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第6話『おつかい事変』

 

 「いい? 私に絶対に着いてきて! あんたは森に籠ってばっかで、ろくに街を歩いたことないんだから!」


 「はいはいわかったよー」


 (さっきまであんなに嫌がっていたくせに、街に出た瞬間にやる気マシマシじゃないか)


 姉の腕を引っ張って街に繰り出した俺であるが、いつのまにか立場が逆転、俺が引っ張られる側になっていた。


 「だがまぁ、やる気出してくれたんならそれで十分か」


 「何か言ったかしら?」


 「いや、何も言ってないよ姉さん」


 二人で並んで街を歩いて行く。

 姉とは仲が悪いのもあり、中々こういった機会には恵まれないから新鮮だ。


 「だけどやっぱり人が多いなぁ」

 

 「当たり前でしょ。この街は大陸で二番目に大きい街なんだから」


 『農業都市ハルガン』

 世界最大の農業市場を持つ都市である。

 

 なんでも世界に流通している農作物の約四割がこの街のものであるとか。

 色々な国から商人が来るので商売の街としても栄えている。

 なので人通りは多いし、いつでも賑わい続けている恵まれた街だ。


 「お父様にこの家に生まれてきてくれたことを感謝しないとなぁ」


 「それ、普通あんたが言われる側じゃない……?」


 父はこの都市の市長の弟であるらしい。

 そしてその血を辿っていけば王族に辿り着く。

 

 『イモタリアス』の名は現王も使っている由緒正しきものなのだ。


 「いやいや、姉さん。おかげで最高級の教育が受けれるし、最高級のご飯が食べられるんだよ? 感謝しかないよ。感謝感謝」


 「まぁそれはそうだけど……あんたやっぱりムカつくわね……」


 そんな雑談を交わしながら歩くこと五分。

 

 目当ての大商店街に到着した。


 「……でっかいな」


 それは生前でも見たことのないほどの光景であった。

 大通りがまっすぐ伸びており、その左右にはいろんな店がギッチリと詰まっている。


 天井はガラス張りのドームが置かれ、中心らしき場所には大きな噴水があり、街の活気を表すように水を噴き出している。

 

 そして凄まじいのは店一つの大きさだ。


 肉、野菜、魚、果物、色々な店があるが、必ず二階立てで出来ており、その二階にも余すことなく食材が置いてあるのだ。


 そしてそんな建物群が、一番奥が豆粒に見えるほどまで続いている。


 もちろん大通りはここだけではない。まだ横に四つあるというのだから驚きだ。


 『森の幸は王都たり得る』という格言もあるのだとか。


 「よーし! 順番に買って早く終わらせるわよ! 着いてきなさい!」


 姉も心なしかいつもより表情が柔らかい。

 急に殴られたりはしなさそうだ。


 「……子守は嫌いなんだけどな」


 ミシェルに手を惹かれて、俺は人混みへと入っていった。



――――――――――――――――――――――


 

 「……でなんでこんなことになるんだよ」


 あれから三時間、俺は今だに商店街にいた。


 なぜか? 

 

 本当ならばすぐに帰り森に籠っているはず。


 なぜか?

  

 「ふんふーんふーん♩」


 原因はこれである。

 男にとってデート最大の難所。

 『女のショッピングタイム』である。

 

 だがこれはただのおつかいのはずだ。

 本当になぜこうなったのか。


 「……姉さん、まさかおつかいのお金で買うつもりなの?」


 「んなわけないでしょ馬鹿。私はあんたと違って日頃から色々なお手伝いをしてるの。お小遣いはたんまり溜まってるんだから」


 なんと。お小遣いがあったとは。


 まぁ娯楽なんてものに興味はないから気にしないが。 ……多少は気にしないが。


 (それにしてもませた子供だ。この年で立派にお買い物とは)


(両親も両親だ。この年から金を使えるようにしてたら将来簡単なことで散財するようになるぞ……)


 俺は待たされているのもあり、楽しそうにしているミシェルを見て顔を歪める。

 

 俺は時間を無駄に使うのが二番目に嫌いだからな。


 するとそんな俺に気づいたのかミシェルがこっちを見て――


 「ヒッ……! ご、ごめんって! 今すぐ決めるから……!」


 「……?」


 なんだ? 反応が明らかにおかしかったぞ。

 まるで俺のことが恐ろしいみたいな。


 なんで実の弟に恐怖心なんて抱く。

 そんなに俺の顔は不満げだったか?


 「別にゆっくりでいいよ。僕は我慢するのも得意だし」


 「そ、そう? だったら……いいけど」


 ……調子狂うなぁ。

 


――――――――――――――――――――――

 

 

 色々とあったが、必要なものは二品になった。


 ミシェルによると、ある店で丸ごと買えるらしいので、今はただ目の前の姉について行っている。


 どうやらこの商店街にあるものではないらしく、外に出て街の離れを歩いていた。


 都市部は繁盛しているが、やはりそこは農業都市。

 一歩外に出たらもう緑の草原でいっぱいだ。


 「こっちで大丈夫なの? さっきの商店街で買った方が時間もかからないし安いと思うけど」


 「ばーか。いまから行く店は世界最高潮の肉屋よ?『肉の頂ダミリアン』は世界に名を馳せる有名人なんだから」


 どうやらそうとう美味い肉であるらしい。

 俺はそんなの食べたことないんだけどなぁ。


 「僕食べたことないんだけど、本当に有名なの?」


 「当たり前よ。彼の肉は一年先まで予約が入っているの。特別な日じゃないと貴族でも食べられないの」


 なるほど、逆に俺の身分くらいじゃないとありつけもしないわけだ。これは期待ができる。


 「ダミリアンさんは散髪屋さんも兼任していて、そっちの腕も素晴らしいのよ! 私は使用人の人に切ってもらってるから行ったことないけど」


 「じゃあどこ情報なの? それ」


 「私の親友のマリーネちゃん! ものすごくいい子なのよ! あんたには合わせないけどね」


 どこで意地張ってるんだこの姉は。


 まぁいい。もう着くらしいし早く行って帰ろう。


 (……? 待てよ。特別な日にしか食えないんだよな? 何か近々あったか……?)


 「……あ」


 疑問を解消しようとしていると、ミシェルがいきなり立ち止まって、動かなくなった。


 「……どうしたの?……あれは」


 ミシェルの見つめる方を見てみると、何やらこちらに歩いてくる親子が一組。


 一人は身だしなみが整ったいかにも貴族然とした男。

 そしてその子供もしっかりと貴族の責務を全うしてそうな見た目をしている。

 

 「ん……? あれは」


 子供がこっちに気づいたようだ。


 「お父様! ミシェル! ミシェルだよ!」


 「おぉ! イモタリアスゥウ!!」


 二人は早歩きでこちらに向かってきた……って速い速い!! 競歩でもやってるのか!?


 表情も何やら主人を見つけた犬のようである。


 「これはこれは!! ミシェル嬢!! ご無沙汰しております!! カルギリ=ナマナマスでございます」


 「え、えぇ。久しぶりですナマナマス公」


 (ナマナマス……?)


 父から聞いたことがある。

  

 何でも幼少の頃、仲がよかった貴族の友達がおり、そいつを命の危険から救って、家族ぐるみの仲になったとか。

 

 確かそれが……。

 

 「ナマナマス家……」


 「……ッ!! おぉ、おぉ!! まさか、まさか貴方が……! ミンクレス坊ちゃんでありますか!?」


 「は、はい……初めまして。私、ミンクレス・リクメト=イモタリアスと申します」


 「自ィィイ己ォオ紹ゥウ介ィィイ!!? まさか!? その歳で!? いや!! いやいやいやいや!! イモタリアス家のものなら!! ありうる!! 素晴らしいぃい!!」


 「えー……」


 嘘だろ……キツいキツい。褒めるライン低すぎだろ。自己紹介で興奮するとか……。


 「はっ!! 申し訳ない!! 私、イモタリアス家の親愛なる忠犬!! カルギリ=ナマナマスでございます!! おい!!」

 

 「あぁ父上!! 僕はイモタリアス家の清廉たる守護者、ジミーユ=ナマナマスだよ!! よろしく!! ミンクレス!!」


 「馬鹿者!! よろしくじゃないだろ!?」


 「あぁそうだった! 飼っていただきありがとうございます!!」


 (な、なんなんだこいつら……??)


 前世含めた中で一番の衝撃である。キャラが、キャラが濃すぎる。勝手にイモタリアス家の守護者になってるやついるし。

 納豆みたいに味があるぞ。ナマナマスってそういうこと?……って――


 《ビンビンッ!!》


 (――勃起してない!?)


 両者共にズボンにテントを張っていた。


 「は!! も、申し訳ない!! 見苦しいものを!! 我々尻尾を持たぬ忠犬なれば、振れるものは男根しかなく!!」


 「いやうるせぇよ!!?」


 ……はっ、しまった。

 

 あまりのキャラの濃さに素が出てしまった。

 はやく誤解を解かなくては――


 「「はうぅぅぅうう」」


 「いやもうアウトだろこれ」


 痙攣してるし、気持ちが悪い……ここまで感情を出したの死んだ時以来だぞ。


 これは確かにミシェルも見て固まるだろう。

 そう思いミシェルをちらりと見ると……


 「ジミーユ君……かっこいい……」


 「いや姉さんそれはないよ」


 なんということだ。

 目がハートになっているではないか。

 あれか、固まったのはジミーユを見つけたからか。

 以前から恋してたわけだ。

 こんな姉見たことないもんな。


 「あぁ……僕は幸せものだ。ミシェルにミンクレス……二人の犬になれるんだから」


 「喜んでお断りします」

 


――――――――――――――――――――――



 メロメロで動かないミシェルを引っ張って、なんとか脱出することができた。


 なんなんだアイツら。イモタリアス好きすぎだろ。


 「姉さんも、あんなやつ好きなの……?」


 「あ、あんなやつって! あんたぁ!!」


 「いだッッ!!」


 な、殴られた。嘘だろ? なんて厄日なんだ。

 傷ができて膿んで感染症で死んだらどうする。


 「ジミーユ君は完璧なの!! 私の幼馴染でイケメン!! 剣技、魔法、あらゆる面で才覚を発揮し、サンジュスト王立大学の剣術推薦を最年少で勝ち取ったエリート中のエリートよ!! あんたなんかよりよっぽど凄いんだから!!」


 「わ、分かった分かった」


 なんだその少女漫画の主人公みたいなやつ。

 しかもあいつが? 

 忠誠心のあまり勃起してたあいつが?

 確かに顔はよかったが……あいつが?


 (……ミシェルフィルター、恐ろしや)


 そうして姉を宥めて歩くこと五分。

 ようやく件の肉屋にたどり着いた。


 「……なんか疲れたな……」


 一種の精神力の鍛錬だと思って前向きにいこう。うん。


 そんな俺のことも知らず元気一杯なミシェルは重厚な扉を開けて、店の中へと入っていく。


 「ダミリアンさーん!! 予約してたイモタリアスです!!」


 そう姉が呼ぶと、カウンターの奥から一人の男が出てきた。


 「おぉ!! 

 来たかいミシェル嬢ちゃん!! うちの肉を買いにくるなんて何年振りだい?」


 「仕方ないでしょー! ダミリアンさんのお肉人気がありすぎて予約が取れないのよ!」


 ……なるほど、この男がダミリアンというらしい。


 二メートルは越える巨体に、鍛え上げられた筋肉。これで散髪ができる器用さと来た。


 「お!! 君がミンクレスかい? 

 いやぁ! 産まれたと聞いたときから会うのを楽しみにしていたんだ!! 

 俺はダミリアン!! よろしくな!!」


 そう言ってダミリアンはこちらに手を差し出す。


 なるほど、明るい性格。

 優しい笑顔。近づきやすい男だ。

 さぞかし街の人気者であるだろう。

 

 「よろしくお願いします、ダミリアンさん」


 「ははっ! 

 手は握っちゃくれねぇか! 大丈夫だ! 

 こんな見た目だから慣れてるしな!」


 そう言ってキラッと音が聞こえそうなほどの笑顔をこちらに見せてきた。


 「あんたねぇ、握手ぐらいしなさいよ……これ、お金よ。いつもありがとう」


 「いやいやぁ、嬢ちゃんの父さんには世話になってるからねぇ!! 

 金もいらねぇぐらいだ!!」


 「それはだめよ!! お金はしっかり受け取って貰わないと」


 「はっはっはっ!! 

 そうかいそうかい!! 

 じゃあ待ってな!! 

 今裏から肉を取ってくるから!!」


 そういうとダミリアンはカウンターの奥へと消えていった。


 周りを見渡す。

 壁には表彰状が飾られている。

 この街に貢献した者を讃えるものだ。

 

 どうやらみんなから好かれている男であるらしい。


 「みんなから好かれているんだね」


 「えぇ、そうよ。みんな大好き。前も彼は私の親友、マリーネちゃんが川に溺れたときに、いの一番に飛び込んで助けてくれた」


 「魔物も彼が追い払ってくれる。

 彼はこの街の英雄なのよ」


 姉はさも自分のことのように胸を張った。


 「……それは確かに凄いね」


 街の英雄、か。

 何かを守る為に戦う者の姿は美しいと古代の人は言う。

 あの男はそれほどに――


 「ねぇ姉さん。肉屋って言ってたけど、肝心の牧場はどこにあるの? 外にはなかったけど」


 「確か東にある街ヒノトリで育ててるって言ってたわ。あっちは風が美味しいから牛が喜ぶらしくて」


 「そうなんだ。経営も上手なんだね」


 そう話していると、ダミリアンが奥から大量の肉を持って出てきた。


 「待たせたな!! これが最後の肉でよ!! いやぁ危なかったぜ!!」


 「ありがとう!! お肉は大丈夫なの?」


 「はっはっは!! 大丈夫!! 近々ヒノトリから極上の肉が入るんだ!!」

  

 ……修行の時間が勿体無いな。


 「先に帰ってるねー」


 「え!? ちょっ……!! だ、ダミリアンさん!またね!!」


 「あぁ!! 次は髪でも切りにきてくれ!! ミンクレスも――」


 俺は閉じていく扉からダミリアンを見つめる。


 「次会ったら、肉の感想を聞かせてくれなー!!」


 ――扉は見た目に似合わず、静かに閉まった。

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