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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第二章 二つの終わり 一つの始まり
23/97

23  微かな不安


「先輩たちに都合を聞いて、今週の金曜日に決まったから。」


部活のない放課後の部室。

壁を背にして立った藁谷が、俺たちに話している。

今日は練習は休みだけど、1、2年生が放課後に集まった。

3年生の引退式のことを話し合うため。


校庭の北側の隅にあるプレハブの部室棟は、横に6部屋が並んだ2階建てが2棟ある。

おれたちの部室は体育館側の棟の2階端、階段を上ってすぐのところ。


たいして広くない部屋には、壁際にスチール製の棚と長机が並び、遠征用のあれこれや、部員の荷物が置いてある。

部屋の隅にはいつからそこにあるのか分からない、埃を被った参考書やバレーシューズ。

砂がいっぱいの床には木製のベンチが4つ、壁際には小さいホワイトボード。

窓は真ん中についているドアをはさんで二つで、着替える時以外はカーテンは開けている。

カレンダーのかかったドアは外に向かって開けるから、いきなり開けないように、『ちょっと待て!』と貼り紙がある。


引退式と言っても、それほど大がかりなものではない。

お礼を言って、記念品を渡すだけ。

去年は、練習前に30分程度で終わった。


「記念品なんだけど、去年と同じようにバレーボールに寄せ書きでいいか?」


藁谷がベンチに腰掛けている俺たちに尋ねる。


「それだと、一人いくらくらい?」


尾野が渋い顔で質問。


(確かに……。)


先輩への記念品代は部費からは出さない決まりだ。

だから、残る部員で出し合うんだけど、うちの部は年々人数が減って来ていたせいで、去年は一人1500円くらい払った。

それほど多くない小遣いから1500円は結構痛い。

お世話になった先輩ではあるけれど、できれば負担額は少ない方がありがたい。


「ああ、それが…。」


藁谷が手に持っていたメモを見る。


「今年は部員が増えたから、800円か900円くらいで済むぞ。」


「よかった〜! じゃあOK!」


「うん、俺も。」


全員がほっとしたように頷く。


「じゃあ、今日の帰りにボールを買って、明日からここに置いておくから、各自で一言書いてくれ。金曜日に渡すから、木曜日までに頼む。集金は藍川に頼んでもいいか?」


藁谷が後ろのすみに立っている葵を見ると、彼女は「はい。」と笑顔で答えた。

すぐに事務用品が入っている引き出しからノートを取り出すと、ちょっと考えて。


「先に集金ですか? それとも立て替え?」


葵の質問に藁谷が笑う。


「ははは、集金が先。一万円以上の立て替えができる高校生って、なかなかいないだろ?」


「一万円以上!? そ、そうだよね、それは無理だわ。はーい、みなさん、集金ですよー。ええと……?」


「とりあえず900円! 余ったら返すから。」


「先輩、俺、足りません!」


「俺も……。」


「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、まずは足りる人から順番に……。」


葵のためにベンチを壁際の机のそばに寄せて、部員がその周りに集まる。

彼女は名前をチェックしながら、机の上に置かれるお金を確認していった。


「じゃあ、あとは3人ね。」


葵が持ち合わせのなかった1年生3人の名前を読みあげて確認。


「誰が買いに行く?」


これは2年生の仕事だ。

今日は練習がないからちょうどいいし。


「一番近いのは緑ヶ原なんだ。いつも買ってる店だし、もしかしたら値引きしてくれるかも。」


藁谷が俺を見て言った。

緑ヶ原はここから4つ目の駅、俺が使っている丸宮台の一つ手前。この路線では比較的栄えている駅だ。

藁谷は、定期が使える俺に買いに行けるかと訊いているのだ。

それに、俺が副部長だから。


「いいよ、俺が行く。駅前のミドリスポーツだろ?」


俺もときどき買いに行く店だ。

学生証を見せると、個人でも割引きしてくれる。


「じゃあ、晶紀、頼む。藍川も一応、お金の管理人として行ってもらっていいか? 帰り道の途中だし。」


「あ、はい。」


(え?)


葵と二人で寄り途……?


(いや、べつに、喜んだりしてるわけじゃ……ないけど……。)


いつもとは違う場所を二人で歩いているところを想像すると、なんだか……。


俺がぼんやりしている間に、藁谷が1年生を帰した。

口々に「お先に失礼しまーす。」とあいさつをしながら、1年生が出て行く。


「ええと、足りない3人分は、とりあえず2年で立て替えて……。」


「あ、俺、1000円なら出せるよ。」


宇喜多が財布を開けながら言う。


「そうか。俺は……、俺も1000円出すよ。」


苦しそうな藁谷を見て、俺も出さなきゃ悪いかな……と思ったとき。


「あのっ。」


と声を出したのは葵だった。


何か必死な顔をしている。

その様子に俺たちの動きが止まる。


「あの、もう一人、一緒に行ってもらってもいいですか?」


(もう一人?)


少し驚いて俺たちが見守っていると、彼女はハッとしたように付け加えた。


「ええと、ボール6個、ですよね? 持って帰るのが……。」


(ああ、そうか。)


二人だと3つずつ持たなくちゃならないと思っているのか。

確かに彼女には、ボール3つは大変かも知れない。明日の朝、持って来なくちゃならないし。

でも、それなら俺が持てば済むことだ。


「ここにあるボールバッグを ――― 」

「俺も一緒に行くよ。帰り道だし。」


俺の言葉を遮るように尾野が言った。

それを聞いた葵がほっとしたように力を抜いたのが分かった。


(葵……?)


彼女の態度にいつもとは違う何かを感じる。


(そんなに緊張していたのか?)


ボールを買いに行くことに?

初めてのことかも知れないけど、俺が一緒に行くのに?

それとも……?


(まさか……、俺と一緒…だから……?)


ふと思い付いた内容に、胸が何かで塞がれたような気がする。


さっきの彼女の必死な様子。

あれは、恥ずかしいとか、ちょっと困っているという程度ではなかった。

まるで助けを求めるようだった。


(だけど、そんなこと……。)


俺と二人で行くのが嫌なのか?


でも、きのうまで、そんな様子はなかったのに。

朝だって、帰りだって、俺の顔を見てにこにこしていたのに。

今日の昼間だって普通に話したのに。


(見間違いかも知れない。)


俺の単なる勘違いかも。


「じゃあ行こうか〜。葵ちゃん、お金はちゃんと持った?」


「はい。大丈夫です。」


尾野に答える葵の声は、いつもと同じように楽しそうだった。

次の瞬間、こちらを向いた彼女と目が合って。


(あ……。)


どうしたらいいのか分からないでいるうちに、一瞬目を泳がせた彼女が、すぐに俺に視線を戻して微笑んだ。


「行きましょう。よろしくお願いします。」


(やっぱりいつもの彼女とは違う。)


わけの分からない不安で胸の重苦しさが消えない……。






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