19 *** 葵 : 試合の合間に
「ほんとに、遅れちゃってごめんね〜。」
「こんなに遠いとは思わなくて〜。」
菜月ちゃんと美加さんが、かわるがわる謝っている。
二人が到着したのは、うちの試合の第二セットが始まってからだったから。
「いいよ、勝ったんだし。」
相河くんが笑顔でフォロー。
第一試合はセットカウント2対0で九重高校が勝った。
わりと快勝だったから、みんな気持ちが楽になっているみたい。
もちろん、わたしも。
今は、外でお弁当を食べ始めたところ。
観覧席でも食べられないことはないけれど、お天気がいいときは、外で食べることが多いそうだ。
試合用の荷物の中に、ちゃんとビニールシートもあった。
体育館横の日陰に長くシートを並べてみんなでお弁当。
わたしたち2年生は半円を描くように並んでいる。
わたしの隣には菜月ちゃん、その隣に藁谷くん、そして男の子が並んで、最後の相河くんの隣に美加さん。
美加さん側の後ろには1年生たち、わたしの後ろ側には3年生と先輩たちの彼女さんたちがいる。
学年ごとに固まって座ってはいるけれど、バレーの話になると、先輩も後輩も先生も一緒に盛り上がる。
こういう仲の良さは、少人数の部ならではなのかも知れない。
(これ、どうしたらいいんだろう……?)
お弁当を出すときに目に入って思い出した風呂敷包み。
レモンの蜂蜜漬けが2パックも。
保冷剤をたくさん入れてタオルで巻いてきたから、触ったときもまだ冷えていた。
出すなら今なのかも知れないけど、どうやって言い出したらいいのか分からない。
それに、いらないって言われちゃったらどうしよう?
「ねえ、相河くん。あたし、イチゴ持って来たんだ。食べて。」
(あ……。)
迷っている間に、美加さんがデザートを出した。
「あ、サンキュー。」
(ああいうふうに出せばいいんだ……。)
だけど、なんだかもうタイミングを失ってしまった気がする。
うじうじ考えてないで、「わたしも持って来たの!」って言えばよかった……。
(はあ……、ダメなわたし……。)
「でも俺、榎元が一人で来るとは思わなかったよ。」
ぼんやりしている耳に相河くんの声が聞こえる。
「一人じゃないよ。菜月と一緒に来たよ?」
美加さんは声まで綺麗だよね……。
「ああ、そういう意味じゃなくて、佐野たちも一緒に来ると思ってたから。」
「なによー。あたし一人じゃ不満なの?」
「あははは、そんなことないよ! 美人に応援に来てもらって光栄です。」
「ん〜、なんか心がこもってない!」
「そんなことないってば。」
(ふぅ……。)
ああいう会話って、なんだか別世界みたいな気がする。
わたしは入場制限で引っ掛かってしまう世界。
見えない結界が張ってあるみたいな。
菜月ちゃんと藁谷くんだと、ここまでは感じないんだけどな……。
「あお〜いちゃん!」
(うわっ!)
「はっ、はい! びっくりしたっ!」
「あ〜、ごめん。あははは!」
いつの間にか、尾野くんが隣にしゃがんで笑ってる。
いつもわたしを元気にしてくれる笑顔で。
「ねえねえ、あの差し入れ、いつ出してくれるの?」
(あ……。)
「あの……、食べます、か……?」
「うん。俺、ずーっと楽しみにしてたんだけど?」
「よかった……。あの、すぐ、今……。」
(急いで急いで!)
大きな包みをバッグから出すのがちょっと大変。
ワクワク顔の尾野くんの前でやっと風呂敷をほどき、上のパックのフタを開けると、一面レモンの黄色い色が。
「わー、すごいね! これ、葵ちゃんが一人で作ったの!?」
尾野くんが大きな声で褒めてくれた。
その声で、周りのひとたちの視線が集まったことに気付いた。
「あの、はい。きのうの夜に、切って蜂蜜をかけて冷蔵庫に入れただけですけど。あ、フォークも……。」
慌ててフォークを探している間に、尾野くんはさっさと指でつまんで食べてしまった。
ちょっと酸っぱい顔をしてから、笑顔になって親指を立てて「うまい。」と一言。
「お前、何一人占めしてんだよ?」
尾野くんにのしかかるように水野先輩が。
「あ、あの、よろしかったらどうぞ。」
パックを持って差し出すと、先輩が笑顔になった。
「そう? いただきまーす。」
(水野先輩も手で……?)
「ああ、レモンか〜。懐かしいなあ、こういうのは。」
「あ、先生もいかがですか?」
「もらうよ。こういうの、藍川は知ってたのか?」
「い、いいえ。母が絶対に持って行けって言って、レモンと蜂蜜を大量に買って来たんです……。」
きっと、自分が若いころにやりたかったんだと思う。
その夢をわたしで叶えようとしているに違いない。
「そうか。藍川のお母さんだと、俺と同じくらいの年かなあ? 時代が同じなんだなあ……。」
しみじみしている先生と話している間にも、レモンはどんどん減って行く。
わたしの周りは薄暗くなるほどで……。
「あの、良かったら、これ、持って行ってもらって ――― 。」
もう一つのパックのフタを取りながら、一番近くにいる先輩に差し出すと。
「あ、そう? じゃあ、あっちでゆっくりいただくね!」
「おー、やった〜!」
「葵ちゃん、じゃあ、こっちは俺が食べちゃってもいい?」
尾野くんが最初に開けたパックを指差して言う。
(尾野くん、そんなに気に入ったんだ……。)
って言うか、みんながこれほど気に入るとは思わなかったけど。
「尾野先輩! 俺、まだ食べてません!」
「お前たちは3年生のところでもらえばいいだろ? あっちは今開けたばっかりだぞ。」
「葵、ちょっとフォーク。」
「あ、はい。」
宇喜多さんはフォークを持つと、置いてあったパックのフタに素早くレモンを取り分けた。
「あ、欲張りめ! とり過ぎだぞ!」
「いただきます。」
尾野くんの抗議には耳を貸さず、さらりと笑って引っ込んで。
「葵〜、美味しいよ〜。」
3年生の方からむっちゃんの声がする。
手を振っているむっちゃんの隣で、縞田先輩も笑顔で頷いてくれた。
シートの上に置いたレモンの入れ物を囲んで、先輩たちと先生が和やかに話したり笑ったりしている。
「しょうがねえなあ。分けてやるよ。」
ようやく尾野くんが立ち上がった。
手にはしっかりとパックを持って。
「あっ、あの、尾野くん。」
慌てて呼び止めると、もう一度しゃがんでくれた。
“何?” と問いかけるような表情で。
「あの、ありがとう。」
お礼を言ったらニヤリと笑った。
(やっぱり。)
尾野くんは、わたしが言い出せなくて困ってることに気付いてたんだ。
だからああやって大きな声で。
胸がじーんとする。
「葵、美味いよ、これ。」
「うん、ほんとに。葵、こんなにたくさん、よく作ったねぇ。」
向かい側から相河くんと美加さんが褒めてくれた。
「ありがとう。わたしには、あんまりできることってないから……。」
美加さんみたいに綺麗じゃない。
お話しも上手くないし、気も利かない。
要領も悪くて……。
(あとは、試合に勝てるようにお祈りするくらいかな。)
本当にそれだけ。
(次の試合も勝ってください。)
朝から何度もお祈りしてる。
次の試合、そして、もう一つ勝てば県大会。
先輩たちの最後の大会。
そのことは、なるべく考えないようにしているけれど……。
つい考えてしまう。
縞田先輩から呼ばれるたびに、言葉を交わせるのはこれで最後かも知れないと思ってしまう。
先輩の役に立てるのはこれでおしまいかも知れないと、何度も覚悟してる。
一試合、いえ、一つのサーブやアタックごとに、終わりが近付いてくる。
会えなくなる。
でも。
だから勝ってほしいんじゃない。
お別れまでの時間を延ばしたいからじゃない。
縞田先輩が……、いいえ、先輩たちみんなのために勝ってほしいと思う。
頑張って練習してきた先輩たちの想いのために祈りたい。
どうか、どうか……。




