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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第二章 二つの終わり 一つの始まり
24/97

24  何かが違う


部室を出て駅へ向かう道。

今、葵には特に変わった様子はないように見える。


いつもなら部活帰りの生徒が前後にたくさんいる道に、今日は俺たち5人。

ときどきベビーカーのお母さんや自転車に乗ったおじいさんが通って行くだけ。


葵を真ん中に、前後に二人ずつ並んで歩いている俺たちは、まるで彼女を護衛しているようだ。

きのうの試合やいつもの失敗談で話は弾み、季坂がいないことを除けば、いつもと変わりない俺たち。


「本当に、いなくなっちゃうんですね……。」


何秒か話が途切れたとき、ふと葵がつぶやいた。


「さっき、部室に先輩たちがいなくて、とても広く感じて……。なんだか急に、先輩たちが引退するって実感が湧いてきちゃいました。」


ほうっとため息をつき、微笑みながらも淋しそうに目を伏せる彼女。

やっぱり縞田先輩がいなくなってしまうから……。


「あ、そうだ!」


急に尾野が大きな声を出した。

自分に視線が集まると、何やら嬉しそうに話し出す。


「なあ、今度、みんなでどこか行かない?」


思いがけない提案に質問が相次ぐ。


「 “みんな” って、俺たち?」


「そう!」


「 “どこか” って、どこだよ?」


「ん〜、まあ、遊園地とか、動物園とか?」


「遠足……ですか?」


「遠足! そうそう!」


まだ疑り半分に見ている俺たちに、尾野は勢いに乗って続けた。


「ほら、まあ、団結式みたいな? 俺たちが今度はバレー部を引っ張って行くわけだろ? “これから頑張るぞ〜!” って気合いを入れるっていうか。」


「遠足で?」


「いいじゃないか。俺たちって、秋の修学旅行まで遠足ってないんだよな?」


「ああ、まあ……。」


「季坂も連れて来ていいからさあ。」


「……いいのか?」


「いいよなあ、みんな? その方が葵ちゃんだって参加しやすいだろ?」


「あ、はい。」


うん。

季坂は来ても構わないな。

毎日一緒に帰っていて、このグループにいるのが当たり前の存在だし。


「あの……、美加さんも……?」


(え?)


葵が榎元の名前を出したことに驚いた。

確かにきのうは応援に来てくれたけど、榎元はちょっと違う気がする。


「あー、榎元は、パス。」


きっぱりと断ったのは尾野だった。

へらへらした笑いを浮かべているのに、口調ははっきりしていた。


「俺、榎元は苦手なんだよね〜。」


「うん、俺も。」


尾野の隣で宇喜多が無表情に同意。

振り返って二人を見ていた葵が、驚いた顔のまま俺を見た。


(?)


一瞬、何かを尋ねるように口を開きかけたあと、すっと目を逸らして下を向いてしまった。


「葵ちゃんは、榎元が来ないと行きたくない?」


「いっ、いいえ! 行きたいです!」


たぶん勢いで答えたんだろう。

「行きたい」と答えたあと、あらためてゆっくりと笑顔になると、もう一度「はい、行きたいです。」と言った。


「だよねー? どこがいい? 遊園地? 動物園? 水族館? ああ、海でビーチバレーっていうのも有りか?」


「またバレーかよ? まあ、俺はやってもいいけど。」


「うん、砂なら転んでも痛くなさそうだしな。」


「え、ほんとにビーチバレーですか?」


話の方向に少し引き気味の葵を尾野が脅す。


「俺たちの希望どおりにしたら、そうなっちゃうかもよ〜? 葵ちゃんは行きたいところないの?」


「ええと…、あ、水族館! 水族館がいいです。電車のホームにポスターが貼ってあるんですけど……?」


「ああ、海堀島マリンパラダイスか。」


思い出した。

小さな島全体が遊ぶ施設になっているところだ。

水族館と芝生の広場、それに遊園地系のアトラクションがいくつかある。

このあたりで育った子どもなら、たいてい遠足で行ったことがあるはずだ。


「はい! 引っ越してきてから、あのポスターがずーっと気になっていたんです。」


胸の前で両手を合わせて嬉しそうに言う彼女。

それを囲む俺たちは ――― 彼女持ちの藁谷や真面目人間の宇喜多でも ――― そんな彼女を見ると楽しくなって、自然と表情が和らぐ。


「そうか。水族館なら、きっと季坂も平気だよな? あとで藁谷から連絡して都合を聞いてくれよ。一応、候補の日は……」



(よかった。)


楽しそうに話に参加している葵にほっとする。

おかしな様子が見えたけど、たいしたことではなかったようだ。

もしかしたら、俺の考え過ぎかも知れないし……。




ミドリスポーツでは、一番安い練習用の白いボールを6個買った。

予想よりも安い値段で買えて、ボールを入れるネットも割り引きしてくれた。

買ったボールは俺と尾野が、部室から持って来たボールバッグに入れて持ち帰ることにした。

葵は自分も分担すると何度も言ったけど、ボールバッグ2つに簡単に入ってしまったので諦めた。


スポーツ用品店が初めてだという葵は、店の中でとても楽しそうだった。

種目別の靴の種類に驚き、その値段を見て驚き、派手なユニフォームの見本を見て笑った。

3人で帽子やサングラスを試したりもした。


初め、彼女は髪がボサボサになると言って、帽子をかぶるのは拒否していた。

でも、俺たちがかぶって面白がっているうちに自分もやりたくなったらしい。

気付いたら、後ろの棚でキャップ型の黒い帽子を試していた。

俺たちが見ていることに気付くと、少し照れくさそうに見返してきた。

帽子をかぶると、いつもの大きな瞳がさらに印象的に見えた。


「似合うじゃん。」


と言った声が、尾野と被った。



店を出てから、駅ビルの1階に入っているファーストフードの店で一息ついた。

尾野と俺があれこれ言い合うところを見て、彼女はずっとにこにこしていた。

今度のバレー部遠足の話題でも、行ったことのある俺たちに何が面白かったか尋ねたり、自分が見たいものの話をしたり、とても楽しみな様子だった。




「ああ、面白かった。なんだか本当に “お休み” って感じですね。」


電車に乗ったとき、彼女が満足そうに言った。


「よく考えたら、帰りに寄り道をしたのは、転校してから初めてです。」


「そうか。ずっと部活だったもんなあ。」


「あ、でも、鯛焼き屋さんには寄ってますけど。うふふ。」


屈託なく笑う彼女を見ていたら、部室でのことを思い出した。

必死な様子で「もう一人」と言った彼女を。

あれは絶対に見間違いではなかったと思う。


(もしかして、尾野が一緒にいるから大丈夫なのか……?)


そう思ったら、キリリと胸が痛んだ。


(すぐに分かる。一駅で降りるんだから。)



そして……。



やっぱりあれは、考え過ぎじゃなかった。


彼女はもともと顔に出るタイプだから、何か心配事があるのは見ていれば分かる。

それを俺に隠そうとしていることも、態度で分かる。


電車から降りてから、彼女は俺の方を見ようとはしなかった。

でも、俺が話しかけると、笑顔を作って返事をした。

返事をするためにこっちを向くけれど、俺の顔を見るほどには顔を上げない。


(どうして……?)


意味が分からなかった。

分からなくて………ひどく悲しかった。







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