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第20話『姉の転移魔法』


 カリカリカリ……


 薄暗い地下室でペンが軽快にリズムを刻む。

  

 カリカリカリ……


 ここにいる俺四人、エルフ一人。

 このカビ臭い部屋に籠って三時間が経過した。


 カリカリカリ……


 時間にして夕方五時ごろ。

 そろそろ外では夕飯の匂いが街を包む頃合いだ。

 

 俺たちもだんだんと集中力が切れてきている。

 いくら夢へと意志が強かろうが、

 人間の集中力は三時間が限界なのだ。


 俺はそろそろいいかと思い、

 分身魔法を十体分全て解除した。


 《ジクジクジクジクジクッッ!!》


 「……ッッ!!」


 瞬間、身体のあらゆる部位から疲労を練り込んだ痛みが走り抜ける。


 これは代償である。

 今日は研究三人、筋トレ三人、魔法三人と、三つのことを分身にやらせたのだ。


 一度に身体に還元すれば、それだけの成果と共に、それだけの疲労もやってくる。


 「はぁ……はぁ……まったく、慣れん」


 「はぁ……また無理しちゃって、こんなこと毎日続けてたら、いつか死んじゃうわよ?」


 「……それは本当に嫌だな。少し休むことも覚える……か」


 唸る頭を抑えて、心配そうな表情を向けるマリーネの手を借りる。


 全身にまた筋肉がついたのが分かる。

 魔法の量と質もさらに向上。


 「……また、あの方法で保存するつもり?」


 「あともう少しついたらな……嫌か?」


 「……ダミリアンを思い出す」


 俺は分身魔法を覚えたと同時に、あの夜死闘を繰り広げたダミリアンから技術を奪い取った。


 やつの細胞を持って帰り解析。

 自分の身体でも同じことができないかと修行した結果、存外簡単に習得できた。


 「俺の不老不死のための大事な手掛かりだ……。少しぐらい我慢してくれ」

 

 『無限筋肉収縮法』。

 自身の筋肉を十分の一まで縮小させ、保存する技術。

 身体の大きさで保存量も上がるという、頑張るだけ結果が出る最高の代物。


 俺はこの技術と分身魔術の併用で、世間で筋肉達磨と言われるレベルまで鍛え上げ保存。


 その工程をこの四年間で三十二回繰り返した。


 俺のいまの筋力は、自分でも分からないほどになっている。


 「……いつか筋肉が弾けちゃうんじゃない?」


 「そんな、ビスケット・オリバじゃあるまいし」


 「……? 誰?」


 「……いや、誰でもない」


 最近時たまに前世のことを口走ってしまうことがある。

 別にあまり問題はないのだが、やはりどこか言いたくない気持ちがあるのだ。


 「分身魔術を解除したってことは、もう研究終わるんでしょ? 早く上に戻るわよ。こんな薄暗いところ嫌いなのよね」


 「はぁ……さっきまで頭痛に苦しんでたってのに、お前は容赦ないな」


 このエルフとの付き合いも長くなってきた。

 そして時間が経つたびにこいつは偉そうになっていくのだ。

 

 しかしこいつに頼っていることがあるのも事実。

 

 お金の問題はこいつが解決してくれてるし、人との交渉だってこいつがやる。


 後、実験台を連れてきてくれるのもこいつだ。


 しかもこいつは、なんでも自分から進んでやってくれる。


 マリーネが十五歳になった時、こいつはサンジュストに入学するか選択を迫られた。


 こいつぐらいの頭の良さならサンジュスト王立大学に簡単に行けたというのに、

 『ミクリィが心配』という理由で、入学を二年遅らせたのだ。なんでも俺と一緒に入学するんだと。


 姉との約束があったというのに、俺を優先するとは変なやつだ。


 《コツ、コツ、コツ、コツ》


 二人で並んで階段を上っていく。

 静かな空間に二人の足音だけが響き、

 少ない段数ながらもずっと上っているような感覚になった。


 「そう言えば、マリーネ」


 「うん? なーに?」


 「件の会社の話、ちゃんと進んでいるか?」


 「えぇ、今日の朝、狙いをつけていた商人と会ってきたわ。あの感じだとたぶん来てくれると思う」


 俺たちは今、親に秘密で会社を建てようとしていた。


 理由は簡単、研究に金がいるから。

 かなり怪しい研究をしていることから、

 親からお金を貰うなぞはできなかった。


 いわゆる"秘密結社"というやつだ。

 俺も男なので少しワクワクしている。


 俺はこの会社に『ノット=デスカンパニー』と名付けた。

 マリーネは心底嫌そうな顔をしていたが。

 

 こいつにつけている服従魔法でいうことを聞かせた。やはりこれは便利だ。


 テナントも確保し、あとは取引先と社員のみ。


 マリーネの話を聞けば、取引先はおそらく大丈夫だろう。


 「あとは社員……か」


 「募集中の紙を掲示板に貼っておくわ。

 署名用の紙もしっかり置いておいて」


 「……それ、秘密結社のやることか……?」


 「あとは社員の服ね。

 これは任せて! 私もう考えてるから!」


 ……まぁ、大丈夫だろう。


 こいつセンスはいいからそんなダサいのにはしないだろうし。


 そんな会話をしていたら、もう一階への扉にたどり着いていた。


 誇りを纏ったドアを開ける。


 目の前には大浴場に繋がる廊下。


 なぜこのような場所に作ったのか不思議でならないが、まぁ気にしないでおこう。


 「……晩飯の匂いがするな。今日はスープか?」


 「カボチャスープね! ママさんが使用人さんと買ってたのを見たわ!!」


 「……楽しみだな」


 俺は少し先の夕食に胸を踊らせ、廊下を抜けてリビングへと向かった。



――――――――――――――――――――――

 


 「モグモグモグ……」


 マリーネがリスのように口にスープを頬張っている、いやスープは頬張ると言うのだろうか。


 というか、スープってすぐに飲み込むものだと思うんだが、それ熱くないか? 口の中とかヤバいんじゃ。


 「ゴクン……ふふ、ミクリィ、甘いわ、甘い。

 私の口の中はあらゆる熱に耐性があるのよ」


 「……地味に欲しい才能だな」


 家族四人で食卓を囲う。

 ミシェルがいた席にはマリーネが座るようになり、四年間のうちにこれが定着していた。


 ここまできたら分かった人もいるのではないだろうか?

 そう、このエルフは厚かましくも五年前の姉が入学した直後に家に住み始めたのだ。


 最初俺は全力で拒否したが、使用人や家族含めた全員が満場一致で了承したため仕方なく住ませることになった。


 おそらくミシェルがいなくなって空いた胸の穴を埋めたかったのだろう。

 俺は元々ギッチギチだったからほんとうに嫌だったが。


 「マリーネちゃん、おかわりだったらいくらでもあるからじゃんじゃん食べてねー」


 「ふぁい、ありふぁとうございまふ」


 しかもこいつは見ての通りよく食べる。

 その癖に十六歳にしては胸がまな板だ。

 

 この前父が食費がかかると嘆いていたからもう少し抑えていてほしいのだが。


 そういえばこの前少し太ったとか言っ――


 「ミクリィ? 何……考えてるの?」


 「……不老不死になってからすること百選だよ」


 ――最近、姉に似てきた気がする。


 「あぁ、そうだ二人とも!!

 母さんがご飯前に魔法陣の解析を終わらせたんだよ!」


 「あ、終わったんだ。それで、どういった魔法だったの? お母様」

 

 母に聞いてみたが、何やらワクワクしているように見える。


 どうやら結構凄い魔法だったようだ。


 「驚かないでね?

 なんとこの魔法陣は『転移魔法』のものだったの!!」


 俺とマリーネの顔が衝撃に染まる。


 転移魔法? そんなものを送ってきたのか?


 今日は何度驚かされるんだまったく。


 「えっ、転移魔法は『禁忌』として扱われる魔法じゃ……、これを魔法協会に送ったらミシェルちゃんは魔女扱いで火刑にされちゃうよ!?」


 マリーネの言う通りだ。


 転移魔法は『禁忌』に含まれ、使えば普通に犯罪者として扱われる代物だ。


 姉は何を考えているのか。

 自ら死にに行ってるような物じゃないか。


 「大丈夫でございますよ! お二方!!

 この魔法は『禁忌』とされてきた部分を取り除けているから凄いのです!!」


 疑いをもつ俺たちにママイが話しかけてきた。


 「と、言うと?」


 「転移魔法が『禁忌』と言われる原因。

 それはあまりの転移の難しさ。まず転移魔法は人間の細胞に至るまでを全てスキャンして、魔力化、そして転移先で再構成するんです!」


 さすがママイ、やはりこの分野になると強い。


 「もし、その魔力にほんの少しの歪みがあっただけで、転移した人間の身体はバラバラになったり、別の物質とくっついたりしてしまいます!

 うぅ恐ろしい……」


 スキャン後に、魔力がスキャンしたときと違った形になったら転移中にバグってしまうわけだ。

 

 魔力というのは常に揺れ動くもの。

 一切形を変えないなんて、

 この世界でも五人もいるかどうかレベルの芸当だ。

 

 俺が分身魔術と相性がよかったように、

 転移魔術も最高に相性がいいやつしか使えないのだ。


 「しかしお嬢様のはその問題を解決しています! 魔力をスキャンするだとか再構成だとかではなく、肉体そのものをそのまま転移先に送るという形にしたのです!」


 魔力で工程を踏んで転移させるのではなく、

 転移というイメージを具現化させるのに魔力を全て注ぎ込んで力技で飛ばすという感じだ。


 なんという脳筋戦法。

 魔法使いは理屈家が多いので、

 こんな方法は方法はまさに晴天の霹靂だろう。

 

 だが……


 「それ、つまり使う魔力量やばいんじゃ……」


 「……通常の転移魔法の十倍よ」


 「十倍ィイ?」


 母が引き攣った笑顔で答えた。

 十倍、十倍だと?

 魔法陣も簡略化できてない上、

 魔力量も調整できていないのか。


 マリーネも乾いた笑い声をあげている。

 父は何も分かっていなさそうだが。


 「あと転移先も一つしか設定できないそうです。増やすんだったらまた違った魔法陣を描かないと」


 ……姉よ、貴方は凄いものを作った。


 だがちょっと手を抜きすぎじゃないか?


 完成してないせいで、

 ダメなところが浮き出てきて凄さが半減しちまってるぞ。


 天井を見上げる。


 てへぺろと舌を出す姉が見えるような気がした。


 「だがまぁ! 凄いことには凄いんだ!

 それに家族で使ってくださいってことは、おそらくどこか違う国に設定してあるんだろう!」


 父はカラッとした笑顔でそんなこと言う。

 本当にポジティブな男だ。

 この能天気さが少し羨ましい。


 「つまり!」


 父が両手を勢いよく張り合わせる。


 「『家族旅行』だ!! 出発は明後日!!

 各自準備をしておくように!!」


 「は? え、ちょ、そんな急に」


 「いいわね!!

 どこに行くのかもサプライズみたいだし!!

 楽しみだわぁ!!」


 「待っ!! この魔法だって周りからすれば何も知らないんだから禁忌扱いされるかもだし――」


 ポンッとマリーネの手が肩に置かれる。


 振り返れば、まぁなんて可愛らしい笑顔。

 頼むからその口を開くな。


 「ミクリィ。長袖半袖、どっちが向こうに合ってるか賭けましょう」


 「クソアマが」


 こうして俺は急に家族旅行へと連行されることになった。


 はっきり言おう。


 修行の邪魔以外の何物でもない。

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