第二章
正義の味方を目指す戦場心。彼は目指した夢と一つの秘密以外は平凡な公立高校に通う高校生だが、彼が日課としている鍛練中、ある黒墨色の髪を有した絶世美人と出会う。美女の名前はアルトセレーナ・ヴァンパイアルベ。薄い女王めいた深紅の瞳は美女の人外さを顕著に表わし、人々に敬服の念を抱かせる。そして、少年は運命に出会う。
4時限目のチャイムが鳴る。それと同時に教室内の雰囲気が長期休暇になり、周りはウキウキと弁当や通学途中に買ったパン類を机の上に並べて、食事を始めた。
友人と話ながら食事している風景はドコカ平穏で世界の辛さを忘れてくれそうだった。
「なにをバカな事を考えているだ」
―――――――暗い記憶の一部がゴロリと掬われそうになった。
頭を何回か振るとスッキリした。
俺は家事の類は全く、と言っていいほど駄目で、オニギリぐらいしか料理できない。
人が隣に立っていると上手く作れるのだが、どうしてか一人だと玉子焼きでさえ作れない有り様。たまに、俺の家に訪問してくれる板東姉弟は、納豆の狐焼きやひじきの炊き込み御飯、こんにゃくのさっぱり炒め等の高等料理の数々を料理してくれる。そんな料理上手な幹也は、俺の昼飯を学校に作って持ってきてくれる。
「で、幹也は生徒会の仕事で多忙だ」
つまり必然的に俺の昼飯は食堂か売店となる。
財布の中は夏目漱石のみだよな、なら売店で何か買おう。
金の無駄遣いは財布を痛めるからな。
そう思い、席から立ち上がり、教室を出た。
長い廊下から長い階段、コレは久遠寺校の名物みたいなモンで、親しむ者もいれば、嫌うもの者もいる。
校舎から抜ける廊下。その古びた廊下は体育館と食堂に通じる廊下だ。
食堂前は人混みで溢れていた。
「うわ、これは無理だな」
、と諦めていた俺の肩不意に誰かが叩いた。
「戦場さん。ご飯ですか?」
「ああ、でもこの人集りじゃあ今日は無しだろう」
「大丈夫ですよ。僕が先輩の分も買っていますから」
「・・・・・・」
「どうしたんですか?」
「イヤ、ありがとう。いくらだった?」
「あ、良いですよ」
そう言い直井新二は菓子パン二つと紅茶を一つ渡してきた。
「いや、払う。先輩としてそれが当たり前だ。あとお前の分は?」
「あ、いえ。僕のは弁当があるんで。今日、生徒会長仕事で、先輩のお昼ご飯無いだろうって思ったんですよ」
「そう、か。うんありがとうな直井」
「いえ、アソコに空いたベンチがあるんで生きましょう」
一つ年が下の後輩、直井は食堂から少し離れた場所に誘導してくれた。
――――――直井新二。
顔は幹也と正反対の少し弱々しさを感じさせる顔付きで、結構モテる。
幹也同様、学年トップクラスの成績保持者で、クラスの女子は“誘発者”と嫉妬混じりに言う。
キリッとした美顔持ちの幹也と、美少年(クラスの女子が言っていた)の直井と仲が良いことから由来しているらしい。
童顔で少々成績が悪い俺は分不相応な友人と後輩だからだと思う。
直井との出会いはあんまり言いたくないが、直井がクラスの男子達に虐められているところに俺が助けたんだ。
以来、直井は俺を先輩として慕うようになった。
「あ、先輩、知っていました? 先輩のクラスに転校生が来るらしいですよ」
「へぇー、それは初耳だ。よく知っているな」
「なにいってるんですか。僕は副生徒会長ですよ。それ位、会長よりも早く知っていますよ」
勝ち誇るように言い張る後輩。
「オイオイ、会長よりも副会長の方が情報が早いのか?」
疑問に思ったので訊いてみた中。
「そうですよ! 一般業務で多忙ですから。内側は会長が、外側は僕が担当なんですよ。僕的には、会長は多忙な身の上なので、僕に全権を頂きたいんですけどね」
顔に似合わず結構な毒舌持ちな直井はあまりクラスの男子にはいい印象は持たれておらず、友達が居ない。
しかし、本人はそんな事なんか毛ほども思っていないらしい。
「直井、それはあまりに酷いぞ。幹也は俺の友人だぞ」
根は気が利くいい人間なんだが、態度が悪い。直井はもう少し、融通が利く人間になれば、幹也の会長の椅子を取れるのだがな。
「えー先輩、なら会長と僕どっちの方が良いんですか」
「・・・・・・幹也」
「うわ、先輩、酷いですよ」
マジで悔しそうな顔で潤んだ瞳だ。俺、アレナ趣味は全くないのだけど、周囲はそんな事お構いなしで、俺がアッチ系の人種だと誤認するんだよな。
――――――――いやいや、話を戻そう。
幹也とは長年の付き合いで、クラスも一緒だからな。それに直井と知り合ったのはホンの二週間前だからな。
―――俺だってドッチの人間を選ぶのは、ひどく嫌な気分だけど、な。
「――ええと、だな。――――」
参ったな困った。
この状況、どうやって戻そうかと考えていると救いのベルが鳴った。
「お、じゃあな直井。また明日」
「あ、ちょっと先輩」
俺は直井から逃げるようにその場を離れた。
後ろから声がするが無視しよう。あの場に戻ったら、また話の続きを聴かれそうだからな。
数分たらずで、教室に戻った。
教室には幹也がおり此方に近づいてきた。
「はは、戦場。話は聞いたぞ。良くやったな。今日、アヤツ何やら俺の友に自分と俺を比較させたらしいが、お前は俺を選んだようだな。うれしい限りだぞ」
カンラカンラと芝居かかった口調で、喜ぶ幹也の台詞から察するに、誰か聞き込みをしていたようだな。
しかし、幹也。
お前のそういう台詞が周囲に要らぬ誤解を招くことを知らないのか。クラスの女子が赤面しながら、コッチを指差しているぞ。
放課後。
西から差し込む夕陽が教室中を橙色に染め上げ、なんだか異世界めいていた。蛍光灯の白い明かりでは、表現できないそんな教室を出て、帰宅部である俺は学校からバイト先のフェイトまで歩を進める。
今日は、幹也の姉貴が研修の為、六限目は自習。なのでいつも、異様にホームルームを遅くする首謀者が居なかった為、早く帰れた。
バイトまで少し時間が空いた。
「だからって、ワザワザこんな所で暇潰ししなくていいよな」
今、久遠院の森。
バイト先に抜ける事は可能だが、かなりの遠回りになる。
四時過ぎだが、冬の季節であることと、鬱蒼と茂った木々が手伝って、周囲は殆ど闇に染まっていた。
熊や狐の類は生食しているかどうかは定かではないが、森は静寂に包まれている。 まるで誰も、何もかもあらゆるモノが死んでいるようだった。
この森は本当に町から異常なまでに隔離した空間で、誰かの胃の中みたいだ。
「でも、なんだが。ここって落ち着くんだよな。此処って」
落ち着いた、人間がいない世界を求めて此処に来ているんじゃない。戦場心はそんな安い心地を得たいがために、こんな鄙びた荒谷に来ていないし、そんな事は有り得ない。
戦場心はどうしてか、此処を訪れる度に故郷に戻ってきたような感覚や、理想の世界にたどり着いたような感覚にサイナマレルんだ。
親父の息子として養子になって以来、此処は戦場心にとって危険な理想郷だった。妙に吸いつく感覚だったので、幼児期は猿のように木から木へと乗り移って遊んでいたな。そんな危ない俺をよく親父は叱っていたな。
―――――本当の親父みたいに
「ああ! もうこんな時間だ。皐月さんに怒られるな」
皐月さんとは、バイト先のキツいお姉さんで、幹也の姉貴と旧知の仲らしい。
歩幅を広げて森を去った。明日は何処まで走り込もうか考えながら。
「ただいま」
誰もいない旅館みたいに広い我が家にバイトから帰宅した。今日は珍しく、七時にバイトは終了になった。
理由は最近、都市化している北側で行方不明の事件が増加したことが主な理由で、町長が学生バイトの帰宅促進を促したらしい。
今まで行方不明事件は久遠院町でも珍しくない事件だったから、今回、町長がそんな条例じみた事をするので、事件件数は一体どの位に昇っているのやら、見当がつかない。
「モドカシイナ」
午後八時。普段よりも少し早い夜飯を食べる。料理はバイト先の余り物を主食とし、朝炊いておいた御飯で完成。
因みに、主食は“茹でた鶏砂肝の香り味だれ”というコリコリとした食感が楽しめる一品だ。
しかし、今の戦場心にはあまりこの食感を堪能する為の余裕は残念だが、無かった。
想像してみる。
自分が全く知らない人間に拉致される被害者達の境遇は一体どんな物だろうか。そして、何を考えているのだろうか。
知らない場所に連れられては――一体何をされるのか。
「歯がゆいな」
気分を紛らわすために、最近購入したテレビの電源を入れる。真っ黒の画面に映像が映る。
テレビは――ニュースを報道していた。日本で起きた殺害事件、世界の何処かで勃発した紛争による死者。
―――歯がゆい。
世界には救われない人達や、死んでいく人達がいるのに。その事実を俺は知っているのに、彼等を助けてあげられない。俺の夢は遠のく―――――
「ダメだ。なに弱気になっているんだ。馬鹿やろう」
三回ほど頬をたたいて、食器を流し台に置く。 普段は食後は直ぐに洗うのだが、今は焦燥に駆られてそんな些細なことは後回しだ。
道場へ通じる屋根がコンクリートの廊下。其処からは覗く、天の象徴たる月。
それは大きな夢を抱く俺をあざ笑っているように感じさせた。
******
「先天開始」
背中の構造が頭に浮かぶ。硬い鉄を連想、それが俺の背中、いや背骨だ。視神経系統が集うこの箇所の構造が頭によぎり、瞳は痛いと警告する。 まだ序曲。
次の動作のために、一息つこうか僅かに脳内で迷走し、拒否した。
「中天開始」
全魔力を用いて新たな一本の神経を擬似的に作製する。自分の魔力を粘土に例え、何度も何度も握って凝固な神経を―――――差し込む。
「く、はあ、うっ、ガ、ハァハァ」
第一、第二段階を突破し、ようやく最終段階。 慎重に、ゆっくりと息を整え後天へと移行するために、全身の内臓が渇望している酸素を大量に吸い込む。 この工程までに消費したエネルギー多大。
時間は約一時間。
「はぁ、こ、後天開始」
危険。危険。
危機。危機。
危うい行為により、全身オールショック。その衝撃、計測不可能。
脊髄が認知しない擬似的神経は、動物の常識に大幅に歪曲。異物への侵入処置に、脊髄は拒絶行為として、擬似神経を押し上げる。 まるでそれは神経を麻酔なしで摘出する行為。 異常な苦痛に意識が飛びそうになるが、歯を食いしばって、我慢する。 ギリギリ、ガシャガシャ、ドーロドロ。
最終楽章、統括地獄。 痛みに耐え、痛みに耐え。痛みを苦しみ、モガクモガク。
着用していた服は発汗作用により、ずぶ濡れだが、戦場心の注意はあくまで、内部。 外部なぞに構う余裕は全く皆無。「ぐ、ガハ、イッツ・・・フゥフィ」
消費したエネルギー莫大。この最終工程のみで、約一時間の時間を消費。そして、戦場心は新たな神経を獲得した。
今夜はまだマシな方だった。その要因は彼の周囲に起こる事件だ。
湧きあがる憧れの力が、この作製の重大な要因。それはまるで焚き火。 火に木を放れば、弱々しく燃える焔に火力が付加され、灼熱へと昇格する工程と同様だ。
―――――正義の味方。 ただこの一点を目指して、彼の者は必死に追い求める。
―――――いつか、世界が平和に成るように。
そう、願って眠りに就く戦場心の表情は非常に優しいエミ、だった。
2月2日
―――――今日も夢を見た。
それは過去の情景風景。夢の心地のような暖かく、心安らぐ開放的なものではなく、体の左少し下の部分をバクバクと、はじき殺すような脈動を痛く感じる夢だ。
それは、多分俺が生まれ変わった転機だったと思うし、その後伽藍だっただろう俺の心に雷めいた衝撃を与え、生きる指標を与えた光景だ。
―――――対陣する両者はそれぞれ殺害の視線を送り、其処には殺される者と殺す者がいた
黒いマントを全身に覆わせて、徒にそれは強風でバタツク。暗闇の為、そいつの顔が確認できないが、イタク苦痛を帯びた表情。
そして、それに対峙するのは俺の目標。何故か擦り傷だらけで、額からは赤いモノが滴れている俺に優しく、
「大丈夫だ」
と、耳元で囁き、この夢の時の過去でも、また或いは今も、そして多分、未来永劫視認出来ないくらいの優しい笑みを見せてくれた。その笑みは、本当に丁寧な、涙でそうな笑みだった。
だからその時、不意に、そんな見たこと無い、また自分が人生最大の窮地、いや死地の場で見てしまった正義の味方の前で、涙してしまったんだ。
親父の、大きなぼろだらけのおやじ臭い、俺と同じで泥だらけのコートに赤子のように、縋ったんだ。
その時、急に何か冷たいモノが俺の泥だらけで乾いた髪を潤した。
その時、記憶では八年前だけど。
天気は曇りで、木は燃えていたけど、天から何も降っていない事は確かな記憶だ。
そして――――――――――
「うう」
昔の夢を見たせいか、最近で一番気持ちのいい朝を迎えた。
さぁ、起き上がろう。
「ぐ、うう!」
と思って、いつも通りに起き上がって後悔した。そう言えば俺、昨日あんな事をしたんだよな。
で、久し振りにキレイに成功したんだっけ。
「く、ダメだダメだ」
前屈みに倒れそうに、また膝から下が無くなったような感覚を感じたけど、未熟者な俺は、根性というか、それしか取り柄がないから、踏ん張った。
昨日の特訓は、自分の体に擬似的な神経みたいな物を踏め込む作業で、実は俺もよく知らない。 親父の養子になって、一年くらい後に、急にこの作業が頭に浮かんだんだ。
これをヤルと体内の魔力と呼ばれる魔術行使に必要な力が多少だが上がる。最もさっき言ったとおり、未熟者である俺はまだまだ未熟。平均的な魔術師の魔力には到底及ばないのが現状だ。
以前子供の頃、親父にコレを見せると、
「それは絶対に禁止だ。それはシンの体に毒だからね」
禁止行為だと叱られたけど、俺は、
「なんでだよ。これをやると強くなるんだぞ。親父、言ってたじゃないか。強くなる事は痛い事だって」
なんだか自分がせっかくの編み出したのに、禁止されるのが、嫌で、何より親父のような強い人間になりたいから、珍しくも反抗した。
以降、俺は頑なにコノ話題を拒否したっけ。そのたびに、
「心にはね――――――平和な、この日本にいて欲しいんだよ」
と悲しみそう表情を見せていたけど、俺は止めなかった。そんな停滞行為は、俺の信条が許さなかったし、未熟な俺は自分の体を担保にしてまでも力が、親父のような力が欲しかったんだ。
息子が父親のようになりたいと思うのは当然な考えるし、あんな凄く格好いい男を目指すのは男の子として当たり前だ。
「でも、まだまだ、親父には遠いよな」
一人ごとを呟き、それが広い道場の壁に反響して、耳に響く。
すると、妙に俺の心にそれが残響し、さらに心に黒い感情が――――――――
「くそ、ダメだダメだ。なに弱気になってんだ俺は」
自分を叱り、弱音を吐いた自分に何か罰を与えようと考えて、とりあえず、普段からやっているジョギングをハードにしようと決意し、立ち上がる。
体は昨日の所行で悲鳴を上げているけど、この痛みは三十分くらい経過すれば、治まる。
「う、眩し」
今日も日差しが強い1日の始まりだ。今日も天気は良好良好。なにか良い事でもありそうな、そんな燦々とした気分を抱かせる真っ白の雲と海みたいな空、そして透明の閃光をそそぐ太陽があった。
いつもの森付近に到着した。
戦場邸からこの久遠院の森までは僅か徒歩で五分ほどで、割りかし結構近くに位置する。
森周辺には全く建造物の類は無くて、一番森から近い建造物は俺の家だ。知っての通り、森には不吉な噂や、惨い記録があるために、建物を住むような事を考えるバカはいないよなと、幹也の親父さん、つまり坂東剛さんがため息混じりに話していた。で、せっかく建てた俺の家を俺の親父が購入したときは、剛さん、親父を「堅気じゃねぇな」と一瞬で看過した。
事実、親父は“魔術師”でマルッキリ、完璧に堅気じゃない位置の人物で、俺も一応はその分類だ。
「よし、じゃ、いこうか」
体の痛みも既に程良く沈静化したので、中に入った、が。
――――其処は底なしの地獄音で、響いていた。
「なんだ! この、音は」
いつもは無音で、生物の吐息さえ聞こえない例の森は、まるで工事中、いや建物を圧倒的な暴力で壊し回っている音が鳴り響いている。
何かが発生した音、そしてその何かが木々にぶつかり、不運にも対象となったであろう木々が無残な悲鳴を上げながら、ガラガラと倒れ伏せる破壊音がそこら中。
森に入る前、何故俺はこの、あまりに壮大な音に気がつかなかったのかと、変な気分に襲われる。
「行こう」
戦場心にとって、此処は鍛錬場だし、なにより、町を破壊する悪を許せるはずが無い。
見逃すはずがないし、無視するはずがない。こんな破壊魔が町を闊歩すれば、町の平穏が崩壊する。
だから、俺は音源へと急いで、走った。
鬱蒼とした木々を抜け、鬱蒼とした雑草を踏みつけ、俺は確かな足場を感じながら、脅威の元凶まで、なにも考えずがむしゃらに走った。
――――――あの音だ! 錆び付いた記憶と今朝見た夢で聴覚する、あの地下から飛び出した様な恐怖音が俺の鼓膜を激しく、破くように響いていた。
それは、まさに破壊絵図。
壮大な悪魔のような力によって破壊された樹木は、まるで紙のように破り潰され、木の中身が丸見えで、まるで包丁でトマトを輪切りした中身みたいだ。
数匹だが、木を寝床にしていたであろう森の栗鼠は不運にも、倒れた木の下敷きになっており、中から黒く赤い管みたいな物をダラダラ流して死んでいる。
向こうの方では数匹の狐と狸が、恐怖のあまり、人間同様、逃げるという逃走行為に移行せずに、何故か、樹木にへばりついていた。
それは、自分が肉の塊であることをこの惨状で熟知して、自分よりも丈夫で、自分が考えられるあらゆるモノの中で胸壁なモノに縋る女々しい動物のように思えたんだ。「う、そ。だろ」
それは無形の存在が有形の存在を蹂躙する光景で、記録じみた記憶と今朝みた夢に出てくるオフリミットな●●●。
自分、この戦場心の現実では想定不可能の存在芸術だ。奇術と称さなかったのはそれが、何故か懐かしく感じたためだろう。
――――変な違和感、気持ちが悪い。吐き気を催しそうだ
俺は、あれが恐怖の象徴だった八年間、考えてきたのに、いざ実物を拝むと幻想的な芸術に感じてしまうのだから。
「や、やめ――――」
喉がカラカラ、舌はベトベト。まるで、口の中が焔によって燃やし尽くされているみたいだ。
「ろ――――――」
視認するのは、黒の物体と酷く頭痛が起きそうな、顔が確認できない黒いマントで身を包む破壊魔。朝だが、この鬱蒼とした森が日の光を遮っている。
そして、
「お、ぃ―――――」
●●●に今も殺されようと、そこら中の木々同様に命を蹂躙されそうな、犯し殺されそうな。
――――女の子
「止めろーーーーーー!」
無我夢中で、視界が白く、視野は一点。
右下胸下から右骨盤上の位置、その箇所を必死に死ぬ思いで右手で押さえつける女の子に駆け寄った。
足は既に強化の魔術と呼ばれる物体の構成材質、また構成過程、そして、身体を一時的に、或いは永続的に向上させる魔術の基本中の基本を施した。強化で付加された俺の足は正に俊足。
一瞬で対象の下までカケル。
「く、か!」
救出対象をいつから見た過去のように抱き抱えようとするが、身体的に無理があり、引っ張るように女の子を移動させたが、稚拙な俺は親父のように格好良く救出出来ず、女の子を掴んだ腕の反対側、つまり左腕と肩に摩訶不思議な●●●が接触。
何かで、根性焼きされたみたいに熱く、金属バットか何か強打されたように痛く、段々痒みが襲う。
「く、あ。ハァハァハァハァ、逃げろ」
左腕の痛みに耐えながら、女の子に逃げろと脅し、俺は破壊魔を直視する。
長年抱いていた殺意と現在抱いた二つの殺意を視線に付加させ、睨む。 先ほどね触手めいた黒いアレで俺を犯し殺さすだろう。
1対1の殴り合と武器を使った殺し合いなら、俺は最強なのだけど、奴の武器は殆ど無限だ。到底勝てる相手ではないし、今は――――違うそんな事を考えては本末転倒だ。
俺は此処で死ぬのかもしれないけど、あの女の子だけは何としても救いたい。
「・・・・・・」
奴から感じる視線。それは何なのか。殺し合いの戦闘経験、それこそアンナ、魔術の最高ランク“魔道”めいたモノに太刀打ちた経験なんて有るわけ無いし、太刀打ちできるはずがない。
半ば自棄になっていたが、しかし、
「し、・・・・・・いや、止そう」
と破壊魔は何か言いたげな台詞を残し、クルリと静かに、このヅタヅタな場から離れていった。
それは踏みなれた歩行、或いは幽霊みたいに足音を立てずに去ったんだ。いや、今の俺の立場から考えれば去ってくれたと表現するべきだ。俺みたいな体、アレに瞬殺されただろう。
緊張の糸が、ハサミで切られる。
「く、ハァ!」
まるで、陸上に放置された魚みたいに、また死にそうに過呼吸する。
呼吸器系は通常の二倍以上の酸素量に驚きながらも、必死に酸素を体内に循環させる。
肺がハジキレソウダ!
「いや、そんな、事よりも」
体全体を逆に振り、さっきの女の子を確認する。
悪魔みたいな存在に追いかけ回された先程の女の子は、しかし、俺の予想とは全く違い、呼吸の乱れや、額からたれ流れる汗のたぐいは見受けられず、助けた本人以上に助けられた本人は平然とまるで仕方のない運命だと先程の不運を享受した表情だった。
「あ、あの〜さ。ええーと。怪我ないか?」
助けた手前、そう冗談みたいな事を尋ねた。
「・・・・・・」
子供ながら鮮烈的な美貌を持つ少女。瞳は本来、彼女くらいの年頃だと丸く大きなモノな筈だが、少女のそれは薄い皇女みたいな綺麗な紅い瞳だった。
血を連想させる紅い瞳と、萩の花を連想させる白墨色の肌は禁忌めいた存在だと、瞬時に看過させる。
まるで龍を想像させる長い長い髪は、少女が着こなすドレス同様漆黒で、一切の異色を受けつけない、 また一切の二流三流の芸術を駆逐する酷く強烈な印象を与える。
―――そう、本当に人間の域を跳躍した黒と白と、最後に紅い造形品が、其処にあった。
「え、と。大丈夫か? ええーアーユオッケイ?」
自分の知能に少し嫌悪した。
せめて、パニックの所為で、こんな馬鹿みたいな発言をしていることを願う。
数秒して、少女はようやく唯一少女らしい小さな唇を動かした。
「・・・・・・ええ、平気よ。助けて、くれた。と捉えて良いのかしら?」
ああ、そうか。
さっきまであんな悪魔みたいな摩訶不思議存在に殺される思いをしたんだ。ここで俺がしっかりしていないと、変に思われるし、彼女も警戒心を沈めることなんか出来ないよな。
ダメだな。親父は一発、俺を安心させて、信頼させたのに。まだまだ修行というか、内面的に強化しないとな。
「ああ。で、そのなんだ、ええーとー、だな。俺の名前は戦場心って言うんだ」
「・・・・・・」
「いや、そんな離れないでくれ。怪しい人間じゃない、いやこれって定番だよな。とにかく、怪しい人間じゃない」
ああ、自分の甲斐性の無さに嫌悪だ。
こんな子供にこんな事言っても逆効果だよな。
十秒ほど、俺は少女を見つめた。真剣に、誠実に見つめた。それが、功を奏したのか少女は小さな口を開いてくれた。
「・・・・・・分かったわ。大体、貴方、さっきの人と知り合いではなさそうですものね」
妙に訛りがある発言だ。
日本人では絶対違うし、外国のしかも何処かのお姫様だろうか。
服装とか、ヤケに長いドレスを地面に落としているし、きっとそうだろう。
「自己紹介――――しないといけないわね。確か名乗られたら自分の名を証すのがこの国の風習だったかしら?」
確実に外国人で決定だな、あとどうやら結構古風な知識を持っているらしいな。そんな風習、今じゃあ殆ど廃れているよな。
パサパサと走っている際に付着したであると考えられる胸元に付着した砂を払い、上品に挨拶を交わす。右足を軽く、カクリと落とし、紅い瞳を軽く閉じた状態で、だ。
「先程の窮地、感謝するわ。我が名はアルトセレーナ・ヴァンパイアルベ。漆黒と銀色の称号を持つ者だ。略式だが――――――」
ぱたり。
「お、ええ!」
自己紹介終える前に、何の前触れもなく地面に倒れ伏せた。
しかし、アレだな。
綺麗なモノは何をしても綺麗なんだとは良くも的を射た格言だ。少女のそれを俺がやれば、不格好この上ないけれど、少女のそれは流麗だ。
「て、何考えているんだバカたれ! おい、しっかりしろ! ええと、名前―――名前――――思い出せない――――――あ、アルト! おい、アルト! しっかりしろ!」
初対面の相手の名前を略すなんて失礼極まりな事だよな。でも仕方ないじゃないか、急に倒れるんだ。
とりあえず、今はどうするべきだ。
色々考え、考えた結果―――――――――――
「そうだ、家に運ぼう」
家に連れて行けば、アルトの腹の傷の消毒とか出来るし、こんな衛生上悪いところに放置するのは許されないし、何よりいつまた、あのヘンテコな破壊魔がこの場所にやってくるか判らないからな。
「ゴメンな。揺れるけど」
背中にアルトを背負い、俺は森を可能な限り丁寧に運び抜け出した。
―――そう、コレが戦場心の人生最大の転機になるとは全く意識せずに、この小さな存在を抱えてたんだ。
キャラクターが多く登場する回です。
混乱した人すいません、理解した人お見事です。
さて、今回のお題は、転機です。
考えた人、感想ついでに、お書きして下さると嬉しい限りです。