中までしか言えなかった。
すごい力で口を塞がれたから。
「馬鹿! そんなことするかよ!? 逆に避けられるだろ!?」
「……だよな。」
(よかった……。)
いや。
ボディガードとして活躍できるチャンスだったか?
「まあ、今までよりもいいところを見せちゃおうかなー、ってところかな。まあ、一応、お前にも言っとこうと思ってさ。」
(いいところ……か。)
残念だ。
尾野は顔がいいんだった。
性格は本気と冗談がよくわからないけど、 “顔がいい” っていうところだけはどうしようもない。
(くっそ〜〜〜!)
俺のセールスポイントはどこだ!?
何を彼女にアピールすればいいんだ!?
(とにかく、今日は気を抜けないってことだ。)
ライバル宣言した尾野のことも、何も分かっていないくせに女子受けする宇喜多のことも。
今はまだ縞田先輩のことから時間が経っていないから、すぐにどうなるということはないと思う。
でも、彼女がそれを心の中で整理できたとき、一番近くにいる男は俺でありたい。
(負けるもんか。)
水族館へと向かいながら、誰にも見えないように拳と決意を固めた。




