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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第二章 二つの終わり 一つの始まり
22/97

22  *** 葵 : 気付かなくてごめんなさい。


「葵!」


お昼休み、廊下を歩いていたら、階段を上って来た美加さんに呼び止められた。


「あ、きのうは応援ありがとう。遠くて疲れちゃったでしょう?」


階段を走って上って来たようなのに、髪には一筋の乱れもない。

少し上気した頬が、いつもの可愛らしさをますます引き立てている。


(本当に完璧。)


その上、性格も良くて。

会うたびに、自分とのギャップにため息をつきたくなる。


「ふふ、大丈夫。テニス部でも試合のときは同じだから。それに、久しぶりに相河くんとたくさん話せたし。」


「ああ……。」


そう言えば、きのう、美加さんはいつも相河くんの横にいた気がする。


「クラスが別れちゃってからゆっくり話す時間がなくて、ちょっと淋しかったんだよね。」


「そう。よかったね。」


美加さんでもそういうことってあるんだ。

美加さんなら、どこにいてもお友達に囲まれてるような気がしていたけど。


「うん。きのうの応援は、相河くんが誘ってくれたし……。」


「あ、そうなの?」


「うん。聞いてない?」


「うん……。」


(“聞く” って、誰から? 相河くん?)


少しぼーっと考え込んでしまった。


「ねえ、葵って…… 」


そこに聞こえた美加さんの声で我に返る。


「あ、はい?」


何だろう?

なんとなく、美加さんの態度が気になる。

何か言いたいことがあるみたいなのに……。


「葵って……、相河くんにも『葵』って呼ばれてるじゃない? それって……?」


「ああ、うん。やっぱり、同じ名字だから呼びにくいみたいで。」


「そうよねえ!」


(?)


「相河くんも『仕方なく』って言ってたんだけど、なんだか気になっちゃって。」


(何? 何か……?)


笑顔の美加さんを見ながらどこかが変だと思うのだけど、はっきりとは掴み取れない。

これもわたしがトロいから?


「だってね、相河くんは、今まで誰のこともファーストネームで呼んだことなんてなかったから。」


「あ、ああ、そう……。」


「それに、葵が勘違いしてたら可哀想だな、と思って。」


「勘違い……?」


「ほら、 “自分は特別だ” みたいに。でも、ちゃんと分かってるのよね?」


「う、うん……。」


(怖い。)


ふいに浮かんだ言葉にドキッとする。

美加さんが怖いなんて、あり得ないのに。


「ほら、葵ってずっと女子校だったんでしょ? 男の子との距離の取り方も、ちゃんと分からないんじゃないかと思ったの。」


「距離の取り方……?」


「うん。うっかりすると、誤解されちゃうよ?」


「誤解……。」


「そう。特に相河くんは、女子に人気があるから。」


確かに相河くんは人気がある。

クラスの女の子たちは、男の子に頼みたいことがあるときには、たいてい相河くんのところに行く。


(誤解……。)


つまり美加さんは、わたしと相河くんの距離が近過ぎるって言ってるの?

“ほかの人に誤解されるから気を付けて” って……?


「まあ、あたしはね、去年からの付き合いだから。」


「ああ、うん、そうだよね。すごく仲良しだと思ってたよ。」


「うふふ、そう見える?」


「うん。」


そうか。

美加さんは特別なんだ。

でも、わたしはそうじゃない。

だから、気を付けなくちゃダメなんだ。


「もしかしたらね。」


美加さんが声を落とした。

つられて近付いたわたしの耳に、美加さんが囁く。


「相河くんと上手く行くかもって感じなの。」


(あ……。)


思わず顔を見つめたわたしに美加さんが微笑む。

自信に満ちた、素敵な笑顔で。


「そうなんだ……。」


こういうとき、どう言えばいいんだろう?

“よかったね” ? “がんばって” ?


「ええと……、お似合いだと思うな。」


「ほんと? ありがと♪」


間に合わせに探した言葉だったけど、言ってみたらピッタリな気がする。

美人で可愛くて明るい美加さんと、背が高くて気さくな相河くん。

間違いなくお似合いだ。


「あ、いけない。あたし、友達のところに行く途中だったんだ。葵、またね!」


「あ、うん。バイバイ。」




美加さんが行ってしまったあとも、美加さんの言葉が頭の中で渦巻いている。


「距離の取り方も分からないんじゃ…… 」

「上手く行くかも」

「勘違い」

「仕方なく」………。


(ああ、なんだか……。)


頭の中を整理したくて、自分のクラスを通り過ぎて、廊下を突き当たりまで行ってみる。

5階の高さからは、体育館の屋根がすぐ下に見える。

後ろからは廊下を行き交う生徒のざわめきが聞こえて来るけれど、こちら側の階段を使う生徒は少ないから比較的静かだ。


(美加さんが言ったのは……名前のことと、誤解のことと、美加さんと相河くんのこと。)


わたしは「葵」と呼ばれているけど、勘違いしちゃダメだって。

あと、周りの人に、相河くんと仲がいいことを誤解されないように気を付けてって。

それから、美加さんと相河くんは、たぶん、お互いに好きだってこと。


(そうか。)


話を整理してみたら分かる。

美加さんは、わたしが邪魔なのかも知れない。

誤解しそうになったのは美加さんなんだ。

だから、ちょっと焼きもちを焼いてて怖かったんだ。


(そうだよね……。)


応援に誘われるくらい仲がいいのに、相河くんは美加さんを「榎元」としか呼ばない。

なのに、転校してきたばかりで、知り合ってから間もないわたしを「葵」って呼んでる。

クラスが同じでバレー部のマネージャーのわたしは、学校にいるときはほとんど相河くんと一緒にいる。


もしかすると、相河くんが副部長になったことも、美加さんは心配なのかも知れない。

マネージャーと副部長だと、仕事のつながりで仲良くなるんじゃないかって。


「はぁ………。」


(そんな心配、いらないのに。)


美加さんを好きになるような人が、わたしをそういう対象に選ぶわけがない。

そんなことを心配されて、せっかく仲良くなれた美加さんに嫌われたりしたら残念過ぎる。

それに……、美加さんが怒ったら怖そう。


(気を付けよう。)


わたしは転校生なんだし、おとなしくしていた方がいい。


(共学って面倒だな……。)


男の人たちは声は大きかったりするけど、怖いことはなかったし、基本的にみんな親切。

女の子たちも、賑やかな子とか、おとなしい子とか、いろいろいるところは女子校と変わらない。


だけど、一緒にいるから気を付けなくちゃいけないことがある。

ある程度以上は仲良くなっちゃいけないっていうルール。

でも、どこまでが “ある程度” のラインなのか、よく分からない。

さすがに “休日に二人だけで出かける” っていうのはラインを越えていると思うけど、学校の中にいると……。



――― 「これからは、俺を頼れよ。」



きのうの別れ際に相河くんが言ってくれた言葉。

相河くんの声と、姿と、周りの景色も一緒に浮かんでくる。

少し見上げないと顔を見ることができないから、相河くんと話すときにはいつも後ろに空が見える。

あのときはもう暗くて、空は紺色。その下に駅の階段が斜めに見えていた。


急に縞田先輩の名前を出されて、とても驚いた。

わたしの気持ちを知られているのかと思った。

そうじゃなくて、ほっとしたけど。


(ありがとう。でも、大丈夫。)


縞田先輩のことは覚悟していた。

試合を見ながら、きちんと気持ちを整理した。


相河くんは、わたしが転校生で、部活では女子は一人だから心配してくれてるんだと思う。

でも、美加さんからあんなことを言われた今となっては、相河くんを頼ることなんてできない。

頼るどころか、誤解されないように気を付けなくちゃならない。


(そうか……。)


相河くんだけじゃないんだ。

どの男の子が相手でも、同じなんだ……。







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