日本から秋がなくなる危機だけど それでも恋の花は咲く
ありま氷炎様主催の「第11回月餅企画」参加作品です。
オーシツクツク オーシツクツク
セミが鳴いている。ツクツクボウシだ。夏の終わりから初秋に鳴くセミであるとWikipediaなどにも書かれている。
ところがだ。今は十月なのだ。十月は初秋なのか? 僕には分からない。そして、今日の東京(と言っても多摩地区だが)の気温は30℃超え。これについては言わせてもらおう。異常だ。
地球温暖化だ。危機的状況である。僕はこの信念をもって、先日の学園祭では数多くのスライド写真を用意し、パワーポイントを駆使して、我らが科学部の本拠地、生物室で、熱き講演をぶった。
一年生の僕がこのような大役をこなせたのは、ひとえに科学部の二人の先輩が「俺たちゃ楽だからこの部活に入っている。しかし、おまえが学園祭で熱く語りたいなら自由にしろ」と言ってくれたからだ。
ただ、僕の熱い思い、そして、全てを任せてくれた二人の先輩の温情(丸投げとも言うが)にも関わらず、講演の成果はうーんだった。
最大の敗因は画面を見やすくするため、窓に暗幕を貼り、部屋を暗くしたことである。
一つはこの学園祭を機に一気に仲を深めちゃおうというカップルだ。明らかに僕の話を聞いておらず、ぼそぼそキャッキャウフフフとかやっていらっしゃる。
まあこの方たちはまだ静かな分マシで、更なる困ったちゃんは「寝る」人である。これも百歩譲って静かに「寝る」人はいいのだが、よりによって最前列中央の席で大いびきをかいてくれちゃったりして。しかも、それが担任のおじいちゃん先生だったりして。
◇◇◇
かくて僕の熱い思いを伝えんとしたデビュー戦は苦い思い出ともなったが、思いは変わらない。十月にだ。ツクツクボウシとは言え、セミは鳴くわ。気温は30℃超えるわって、それじゃあ……
「日本から『秋』がなくなるわっ!」
パチパチパチ
思わず出た僕の雄叫びに呼応する謎の拍手。おおう。何だ?
「素晴らしい。素晴らしいぞ。少年。学園祭の講演も聴かせてもらったが、その情熱。見上げたもんだ。あんなスカタン中村勝広が部長をやっている科学部なんかにいるより我が文芸部に来ないか。歓迎するぞ」
あなたは、あなたは、我が高校二大奇人の一角とされる文芸部長の岡田先輩じゃないですか。もう一人は我らが科学部長中村先輩ですが。
岡田先輩。ついた二つ名は「黒魔女」。平安美人のように腰まで伸ばした艶のある黒髪。そして、最高気温が40℃の真夏だろうが、必ずその身に纏うのは、真っ黒なセーラー服だ。
「少年。君の地球温暖化を憂える情熱、素晴らしいぞ。しかしっ! 少年よ。『秋』はそう簡単になくならんぞ。さあ、私と一緒に『秋』を探しに行くのだっ!」
えっ? えっ? と思う間もなく、岡田先輩は僕の手を取ると走り出した。その手はとても柔らかい。しかし、少し汗ばんでいる。十月といえど、この気温。他の人たちは学校公認の中、未だに夏服を着ているのに、頑として冬服をまとう。それでは汗もかくでしょう。
だけど、その汗の匂いが、僕には良い匂いに感じられたのは秘密だっ!
◇◇◇
岡田先輩が僕を連れて行ったのは学校から歩いて十分くらいの神社の参道だ。走ったので汗もかきましたが、参道には南風が通って、少しは涼しい。
「どうだ。少年。風に涼しさを感じるだろう? これを『吹く風に秋を感じる』というのだ。どうだ? 『小さい秋』を見つけたか?」
いや、何だか岡田先輩が話している間に風が止まりました。蒸し暑いんですが。
◇◇◇
「それにだ。少年。『秋』と言ったら『虫の声』だ。耳を澄ませてみろ。ほらほら聞こえるだろう。『りんりんりん』『ころころりー』『ちんちろちんちろ』」
オーシツクツク オーシツクツク オーシツクツク オーシツクツク
ウイヨース ウイヨース ウイヨース
ジー
えーと。こんな真っ昼間からマツムシ、スズムシ、コウロギは鳴きませんよね。虫の声というとツクツクボウシが頑張っているので「夏」感が増しましたね。
◇◇◇
「そして、少年。この神社の崖下に広がる黄金色の稲穂の波を。『秋』だ。これこそが『秋』だろう」
あー、今年は、いや今年も暑かったから、もう刈り入れが終わっていますね。米って出穂から高温が続くと早めに収穫しないとと熟れすぎちゃって質が落ちちゃいますから。「夏」が大活躍ですね。
◇◇◇
「どうだ。少年。『秋』を感じたか? 文芸部に来い。共に『秋』を語ろう」
いや、岡田先輩。今までの話で「秋」を感じて、文芸部に来いと言われるのは話に無理があります。
「文芸部に来たまえ。中村勝広の妹仁美ちゃんもあの馬鹿兄貴に呆れ果てて、科学部に入らず、文芸部に入っているのだぞ」
! 今何と? 僕のクラスメイト。密かに気になっている中村仁美さんが文芸部にいるのですか?
「おうそうだ。君が文芸部に来ると言えば、きっと仁美ちゃんも喜ぶぞ」
これは心が揺れる。どうしようかな。
「そこまでだっ! うちの部員を引き抜くことは許さんぞっ! 『どんでん』」
◇◇◇
ジャーン
自ら手持ちのスマホで効果音を出し、特撮ヒーロー張りのポーズで登場したのは科学部長の中村先輩。でも神社の玉垣の上に乗っては駄目ですよ。罰が当たります。怒られます。
「藤川君(僕のことだ)。だまされてはならんぞ。文芸部は部長の『どんでん』のあまりの奇人ぶりに、部員が『どんでん』と中村部長の妹仁美の二人しかおらんのだ。このままでは部存続の要件三人を満たさないので引き抜こうとしているだけだ」
「『どんでん』と呼ぶな。それは幼少時の黒歴史だ。岡田先輩の二つ名は『黒魔女』だ。この『スカタン』。とうっ!」
岡田先輩はそう言うが早いか飛び上がり、玉垣の上に飛び乗った。いやだから玉垣の上に乗っちゃ駄目なんですよ。
「そっちこそ『スカタン』と呼ぶな。それは幼少時の黒歴史だ。今の中村部長の二つ名は『白の錬金術師』だっ!」
中村部長の二つ名は「白の錬金術師」。それは中村部長がどこにいくにも白衣で行くからだ。化学の時間とか部活の時間とかに関係なく。もっとも二つ名を「白の錬金術師」だと言い張っているのは中村部長本人だけで、他は岡田先輩の「黒魔女」との対比で「白魔男」と呼んでいるが。
「ぬおおおおー」
「つおおおおー」
わあっ、玉垣の上でお互いの手をつかみ合って、押し合いを始めた。長い黒髪にこの暑いのに真っ黒な制服の女子高生対かっこいいからという理由で常時白衣着用の男子高生の戦い。止めたいけど、とても僕ではあの二人を止める自信はない。
「『どんでん』。文芸部に人が集まらんのは部長のおまえが奇人だからだ。うちの部員を引き抜こうとするのはやめいっ!」
「何をぬかす『スカタン』。科学部だって、部長が奇人だから、三人しかいない上、活動しているのは藤川君だけじゃないか。真面目に活動している部員を引き抜いて何が悪い」
「『どんでん』。もうあきらめい。惰弱な文芸部に勝ち目はないわ」
「何をぬかす『スカタン』。科学部だって、藤川君以外の二人は『錬金術師』とか称して、ラノベ読んでいるだけじゃないか」
何か全然収まる気配がない。これじゃあそのうち神社の人に見つかって怒られちゃうよ。
「藤川君」
そんな僕の右袖を引っ張ったのは、何とクラスメイトの中村仁美さん。中村部長の妹にして、文芸部員の。
「藤川君。中村部長と岡田先輩はもう昔からああなの。ただでさえ幼馴染みの両片思いを変な風にこじらしているのに、二人とも重度のオタクを併発しているから、手に負えないんだよ」
そっ、そうなの?
「だから、あの二人は放っておけばいいの。それより一緒に行こう。いろいろ話を聞かせてほしいんだ」
言うが早いか僕の右腕を引っ張る仁美さん。うん。ここはついていこう。好きな子のお誘いだし、中村部長と岡田先輩の戦いは僕に止められるわけがないし。
それからどうなったかというと、中村部長と岡田先輩は神社の宮司さんにしこたま怒られた。当然、学校にも連絡が行って、学校でもしこたま怒られた。
しかし、まるでそれが堪えていないのは、さすがの二人だ。
で、文芸部と科学部の間の僕の引き抜き問題。結局、中村部長と岡田先輩が三年生である以上、このままでは文芸部も科学部も共倒れという事実をやっとお二人も認識してくれた。
かくて文芸科学部が爆誕。とりあえず来年度までは元科学部の二年生の先輩が一人と僕と仁美さんがいるので、部の存続は確定した。
それにしても中村元部長に岡田先輩。もういい加減受験も近いのに、毎日部活に顔を出していて大丈夫なんですか。
「大丈夫だ。拙者浪人月影兵庫でござるから」
「あ、ズルイッ! 月影兵庫は私がやりたかった」
「ならば剣で決着をつけよう」
「望むところよ。我が秘剣見せてくれるわ」
がしんがしん
あー、中村元部長に岡田先輩。掃除用のモップでチャンバラごっこ始めちゃったよ。ガラスとか割らなきゃいいけど。
「だから藤川君。あの二人は放っておけばいいの。それよりこのラノベがアニメ化されるというじゃない。どう思う?」
うん、そうだね。僕は仁美さん、いや、仁美ちゃんと楽しくやっていければいいのだ。
ガッシャーン
あ、ガラスが割れた音がした。でもでも、僕には関係ないし(汗)




