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第14話『ただ燃えゆく小さな戦い』


 巨大な怪物と一人の少年が互いに見合う。

 

 どちらの顔にも狂気が貼り付けられ、もはや彼らを止めるには、どちらかが死ぬしかないのだろう。


 長いように感じるが、ミンクレスが突入してきてまだ一分も経っていないうちに起きた出来事だ。


 疾風の如き闘い。

 

 誘拐された身ながらも、二人の戦いに魅入ってしまう。


 「おいエルフ」


 「え……えぇ、何……」


 ミンクレスがこっちを見ずに喋りかけてくる。

 手をよく見てみると何かが握られていた。


 「ほらっ」


 地面を滑ってこちらに渡される。

 ギザギザの先端。

 丸っぽい持ち手。

 

 間違いない、これは――


 「か、鍵!?」


 「そこの食人鬼から奪っておいた。

 姉を連れてさっさと逃げとけ」


 ダミリアンが自身の腰をまさぐる。

 どうやらそこに鍵をかけていたようだ。


 「ちっ、猿が。いつの間に取りやがった。

 まぁいい。お前を食ったあと、すぐに追いついて調理してやるよ」


 「その前に俺がお前を喰うから安心しとけ」


 「……その顔がいつ恐怖に染まるか見ものだ、なッッ!!」


 《ダンッッ!!》


 「――」

 

 「――え?」


 見ていたはずだ。ずっとダミリアンを見ていた。

 なのに、その四メートルを超える巨躯は――


 ――一瞬にして姿を消した。


 「……!」


 「え、え!?」


 次に見つけたとき、その剛腕はミンクレスに向けて包丁を薙ぎ払った後であった。


 ミンクレスの身体が外に吹っ飛ぶ。

 地面に着地することなく遠くまで突き進む。


 「筋力はスピード!! そしてぇえ!!」


 《バキバキバキィィイ!!》


 「……!?」


 凄まじい踏み込みに床が割れ、小屋が半壊する。


 同時にその巨体は再び姿を消す。


 だが今回は進行方向が分かる。 

 吹き飛ばされたミンクレスの先。

 ミンクレスよりもさらに速く飛んで――


 「筋力はパワァァアだあああ!!」

 

 包丁を振り落ろし、吹っ飛んでいたミンクレスの身体を叩きつけた――!


 畑に巨大な穴が空く。

 風圧が雨粒、草、虫、全てを吹き飛ばす。


 「み、ミンクレス!!」


 だめだ。ここからでは見えない。

 逃げなくちゃいけないのは分かってる。

 

 だが、こんなところであんな小さい子を置いて逃げることはできない――!


 「私も十歳なんだけど……ねッ!!」


 鍵を使って鎖を解く。

 久しぶりの開放感。

 こりに凝った肩をバキバキと鳴らせる。


 「待っててね。ちょっと見てくるだけだから」


 気絶しているミシェルちゃんの鎖も外す。

 この子はここで寝かせておく。

 もし、あの子が負けそうなら私の魔法で――。


 そのまま私は吹き飛ばされた壁から外へと飛び出していった。



――――――――――――――――――――――



 「これがぁ! 力だぁ!! 最強だぁ!!」


 巨大な包丁が音速で放たれ続ける。

 弾き続けるが、身体が追いつかない。


 生前に不老不死に近づけないかと極めたあらゆる技術を総動員して応戦する。


 合気、剣道、パラクール、使えるものはなんでも使う。

 

 実戦的な戦いの経験は皆無だが、父との鍛錬で少しばかりの技術はえている。

 それに生前の学んだ剣技を組み合わせれば受け流すぐらいならわけない。


 だが受け身は完璧でなくてはならない。


 完璧が崩れる、つまり、

 ささいなミスが、ダメージを少しずつ蓄積させる。


 (ジリ貧だ……この動きについていけるほど、俺の身体は完成されていない)


 畑から畑へと高速で移動しながら剣戟を交わす。

 雨の中を切り裂き、あらゆる能力を使ってタイミングを測る。


 「おらぁぁあよぉお!!」


 (速い)


 先ほどと同じ振り落とし。

 だが速度は倍の倍。

 威力も倍の倍。


 「こういうときの魔法なんだなッ!」


 真下に風を送り込み、火の魔法で爆破させる。

 身体が一瞬にして空中へと飛び上がった。


 畑が衝撃に盛り上がり、作物を宙に舞い上がらせる。

 

 空中にいる俺からすれば、邪魔で仕方がないのだが。

 

 「『サンダルフォン』!!」


 雷の上位魔法。

 雨水を破裂させながら巨躯へと向かっていく。


 狙うは心臓。

 焦がすは珠肉。


 雷撃はただ直進し、直撃。


 だが――


 「……効かない……か」


 まったくの無傷である。

 筋肉とはこのような品物ではないと思うのだが。


 「俺は竜を殺したとき、血を浴びてこの形態時だけ無敵になる力を得ている!

 お前に俺を殺すことは不可能なんだよ! クソガキィ!!」


 「……ジークフリートかよ」


 それが本当だとしたら少しまずい。

 俺が死ぬ確率が少しばかり急上昇する。


 「安心しろ。今そっちに行ってや……るッ!!」


 「……!」


 再び姿が消えた。

 空中に飛んだのはまずかったか。

 全方位から警戒しなくてはならない。

 

 集中。感覚を研ぎ澄ませる。


 「――右かッ!!」


 《ガキィイ!!》


 俊敏なる巨躯からの一撃。

 すんでのところで包丁を受け止めた。


 だが、空中にいれば踏ん張ることはできない。

 その鬼のような力は――

 

 「森のお仲間がお前を待ってるぜぇえ!!

 ミンクレスゥゥウウ!!」


 ――小さな俺の身体を、簡単に弾き飛ばす。


 俺は森の中へと、木を薙ぎ倒しながら突入。

 岩にぶつかり、身体が悲鳴を上げる。


 めり込んだ身体を動かして岩から脱出する。


 強化魔法を身体にかけているとはいえ、身体はまだ八歳のもの。

 鍛え上げられた肉体だとしても、骨は折れるし傷もつくのだ。


 「……まっずいな。このままじゃ死にそうだ。

 そろそろ撤退するか……最悪の場合、街に言えば国から討伐隊が出るし……」


 まだ本格的な死を感じてはいないからまともな思考ができるが、あと二十分もしたら完全についていけなくなる。


 逃げる手段はあるのだ。

 だから前世みたいにまだ取り乱したりはしない。


 「このまま戦い続けたら発狂して死ぬのがオチ。

 だかまだ時間はある。もうちょい頑張る……かッ!!」


 岩から飛び上がり、高速で畑へと帰還する。

 手に魔力を込めておき、敵を索敵。


 しかしいない。あの巨体が見当たらない。


 ふと、自分の足元に大きな影がかかった。

 

 雲ではない。

 直感で理解する。

 俺は瞬時に右へと地面を蹴り上げて――


 《ズドンッッ!!》


 ――頭上からダミリアンが飛来。

 

 そのまま地面ごと全てを吹き飛ばした。


 「おかえり坊や!!」


 「……ただいま」


 下からすくいあげるように包丁が我が肉をきざまんと迫り来る。


 すんでのところで回避。

 最低限の動きだけでいいのだ。


 刃先が顔前を通過する。

 四ミリや五ミリといった距離。


 斬撃の衝撃波が森の木々を粉砕する。

 縦に真っ二つだ。大地も森も。


 そしてそのまま上に持ち上がった腕。

 包丁を持った手首をクルッと動かして再度――


 「終わらねェェェぜ!?」


 上から下に思いっきり振り落とした――!


 「燕返しできんのかよ……」


 剣を迫り来る包丁の側面にぶち当てる。

 あいての巨木の如き腕が動くことはない。

  

 だったら俺を動かせばいい。


 剣に力をいれ、自身の身体を引っ張り、俺はその場から脱出した。


 威力は殺しきれていない。

 地面に背中から着地し、回転しながら起き上がる。


 「……さて、どうするか」

  

 無敵の肉体。

 筋肉だるま。

 頭のおかしい速度。

 勝てるビジョンが思いつかない。


 手元を探ってみる。

 だが生憎マント以外の詰め合わせはない。


 あとは逃走用の魔法具ぐらいだ。


 ママイから貰った()()()()


 巻物(スクロール)二枚に場所を設定し、近距離であれば即移動が可能。

 

 これで不意打ちをするか? いや無駄だ。

 ならば土の中へ? 

 生き埋めになるし、どうせあいつに掘られてしまいだ。


 そんな中思いつく。一つの考え。

 一つの賭け。


 だが、即死ではないはずだ。

 成功すれば一撃。

 

 「……喰うか、喰われるか、か」


 思いついたのなら実行だ。

 どうせこれ以外に手段はない。

 俺はすぐに自分の剣を背中に納めた。

 

 「……あ?」


 「……ダミリアン、真剣勝負だ」


 俺は手を目の前にかざす。

 

 「俺は今から俺最大の火の魔法を打つ。

 無敵という概念すらも打ち消す炎だ。

 いくぞ、最大最高火力。

 無駄にデカいんだから、

 息で吹き消すぐらいできるよな?」


 俺は冗談を交えながら、

 目の前の怪物を俺との1on1へと誘導する。


 「フフフフッ、いいぜぇ!!

 撃ってこいクソガキ!!」


 「……熱風は空を見た――」


 手のひらに魔力を流し続ける。


 「太陽は見下ろし、海は枯れ、風は大地を焼き尽くす――」

 

 完全詠唱。

 火属性の聖級の魔法。

 

 かつて、英雄バトラズはあらゆる生物に憎悪を抱き、全てを焼き尽くしたのだという。

 

 その英雄の名を関した魔法。

 威力は絶大だ。


 概念を打ち消すのは嘘だけど。


 「スゥゥゥゥウウウウウ……!!」


 ダミリアンが肺一杯まで空気を吸い込んだ。

 周りの草や雨水が吸い込まれていく。

 どうやら本当に吹き消すつもりらしい。


 「巨人は溶解、勇士(ナルト)は進む。嵐の豪炎ここにあり――!!」


 手のひらに灼熱の炎が灯る。

 溢れた炎が地面を焼き尽くす。

 あたりには火の精が虫のようにたかる。


 時は満ちた。

 

 撃ち込む――!!


 「『バトラズ』――!」


 火の鳥がダミリアンの肉体を焼き尽くさんと襲いかかかった――!

 

 「……フゥゥゥゥウウウウ!!!」


 しかし、鳥は羽を落とす。

 巨人の肉体に届くことはない。

 猛風が炎一つ一つを打ち消していく。


 無慈悲に全て吹き消され、残ったのは焼けた草のみであった。


 「……消えちまったなぁミンクレス。俺の勝ちだ」



――――――――――――――――――――――


 「あ、ぁぁ……」


 終わった、負けてしまった。


 少し離れていた場所から見ていた私は、一瞬でそれを理解した。


 凄まじい攻防戦だった。


 あの身体の小ささであの怪物を相手どっていた。

 だがあいつには魔法は効かない、

 攻撃だって効かない。


 無敵だ。最強なのだ。


 あの子は私達を逃がそうとして、敗北してしまった。


 「……逃げないと」


 ミシェルちゃんを連れて逃げなくては。

 小屋に戻ろう。


 あの子が完全敗北する前――


 「……あれ?」


 二人の姿を確認したとき、違和感を感じた。

 いないのだ、彼が。


 ()()()()()()()()()()()


 高速移動などではない。

 その場から完全に姿を消していた。

 

 「どこに、行ったの?」


 逃げた? 何か逃げる手段があったのか?

 あの子は不老不死を目指していた。

 死にたくないはずだ。


 「は、はは。そうよね、やっぱり自分の命が一番よね」


 だったら早く合流しなくては、街に戻って村の人達に真実を――


 「ぐぉおっ!! ぐおぉぉぉおお!!」

 


 ――その時、ダミリアンが空へと絶叫した。



 見れば腹を両手で抑え、顔から汗が滝のように流れている。


 「み、水ぅ!! 水をぉお!!」


 その怪物は狂い悶えながら、無様にも畑の汚い水をグビグビの飲み続ける。

 

 飲んで飲んで、飲んで飲んで。

 腹一杯に水をため、また再び飲む。


 足りない。

 


 「あぁぁぁあ!! だめだぁ!! もっとぉぉお!!」


 だが止まらない。

 彼の絶叫は、痛みは、熱さは止まらない。


 そして一瞬、身体の動きが止まった瞬間――



 「ギィヤァァアアアア!!?」


 ――炎の鳥が、ダミリアンの腹を突き破った!



 「え……!? 何がおき、て……!?」


 それだけではない。


 彼の口、尻、目、あらゆる穴から炎が止まることなく噴き出されていく。


 灼熱の業火を纏いしその姿は、雷が落ち燃え盛るカカシのようである。


 そして――


 《ボゴォオ!!》


 ――ダミリアンの身体が、爆散した。

 

 上半身と下半身が分離し、下半身は立ったまま微動だにしない。




 「ふふふふ……」




 幼く、残酷な声がする。

 

 悪魔のような声がする。


 その声は爆散した下半身。

 腹のあった場所から――




 「はーはははははははッ!!

 はははははははははははっ!!」





 ――まるで天に救いを求めるように、

   肉を突き破って姿を表した。


 狂い笑う。愉快そうに。

 さも楽しそうに。


 全身を血で浸した少年――


 ミンクレス・リクメト=イモタリアスは、雨の降る夜に発狂した――。



――――――――――――――――――――――



 下半身から脱出した俺は、上半身の方へと向かう。


 最高に愉快だ。

 作戦が成功した達成感でどうにかなってしまう。


 上半身はかなり遠くに吹き飛ばされたようで、疲れた身体を引きずっていかなくてはならない。


 辺りは戦いの余波でめちゃくちゃだ。

 地面は捲れ、畑は焼け焦げて焦土と化した。

 森の木々もドミノ倒しのようになっている。


 上半身に辿り着いた。

 俺はソイツの目を睨みつけて語りかける。


 「……凄い生命力だな。まだ生きてるとは」


 「フュー……フュー……フュー……」


 びっくり箱もびっくりだ。

 腹も目も焼き尽くされ、身体が爆散したというのに、この男はまだ生きている。


 「な、ぜだ、なぜ、お前は、中から」


 「……まず俺が放った火の魔法、ありゃブラフだ」


 「……!!」


 「そりゃそうだろ。八歳児が聖級の魔法を扱えるとでも思ったか?」


 あぁ、そうだ。

 俺が最高の魔法を放たなければ、こいつは俺の挑発を無視して捻り潰しただろう。


 だから嘘をついた。

 

 『バトラズ』を打つと言えば勝負に乗るだろうから。

 こいつの俺に対する過大評価を利用して。

 

 『こんなに小さいのに俺と渡り合った』。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()』と思うだろうから。


 「お前が全身無敵だと言った時、俺は同時にお前の弱点も思いついた」


 自分の腹を指差す。


 「――中からの攻撃には弱いはずだ。

 力ってのは不必要なものを省くものだからな」


 「だが、肝心のその方法が思いつかなかった。

 というか、中から攻撃なんて、

 普通なら不可能だしな。そこでこれだ」

 

 俺は魔力が通い、焼き切れたテレポートの巻物(スクロール)を見せた。


 「――ッ!! それ、は、禁書の……」


 「転移禁書(テレポーター)だ。

 俺はこれを使って中に魔法を打ち込むことにした。

 ――スクロールをお前に飲み込ませてな」


 「……そ、うか!! く、ソガキィ!! ()()()()()()()!?」


 その通りである。

 その巨体、そして肉体の無敵という油断。

 煽れば乗ってくれると思った。 

 

 「お前が息を吸い込んだとき、同時にテレポートの巻物の片方を吸い込ませた」

 

「あとはブラフに上級魔法『サラマンドラム』を撃ち、その隙に残った足元の巻物に魔力を通せば、お前の腹の中にテレポート、再度魔法を撃つって寸法だ」


 用無しになった巻物をダミリアンの身体に投げつける。


 「魔法は飛ばせないから自分で侵入しなくてはならなかったが。まぁこの身体の大きさだ。

 お前のデカくなった胃の中に入るぐらいなら簡単だと思った」


 ダミリアンが目を見開く。

 すでに眼球はないので表情からの判断だが。


 僅かな力で身体を震わせ、何か必死に言葉を紡ごうとしている。


 「く、くるってい、る。 おまえはくるって、る……!!」


 「……もう聞き飽きたよそれは……さぁ」


 俺は食人鬼の顔面を踏みつけた。


 「――決壊の時間だ」

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