①
読んでいただいてありがとうございます。
「これ、新しい本だね、フェリ」
「はい。先日、買い求めました」
穏やかな木漏れ日の中が差し込む部屋の中で向かい合って紅茶を飲んでいたフェリシティと婚約者のローガンは、それぞれが好きな本を読んでいた。
ローガンとの仲は良い方だと思う。
こうして定期的に会っているし、その時もお互いの好きなことをしている。
穏やかではある。
「あの、よろしければ、今度の休みにどこかに出かけませんか?」
いつもこうしてどちらかの屋敷で本を読み、たわいのない話をして終わってしまうので、たまにはどこかに出かけたいと思ってフェリシティはそう提案した。
「今度の休み?あぁ、申し訳ないが、その日は友人と会うことになっているんだ」
「……そうなのですね」
「もちろん男性の友人だから、安心してほしい」
「……分かりました」
穏やかに微笑むローガンに、フェリシティは少しだけ残念そうな顔をすると、本に目を落とした。
ローガンとの関係は、全く問題のないように見える。
こうして会うことも出来るし、乱暴な性格をしているわけでもない。
けれど、どこか、フェリシティはもやもやした気持ちを抱えこんでいた。
上手く言えないけれど、ローガンの中に、フェリシティはちゃんと存在しているのだろうか、とそんな漠然とした不安に駆られる時がある。
そんなことはないのに、という思いと、ただこうして会っているだけの関係なのでは?と疑う気持ちが湧いてくる時がある。
ローガンに気が付かれないように、フェリシティは小さくため息を吐いたのだった。
◆
友人の家でたわいもないおしゃべりをした帰りに、フェリシティは公園のベンチに座っていた。
行きは別の友人の家の馬車に乗せてもらったのだが、帰る時に馬車が壊れてしまったので、比較的家が近いフェリシティは、散歩がてら一人で歩いて帰っている最中だった。
貴族街のこの辺りは昼間なら治安はいい。見回りの兵士たちも多く出ているし、令嬢が一人で出歩いても咎める者などいない。
せっかく天気が良かったので家の近くの公園のベンチに座って、一人でぼーっと池を眺めていた。
水鳥たちが優雅に泳いでいる以外、誰もいないこの空間がフェリシティには心地良かった。
そして、フェリシティは家では出来ないので思いっきり大きくため息を吐いた。
同時に、いつの間にか隣のベンチに座っていた男性も大きくため息を吐いた。
「え?」
「え?」
お互い、隣に座っていることに気が付いていなかった二人は、同時のため息に驚いて目を見合わせた。
「すまない。人がいるとは気が付いていなくて」
「すみません。私も気が付きませんでした」
お互いに謝ると目が合ったので、くすくすと笑い出した。
「いや、本当にすまないな。まさか同時にため息を吐くなんて」
「ふふ、ため息の大きさも似たようなものでしたね」
「家だと思いっきり出来なくてね」
「私もです」
男性は、フェリシティよりは年齢が上に見えた。おそらく二十台後半、といったところだろうか。
黙っていれば端正な顔立ちとアイスブルーの瞳、それに銀色の髪が冷たさを感じさせるが、笑顔の今は温かみさえ感じる。
ここにいるのだから、当然相手は貴族だ。
フェリシティがあまり夜会に出ないせいか、男性の素性は分からないが、悪い人ではないと思う。
「ここは静かでいいね。うるさく言う者がいない」
「はい、そうですね。こうして湖を眺めていると、心が穏やかになっていく気がします」
「お嬢さんも誰かにうるさく言われたのかい?」
「いいえ、どちらかというと逆ですね。うるさく言う婚約者ではないんです。むしろ、その……何と言うか……」
フェリシティは、ローガンと一緒にいる時のあの何とも言えない不自然な穏やかさを、上手く言葉に出来なかった。
「軽々しく聞いて、すまないな。しかし、私は謝ってばかりだな」
「私の方が誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません。家では言えないので」
「そうか。こんなおじさんでよければ、いくらでも聞こうじゃないか」
「おじ様だなんて。まだお若いですよね」
「君たちみたいな若い娘さんから見れば、私もそろそろおじさんじゃないのかな」
「若いといっても、もう二十歳は超えています」
「私はもうすぐ三十歳になる。ほら、おじさんだろう?」
「全然おじ様じゃないです」
確かに年上にはちゃんと見えるが、おじさんという年齢でもない。
「そのおじ様はどうしてため息を?」
「おじ様と言われると何だかかこそばゆいな。私の場合は、単純に結婚しろという身内たちがうるさくてね」
「ご結婚されていないんですか?」
意外だった。こんな優良物件っぽい人、すぐに売り切れるだろうに。
「家のことと仕事で色々と忙しくて。昔、婚約者は一応いたんだが、気が付いたら友人と想いを交わす仲になっていてね。あまり会えなかったし、私が悪かったから円満に解消して以来、ずっと独り身さ」
「そうなるとお家の方が……」
「そう。さすがにそろそろ親戚一同がうるさくてね。今日も久しぶりの休みだったんだが、家にいると誰かしらがやってきて小言が始まるものだから、ここに逃げて来たんだ」
家柄は分からないが、笑顔が似合うこの男性は、きっともてるのだろうな、とフェリシティは思った。
「この公園は中々の穴場だね。特にこの池の周辺は人があまりいなくていい」
「はい。私もそう思います。普段からあまり人がいないので、ちょっとうたた寝してしまう時もあるんです」
「それはちょっと危険かな。気を付けるんだよ」
「たまにしかやりませんから、大丈夫ですよ」
彼がフェリシティを見る目は、保護者の目に近い。
たまたま行き会った同士でこうして話をするのも悪くない。
フェリシティは、本当にこの時はそう思ったのだった。




