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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第二章 二つの終わり 一つの始まり
27/97

27  違和感の原因


「はあ……。」


椿ヶ丘駅の階段を改札口へと上りながらため息が出た。


(いなかった……。)


葵と話をしたくて、いつもの朝よりも1本早い電車に乗った。

でも、見付けることができなかった。


(もっと早い電車なのか……。)


学校まで歩きながらだったら、話す時間が取れると思ったのに……。



今週の初めに感じた違和感は、今では違和感どころではなくなっている。

火曜日、水曜日と彼女の態度はますますおかしくなった。

何かを警戒するようにおどおどしていて、話しかけるとさっさと切り上げようとする。

帰るときも、むっつりと黙りこんでしまう時間がある。


教室や部活中は、無理に元気を出しているように見える。

きのう、心配事があるのか尋ねてみたけれど、弱々しく微笑んで「大丈夫です。」と言われて終わり。

どうしたらいいのか分からない。


だから今日、話してみようと思ったのに……。




(今日はいない?)


改札口を出ながら警戒している自分に気付く。


最近、かなりの頻度で、ここで榎元と一緒になる。

帰りに一緒になる回数も増えている。


そのことでもイライラしてしまう。

尾野に「気を付けろ」と言われたせいもあるかも知れない。

でも、それ以上に、彼女の態度が癇に障るようになってきている。


けれど、俺は “止めてほしい” と言い出せないでいる。

理由の一つは、やっぱり今まで親しくしていた相手だから。

拒否するような言葉を言ったら、傷付くだろうと思うから。

もう一つは……、たぶん、自分が嫌なヤツだと思われたくないからだ。

自分勝手な理由だと思う。


「相河。」


男の声にほっとしながら顔を上げると羽村だった。

去年一緒に遊んでいた仲間の一人で、仲間内で佐野と付き合っていた。


「よう。」


2年になってからは、たまに廊下で会うと話をする程度だった。

もちろん、今でも気が合うし、話すと楽しい。

羽村の顔を見て、少しイライラが消えた……のに。


「お前さあ、榎元と決まったんだって?」


羽村の最初の一言がこれだった。


「え?」


訊き返すと、ロータリーへの階段を下りるために下を向いた羽村が続ける。


「俺はちょっと意外だったな〜。お前と榎元ってあのメンバーの中でも仲がいいとは思ってたけど、そういう付き合いとは違うと思ってたから。」


(そういう付き合い……。)


羽村が言ってるのは、間違いなく “彼氏と彼女” という意味だ。

そう思うと、何か、とても嫌な気分になってしまった。


「どこで聞いた?」


不愉快になっていることを悟られないように、ゆっくりと尋ねる。


「ああ、佐野だよ。榎元と佐野は、今でもしょっちゅう一緒に遊んでるぜ。」


(佐野と……?)


榎元は、あのメンバーとはクラスが別れてしまったから淋しいと言っていた気がするけど……。


「なんて言ってたか、思い出せるか?」


「え?」


俺は思っていた以上に険しい顔をしていたらしい。

顔を上げた羽村は、一歩下がって、俺の機嫌をとるような笑い方をした。


「あれ? いや、違うんならいいんだけど……。」


急ぎ足で歩きはじめる羽村に歩調を合わせる。


「ごめん。羽村を責めてるわけじゃないよ。ちょっと驚いたから。」


「そうか……。」


羽村は少し迷ってから話してくれた。


「違うって言うんなら……ちゃんと知りたいよな。2年になってから、佐野から、榎元がお前に頑張ってるって聞いてたんだ。」


2年になってから……。

朝や帰りに会う回数が増えたのは、やっぱり……。


「なんか、なかなか上手く行かなくて焦ってるみたいだって、佐野は言ってたよ。」


当然だ。

俺にはそんなつもりはまったくなかったんだから。


「それがさあ、先週か? 急に榎元がハイになって電話をかけて来たとか言ってて、お前から試合の応援に誘われたらしいって……。」


「ああ……。」


またその話だ。

榎元は、俺のあの一言をそれほど大きな意味でとらえていたんだ。


「俺は、お前とか佐野とか……みんなで来るんだと思ってたんだよ。クラス替えで淋しいって言ってたから。」


こんなこと、今さら言っても言い訳にしかならない。

好きだと思っている相手の言葉を、自分の都合のいいように解釈したくなる気持ちはなんとなく理解できる。


「そうなのか。勘違いだったんだな。」


軽くため息をついてから、羽村が続けた。


「佐野の話では、ライバルも片が付いたって話だったから、俺はてっきり間違いないと思ってたんだけど。」


「ライバル?」


「あれ? これも違うのか? ああ、そうか。お前は知らないんだな。」


嫌な予感が頭をよぎる。

“片が付いた” という言葉が、何かとてもひどいことを連想させた。


「誰のことか聞いてるか?」


「え? 言っちゃっていいのかなあ……。」


「教えてくれよ。榎元が何かしたんだったら……謝らないと。」


羽村が迷っている間、葵の態度が頭に浮かんでくる。

おどおどした様子。

俺たちを避けようとする態度。


「そうだよな……。」


「頼む。」


「うん……。新しく入ったバレー部のマネージャーの子だって聞いてる。」


「藍川葵?」


「ああ、名前は知らないけど。」


確認してみなくても間違いない。

バレー部のマネージャーと言ったら、葵しかいないんだから。


(やっぱり……。)


目の前の景色が霞んだような気がした。


(彼女が避けていたのは “俺たち” じゃなくて、俺なんだ……。)


そうだった。

月曜日にボールを買いに行くときのことが最初だった。

俺と二人で行くことに決まりかけたのに、もう一人行ってほしいと彼女が必死な顔で言って……。


「いったい何で!? どういうことだよ!?」


思わず羽村に食ってかかる。

羽村は何もしていないと分かっているけど、葵の様子を思い出すと冷静ではいられない。


「なんで彼女が巻き込まれるんだ!?」


「おい、落ち着け、相河。」


「葵はただのマネージャーなんだ。榎元には何も関係ないんだよ。なのになんで!? 何をした!?」


立ち止まって大きな声を出す俺をチラチラと見ながら、ほかの生徒が通り過ぎて行く。

それに気付いて目をつぶり、落ち着くために深呼吸をした。

羽村に「ごめん。」と謝ると、気の毒そうな顔をされた。


「俺も詳しいことは聞いてないんだよ。ただ、きのう、榎元が『あの子の方はもう大丈夫。』って喜んでたって、佐野が言ってたから……。」


(きのう……。)


きのうもおとといも、帰りには榎元もいた。

葵も一緒にいた。

俺は特に榎元に対して態度を変えたつもりはない。

なのに榎元は、俺との関係が確定したかのように佐野に報告している。


この何日かで変わったのは葵だ。

やっぱり榎元は、葵に何かしたのか……?


「羽村、教えてくれてありがとう。ちょっと動揺しちゃって……悪かったな。」


歩きだしながら言うと、羽村は「いいよ。」と頷いた。

それからポツリと言った。


「榎元とは……ダメなんだな?」


「……そうだな。」


答えながら思った。

榎元が葵に何をしたのか確かめなくちゃならない。

そして、榎元との関係に決着を付けなくちゃならない。


その場ですぐにメールを打つ。

相手は榎元。


『話したいことがある。昇降口で待ってるから。』


羽村の話を聞いた今なら、簡単に想像できる。

榎元がこのメールを見たら、喜んで、大急ぎで来るだろう。


俺の様子を見て、羽村は俺が何をしようとしているのか分かったと思う。

でも、何も言わずに歩き続けた。







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