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彼女の瞳に映るのは  作者: 虹色
第一章 二人のアイカワ
11/97

11  土曜日の朝


(間に合った〜!)


丸宮台駅で急いで飛び乗った俺の後ろで電車のドアが閉まった。

駆け込み乗車は危ないと分かっているけど、改札口から電車が見えたら走らずにはいられない。

次の電車でも間に合うのは分かっているのに。


呼吸を整えながら場所を移動しようと顔を上げると ――― 。


「おはようございます。」


向かい側のドアの前に藍川がいた。

肩に通学バッグをかけて、にこにこして。

ふわふわとたっぷりした黒髪の後ろで、外の景色が流れて行く。


「ああ…、おはよう。」


(そうか。こんなこともあるんだ。)


土曜日の練習。

授業のない朝の通学は、いつもより空いている電車だ。

今までは尾野か先輩に会うことはあったけど……。


彼女の隣に移動すると、彼女は場所を空けてくれながら、ドアに横向きに寄り掛かった。

俺がバレー部の銀色のエナメルバッグを足元に置き、体を起こすと、彼女はもう一度にこっと微笑み、それから窓の外に目をやった。


(あれ? 話……しないんだ……?)


今まで誰かと一緒にいて、話をしないでいたことなんかなかった。

いつも、しゃべって、笑って、ツッコミを入れて……と、延々と続いていたのに。


(こういうのも、有り、かな。)


話さないでいても気詰まりじゃない。

静かでゆったりした空気が彼女を取り巻いている。


彼女が何を見ているのか知りたくなって、俺も外を見てみる。

「カンカンカンカン…… 」と踏切の音が近付いてきて、点滅する赤い信号が目の前をあっという間に過ぎて行った。


「あのう……。」


(お。話しかけてくれた。)


見上げている顔は意外と真剣。

何か、バレー部のことで訊きたいこと?


「踏切が何個あるか知ってますか?」


「え?」


言葉遣いが丁寧なのはそろそろ慣れてきた。

でも、質問が予想外の内容だったから、一瞬、意味が分からなかった。

その俺に、彼女は首を傾げながら質問の意味を説明する。


「丸宮台から椿ヶ丘までって、踏切が結構たくさんありますよね? わたし、毎朝数えてみてるんですけど、11個か12個か、はっきり確定できないんです。」


「ああ……、そうなんだ……。」


なんとなく力が抜ける。

真剣な顔をしていると思ったら、踏切の数だなんて。


「丸宮台から緑ヶ原までの間は3つで間違いないんです。でも、そのあとに、小さい踏切が連続するところがあって。」


そう言っている間にも、窓の外をまた一つ踏切が過ぎて行く。


(面白いなあ。)


毎日数えてみているなんて、よっぽど気になるんだろう。

知り合いが隣にいるのに、そっちの方が優先みたいに外を見ていて。


「数えたことないなあ。」


そう答えると、彼女は「そうですか。」と残念そうな顔をした。


「でも、今日は一緒に数えてみようか? 緑ヶ原までは分かってるんだから、そのあとを見てればいいんだろう?」


「あ、ホントに?」


嬉しそうに見つめられて、なんとなく照れくさい気分になる。


「うん。俺もそんなことを聞くと気になるよ。」


そう言いながら、窓の外に目をやった。

彼女の笑顔を見ていることができない気がして。


「じゃあ、緑ヶ原を出たら開始です。あ、数えるときは、声を出さないでくださいね。」


そう指示を出してから、彼女はまた外を見た。

窓におでこがくっつきそうなほど近寄って、口元はにっこりと微笑んだまま。


(かわいいもんだなあ……。)


純粋……とでも言うのだろうか?

小さなことでも楽しめる性格なのかも知れない。

体育館のモップ掛けだって、彼女と一緒だと楽しかった。


緑ヶ原を出発してから、二人で黙って踏切の数を数えた。

頭の中で数を数えながら、ときどき無言で視線を交わす。

そのたびに少しずつ、彼女との距離が近付いていく気がした。




「やっぱり11かなあ?」


「いや、俺は13だった。」


「えぇ? それって、大きい踏切を “2つ” って数えちゃってるんじゃない?」


椿ヶ丘で電車を下りながらの会話。

彼女の言葉遣いが少し親しげに変わっていることに気付いた。


そのまま言い合いながら階段を上り、改札口を出るときに、再挑戦しなくちゃ、と笑った。

彼女と二人だけで話すのは、もしかしたら始業式以来かも知れない。


月曜日の始業式から数えて今日で6日目。

教室と部活、それに帰り道。

一緒の場所にいる時間は長いのに、彼女とちゃんと話をする時間はほとんどなかった。


(おとなしい子だし、慣れるのには時間がかかるよな。)


彼女は季坂や榎元とは違うんだから。


「あ。」


ロータリーへと下りる階段の途中で、彼女が何かを見付けて声を上げた。

視線を追って前方を見ると、宇喜多がコンビニから出てきたところだった。


(ああ……、ツイてないな。)


よりによって、彼女を無視している宇喜多に会ってしまうなんて。

この組み合わせだと、俺と宇喜多が話ができるように、彼女が遠慮してしまうに決まってる。


「ああ、おはよう。」


俺たちに気付いた宇喜多が声をかけてきた。


(あーあ。仕方ないか。)


「よう。」

「おはようございます。」


俺の声に被って、彼女の声がくっきりと聞こえた。


(律儀だなあ。無視されてることに気付いてるはずなのに。)


気の毒な気分で隣を見ると、彼女は微笑んでいた。

それは間違いなく宇喜多に向けられた微笑みで……。


(え? あれ?)


混乱している俺には構わずに、宇喜多が彼女に話しかける。


「今日も参加したら疲れない? 今まで部活には入ってなかったって聞いたけど?」


「大丈夫です。わたしは見ているだけですから。」


(うそだろ? なんで? いつの間に?)


「そんなことないよ。葵はよく働いてるよ。いつもチョロチョロ動き回って。」


(ちょっと待て! 「葵」かよ!?)


「 “チョロチョロ” って……、なんだかネズミみたいです……。」


「あはは、小さいしなあ。」


(笑ってるし………。)


二人の親しげなやり取りに納得がいかない。

このままぼんやりしてたら、まるで俺が邪魔者みたいじゃないか!


(とにかく! 宇喜多が藍川を無視しなくなったっていうのは良かったんだし!)


「藍川だけジャージの色が違うから、小さいけど目立つもんなあ。あはははは。」


仲間外れにならないように、二人の会話に乗っかった。

でも。


(もしかして、電車で一緒にいたのが俺じゃなかったら、踏切よりもおしゃべりが優先だったのか……?)


気になる。




「お前、いつの間に藍川と口利くようになったんだよ?」


彼女が更衣室へと別れて行ったあと、宇喜多に尋ねてみる。

宇喜多はそれに、何もおかしなことが無いかのように答えた。


「ああ、きのうの帰り。」


「なんで急に態度を変えたんだ?」


(しかも、必要以上に親しげに!)


「ああ……、あの子がさ、話しかけて来たんだよ。」


そう言って、宇喜多は真面目な顔をして下を向いた。

その様子はなんとなく、反省しているように見えた。


「俺が無視してるの分かってたんだよな。なのに、必死な顔してさ。」


「……何て?」


「いや、話そのものはとんでもない勘違いで、途中で自分で気が付いたらしいんだ。今度は慌てて『ごめんなさい』って謝られてさ。」


その瞬間を思い出すように、少し遠い目をする。


「それを見たら、なんだか自分がひどいいじめっ子になったような気がしたよ。」


「それは間違いないな。」


遠慮せずに言ってやった。


「フフッ、そうだよな。だけど、嫌だったんだよ、男だけの中に女子が入るってことが。」


「なんで?」


「ほら、女子がいることで面倒なことになる可能性だってあるだろう? 恋愛沙汰とかさ。」


ドキ。


(なんで俺がドキドキしてんだ?)


後ろめたく感じなきゃならないのは尾野だ。

俺は違うぞ。


「でも、緊張して話しかけてきたあの子がいじらしくてさ、悪かったな、と思って。」


「ま、まあ…、藍川は性格は悪くないし。」


「うん。本当に素直で無邪気なんだよなあ。」


(いや、ちょっと、その同意の仕方はストレートすぎないか?)


それだけじゃなく、俺には気になることが……。


「藍川って、お前のこと “さん” 付けで呼んでるけど……?」


「ああ、あれ? 呼び捨てでもいいって言ったんだけど、無理だって。相河たちと同じ “くん” も呼びにくいって言うし。俺も何か変な感じなんだけど。」


「で、お前は “葵” ……?」


「え? それって普通だろ?」


「は?」


宇喜多はとぼけているわけじゃないらしい。

不思議そうな顔をして俺を見つめている。


「いや…まあ、ほら、尾野とか先輩たちは “ちゃん” で呼んでるし……。」


「変か?」


(真面目に首を傾げてるよ……。)


「だってさ、相河とか尾野とか藁谷とか、部員同士はみんな呼び捨てにしてるじゃないか。」


「う……ん、まあそうだけど、それは名字だし……。」


「何言ってんだよ。藁谷はお前のこと “晶紀” って呼んでるじゃないか。なんであの子のことを “葵” って呼ぶのが変なんだよ?」


「え、それは……。」


「女子だからダメだってことか? そんなの逆に差別だろ? 同じバレー部の仲間なんだから、ほかの部員と同じに扱ってやらなきゃ可哀想じゃないか。」


「うん、まあ……そうか。」


(こいつに理詰めで言われたら反論できない。)


諦めて頷いた俺に、宇喜多は笑顔で言った。


「お前も “葵” って呼べばいいのに。同じ名字だと呼びにくくないか?」


「うん……。」


たぶん、俺の心がお前よりも繊細なんだと思う。







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