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世界でいちばん

作者: 只野 唯
掲載日:2026/02/28

 放っておけない人って、

どうしてあんなにぼんやり笑うんだろう。


 私の幼馴染の山鹿はるとは、春の陽だまりみたいな男子高校生だ。

悪く言えば鈍い。よく言えば素直。

とにかく、ぼんやりしている。


この前なんて、隣のクラスの女子に「付き合って」と言われて、

「どこに?」

と真顔で聞き返したらしい。


本人は至って本気だ。

周りが爆笑している意味もわかっていない。


そんなだから私は、つい口を出してしまう。


「はると、提出物出したの?」

「靴紐ほどけてる」

「シャツ、後ろ出てる」


まるで弟の世話を焼くみたいに。


私は田中真知子。

自分で言うのもなんだけど、わりとしっかり者。

そして、たぶん——お節介だ。


はるとは私より少し背が高いのに、なんだか頼りない。でも、怒られてもへらっと笑うその顔が、

あったかくて。

優しくて。


私は、そんなはるとが好きだ。


だけど。

はるとは私のことを、口うるさい姉くらいにしか思っていないかもしれない。

それが、ずっと胸に引っかかっている。


***


昼休み、教室でのことだった。

私がはるとに数学の小テストの解き直しを教えていると、後ろの席の男子が言った。


「田中ってさ、ほんと口うるさいよな」


くすくす笑いが広がる。


「わかるー。可愛げないっていうか。彼女にしたくはないタイプ」


胸が、きゅっと縮んだ。

冗談だってわかってる。

ただの軽口。


でも、その言葉は、ずっと私が怖れていたもの。

そして、目の前のはるとは、何も言わなかった。


顔がじわっと火照って、耳の奥まで赤くなっていくのがわかる。

(やっぱり、そう見えてるんだ)


私、やっぱり姉ポジションなんだ。

可愛くないし、うるさいし。

反論しようと開いた口は、うまく言葉が出てこない。


正しいことを言ってるつもりだった。

心配してるだけだった。

でも、正しさと可愛げは、同じじゃない。


視線が痛い。

はるとはどう思ってるんだろう、って考えた瞬間、余計に恥ずかしくなる。

笑ってごまかすしかなくて、

「ごめんね、うるさくて」なんて言ってしまう自分が、少しだけ悔しかった。


教室を出て、廊下の窓際に立つ。

春の風が強くて、前髪が目にかかる。

ちょっとだけ、泣きそうだった。


「真知子」


後ろから、聞き慣れた声。

振り向く前に、額にふわっと何かが触れた。


一瞬、何が起きたかわからなかった。

はるとの顔が、すぐそこにあった。


「え……」


おでこに、キス。

はるとは、いつものぼんやりした顔で、でも少しだけ真剣な目をして言った。


「真知子は、世界で一番可愛い女の子だよ」


心臓が止まるかと思った。


「は、はると、なに、急に」

「だって、あいつら間違ってる」

「どこが」

「全部」


即答だった。


「真知子はうるさいんじゃなくて、優しい。俺のことちゃんと見てくれてる。俺、真知子がいなかったら、たぶん色々忘れて死んでる」

「死なないでよ」


思わず笑ってしまう。

はるとは少し首を傾げた。


「俺、付き合うなら真知子がいい」


胸が、どくん、と大きく鳴る。


「どこに?って聞いた方がいいやつ?」

「今は意味わかって言ってる」


頬が熱い。

たぶん真っ赤だ。


「私、口うるさいよ?」

「知ってる」

「可愛げないって言われるよ?」

「世界で一番可愛い」

「……姉みたいじゃない?」


はるとは少し考えてから、にこっと笑った。


「姉じゃない。好きな人」


風が吹いて、桜の花びらが二人の間を通り過ぎる。

はるとはまだ、ちょっと頼りない。

たぶんこれからもぼんやりしてる。


でもその手が、そっと私の手を握った。

あったかい。

ああ、やっぱり。

放っておけない。


私は今、世界で一番幸せな女の子かもしれない。


 帰り道、夕焼けがやけに赤かった。

さっきの出来事を思い出すたびに、真知子の胸はまだ落ち着かない。


おでこに触れた、あのやわらかい感触。

しばらく並んで歩いたあと、真知子は思い切って、はるとに聞いた。


「……そういえばさ」

「うん?」

「何でキスしたの?」


言った瞬間、自分で自分の顔が熱くなるのがわかる。

はるとは少し考える素振りをして、あっさり言った。


「びっくりしたら泣き止むかと思って」


真知子は足を止めた。


「……は?」

「小さい子とか、びっくりすると涙止まるでしょ?」


真顔だ。

一ミリも照れがない。

さっきのあの雰囲気はどこへ行ったのか。


「それでキスって発想になる?」

「うん。だめだった?」


首をかしげる。

本気でわかっていない顔。

真知子はしばらく黙ったあと、額を押さえた。


(天然って、怖い……)


ときめきを返してほしいわけじゃない。

でも、せめて少しくらい照れてほしい。


「普通はね、もっとこう……理由があるの」

「理由?」

「す、好きだから、とか」


はるとは目をぱちぱちさせたあと、頷いた。


「それもある」

「“も”って何よ」

「びっくりしてほしかったのと、好きだから」


今度は真知子が言葉を失う番だった。

天然は怖い。

予測不能で、心臓に悪い。


でも。

夕焼けの中で少しだけ照れたはるとの横顔を見て、

真知子は小さく息をつく。


(やっぱり、放っておけない)


怖いけど。

ずるいけど。

好きなんだから、仕方ない。

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