1 2番になった!
(え? あれ?)
学校の中庭でクラス分けの紙をもらったとき、思わず二度見した。
8組まである名簿のどのクラスの一番上にも、自分の名前がなかったから。
(ウソだろ……?)
一瞬、よその学校に来てしまったかと思った。
でも、中庭の景色は、今まで一年間見てきた県立九重高校のものに間違いない。
(まさか、知らない間に退学になってたりして……。)
ジョークのつもりの想像にドキッとする。
焦っていることをほかの生徒に悟られないように、引きつった笑顔を作りながらもう一度名簿を見る。
(相河晶紀………。)
次の瞬間、自分の名前を見付けた。
6組の二番目に。
(1番じゃない……。)
名前が見つかったことよりも、その驚きの方が大きい。
(こんなこと初めてだ……。)
毎年ざっと見ただけで、自分がどのクラスなのか簡単に分かった。
俺の名前はいつも一番上に書いてあったから。
「相河、お前、何組?」
同じバレー部の尾野翔馬が肩に手をまわして名簿を覗き込んでくる。
「6組。」
まだ信じられない。
俺が二番目だなんて。
「ふうん、どれどれ……。お、藁谷と一緒だな。」
尾野が指でたどった6組の最後に、同じバレー部員の藁谷行矢の名前があった。
それをちらりと見て、すぐに一番上、俺の名前の上に書いてある名前を確認する。
『藍川 葵』。
(アイカワ アオイ、かな? 女子か?)
何度見ても、間違いなく俺は二番目だ。
(やった……。)
嬉しさがじわじわとこみ上げてくる。
新学期にこんなに晴れ晴れした気分になったのは初めてだ!
俺の名前は相河晶紀という。
この名前のせいで、学校ではずっと出席番号が1番だった。
俺はそれが嫌だった。
出席番号が1番なんて、何もいいことがない。
入学式とか卒業式とか健康診断とか給食当番とか、学校ではしょっちゅう出席番号順に並ぶことがあって、俺はいつも先頭だった。
新学期の日直も、テストの返却も、一番最初。
授業で名簿順に指す先生も多いから、新年度になるとしばらくは気を抜けない。
席だって、最初は必ず一番前になってしまうので、配布物が多い新学期は、新しい担任の慣れないリズムにイライラする。
(でも。)
今年は二番目だ!
最初の藍川の次!
席も! 出席を取られるのも! 日直も! 健康診断……は藍川が女子だったら仕方ないか。
2年6組の教室は5階。
友人と話しながらのんびりと階段を上る。
うちの学校は7階建て。敷地が狭い分、高さがある。
校舎は漢字の『凹』の形をしていて、正門に面したまん中が南棟、右側が東棟、左側が西棟。
その北側をふさぐように体育館があり、東棟と西棟の1、2階から行き来できるようになっている。
校庭は西側にある。
各学年は8クラス。それが南棟と西棟の3階から上に入っている。
南棟の1、2階と東棟は職員室や進路指導室、各教科の特別教室などが入り、西棟の2階は図書室、1階は昇降口だ。
階段は校舎の角と左右の端に全部で4か所、エレベーターが一つある。
エレベーターを好んで使う生徒もいるけど、俺はトレーニングのつもりで階段を使う。知らない誰かと狭いところで一緒になるのも好きじゃないし。
6組は西棟5階の3つ並んだ教室の真ん中だった。
俺が上って来た西棟の南側にある階段を出ると、すぐ右が5組、次が6組、その次は選択教室C、その向こうに階段がもう一つ。
教室は中庭側にあり、廊下からは校庭が見下ろせる。
階段の左にトイレがあって、その向こうが南棟だ。
クラス替えをしたばかりの今日は、まだ教室に入らずに廊下で話をしている生徒が多い。
(二番目だぜ〜♪)
廊下を歩く足取りが軽い。
教室は南向きだから、座席はこちらを向いている。
一番目の藍川が来ていれば ――― 。
(いた……。)
6組の黒板側の入り口に一番近い席には女子が座っていた。
今までずっと、新学期には俺が座らなければならなかった場所に。
まだ席に着いている生徒が少ない中、彼女は一人で静かに座っていた。
両手で紺色の生徒手帳を持って、ぼんやりとページをめくりながら。
入り口から入って、壁沿いに彼女の横を通ろうとしたとき、ふっと彼女が顔を上げた。
その視線は俺の肩のあたりまで上がっただけで、また生徒手帳に戻った。
(見たことないな。)
二番目の席に荷物を置きながら思う。
椅子に座ってもう一度クラス分けの名簿を見てみる。
そして、さっき自分があんなに驚いた理由に思い当たった。
(いなかったはずなんだ……。)
確かにそうだった。
去年の入学式の日、俺は全クラスの一番目の名前を確認したのだ。
一学年の人数が増える高校でなら、俺よりも早い出席番号の生徒がいるのではないかと期待して。
でも、そんな生徒は一人もいなかった。
(ってことは……転校生……?)
そっと前を向く。
くせっ毛なのだろうか?
肩にかかる長さのふわふわした髪は、上半分を後ろで留めてある。
よく見ると、紺のセーラー服の襟や肩のあたりがピシッとしていて新しい気がする。
そして、知り合いを探す様子もなく、生徒手帳ばかり見ている後ろ姿 ――― 。
隣の列は、俺の横も彼女の横も空いたまま。
室内にいる生徒は、なんとなく窓の方に集まっている。
俺は手を伸ばして、彼女の腕をそっとたたいた。
ちゃんと面白くなるかどうか不安ですが、楽しんでいただけるように頑張ります。
どうぞよろしくお願いします。
※県立九重高校は『メガネに願いを』でも舞台になっていますが、お話はリンクしていません。