君がそう望む限り
「──もう付いてくるんじゃねぇよ! 放っておいてくれ!」
自分に割り当てられた部屋の掃除を終え、ようやくひとりになれると思っていたところなのに。
なぜか俺がここへ来た日からずっと、何も言わずに後ろを付いてくるこいつの存在にはいい加減辟易してしまう。
先生方にどうにかしてくれと頼んでみても、「あらあら次はアンリなのね」と微笑むだけだ。他の子どもたちに聞いてみれば、どうやらこいつはこの孤児院に新入りが入るたびに一定期間後ろを付いて回っているらしい。しばらくすれば飽きるだろうからそれまでの我慢だと諭され、これまで我慢して来たけれど……今日だけは、どうしてもひとりになりたかったのに。
ちょうど一年前、両親は馬車の事故で死んだ。俺の十歳の誕生日プレゼントを買うために出かけた帰りだったらしい。いけ好かない商家の息子が自慢してきたその玩具がどうしても欲しくて、買ってくれと我儘を言ったことを覚えている。
ひとりぼっちになった俺は、一年間なんとか必死で生きてきた。しばらくは母さんが買い置きしていた食材を齧ったりしていたけれど、それらが無くなると同時に借家の家賃が払えなくなって大家に追い出されてしまったのだ。貯めていた小銭の入った菓子の缶はなんとか持ち出せたけれど、それだって毎日使えばあっという間に消えてなくなってしまう。
それからはもう、何でもやった。あの商家からは特に高そうな保存食をかっぱらってやったし、どうしても食べ物が手に入らない日はゴミを漁ったこともある。立派ななりをした男から財布を掏ろうとして捕まり、タコ殴りにされたこともあった。何度かやっているうちに狙い目の人間が分かるようになったし、殴られる時も最低限の怪我で酷く堪えているフリをすることが出来るようになった。涙のひとつも流して親が死んだのだと嘆いてみせれば、施しをしてくれる者さえいたくらいだ。嫌な視線で俺の全身を見てきた男に対しては、泣いているフリで油断させておいて遠慮なく股間を蹴り上げてやったが。
そんな日々を送っていた俺の元に現れたのが、この孤児院の院長だった。最初はこいつも人買いか何かだろうと警戒したものの、どうやら町の人がひとりでうろうろしている俺のことを知らせていたらしい。寝るところと食事はあるし、嫌になったら出て行ってもいいというので冬の間だけでもいいかと付いていくことにしたのだった。
いざ連れられて来てみれば、赤子から俺より少し年上の子供まで総勢二十名ほどの孤児がここで生活をしており、確かに安全な寝床と質素ながら温かい食事が毎日与えられた。と言ってもその食事だって自分たちで調理するのだが。慣れない環境に四苦八苦しつつも、最近ようやく周囲の状況にも目をやれる余裕が出来てきた所だ。
ここで暮らす子供たちは、成人と共に出て行く決まりであるらしい。常に入れ替わりがあるせいなのか、なんとなく他者への興味が薄いというか関心がないというか……その適度な距離感が俺には心地よかった。皆それぞれに事情があるし、決して触れてはいけない場所がある。俺も両親が死んだ理由を聞かれたくはなかったし、他の奴らがなぜここに来たのかも聞いたりしない。ひとりで泣きたいやつは勝手にそうするし、急に叫び暴れるやつは先生が抱きしめてなだめているうちに大概大人しくなった。
そんな中、唯一空気を読めないのがこのオリヴィエだ。
ふとした瞬間に両親のことを思い出し、目尻に涙が浮かんだ時。誰にも見せたくないその姿を隠そうとする俺の後ろに、ぴたりと付いてくるこの男。年はおそらく俺と同じくらいだろう。オリヴィエはここに来る前の記憶がないらしく、正確な年齢も分からないのだそうだ。なんならその名前だって、オリーブ色の目の色から院長先生が付けたと聞いた。優し気な目元に薄っすらと微笑みを浮かべていることが多いオリヴィエだが、顔立ちは作り物のように整っている。孤児院で暮らす女子たちの中にはこの美少年にちょっかいをかける者もいたが、どれにも反応を見せず言葉も覚束ない様子にいつの間にか誰も構わなくなっていった。人外の美貌に真顔でじっと見つめられると、案外人は恐怖を覚えるものなのだなと知った出来事だ。
オリヴィエは新入りが来ると毎回後ろを付いて回ってじっと様子を観察してくるらしいのだが、その誰よりも長い時間俺はオリヴィエに纏わりつかれている。というか、俺の後に入って来た奴もいるのになぜかそちらへは興味を示さず、ずっと俺の側にいる。すぐに飽きるだろうからと言われたあれは何だったのか。流石にトイレの中にまでは付いてこないが、浴場では薄っすら視線を感じるし寝る時にもオリヴィエは必ず俺のいる方を向いている。暗闇の中、間に寝ている数人越しに目が合った時はビビりすぎてちょっとちびりそうになった。
いい加減にしてくれと怒鳴っても、お願いだからとなだめすかしてみても効果はなし。一発殴ってやろうかと拳を握った時には、女子たちに必死で止められてしまった。何でも「オリヴィエの美貌は不可侵」なのだそうだ。ちょっと意味が分からない。
もういい加減抵抗するのにも疲れてしまって、俺はオリヴィエを自分の影か何かだと思うことにした。別に邪魔になるわけでもなし、オリヴィエは言葉が上手くないのでうるさいわけでもない。勝手についてくるのだから放っておけばいいのだ。開き直れば案外悪くもないもので、掃除の際にも頼んだことは手際よくこなしてくれるから仕事が随分早く終わる。そう、こいつは喋れないだけで、こちらの話を聞くことは問題なく出来るのだ。空いた時間で身体を動かすのに付き合わせてみれば、驚くほどにオリヴィエは強かった。細身で筋肉があるようには見えないのに、体幹が強いのだろうか。俺も町で暮らしていた時に逃げ足が鍛えられたし、父さんが生きていた時には剣術だって習い始めていたから結構動ける方だと思っていたけれど。あまりにも力の強さが違いすぎて体術では到底敵いそうになかったため、庭の棒きれを振って剣術の相手をさせることにした。父さんから習った型をオリヴィエにも教え、その次には向かい合っての手合わせだ。最初はたどたどしかった手付きも、俺の動きを真剣に見つめ真似をしていくうちにあっという間に上達していく。剣を振り下ろす力もやはりオリヴィエの方が強いため、打ち合っているうちに俺も工夫をするようになった。力を逃がしたり、手首を返して剣を払ったり。先生方の中には元騎士もいたから、暇なときに指導して貰ったりもした。どうやら俺たちには、なかなか才能があるようだ。
身体を動かせば気持ちも晴れるもので、なんとなくモヤモヤしていたものの形も見えてくる。庭の隅で汗を拭きながら、同じく横で顔を拭いているオリヴィエにちらりと視線をやった。……こいつはどんなに激しい訓練をしても涼しい顔をしていて、そこはちょっと腹立たしいが。
「……俺の親、馬車で事故って死んだんだけどさ。俺が我儘言ったから、わざわざ隣の街まで買い物に行くところだったんだ」
手を止めて、じっとこちらを見るオリーブ色の瞳から目を逸らす。
「ホントは別に、たいして欲しくなかったのに。ただムカつく奴にぎゃふんと言わせたくて、見栄張りたかっただけだったのに……あんまうち、金ないのにさ。わざわざ馬車乗って、十歳の記念だからって……」
手のひらにぽつりと涙の雫が落ちる。
「プレゼントなんていらないから、死なないで欲しかった。おめでとうって言ってくれるだけで良かったのに……ひとりにしないで欲しかったのに……」
そんな未来を壊したのは、俺の我儘のせいだ。だから、誰のせいにすることも出来ない。馬車の御者だって死んでいるし、もしかしたらそれさえも俺のせいなのかもしれなかった。
「──アンリ」
不意に横から掛けられた声は、涼やかに透き通る声だった。
「──アンリ、わるく、ない」
それは初めてまともに聞いたオリヴィエの声で。話せないわけではないと知ってはいたけれど、あまりに口を利かないからこいつも意思を持つ人間なのだということを少し忘れていた気がする。街角に棄てられた猫のように、花壇に咲く一輪の花のように、言葉を持たない存在だと思っていたからこそ素直に自分の感情を口にできたのだ。
「アンリ、ひとりじゃ、ない」
「……俺の名前、憶えてたんだな」
「ぼく、アンリ、ともだち」
「友達……ああ、うん。そう……だな」
「ぼく、アンリ、ひとりしない」
さらりと乾いた冷たい手が、俺の手に重ねられる。
「ぼく、しなない」
ぎゅっと握られた手が少し痛かった。
こいつは、自分の両親のことも何もかも覚えていない。俺はこの手にあったものを失って悲しいけれど、オリヴィエは最初からその手に何も持っていなかったのだ。知らなければ、悲しいとも思わないのかもしれない。でもそれは一体、どちらが不幸なのだろう?
この日から、俺たちは親友になった。
◇
黒い立ち襟のジャケットに揃いのパンツ。ブーツの紐をきつく結んで、剣帯を腰に巻く。
「オリヴィエ、これってここで合ってるのかな?」
「ん、良いと思う」
「おっ、お前もよく似合ってるなぁ。流石顔の良い男は何を着ても様になるぜ」
ニカっと笑えば少し困った風にオリヴィエは首を振った。相変わらず無口だけれど、昔に比べたら随分言葉が滑らかになったものだ。俺以外にはピクリとも動かなかった表情も、今ではそれなりに機能していると思う。時々通訳を頼まれるから、やっぱり慣れていない奴からしたら不思議な存在ではあるのだろうけれど。
ミシミシと軋む膝の関節に泣いた甲斐あって、俺はそこそこ背が伸びた。親父も結構でかかったから、きっと体格も似たのだろう。成長痛なんて全く感じないと言って平然としていたオリヴィエまで俺と同じくらいでかくなったのはちょっと納得いかないが、まあ服も靴も共有できるからわりと便利だったので良しとしよう。
おかげでこの真新しい軍服もまあまあ見栄えがしていると思う。相変わらず人形のように整った顔をもつオリヴィエの横にいるせいであまり目立たないが、俺だってひとりで歩けばそれなりにモテるのだ。まあ今のところ付き合った女の子は全員、親友を紹介した途端に頬を染めてポーっとなってしまったからあっという間に別れることになったが。
俺たちは今日から、この辺境領の軍に入る。毎日のように棒きれを振り回していた俺たちは、先生方もびっくりするほどには強くなったのだ。成人して孤児院を出る際、就職先を考えて真っ先に浮かんだのが軍人だった。確かに危険もあるし、辛い思いもするだろう。けれど、ここならこれからもずっとオリヴィエと一緒に暮らせると思ったから。衣食住が保証されており、給金も良い。なんなら体力のある若いうちにたくさん金を貯めて、その後は二人で何か店でも起こしたっていいのだ。そんな夢物語を語る俺に、オリヴィエは頷いてくれた。僕はアンリの行くところにずっと付いていくからと。
家族を亡くし、精神的に弱っていた俺にオリヴィエはずっと寄り添っていてくれた。拙い言葉で、ぼくは死なないと。冗談でも、そう言ってくれたのが本当に嬉しかったのだ。女の子と遊ぶのは楽しいし、モテて悪い気もしない。でも結局みんな去って行ってしまって、最後に俺が戻るのはいつだってオリヴィエの隣なのだ。あまりに俺たちが一緒にいるので、そういう関係なのではないかと邪推されたこともあった。まあ確かに綺麗な顔をしているオリヴィエには同性からの誘いも少なくなかったようだが、一貫して興味なさげにあしらっていたのを俺は知っている。何なら男だけでなく、可愛い女の子──その中には俺の元彼女も混ざっているが──からの誘いも素気無く断ってしまうので、少し勿体ないとは思ったが。まあ、こいつが色恋にうつつを抜かして腑抜ける様子は一切想像できないから、多分そういう性質なのだろう。
現に今も、同期入隊の女子や先輩方から熱い視線が飛んでくる。ただでさえ俺たちは二人揃って背がでかいから、わりと目を引いてしまうのだ。そこへきて、オリヴィエのこの綺麗な顔である。きっとしばらくは周囲がうるさいだろうから、顔だけじゃないということを見せつけてやらなければ。俺がニヤリと笑えば、それを見たオリヴィエも同じ顔で笑う。これからの生活も俺たち二人が一緒なら、きっと楽しいものになるだろう。
◇
新入隊員に与えられる訓練メニューは、確かに厳しかった。軍の中でも、この辺境領は特別レベルが高いと評判らしい。好戦的な隣国との国境沿いにあるのだから、さもありなんというところか。
元騎士の先生からは、間違いなく第一線でも戦えるだろうとお墨付きを貰っていた。そんな俺たちでも、やはり訓練と実践では色々と勝手が違う部分も多い。そもそも騎士と軍人では微妙に戦い方が違っていて、どちらかというと守る動きをする騎士に対してここでの戦い方はもっと攻撃的だ。大人数での作戦の際の動き方や、自軍が敵地で取り残された際に生き残る方法。救急手当の方法から、料理や洗濯まで教わることは思った以上に多かった。新人の中でも俺たちは孤児院出身だから、日常生活に関わる部分はほぼ問題がなかったので多少アドバンテージがあったと思う。それでも毎日誰かが訓練場の隅で吐いていて、身体のどこかしらが痛み悲鳴を上げていた。元々でかかった身体は更に厚みを増し、生傷の分だけ己の成長を実感することが出来た。さすがに挫けそうな時も、いつだって隣にはオリヴィエがいて一緒に戦っていたから俺は乗り越えてこれたのだと思う。オリヴィエにとっても、俺がそんな存在であれたらいい。だからどんなに辛くても、唇を噛みしめてもう一度立ち上がれるのだ。
「──オリヴィエ、やべぇ。後ろを塞がれた」
「……応援が来るまで、辛抱」
今日は定期的に行われる国境線の巡回、のはずだった。それが一体、なんでこんなことになっているんだろう?
確かに、ここ数年隣国の動きがきな臭いという話はあった。けれど、まさかこんなタイミングで攻めてくるだなんて誰が予想出来ただろうか。敵影を確認した伝令が走り、残った先輩方が陣形を整える。新人の俺たちは、最も安全な場所に配置された──はずだった。けれどどうやらなかなか計画的に行われたらしい襲撃により、俺たち二人はいつの間にか敵軍に周囲を囲まれてしまっていた。こうなれば後はもう戦うしかない。確かに戦況は厳しいけれど、横には誰より信頼できる仲間がいる。握った拳をぶつけ合い、俺たちはそれぞれ剣を抜いた。
「──オリヴィエ、右だ!」
「ふっ」
「……さすが、だなっ!」
「アンリ、下がって」
「おっ、と……サンキュ」
「問題ない──よっ」
「っしゃ! おらっ!」
飛んでくる矢を薙ぎ払い、飛び掛かって来る敵陣営を切り崩していく。死角は互いに潰し、間に合わない所を補い合う。十歳でオリヴィエと出会ってから、ずっと繰り返してきたことだ。こいつの動きは誰よりも良く分かっているし、考えていることだってきっと同じ。圧倒的な人数差があったにも関わらず、俺たちは徐々に自陣への道を切り拓いていた。
だからこそ──そこに油断が生まれたのかもしれない。
「よ……っふ! あっ、狼煙だぜ! オリヴィエ、もうすぐ応援が──」
視界の端、横から飛び出してくる人影が見えた。剣を振り被る動きでもあれば、きっと反射で対処出来たと思う。けれど、己の身体ごと突っ込んでくるような動きに俺は躊躇してしまった。これが一体何を意味するのか、咄嗟に判断しかねたからだ。
絶え間なく降り注ぐ攻撃に精神が疲弊していたのもあるし、そんな中で見えた自軍の合図にふと気持ちが緩んでしまったのだろう。
「アンリ……っ!」
背後からドンと背中を押され、数歩よろめいた。僅かな金属音の後に風が揺れ、その後に湿った音と男の呻き声が漏れる。ハッとして振り返れば、男が地面に切り伏せられていた。鎧もなく軍服でさえない平民風の服を身に着けているが、顔つきを見ればやはり隣国の血を濃く感じる。力を失った手のひらには、鈍い光を放つ短刀が握られていた。
俺は、あれに狙われていたのか。間諜の類にしては、動きが微妙だった気がするが──そんな微妙な敵にやられかけていた俺が言えることでもないが。
「──オリヴィエ、助かったよ。ありが、と……」
血の滴る剣を片手で払い、逆の手で自分の胸のあたりを押さえるオリヴィエはいつも通りの表情に見える。けれど、その手の下に見える軍服はざっくりと切り裂かれていて──隙間からはぼたぼたと、黒い液体が漏れ出していた。
「お前……それ…………」
「問題ない」
「……問題ないって、でも、それ、斬られて……血、血……?」
俺が油断をしたせいで、オリヴィエが怪我をした。俺を庇って、そしてオリヴィエは胸を刺された。また俺は、俺のせいで大事な人を失うのか? 両親を失って、生きる気力を失いかけていた俺をずっと横で支えてくれたこの親友を……。
「もしかして、その色……毒、だったのか……? あ、ああ、早く手当てを。血が、黒くなって、お前……お前まで失ったら俺は、オリヴィエ……」
伸ばした俺の手が、大きく穴の開いたオリヴィエの胸に触れる。温かい皮膚の下──そこには銀色に鈍く光る骨格と、無数のケーブルが詰まっていた。
「問題ないよ、アンリ。僕は──死なないって言っただろう?」
オリヴィエは自分の胸の中に手を入れて、いくつかの配線を繋ぎ直していく。だらだらと黒い液体が地面に水たまりを作っていくのを、ただ俺は見ていた。
「空っぽだった僕に、人間の形を教えてくれたのはアンリだ。だから、僕は、君をひとりにはしない。これからももっとたくさんの気持ちを教えて欲しいから」
過去の記憶が一切ない状態で、孤児院に拾われたオリヴィエ。作り物のように美しい見た目で、言葉は上手く話せず周囲から遠巻きにされていたと聞く。俺があの孤児院に入ってからは、ひたすら後ろを付いてきてじっと観察するような目で見られていた。俺が悩みを吐き出せば、困ったような顔で笑って……でも、ずっと側にいてくれたオリヴィエ。
幼い頃から二人で訓練を重ねてきたからこそ、俺は軍にも入れる技術を身に着けることが出来た。剣の振り方は無茶苦茶だったけれど、そういえば最初からこいつは力が強かったなと思い出す。体術では到底勝てそうになかったから、剣術の型を教えることにしたのだ。
実践最初の日から、生き物を殺すことに躊躇のなかったオリヴィエ。言い寄って来る女に全く興味を示さなかったオリヴィエ。女どころか──俺以外の人間すべてをあの熱のないオリーブ色の瞳で見ていたのではなかったか?
『ぼく、しなない』
淡々と、真剣な表情でそう告げたオリヴィエ。あれは、俺を励ますための冗談か慰めだと思っていたけれど──こいつが、冗談を口にしたことなんて今まで一度でもあっただろうか?
オリヴィエのことなら、誰よりもよく知っていると思っていた。考えていることも、きっと俺と同じだろうと。だけど、今目の前にいるこれは……。
「一体、お前は何なんだ?」
◇
実験体、K-606。それがかつて僕に与えられていた名前だ。僕を作ったのは軍属の研究施設に勤めるひとりの研究者で、いつか無敵の軍隊を作り己の名を揚げるのだと息巻いていた。罪なき子供の命を奪って数多くの実験体が生み出されたが、どれも上手くいかなかったらしい。数百の失敗を繰り返し、改善を重ねようやく生まれたのが僕だった。自分自身の細胞を使ってようやくここまでこぎつけたのだと、青白い顔で講釈を垂れてきたあの男。軍隊どころか、未完成の僕ひとり生み出すだけで既に二十年以上が経っている。どこから細胞を取ったのか知らないが、放っておいてもわりとすぐに死にそうではあった。軍事用の人造生命体である僕に対し、従属を求めてきたからその場で殺してしまったけれど……。同じ細胞を使って作られているのだから、上も下もないと分からなかったのだろうか? 強い方が勝つ、ただそれだけの話だ。
研究施設を抜け出してただひたすら歩き続け、気が付いたら僕は国境を越えていたらしい。親切な人間に拾われ、孤児院で暮らすようになった。発声器官が未発達だったため、当初は上手く話すことが出来なかった。検体となった子供と同じくらいの年齢の姿で生まれた僕だが当然一般常識さえ備わっておらず、それも相まって記憶がないと判断されたようだ。都合が良かったから正したりはしなかった。
次々と現れる孤児たちを観察し、言葉と常識を学んでいく。子供というのは案外鋭いもので、僕という異物に対しどこか警戒している節があった。いくら見目の良さに目を奪われようと、一定の距離以上には近付けさせない者が多かったのだ。
けれど、アンリだけは違っていた。親を亡くし、必要以上に自分を責めていたアンリ。だからこそ、僕という異物を排除する力もなかったのだろう。後をついて歩き、様子を観察し、人間の形を学ぶ。彼は僕に剣の型を教えてくれて、共に訓練を積んだ。戦うために生み出された僕に、戦う方法を授けてくれたのだ。僕の師、僕の見本、僕の主人。
だから僕は、アンリの為に生きると決めた。彼が望むなら、絶対に彼をひとりにはしない。彼が命じるなら、敵となる者全てを排除しよう。そして彼が僕のことを親友だと言ってくれる限り──
「僕は、君の親友だろう?」
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