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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
16/97

16  「葵」


ゴールデンウィークが明けて、新入部員用のジャージとバッグが出来てきた。

あんなに悩んでいた彼女のネームは、 “A.AIKAWA” と入っていた。


「よく考えたら、バッグが同じになってしまうから。」


言われてみると、確かにそうだ。


「こっちの方が格好良くないですか?」


と、彼女は俺に自慢した。

そして、


「こういうの持つの、初めてなんです。」


と、本当に嬉しそうに、長い時間飽きずにながめていた。





「相河くん、お願い〜!」


「え? ちょっと。」


「あ〜、葵、葵!」


「え、わたし?」


「や〜ん、お願い〜!」


「あ、菜月、怖い怖い怖い、ダメ、やめて。」


「打て!」


バシッ!


「やー!」

「きゃ〜!」

「相河!」

「ああ……。」


何をやっているのかと言うと、円陣バレーだ。

昼休みの校庭で、女子7人に俺と木村が混ざって。


「行くぞ〜。ほら。」


「え? 誰、誰、誰? あたし? うそ? えい!」


「さっちゃん、お願い〜!」


どうして急にこんなことをやっているのかと言うと、来週の球技大会のためだ。


やってみて驚いた。

もう少しできるのかと思っていたから……。



メンバーを決めたのは、昨日のLHR。

球技大会はバスケットボール、バレーボール、ソフトボールの3種目。

ソフトボールは男女混合で、あとの2種目は男女別。

その中で、女子のバレーボールは人数が足りなかった。


球技大会の決まりで、各種目の現役の部員はその種目には出られない。

だから俺は、今回はソフトボールにエントリーしている。藁谷はバスケに。

季坂は中学時代にバレーボールをやっていたけど、今はバレー部員じゃないからバレーに出られる。


どういうわけか、女子はソフトボールの希望者が多かった。

つまり、ソフトからバレーに何人か移らなくちゃならない。

ジャンケンで決まったその中に、藍川が入っていた。


彼女は遠慮がちに、


「一応、バレー部なんですけど……。」


と言った。

でも、イベント委員に


「やだなあ。葵はバレー部でも選手じゃなくてマネージャーでしょ! あははは!」


と笑い飛ばされておしまい。

彼女のあまりにもがっかりした顔を見て、季坂が


「大丈夫だよ〜。葵、体育は普通にできるんだから。」


と慰めた。

でも、彼女は情けなさそうに首を振った。


「ダメなの。サーブが入らないし、パスだってどこに飛んで行くか分からないし、コートのどこにいればいいのかも分からないし……。」


それはほとんどまるっきりの初心者だ、と気の毒になった。

だから言った。


「少し練習してみるか?」


と。

それに反応したのは季坂だった。


「え? 相河くん、練習見てくれるの?」


“あれ?” と思っているうちに季坂が大きな声でクラス中に発表し、隣にいた木村が元バレー部ということで一緒にやることになっていた。

ちなみに藁谷は、こういうときには出て来ない。

ノリの軽い俺の方が、女子には向いているのだ。



というわけで、こうやって昼休みに校庭に出てきたわけだけど……。



集まった姿を見て、最初にがっくり来た。

全員がセーラー服にスカートのまま。

まあ、俺と木村だって体操着に着替えたわけじゃないけど、一応、ワイシャツ姿で袖をめくっている。

辛うじて季坂と藍川は、ジャージの上着を羽織っていた。


足元を見ると、7人中3人はローファーだ。

出てくる前に「とりあえず円陣バレーかな。」と話してあったから、それほど動かないで済むと思ったのかも知れない。


軽いパスから始めてみると、これがまた何とも言えない。

経験者の季坂はいいとして、それなりにパスを返せる女子が2人、あとは “どこに飛んで行くか分からない” か “ボールが怖い” か、というところ。

どうりでバレーボールの希望者が少ないわけだ。


こういうとき、届かないボールや逸れたボールは、俺と木村がフォローしなくちゃならない。


(難しいな。)


(どうする?)


息が切れるたび、木村と何度も視線で相談している。


困ったことは、実はもう一つある。


「アイカワ!」


「え?」

「あれ?」


そう。

木村が俺と彼女を同じように呼んでいること。

それに、


「う…、藍川!」


俺が彼女の名前を呼びにくいということ。


クラスの中で、女子は全員が彼女のことをファーストネームで呼んでいる。

今だって、彼女のことは「葵」と言い、俺のことは「相河くん」と呼び分けている。


男は、藁谷が俺のことを「晶紀(あきのり)」と呼ぶので、そう呼んでくるヤツが半分くらいいる。

残りは、俺のことも彼女のことも「アイカワ」と呼ぶ。

クラスの男が彼女に用事があることなんてほとんどないから、今までそれで済んでいたんだ。


俺は、彼女を名字で呼ぶことに決めていたけど、口に出したのはほんの数回。

なぜなら、やっぱり呼びにくいから。

直接顔を見て話していれば、彼女の名前を呼ぶ必要もないし。

だから、1か月以上経った今でも、「藍川」と口に出すことにはまったく慣れていない。


「アイカワ!」


「え?」


「お前じゃない、葵だ、葵!」


「は、はい。」


「おう、上手い上手い。ほら季坂、行ったぞ〜。」


(もしかして、「葵」って言ったのか?)


ボールの行方を追いながら、さっき聞こえた木村の声を思い出してみる。


(間違いなく言った。でも、一度だけかも知れないよな……?)


ちょうど飛んできたボールを、さり気なく彼女にパス。


「あ〜、葵、葵!」


「よし、葵だ!」


女子の声に混じって、木村の声も間違いなく……。


(お前まで「葵」って言うのかよ〜〜〜!?)


なんだか……、何ていうか……。


(納得いかない!)


「ぅお〜い、俺も入れて〜〜〜!」


振り向くと、尾野が走って来る。


「あ〜、尾野くんだ〜。」


「わ〜、どうぞどうぞ〜♪」


(隣のクラスなのにこの馴染みよう……。)


まあ、しょっちゅううちのクラスに来て騒いでるからな。


「いいのかよ、自分のクラスは?」


「だって、うちのクラスはやらないって言ってるもん。」


自信があるのか、気合いが入らないのか。

もしかすると、尾野に相手をしてもらうのが嫌なのかも?


「ほら、葵ちゃん。」


「葵、がんばれ!」


「葵〜!」


(ああもう!)


何だよ、みんなして「葵」「葵」って!

俺への当てつけか!?

俺が「葵」って呼べないでいるのをこっそり笑ってるのか!?


「相河、行ったぞ〜。」


(そうだよ。「アイカワ」は俺なんだよ。)


だから。


「葵、行くぞ!」


「え、はい。あれ?」


緊張していたんだろうか?

彼女にパスしたつもりのボールは、全然別の方向に飛んで行った。

でも。


(どうだ! 言ってやったぜ!)


「相河くんの下手っぴ〜。」


「お前、バレー部として恥ずかしくないのか?」


「あー、悪い悪い。」


(ふふ〜ん、だ。)


野次られても、けなされても、すっきりした気分。


「ほら、行ったよ〜。」


「はーい。」


「菜月は怖いってば!」


「葵だよ〜。」


(これからは俺も呼ぶんだから!)


「葵!」


「ふや〜。」


そうだ。

これからは俺だって、何度でも、どこでも、「葵」って呼ぶぞ!







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