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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第二章 二つの終わり 一つの始まり
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26  *** 葵 : 新しい気分


「葵は噂の何が怖いのかな?」


学校へのいつもの道を歩きながら、宇喜多さんが尋ねた。

少し気持ちが落ち着いたわたしは、噂が怖い理由を言葉に表そうとしてみる。


「焼きもちを焼かれる……とか? あ、あと、ほら、相手の人に彼女ができなくなっちゃうとか。」


「ぷ……、相手のことを心配してるわけ?」


「そうです。」


思わず胸を張って言ってから、そうじゃなかったと思い直した。

もっと大きな理由がある。


「ごめんなさい、違います。本当は、女の子の反感を買わないように…です。」


「ああ、さっきも女子校のことを言ってたな。へえ。女子の世界って、そんなに厳しいんだ。そりゃあ大変だなあ。」


宇喜多さんが感心したようにつぶやいている。


(もしかして、全部の女子がそうやって監視し合っていると思っちゃってる……?)


それもまた誤解だ。

この真面目なひとに、そんな誤解をさせたままにしておいたらいけない気がする。


「あのですね、でも、それは一部です。だいたいの女子はそんなに厳しくは……。」


「ってことは、葵はその厳しい誰かに気を遣って、そんなに疲れる思いをしてまで男を避けてるってこと?」


「う。」


「急に始めたってことは、何か、そうしたくなるようなきっかけがあったんだね?」


(鋭い。この分だと、わたしが美加さんを気にしてるってことも分かっちゃうかも。)


「あ、あの……、ごめんなさい……。」


うなだれるわたしと一緒に、宇喜多さんはゆっくり歩いていた。

しばらく黙っているのでそっと様子を窺うと、それに気付いた宇喜多さんは、呆れたように微笑んだ。


「噂になっても、『違う』って言えばいいんだよ。」


「え……?」


「そうだろ? 間違った噂なら、否定すればいいんだよ。」


「でも……、広まっちゃったら……。」


宇喜多さんは少し考えてから、明るく話し始めた。


「もしもだよ、何かとんでもない噂、そうだなあ、例えば “尾野と相河が付き合ってる” とか、誰かに聞いたらどうする?」


(尾野くんと相河くんって……例えが本当にとんでもないけど……。)


「そういうことだったら、隠しておきたいかも知れないから、知らないふりをする…と思います。」


「そこが違うんだよ。」


まるで諭すように指を立てて、宇喜多さんが言った。


「違うって……?」


「葵はその噂を本当だって信じてしまうってことだろう? 俺だったら、本人に確認するよ。」


「確認しますか?」


知られたくないかも知れないのに?


「うん。だって、本当かどうか分からないじゃないか。」


「そうですけど……。」


「俺は誰か知らないヤツが流した噂よりも、本人の言葉を信じたい。」


(あ……。)


「噂が間違っていたら、その話をしているヤツに “間違いだ” って言わなきゃならないし、本当だったら、お互いに好きで上手く行ってるんだから、『よかったな。』って言ってやる。それから『大変だろうけど頑張れよ。』って。」


「『頑張れよ。』って……?」


「うん。 “世間がどう思っても、俺は味方だから” って伝えたいんだよ。」


( “俺は味方だから” ……。)


「考えてみろよ。本人たちが秘密にしておきたくても、もう噂になっちゃってるんだぜ? それを知らない方が可哀想じゃないか。」


「ああ……。」


言われてみると、本当にそうだ。

間違っていても、本当でも、自分が知らないところで話題になっているなんて気持ちが悪い。

どこかで話されていると分かったら、覚悟をすることもできそうな気がするけれど……。


「でも、もし、間違いなく本当だけど、本人たちが否定したら?」


「本人が言う方を信じる。 …っていうか、信じることにする。」


( “本人が言う方を信じる” ……。)


宇喜多さんが言っているのは、友達を信じるってことだ。

信じて、受け入れて、味方になるってことだ。


「葵?」


「はい……?」


少しあらたまった呼びかけに顔を上げると、宇喜多さんはわたしを元気づけるように微笑んでいた。


「俺は葵の噂を聞いたときでも、同じようにするよ。最初から間違いだって分かっていれば、その場で『違う』って言う。たぶん、うちの部員も、季坂も同じだと思う。ほかにもそういう友達はいるよね?」


「はい……。」


うちのクラスにも、前の学校にも、わたしを信じてくれそうな友達がいる……。


「だったら、そんなに心配しなくてもいいんじゃないのか? もう少し自由な気持ちでさ。もちろん、度が過ぎる行動は慎んだ方がいいと思うけど、俺たちまで避けるのはやり過ぎだよ。」


「……はい。」


わたしだって、本当に心苦しかった。


「そもそも噂になるかどうかだって分からないのに。それに、本当じゃない噂なんて、しばらくしたら消えちゃうよ。」


「そう……ですね……。」


こうやって言われると、とてもくだらないことをしていたように思える。

美加さんを怖いと思ったことから始まって、その不安が小さな小さな可能性にまで広がって。


たった一言、「違う」って言えばいいだけのことだったのに。

わたしには、わたしの言葉を信じてくれるひとがいるのに。


「ありがとうございます。すっきりしました。」


にっこり笑った宇喜多さんに、わたしも心からの微笑みを返すことができた。


「あ、じゃあ、ついでに言っちゃおうかな。」


宇喜多さんが、思い付いたように言った。


「何ですか?」


「その言い方、やめてくれないかな?」


「え……?」


「その敬語。」


「あ……。」


思いがけない指摘だった。


「名前が “さん” 付けなのはもういいよ。自分の名前が “さん” まで含めて全部だと思えばいいことにするから。それに、もともと葵は誰のことも呼び捨てにしないからね。」


(結構気にしてたんだ……。)


「だけど、敬語は違うよね? デフォルトは女子同士で話してる言葉遣いだろう? 俺だけじゃなくて、男には基本的には敬語みたいだけど、単に男だっていう理由だけで敬語を使うのは変だよ。」


「あ、はい……。」


「マネージャーになって、もう1か月以上……2か月近いよ。ほとんど毎日話してるのに、俺たちそんなに怖い?」


「いいえ、怖いなんて ――― 」


「入部した時期も経験年数も違うかもしれないけど、同い年だぜ? 上下関係なんかないよ。俺たちだって、葵に頼ってること結構あるのに、いつまでも遠慮されてるみたいで気になるよ。もっと堂々としてていいんだよ。」


「あ…はい……。」


「だいたいさあ、俺たちよりも、ときどきしか会わない榎元の方が遠慮なく話せるなんて、なんでだよ? 全然納得が行かないんだけど?」


一気にしゃべったので息が切れたらしい。

宇喜多さんは大きく一呼吸ついて、不満そうにわたしを見つめた。


(本当に嫌なんだ……。)


試合のときでもあまり表情が変わらないひとなのに、こんな顔をするなんて。

息が切れるほど一気に話すなんて。


「分かりま…、分かった。」


(あ、れ?)


言い方を変えてみたら、わたしの中で何かが変わった。

ぽーん、と、何かを飛び越えた感じがする。


「ええと、これからは普通に話すようにする…ね。」


いいえ、飛び越えたと言うよりも、踏み台の上に乗ったみたい。

背の高さが並んだみたいな。


「気が付かなくて、ごめんね。」


思ったよりも簡単だ。

するすると言葉が出てくる。

そして……。


(仲間だ……。)


胸の中が “仲間” という言葉で満たされて行く。

さっきまでよりも、絆が強くなったみたい。


「あ、ええと、うん。分かってくれれば、いいよ。」


(あらら……。)


宇喜多さんが照れている。

いつもまっすぐにわたしを見て話す宇喜多さんが、腕時計を見たりして。


(そうか……。)


同い年なんだものね。

落ち着いていても、背が高くても、同い年なんだ。


そんなことを思いながら、自分の心が自由になって、世界が広がっていくような気がした。







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