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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第二章 二つの終わり 一つの始まり
29/97

29  元どおり?


「葵ちゃん、元気になった〜。」


尾野がそう言ったのは帰りの電車の中。

俺が葵にどう謝ろうかと思案していたときだった。

真面目な話になるのは間違いなかったので、丸宮台で降りてからしかないと思っていた。


彼女の変化には、もちろん俺も気付いていた。

けれど、元気がなくなったそもそもの原因を知っている俺は、そのことを言い出せなかった。


今日の彼女は本当に、きのうまでとは違っていた。

おどおどした様子がなくなって、笑顔からも緊張感が消えた。

部活中も、駅までの道も、彼女の足取りや表情に元のような柔らかさが戻っていた。


俺は初め、榎元のことを謝っても彼女が元のようには戻らないのではないかと不安に感じていた。

だから、今日の彼女を見ていて、その心配だけはなさそうだとほっとしていたところだった。


「あたしもそう思ってた。」


尾野の言葉に季坂が同意する。


「きのうもおとといも、元気なかったよ。行矢くんも気になってたみたい。」


そう言われて、葵はおずおずと俺を見た。

その視線は、俺も気付いていたのかと尋ねていた。

ウソをついても仕方がないのでそれにはコクリと頷くと、彼女は諦めたように微笑んだ。


「心配かけてごめんなさい。やっぱり変だったよね……。」


「変って言うか、俺、葵ちゃんに嫌われたのかと思ったよ〜。あんまり口利いてくれないし〜。」


「あ、行矢くんも言ってた。避けられてるみたいだって。今まで女子校だったから、男子の中にいるのが辛くなったんじゃないかって心配してたよ。」


(やっぱり……。)


“元気がない” だけじゃなく、尾野や藁谷までが “避けられてる” と気付くほど、葵の態度は変わってしまっていたのだ。

周囲に気を遣う彼女にとって、それはそれなりに辛かったんじゃないかと思う。

榎元の脅しでそれほどの影響が出たのかと思うと、ますます申し訳ない気持ちになる。


「あ、違うよ。バレー部が嫌になったんじゃないの。そんなことない。みんな、親切にしてくれてるし。」


「じゃあ、どうして?」


首を傾げた季坂を見て、葵は理由を話さずには済まないと覚悟を決めたらしい。

言葉を選ぶように曖昧に微笑みながら、ゆっくりと言った。


「あんまり男の子と仲良くしちゃいけないかなー、みたいな……。」


「なんで?」


「まあ……、何て言うか、誤解される……とか?」


「え? もしかして葵は、男子と話してると “付き合ってる” って思われると思ったの?」


さすがに女子だけあって、季坂はすぐに気付いたらしい。

それを聞いて、尾野が驚いた顔をした。


「なんで急に? って言うか、葵ちゃん、それ、気にし過ぎでしょ?」


二人が呆れた顔をする。

彼女は俺たちを上目づかいに見ながら、また謝った。


「そうだよね…。本当にごめんね。今朝、宇喜多さんにも呆れられちゃった……。」


「「宇喜多に?」」


今度は俺と尾野の声が重なった。

葵に関することでは宇喜多は考慮の範囲外というのは、俺も尾野も同じだったんじゃないだろうか。


「そう。宇喜多さんにも『俺、何かしたかな?』って言われて……。」


ため息をつきながら葵が言った。

宇喜多なら、ストレートにそう訊いたというのも頷ける。

でも、それからどういう話をしたのかは、すごく気になる。


「 “呆れられた” ってことは、宇喜多くんには理由を話したの? あ、もしかして、葵が元気になったのは宇喜多くんのおかげ?」


「うん、そうなの。」


季坂の問いに、彼女は笑顔で答えた。


(俺だって、今朝は葵と話そうと思って一本早い電車で来たのに……。)


会えなかったのがつくづく悔しい。

まるで、目の前から彼女をかっさらわれたような気分になってしまう。


「宇喜多さんがね、誤解される可能性だけのために男の子全部を避けてたら疲れちゃうよ、って。」


「そりゃそうでしょう。うちは共学なんだから。」


「うん……。でね、もしも誤解されて噂が流れても、自分は噂を鵜呑みにしないって。本人に確認して、本人が言うことを信じるし、噂が間違っていれば訂正してくれるって。」


「うん。あたしも、友達のことならそうするよ。」


「俺だってそうだよ。」


「ありがとう。そうだよね。わたし、ちょっと噂を怖がり過ぎてたみたい。」


それを聞いて、また申し訳ない気持ちで胸が痛んだ。

彼女が怖がった本当の理由は、榎元に言われたからではないかと思って。

榎元は人気があるだけに、他人に対して強気なところがあるから。

だけど……。


(それを解消したのが宇喜多だったというのが気になる!)


葵は宇喜多にはどこまで話したんだろう?

二人はどのくらい親しいんだろう?

朝、一緒になったのは偶然なのか? しょっちゅうあるのか?


けれど、尾野はそんなことは気にならないのか、違うことを話題にした。


「葵ちゃんさあ、今日は元気になっただけじゃなくて、もうちょっと何か変わったよね? 俺、部活中からときどき “あれ?” って思ってるんだけど?」


「え、そう? あたしは気付かなかったけど……?」


(俺も気付かなかった……。)


まあ、今日は俺が上の空だったのかも知れないけど……。


「あ。うふふ、分かる?」


(あ。)


確かに違う。


「あ〜、しゃべり方が違うんだ〜。」


尾野が言うと、季坂が「ああ、そうなんだ?」と葵を見た。

彼女はにこにこしながら説明してくれた。


「今朝話したとき、宇喜多さんに、敬語はやめてほしいって言われたの。」


「また宇喜多?」


うっかり「また」なんて言ってしまい焦った。

けれど、葵は気付かなかったらしい。


「うん。それがね、ずーっと気にしてたみたいで、結構な勢いで文句言われちゃって。」


「え? あの宇喜多くんが?」


季坂がそう言うのは当然だ。

普段、宇喜多はあまり感情を表に出さないから。


「そうなの。毎日話してるのに、男の子だからっていう理由だけでいつまでも敬語を使われるのは納得がいかないって。」


「ああ、宇喜多が言いそうなことだよね〜。」


俺もそう思う。

前にも何か男女平等みたいなことを言っていたような気がするし。


「そうでしょう? わたし、宇喜多さんがあんな顔したの初めて見ちゃった。そんなに嫌だったんだなあ、って思って。」


(あんな顔?)


「え、なになに、あんな顔って?」


心なしか、季坂の目が輝いている。


「不満そうな、っていうか……、ふて腐れてる、みたいな?」


「うっそー!? 宇喜多くんが? やだ、可愛い!」


「え? 可愛い……かな?」


(そうだぞ葵! そういうのを “可愛い” なんて言う必要はないんだ!)


これを口に出せなかったのは、嫉妬していると笑われそうな気がしたからだ。

そんな俺の気持ちには気付かない季坂は、宇喜多が可愛い理由を葵に説明し始める。


「可愛いよ〜。宇喜多くんみたいにいつも冷静なひとがふて腐れたり照れたりするのって、レアだし、 “きゅ〜ん” って来ない?」


「え、ああ、まあ、うん、なんだか子どもっぽいなって思って、ちょっと面白かったけど……。」


「そうでしょう? そういうのって、ちょっとドキッとするじゃない?」


「え? 菜月ちゃん、 “ドキ” って、藁谷くんは……?」


やたらと盛り上がっている季坂に、葵が少し焦り出す。


「行矢くんは別だよ〜。と・く・べ・つ! ああ、見たかったなあ、宇喜多くんのふて腐れた顔。」


「そんなに……?」


「だって、あたしは去年から知り合いだけど、見たことないんだよ?」


(確かに俺もあんまり見たことがないな……。)


尾野は?


と訊こうと思って前を見て、思わず笑いそうになった。

尾野がまさにふて腐れた様子で、よそを見ていたから。


「ふ……。」


笑いをこらえながら季坂と葵にそっと合図して、尾野を見るようにと目配せをする。

二人はちらりと尾野を見て、下を向いてくすくす笑った。


「尾野くん?」


予想に反して、尾野に声をかけたのは葵だった。

今までの彼女は、季坂よりも一歩下がっている感じがしていたのに。


表情を変えず、一瞬視線を戻しただけの尾野に、葵が大きな瞳をまっすぐに向けて話し続ける。


「わたし、尾野くんにはずっと感謝してるの。」


「……え?」


「ほら、始業式の日に、マネージャーに誘ってくれたでしょう? あのとき尾野くんが思い付いてくれてなかったら、わたし、この学校で今みたいに楽しく過ごせていたかどうか分からない。どうもありがとう。」


「あ、そう? いや、そんなこと、べつにいいけど。」


たちまち尾野の機嫌が直った。

それを見て、季坂がこっそりと笑う。


(俺は……。)


落ち込んでしまった。

俺がいい加減だったばかりに、榎元が彼女を脅すような行動に出たのだから。


『まもなく〜丸宮台〜。』


到着予告のアナウンスにハッとする。

ここで落ち込んでいる場合じゃなかった。

これから俺は、彼女に謝らなくちゃならないんだ……。







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