1章 夢と現
白い世界。いや、正確には霧のようなものに覆われている世界だ。
周りに物などは存在せず、只々この虚の空間が奥へ広がっている。
ここはどこなのだろうか。ただの長い回廊のように見えるが、奥の景色の不鮮明さが俺を不安にさせている。
奥の方から人影が現れる。その影の動きからはここの住人ではなさそうな印象を与える。
その影は真っ直ぐには歩かず、時には左右に、また時には立ち止まり、足取りの調子が一定ではない。
「──、───、──────。」
その影の輪郭がうっすらわかる程度にまでこちらに来て何かを言っている。その輪郭の大きさから小学生から中学生のように思える。
「───!」
・・・・・・何を言っているのだろうか、ここからでは聞こえない。
俺は話を聞くために口を開いた。
「お前は───」
*** 1
「・・・・・・おーい、旭! 後5秒以内に起きないと、この問題を全てやってもらうぞ。」
急に聞こえてきた太い声。今さっきまで見ていたはずの夢の光景から一面が黒く、横一線に明るい光がわずかに漏れる光景に変わった。
おかげでぼんやりしていた意識が戻ってきている。
この声の主は確か・・・・・・
「5、4、3、2・・・・・・」
数学の高橋!
思うや否や、俺はハッとした。そして、若干寝ぼけた頭で現在の状況の整理を開始する。
今は6時間目の数学。そしてこのカウントということは・・・・・・。
「1、・・・・・・。」
「起きてます! いや、起きました!」
俺はなんとかカウントの終了と共に与えられるであろう厄介事を免れるために声を出した。
「・・・・・・ったく、お前は何回この話の流れをさせる気なんだ。」
高橋が睨む視線を放ちながら俺に言う。この視線も何回味わったのだろうか。
「いやー、その・・・・・・何ですか、アレですよ。・・・・・・すいませんでした。」
俺は高橋の視線に耐えられず、避けるべく目に映る高橋先生の光景から他に移した。
しかし、移したところで周りの明らかに──またか と思われている視線が俺を刺す。
キーンコーンカーンコーン
今日の授業の終わりを知らせる軽快な音が教室に響いた。
俺はこの居た堪れなさからの解放という少しの安堵と共にこれから高橋が言うであろうことに不安を感じた。
「お前は毎回俺の授業を削るなぁ。春眠暁を覚えずは漢文の世界だけにして欲しいものだ。」
お決りの皮肉交じりのお叱り。一年生の時からカウントすると、これも覚えてないくらい聞いている。所謂テンプレみたいなものになりつつある。お互い言うことも聞くことも嫌だが、どうしても寝てしまう。
「先生? とりあえず授業終わったんで号令いいっすか?」
離れた席から俺のよく知る奴の声が皮肉からの空気を破った。
──助かった! 俺はそう思った。
「まぁ、そうだな。旭、次からのカウントは3秒以内な、いいな。」
高橋の注意に俺はとりあえず了承の返事をする。どうせ次も5秒に戻っているのだろうけれど。
「わかってますって。次からは頑張りますから。」
数学の高橋は年のせいかそれとも俺に使った労力のせいかため息ばかりついている。
「・・・・・・はぁ。それでは今回はここまでにする。次回の授業は32ページまで。ただし旭、お前は黒板にこの問題の答えを予め書いてもらうからな。」
そう言って俺にとっての難敵、数学の高橋は教室を出て行った。
これぐらいの分量を小出ししていく方針です。




