31 *** 葵 : 驚いたな…。
(美加さんが相河くんを振っちゃうなんて……。)
一人になって家へ向かう道を歩きながら、さっきの相河くんの話を何度も思い返してみる。
何回記憶をたどっても、相河くんの「俺のこと嫌いだって。」という言葉に間違いはない。
「はっきりしない男は嫌いだって。」とも言っていた。
笑顔だって無理に作ったように見えたし、電車の中ではいつもより静かだった。
(やっぱり本当なんだね……。)
聞き違いじゃない。
相河くんは、美加さんに振られちゃったんだ。
(あんなに仲が良かったのに……。)
学校の帰りに一緒になると、美加さんと相河くんは並んで歩くことが多かった。
二人が話しているときは話題が途切れなくて、一緒にいるわたしたちもいつもより賑やかになった。
なのに、こんなに簡単に終わってしまうなんて。
しかも、「嫌い」って言われたってことは、二人はもう全然無関係ってこと?
“これからもお友達” ではなく?
だって、わたしは誰かに「嫌い」なんて言えない。
その言葉は ――― そう、強すぎる。
「好きじゃない」でもなく、「苦手」でもなく、ただ「嫌い」なんて。
相手の存在そのものを受け入れないみたいな、そんな意味があるように聞こえる。
そんな言葉を遣うなんて……。
「ふぅ……。」
なんだか、この2、3日のことは何だったんだろうと思ってしまう。
美加さんの言葉に過剰に反応して、みんなに心配をかけてしまって。
ひどく無駄なことをしていたような気がする。
わたしって、ちょっと変なのかも。
ずっと女子校にいたせい?
それとも、わたしだけに限ったことなのかな?
(でも……、そうだよね、無駄じゃなかった。)
さっき相河くんに伝えたとおり、悪いことだけじゃなかった。
噂を怖がるだけでは意味がないって分かったし、敬語をやめてみたら気持ちが軽くなった。
宇喜多さんが不満を伝えてくれたことも嬉しい。
わたしを対等に思ってくれているってことだから。
(ふふ、そう言えば……。)
噂のたとえに出した、相河くんと尾野くんの話は可笑しかった。
あのときは宇喜多さんは真面目な顔で言ってたし、わたしは感心して笑うどころじゃなかった。
でも、今になって思い出してみると、相当極端なたとえ話だよね?
電車の中で可笑しくならなくてよかった……。
(それにしても……。)
人の心って、不思議だ。
月曜日には、焼きもちを焼いてわたしにあんなことを言うほど、美加さんは相河くんのことを好きだった。
でも、今日は相河くんを振ってしまった。
しかも、「嫌い」なんて決定的な言葉を使って。
わたしはわたしで、彼女のいる縞田先輩を好きになった。
望みがないことは分かっていたのに、一緒にいられる時間が嬉しかった。
好きでいると悲しいのに、好きだという気持ちを捨てることができなかった。
(今は……ずいぶん落ち着いてる。)
美加さんのことがあったから、かも知れない。
あんなに気を遣って、神経をすり減らすほどの想いをして。
だから、先輩のことを考えないで済んだ。
ちょっとしたショック療法みたいなもの?
もちろん、その前から先輩への気持ちは少しずつ整理してきたけれど。
(そうか……。)
相河くんとわたし、失恋仲間?
同じ時期に好きなひとが自分の前からいなくなっちゃうなんて。
それとも、わたしのせいで振られちゃったのかな?
美加さんが相河くんを嫌いになったのは、わたしのせい?
……やめよう。それを考えるのは。
きのうとおととい、もう十分に考えた。
そして今は、美加さんのことは、わたしの中でも、相河くんにとっても終わったことだ。
「ん、あー………。」
思いっきり両手を上にあげて伸びをしてみる。
大きく息を吸うと、体の中が新鮮な空気で満たされる。
なんとなく、一区切りついたような気がする。
敬語をやめたおかげで、気分も新しくなった気がするし。
(相河くんも、一区切り?)
駅の階段を下りながら「俺のこと嫌いだって。」と言った彼を思い出す。
無理に笑顔を作ったように見えた。
きっと、気持ちを切り替えようとしているんだ。
やっぱり失恋仲間かな?
でも、相河くんはわたしが失恋したことは知らない。
わたしの想いは誰にも言っていないから。
だから、お仲間だというのも秘密だよね。
「ふふ。」
名字が同じだと、やっぱり縁があるのかな?
そんなふうに考えると、ちょっと楽しいな。
次は楽しいことで縁があるといいな。
第二章「二つの終わり 一つの始まり」はここまでです。
次から第三章「三角形? 四角形?」に入ります。




