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フェリシティは、久しぶりに心から笑えた気がしていた。
自らをおじさんだと言い切った男性は、どこか言葉に芯があるような感じがして、ローガンのようなふわふわした感じを受けなかった。
男性はもうすぐ三十歳だと言っていたが、前髪を下ろしているせいか、もっと若く見える。
「おっと、そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はレイモンドだ」
「フェリシティです」
普通は家名まで名乗るものだが、こうして隣でため息を吐いた者同士のつかの間の邂逅に家名は必要ないと思ったのか、男性が名前だけを名乗ったので、フェリシティも名前だけを名乗った。
もしレイモンドという男性が上の方の爵位持ちだと判明したら、フェリシティはきっと緊張してこんな風に話せない。レイモンドが名前だけ名乗ったということは、きっとこのままでいたいということなのだ。
「フェリシティ嬢か。君にピッタリな可愛らしい名前だ」
「まぁ、お上手ですね」
くすくす笑うと、レイモンドも目元を緩めた。
婚約者ののんびりとした雰囲気の笑顔とは違う、穏やかな笑顔にフェリシティは何だか安心感を覚えた。
「ふふ、数多の女性を虜になさっていそうですね」
「そんなことはないよ。むしろ、女性陣は私にはあまり近付かないな」
「どうしてですか?」
「気難しそうと言われるんだ」
「え?」
こんな笑顔をする人が気難しそうに見えるとは思えないなくて、思わずきょとんとしたフェリシティに、レイモンドはあははははと笑った。
「基本的に、人前ではあまり感情を出さないようにしてるんだよ。ほら、ちょっと油断すると親戚や女性陣に色々と言われるから。何も考えていなくても難しい顔をしておけば、勝手に解釈して寄ってこないんだ」
「……私に言ってしまっても、大丈夫ですか?」
「おっと、そうだな」
フェリシティは他の誰かに言うつもりはないが、それでも他の人なら分からない。
レイモンドのことを、ペラペラと他の人に話してしまう人だっている。
「ま、ほら、私たちは同時にため息を吐いた仲だから、同情して言わないと思ったんだよ」
「言いませんけど、もしどこかの夜会でレイモンド様を見かけたら、思わず笑ってしまうかもしれません」
「多少、吹き出すのは許してあげよう。ため息よりはよっぽどいい」
「吹き出す程度で済むでしょうか?」
「おやおや、困ったな」
そう言いながらも、お互いに笑ってしまっているので、その言葉が本気じゃないのは分かる。
「フェリシティ嬢と私の秘密ということで」
「高くつきましてよ?」
「うちの料理長特製のお菓子でどうだ?市販されていないのがもったいないくらいの美味しさだぞ」
「それは大変興味があります」
各家の料理長が作るクッキーなどのお菓子類は、お茶会や夜会などでしか食べることが出来ない。
量産されていない分、凝りに凝ったお菓子はとても美味しい。
「買収成功だな」
「喜んで買収されましょう」
フェリシティとレイモンドは、偶然出会っただけだ。
レイモンドがもっとゆっくり来るか、フェリシティがもっと早く家に帰っていれば、決して出会うことなどなかった二人だ。
偶然だからこそ、周囲の思惑もクソもない。
レイモンドは若いフェリシティを見て、ちょっと和む、と思っていたのだった。




