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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
13/97

13  *** 葵 : 落ち着いてきて


(さすがに週末になると疲れるなあ……。)


宿題をやりながら、机の上に肘をついて一休み。


(でも、最初の週に比べたら、だいぶ楽になったかな?)


もう4月も後半。

来週の終わりからゴールデンウィークに入る。


(なんだか、毎日が飛ぶように過ぎて行く気がする……。)


勉強と部活。

でも、わたしの転校生としての生活はとても順調だと思う。



クラスでは、特に何事もなく受け入れてもらえた。

それはたぶん、この学校の余裕のある雰囲気のせい。


優秀な学校だと聞いていたから、 “みんなライバル” みたいなところなのかと思っていた。

お父さんの楽しかったという思い出話も、一部の生徒に限られたことではないかと。


でも、全然そんなことはなかった。


確かにみんな勉強はちゃんとやっている。

授業を受けているとそれは分かる。

だけど、勉強はそれぞれ個人の話で、人間関係はそれとは別みたい。


よく考えたら確かにそうだよね。

ライバルは全国にいるんだもの。

この学校の中で誰かを敵視したって意味がない。


逆に、みんな優秀で気持ちに余裕があるせいか、他人やものとごに対して許容範囲が広い。

少しくらいはみ出していても、笑って済ませてくれるか、 “あの人はそういう人” と認めてくれる感じ。

それは、転校生にはとても有り難いことだ。


もちろん、誰も怒らないとか、何をやっても責められないとか言ってるわけじゃない。

他人に興味がない、ということでもない。

きっとやっぱり、ケンカや意地悪はあると思う。

でも、今のところ、女子更衣室やトイレでも、そんなにひどい悪口は聞こえて来ない。



とは言え、菜月ちゃんと相河くんがいなかったら、こんなに早く馴染むことはできなかったと思う。

二人とも明るくて元気な人だから、クラスの中でもすぐにお友達がたくさんできた。

わたしはそこにおまけのようにくっついているだけ。

……相河くんにはくっついていたわけではないけど、気に掛けてくれているのは分かる。

本当に感謝している。


菜月ちゃんのほかに、特に仲良くなったのは芳原(よしはら)由衣(ゆい)ちゃん。

ショートカットに赤いフレームのメガネをかけた美人さん。

女子の中では背が高くて168センチある。わたしよりも13センチも高い。


やわらかい声で落ち着いた話し方をするし、笑い方も大人っぽいから部活は文化系だと思った。

でも、剣道部だった。

重い防具を付けたり、素振りを何十回(何百回?)もしたりするから筋肉がついちゃって……というのが悩みなのだそうだ。

声をたくさん出して、ガラガラに嗄れてしまうこともあると言っていた。

言われてみると、部活の練習中に、剣道部のかけ声がよく聞こえる。



部活 ――― わたしのマネージャー生活も、なんとかやれている。


菜月ちゃんが初めに言ったように、男子バレー部の人たちはみんな本当に親切。

最初は、わたしが部長の縞田先輩の幼馴染みだからと、特別に気を遣われているんじゃないかと思った。

実際に、わたしを胡散臭いと思っていたひともいた。

けれど今は、そういうことは気にならなくなった。


仕事が意外に忙しいということもある。

部費の管理や決算、新しい名簿や連絡網作り、試合の申し込み……。

今までは部長と副部長の仕事だったそうだけど、結構大変だったと思う。

わたしがこういう部分を受け持つことで、先輩たちが練習時間を削らなくてよくなったのは良かった。

少しでも縞田先輩の役に立てるなら……。



わたしは本当にラッキーだったと思っている。

転校生って、普通なら知らない人ばかりの中で、自分の力で居場所を確保しなくちゃならない。

でも、この学校には縞田先輩がいた。

だからこうやってマネージャーとして受け入れてもらえた。


あのときだって、最初、縞田先輩はマネージャーはいらないと言った。

でも、知り合いだったから、そのあとトントン拍子に決まったんだと思う。

確かに部員が少なくて、っていう事情もあったとは思うけど。


だから、少しでも役に立ちたい。

縞田先輩に恩返しをしたい。


それに……。



それしか、わたしにできることはないから。



……ダメだと分かっていても、どうしようもない。


だって、毎日近くにいるんだもの。

忘れることができないんだもの。

忘れるどころか………どんどん好きになる。


誰かを好きになって、こんなに辛い気持ちになるとは思わなかった……。



中学生のとき、通学の電車の中で見かける人を好きになったことがある。

あのときは、頭の中で会話や一緒にお出かけすることを想像して、楽しくてドキドキしていた。

たまに目が合ったりすると恥ずかしくて。


でも、今回は全然違う。


最初から望みがない。

誰にも気付かれちゃいけない。

そもそも、好きになってはいけないひと。


自分の気持ちが勘違いだったらいいと、どんなに思っていることか!

小学生のころの思い出が懐かしくて、それを恋だと思い込んでいるだけだったらどんなにいいか!



けれど……。



「葵。」と呼ばれるたびにハッとして。

近くにいられるだけでドキドキして。

お話しできる用事があると嬉しくて。

笑いかけてもらえると幸せで。

気付くといつも姿を探していて。

むっちゃんと一緒に歩いている後ろ姿を見ると淋しくて ――― 。



なんてことだろうね。

馬鹿みたい。



勘違いだということにできなかったから、今はとにかくお役に立とうと思っている。

それしかわたしにはできないから。




――― さあ。

楽しいことを考えよう。




部活の帰りはたくさん笑ってる。


必ず一緒に帰るのはうちの部 ―― 「うちの部」なんて、わたしも言えるようになって嬉しいな ―― の2年生と菜月ちゃん。

1年生や先輩たちも、一緒に駅まで歩くこともある。ほかの部の2年生が合流することも。

でも、基本は菜月ちゃんとうちの部の2年生。


鯛焼きを食べたり、お菓子を分け合ったり、失敗したことを話したり。

ときどきわたしはひどい勘違いをしていて、笑われたり呆れられたりする。

そういうとき、宇喜多さんだけは笑わないで、丁寧に説明してくれる。

だから、何か知りたいことがあるときには、最初に宇喜多さんに訊くことにしている。


尾野くんはいつも面白い。

一緒にいると、笑ってばかりいるような気がする。

ちょっと……悲しい気分のときでも、尾野くんと話すと元気が出る。

わたしをマネージャーに誘ってくれたこと、今ではとても感謝している。


藁谷くんは大木みたい。

体の大きさのことじゃなくて、まっすぐで揺るがないところが。

とても頼りになる感じ。

おしゃべりではないけれど、菜月ちゃんのことを大事にしているのは態度でよく分かる。

わたしはそういうところを見るのが好き。

自分の心の中も暖かくなるから。


相河くんは……支えてくれている気がする。

ちょうどいい距離感で気を配ってくれる。

もちろん、ふざけてからかわれたりすることもあるけど。

なんとなく、一緒にいて疲れない。

男女ともに人気があるのはそのせいかな?


もう一人、よく一緒に帰るひとがいる。

テニス部の榎元美加さん。

サラサラの綺麗な髪の、美人でありながら可愛い感じのひと。

相河くんと去年同じクラスだったそうで、とても仲がいい。

明るくて、元気いっぱいで……、とにかく、わたしが羨ましいと思うものを全部持っているひと。


会ってすぐから、わたしのことを「葵」と呼んで、気さくに話してくれた。

わたしは彼女のことは「美加さん」と呼んでいる。

「美加」でいいって言われたし、菜月ちゃんもそう呼んでいるけれど、どうしても呼び捨てにはできない。

それに、 “ちゃん” というのも無理。

理由は宇喜多さんと同じ。なんとなく恐れ多い気がして。


だって、完璧すぎるんだもの。

見た目も性格も、すべての女子高生の憧れそのものって感じで。

そんな女の子に、普通に話しかけてもらえるなんてすごい、って思ってしまう。


だから、わたしにとっては絶対に「美加さん」なの。



そういえば、5月の後半には県のブロック大会がある。

それまでにスコア付けを覚えられるかと思ったけれど、ちょっと無理かな。自信がない。

練習ができたらいいんだけど。


それが終わったら、3年生は引退する。

上位に入って次に進めれば、もう少し延びるけど。


3年生が引退したら、縞田先輩に会えなくなる。

もちろん、学校には来ているけれど、部活がなければ顔を合わせる機会はほとんどない。



その方がいいんじゃないかと思う。

だって、近くにいたら、いつまでも忘れられない。


だけど……きっと淋しい。

名前を呼んでもらえなくなったり、練習場所にいなかったり、笑顔も真剣な顔も見ることができなかったりして……、間違いなく淋しいと思う。


みんなの前で、ちゃんと笑えるのか心配。

最後の日に「ありがとうございました。」って言えるのか心配……。







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