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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
12/97

12  気になること


新年度が始まって、あっという間に2週間経った。

藍川はバレー部のマネージャーとして、とてもよくやっている。


尾野が誘ったとき、「救急箱と荷物番」なんて言ってたけど、仕事は思っていた以上にある。

今までの先輩たちは、練習の傍らあれをこなしていたのだと思うと、本当に頭が下がる。


日々の雑用をこなすだけじゃなく、彼女は勉強熱心だ。

この前は応急手当の本を持って来ていたし、おとといの練習試合のあとは、スコア付けは難しいのかと訊いてきた。

とにかく役に立とうと一生懸命なのだ。


真面目人間の宇喜多まで、最近は「葵がいると心がやわらかくなるみたいだ。」なんて言い出した。

ときどき藍川がバレーボールのことを質問すると、やたらと熱心に説明したりして、最初とはえらい変わりようだ。

彼女の真面目さが、宇喜多には特に効き目があるらしい。


でも……。

彼女が宇喜多に質問しているところを見ると、俺はなんとなく落ち着かない気分になってしまう。

いや。

正直に言うと、最近、そんな気分になることがよくある。

ちょっとしたことで、 “俺だってそのくらいできるのに” なんて思って。


この、ときどき現れる拗ねたような気分には、いつも困ってしまう。

誰かと自分を比べてばかりいるみたいで。

要するに、自分の能力を誰かに認めてもらいたいんだ。


他人は他人、俺は俺でいいのに。

この前までは、楽しく過ごせればそれで良かったのに。

なのに最近は……物足りなくて、しょっちゅういじけた気分になっている。

そんな自分が情けない気がして、ちょっと落ち込む。


自分の価値を他人に認めてほしいなんて……、大きな声では言えないけど、今ごろ思春期が来たんだろうか?

俺は背が伸び始めるのが、ちょっと遅かったから……。


それとも逆か?

子ども返りしてるのか?


……まあいいや、今は。



藍川のバレー部への一番大きな功績と言えば、たぶん新入部員のことだろう。

今年、1年生は8人も入部した。俺たち2年生の2倍だ。

これだけいれば、先輩たちが引退してからも、試合形式の練習ができる。


俺は、尾野がいくらあんなことを言っても、女子マネージャー目当てに入部する生徒がそれほどいるとは思っていなかった。

あの8人の中に、いても一人か二人程度だろうと。


でも、そうではなかったらしい。


1年生たちは、何かというと「葵せんぱ〜い。」と言って、彼女の周りをウロチョロしている。

何かの置き場所を訊いたり、練習の予定を訊いたり、甘えたり、甘えたり、甘えたり……。


そうかと思うと、いいところを見せようとして、やたらと手伝おうとする。

最初から彼女は準備や片付けを、俺たちに混じってやっていた。

でも、1年生はそれを「重いから俺がやりますよ〜。」とか「先輩はいいですよ〜。」と言っては取り上げてしまうのだ。


けれど、彼女は自分も部員の一人として、一人分の働きをしたいと思っている。

帰りにポツリとそう言った。特別扱いはしてほしくないと。

だから俺は、彼女には無理そうなことだけに手を貸してあげようと思っている。

それに、最近モップ競争の機会が減ったのが、すごく残念だ。




「葵せんぱ〜い。」


(ほら、来たよ……。)


「はーい。どうしましたー?」


今日は外の練習場。

向かい合ってサーブ練習をしている横の方にいた藍川に駆け寄って行く1年生がいる。

1年生が入部してから、毎日のように繰り返されている光景だ。


「絆創膏が欲しいんですけど〜。」


「ああ、どこ? 普通のサイズでいいのかなあ?」


(まったく! 絆創膏くらい自分で出せばいいだろう!?)


毎日毎日、やれ絆創膏だ、冷却スプレーだ、テーピングだと次々と。

お前たちが勝手に使ったって、誰も文句なんか言わないぞ!


あの甘ったれた声を聞くとイライラする。

思わず手元が狂ったふりをしてボールをぶつけたくなる。


(あ?)


と思った途端、向かい側からのサーブが逸れて……。


ボン!


「ぎゃっ!」

「きゃっ!?」


その1年の頭に命中した。


「あ〜、ごめんごめん! 手元が狂っちゃって。」


(尾野……。)


みんなの手が止まる。


ボールが当たった1年生が頭を抱えてうずくまる。

藍川は陸上部の方に転がって行ったボールを慌てて追いかけて行った。

一番端にいた俺も、彼女のあとを追いかける。


(いくら尾野でも手加減はしたはずだけど……。)


そう考えて、自分が勝手にあれはわざとだと決めつけていることに気付いた。

真実は誰にも分からないままになるだろう。


先に追いついた藍川がボールを拾って振り返る。

追って行った俺に気付いて、両手でボールを差し出した。


「びっくりしちゃった。あんなこともあるんですね?」


まさか、わざとだとは言えない。


「うん。だから、練習中によそ見してると危ないんだよ。」


「本当にね。よく分かりました。」


にっこり微笑んで俺を見上げた彼女に、不思議な満足感が湧いてくる。

だから言ってみる気になった。


「救急箱は自由に使わせていいんだぞ。」


「え?」


大きな瞳がまっすぐに俺を見る。

その瞳に心の奥まで見透かされそうな気がして、なんとなく落ち着かない。

べつに隠していることなんかないのに。


「絆創膏くらいでいちいち呼ばれてたら大変だろう? ちょっとくらいのことは自分でやらせて、藍川はなくなったら買い足しておけばいいんだよ。」


「ああ。そうか。」


胸の前で手を合わせてにっこりする彼女。


「そうですよね、もう高校生だもの。…あ、でも、あの子の頭は見てあげなくちゃ。自分では見えない場所だから。」


そう言って、彼女は走って戻って行った。


俺がコートに戻ったとき、彼女は1年生の頭を調べていた。

何度も撫でていたのは、コブができていないか見ていたんだろう。

尾野はと言えば、いつもと変わらない様子で練習をしていた。


(もしかして、本当に手元が狂っただけだったのか……?)


そう思っていたけれど。



「葵ちゃ〜ん。裁縫道具ってあるかな〜?」


休憩時間に尾野の声がした。


「Tシャツに穴空いちゃってさ〜。」


「あら。ちょっと待っててくださいね。」


(あいつ、まさか……。)


ふと視線をずらしたら、藁谷と目が合った。

藁谷は「よくやるよ。」というように肩をすくめた。


「どこですか?」


裁縫箱を持って戻って来た藍川に、尾野がTシャツのお腹のあたりを見せている。


(着たまま縫ってもらうつもりか!?)


それには場所がちょっと微妙じゃないか?

さすがにやり過ぎだろう!


「脱いだ方がやりやすいと思いますけど……?」


「いやあ、今日、これ1枚しか持ってなくて。それとも、上半身裸でもいい?」


「い、いいいい、いいえ! そのままで!」


藍川は慌ててそう言うと、少しの間破れた場所を見ていてから白い糸を取り出した。

適当な長さに切って針に糸を通す手つきは手慣れたものだ。

それから。


「はい、じゃあ、これを持ってください。」


はきはきと指示する声が聞こえた。

尾野は「え?」という顔をして、差し出された針を受け取っている。


「こっち側から縫うんですよ。最初は裏から針を刺して……。」


「くふっ……。」


思わず笑いが漏れてしまった。

もしかすると、さっき俺が「ちょっとくらいのことは自分でやらせて」と言ったのを実践しているのかも。

周りでも、藁谷や先輩たちが向こうを見ないようにしてこっそり笑っている。


「俺、縫い物ってちゃんとやったことないんだけど……。」


「大丈夫ですよ、難しくないですから。一回覚えておけば、あとでほかのときにも使えるし。あ、自分のお腹を刺さないように気を付けてくださいね。」


それから尾野は真剣な顔でTシャツの穴ふさぎを教わっていた。

バレー以外で尾野が真剣な顔をしているのを見るのは、考えてみたら初めてな気がした。


(それにしたって。)


額を寄せ合って尾野の手元を覗き込んでいる二人を見ていたら、なんとなく、胸の中がモヤモヤしてきた。


(ちょっと近付き過ぎじゃないのか?)


まったく、尾野のヤツ!

よくやるよ。


「葵。ちょっと。」


「あ、はい。」


縞田先輩だ。

先輩に呼ばれたんじゃ、尾野はあとは一人でやるしかないな。


縞田先輩に何か指示されて、藍川が頷きながら返事をしている。

最後に大きく頷いて、先輩を見送ってからこちらを向くところは、いかにも彼女らしい礼儀正しさで……。


(あれ?)


彼女の表情がいつもと違う。

笑顔じゃないときでも、あんな顔をしたところは見たことがない。


苦しそうな、淋しそうな……。


「葵ちゃ〜ん。最後はどうするの〜。」


「あ、今行きます。」


その表情は、一瞬で笑顔に変わった。

でも、それは周囲の景色と一緒に、俺の頭の中に写真のように焼き付いた。







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